おまけ:神への叫び
アルフ一行は湖を発見していた。
何とか対岸の木々が見える程度の広い湖だ。
風景としては美しいが、水は澄んでいるとは言い難い。
だが生物が棲めないような汚さではない。
水藻や微生物が多くて濁っているような感じだ。
苦手な人には臭いがきついかもしれない。
歓声をあげるアルフ。
アルフ「おぉ~絶好の釣堀」
ベルタ「湖って言いなさいよ。でもすぐに水場が見つかるなんて、あんたついてるわね」
ベルタの言葉も上の空という感じで釣竿を取り出すアルフ。
アルフ「よぉし。どっちが大物釣れるか勝負だマアマ!」
アルフは釣竿を振りかざし、大物が居そうな湖の奥めがけて振り抜く。
その直後、見事に大物がかかった。
アルフ「ひへへへへ」
釣り針は大物アルフの口に引っかかっていた。
ベルタ「危ないわね全く。針付いてるんだから注意して使いなさいよ」
ベルタがアルフの釣り針を外して薬を塗ってやる。
経緯を見ていたガルマが声をかけようとして、何かに気付いたように止める。
ふと疑問に思うガルマ。
マアマであればアルフの傷を容易に治療出来る。
どのような重傷であろうと、全身を毒や病魔に侵されていたとしても問題無い。
生きてさえいれば、損傷した肉体の復元や病理の除去で完治させられる。
ベルタがそれに気付かぬのは分かる。
ベルタの脳筋とやらが未だ治っていないのであろう。
※注:脳筋は治せるものではありません。
だがマアマは何故黙っている?
今のマアマにとってはベルタを喜ばせる事こそが最高の遊びの筈。
現状を見れば、ベルタがアルフの治療を最優先に望んでいる事は明らかだ。
アルフを治療すべきではない理由でもあるのか?
だがそれにしては、ベルタがアルフを治療する事を阻害してもいない。
仮にマアマがアルフの治療を訴えればどうなるか・・・
そうか、大願か!
ベルタがその力を理解すれば、総ての人、いや生物の治療に奔走する事になろう。
マアマを創造主と崇め、和を強く求めるベルタであれば、マアマの力を救助に使う事には躊躇すまい。
だがそれは、救われる側にとっては苦難の排除であり、進化の阻害となり得る。
ベルタの望みであるとは分かっていても、叶えるべきでは無いという判断か。
我はまた同じような過ちを繰り返しかねぬ所であったのか。
人と共に行動する事が、これほどまでに難しい事であったとは。
こうして考えると、マアマの幼稚な口調は、自然に言葉数を減らす事にも役立っている。
もしや、先日の我のように、不意に余計な事を口走らぬ為の枷としての意味もあるのか。
となれば、マアマが求めぬ限りは、我から口出しをすべきでは無かろうな。
マアマは我よりも遥かに経験豊富。
特に、人と共に在る経験に於いては随一と言えよう。
どうやら、この旅は我にとっても学ぶ機会が多くなりそうだ。
一人佇んで動かぬガルマを、ベルタがアルフの治療の手を止めて見つめている。
アルフ「どうしたベルタ」
ベルタ「またガルマさんが何か悩んでるように見えたんだけど。途中から、にやけだしたような気がして」
ギクっとするガルマ。
アルフ「また雰囲気てやつか?それどうやって見るんだよ。俺にはさっぱり分かんねぇ」
ベルタ「そうね。気のせいかも」
アルフの治療を再開するベルタ。
ほっとしつつも内心焦るガルマ。
脳筋とは心情を読む事には鋭いのか?
※注:全く関係ありません。
人に心情を読まれる事などありえなかったガルマにとって、ベルタの鋭さは脅威にすら感じられていた。
治療を終えて釣りを再開するアルフ。
アルフ「くっそー。今度こそ大物を」
ベルタ「アルフより大物って。ガルマさんでも釣るつもり?」
アルフ「勘弁してくれよ。魚に決まってんだろ」
供をしている時点で、我は釣られているのであろうなと思うガルマ。
チャポン
釣り針はちゃんと湖に落ちたようである。
ベルタ「じゃぁがんばって釣り上げてね」
アルフ「え。勝負しないのかよ」
ベルタ「あたしはマアマさんと、果物とか食べられそうな野草を探してくるわ」
マアマ「あい」
ベルタはアルフを置いて森へ入って行った。
一振り目は調子にのって失敗したものの、アルフは釣りが得意である。
得意と言っても、半年の村生活において、唯一役立てる仕事だったという程度ではあるが。
順調に次々と魚を釣り上げる。
夕食には十分な程度に釣り上げた頃、ベルタが戻ってきた。
ベルタ「果物が結構あったわよ。マアマさんが居るから採り難い場所でも楽々ね」
マアマ「えっへん」
アルマ「こっちもぼちぼちだ」
ベルタ「良い調子じゃない」
アルフ「入れ食いだけどな。小物ばかりだ」
アルフは大物にこだわっているようだ。
まだ釣りを続けている。
ベルタ「岸から届く範囲じゃ水深も浅いだろうから大物は居ないかもね」
アルフ「船でもあれば良かったんだがな」
ベルタ「どうせ食べちゃうんだし、大きさなんてどうでもいいじゃない」
アルフ「それはそうなんだけどさ。あれ?なんか水面を歩いてる人が居るぞ」
アルフの視線を追うと、確かに水面に立っているように見える人が居る。
ベルタ「へ?また空飛ぶ魚の類かしら」
アルフは興味を惹かれたようで、目を凝らして観察している。
アルフ「・・・靴の代わりに、でかい板みたいなの履いてるかも」
ベルタ「浮き輪の上に立ってるようなイメージね」
それだ!と言わんばかりにアルフが反応する。
アルフ「あー。浮き輪かビーチマットは買っておくか。こういう時に便利だろ」
ベルタ「いいんじゃない。空気で膨らませるタイプなら畳んで運び易いし」
アルフ「よし。じゃあ、さっさと食って町へ行こう」
アルフが次の目的地を示すとは珍しい。
もしやと思い聞いてみるベルタ。
ベルタ「もう陽が暮れるから行くのは明日かな。ここを抜けたら町へ出るのね」
アルフ「知らん」
ベルタ「ですよねー」
呆れるベルタを尻目に、釣った魚をもって引き上げようとするアルフ。
アルフ「あれ、魚は?」
ベルタ「え?知らないわよ」
バチッ!
ズブブブブ・・・
ベルタ「きゃ!」
アルフ「ん?罠アイテムが発動したのか?何か襲ってきたか?」
確かに襲われた気はするが、それらしき獣は見えない。
ベルタ「別に何も居な・・・何この足元のぶよぶよ。これってスライムとかいうやつ?」
罠アイテムの効果で一時的に行動不能になったスライムだった。
溶かしきれていない魚の骨が体内に透けて見える。
アルフ「げ。釣った魚をこいつが食っちまったのか」
ベルタ「罠アイテムじゃ釣った魚までは護ってくれないもんね」
身近に神の化身とも言える二者が居るのに天に向って叫ぶアルフ。
アルフ「おー、まい、がっ!」
それを丁寧に伝えてやるベルタ。
ベルタ「マアマさん、呼んでるわよ」
マアマ「あそぶー」
アルフ「そういう意味じゃねー」
そういう意味にしか聞こえないと思うベルタ。
ベルタ「でもマアマさんはやる気みたいだし。甘えちゃいましょう」
マアマ「どかーん」
アルフも諦めがついたようだ。
アルフ「しゃあねぇか。今から釣り直してたら陽が暮れそうだしな。マアマ頼んだ」
早速、獲物を確認しようと湖面をみつめるベルタ。
ベルタ「でも飛んでる鳥と違って、水中の魚って特定し難いわね。かなり濁ってるし」
マアマ「大丈夫ー」
マアマの言葉で一安心するベルタ。
ベルタ「あら。マアマさんが魚選んでくれるの?」
マアマ「大物ー」
アルフ「おぉ。マアマは分かってるな」
一瞬で、安心が嫌な予感に変わるベルタ。
能天気と神域の力が意気投合ってダメでしょ。
ベルタ「マアマさん。1食で食べきるから、大きくても1mくらいでお願いね」
マアマ「えー」
マアマの反応を見て、やっぱりかと思うベルタ。
屋根復元のようにフォローはしっかりしてくれるのだが、その前にやらかす事が半端無いのだ。
そもそも創造主とも言えるマアマが、魚の大物程度にこだわるのはおかしい。
マアマにとっては遊びである事を考えれば、こだわりはアルフの挑発の影響なのか。
ならばものは試しと、大きさ以外の価値を求めてみる。
ベルタ「大きいのよりも、小振りで身の締まった美味しい魚を食べたいなー」
マアマ「おっけー」
思ったより簡単にマアマの興味を逸らせたようで安心するベルタ。
大は小を兼ねるというが限度というものがあるのだ。
ベルタ「じゃあ、いくわよ。それ!」
ベルタの一振りで魚が・・・降って来ない。
ベルタ「あら?マアマさん、不発?」
マアマ「おなべー」
調理用に準備してあった鍋に、切り身になった魚が盛られていた。
ベルタ「あはは。そういえばお鍋にする所までイメージしてたっけ。失礼しました」
マアマ「えっへん」
アルフはまだ大物に未練があるようだ。
アルフ「マアマさ。大物だと、どれくらいの狙おうとしてたんだ」
マアマ「100m-」
止めて正解だったと言う他無い。
アルフ「ここの主か?そんなの居るのかよ。勝負してたら絶対負けてたな」
ベルタ「そんなの釣っても食べられないわよ。置き場所すら無いわよ」
マアマ「あはははは」
油断大敵と気を引き締めるベルタ。
ベルタ「マアマさんに曖昧な表現は厳禁ね」
ベルタにも厳禁な、と心の中でつっこむアルフ。
アルフは水100リットルを背負わされそうになった事を思い出していた。
だがふと不安になる。
水100リットルで潰れるのって、この一行では俺だけじゃね?
俺がおかしいのか?
いやいや、そんな訳ねぇよな。
普通の感覚が分からなくなりつつあるアルフだった。
そもそも竜の力を操る二者を比較対象に加えるのがおかしい。
そう思った時、ふと疑問が湧いた。
おかしいと言えば、二者の力の扱いが全く違う。
ガルマは力の制御が難しいと言ってアイテムを多用してる。
対してマアマは力を使い放題だ。
対物理では同等の力と言ってたし、これもしかして、かなりやばいんじゃないの?
アルフは真面目に問題提起する。
アルフ「すげぇ怖い事に気付いたんだが。マアマは力の制御って難しく無いのか?」
ベルタ「そういえば。ガルマさんが苦心しておられるのに、マアマさんは無頓着ね」
ガルマ「それはマアマが物理特化故だな。物質を統括しておると言ったであろう」
アルフ「難しい話は分かんねぇけど、大丈夫って事か」
マアマ「大丈夫ー」
珍しくよく考えたアルフだったが、やはり能天気なので即納得する。
ベルタ「あんた、それで納得しちゃっていいの?ガルマさん、もう少し詳しくお願いします」
ベルタには、はいそうですかと納得できる話では無かった。
万が一にも暴発したなら、それで全てが終わりかねない力なのだ。
ガルマは、マアマが説明を阻止しようとしない事を確認した上で頷き、説明を続ける。
ガルマ「我が物質に干渉する場合、対象を物質に限定し、干渉する程度と範囲をその都度制限する必要がある」
ベルタ「そうですよね。一度拝見しています」
ガルマ「マアマは常に総ての物質を管理している故、任意の物質に対して即座に処理出来るのだ」
ベルタ「ガルマさんが必要とする準備を、常に総ての物質に対して備えている訳ですか」
ガルマ「うむ。物質操作に限定すればマアマの右に出る者は居らぬ」
ベルタ「特化とか統括の意味がすこーし分かった気がします。力を限定する代わりに便利にした感じですね」
マアマはちゃんと制御してるのだなとベルタは安心する。
ガルマ「そのように思っておけば良い。便利などという言葉では言い表せぬ程の精度と自在性を誇るがな」
ベルタ「はぁ。あんまりピンときませんね」
ガルマが補足を加える時は要注意。
聞き逃すと不味そうな話がありそうだと警戒し直すベルタ。
ガルマ「例えば我が力を使ってみせた時、影響範囲を限定する為に大雑把に結界を張ったであろう」
ベルタ「はい。あたし達を護る玉と、周囲を護る壁でしたね」
ガルマ「マアマはその影響範囲の限定を、素粒子単位で瞬時に行う。如何に広範囲でも複雑な条件でもだ」
やはり分からない話になったなと思うベルタ。
ベルタ「・・・どんだけ便利なのか想像もできないですね」
ガルマ「総合力では遥かにマアマより勝るシイタの肉体を破壊した程だからな。我ですら想像を絶する」
マアマ「あははははは」
笑い事じゃないと、呆れて言葉が出ないベルタ。
ガルマさんが想像を絶するってどんだけ。
ガルマ「我のように加減を誤る事は無い故、安心するが良い」
ベルタ「全然安心出来ない一言なんですけど。でもちゃんと制御している事は理解しました」
要はマアマが意図しない暴発は実質ありえないという事だろう。
ただ、とんでもない事を意図している可能性は十分にあるという事でもあろう。
結局全部あたしの責任で抑えないといけないのねと痛感するベルタであった。
ベルタ「さっさと食べて寝て明日早くに出ましょうか。大物が暴れでもしたら大変だしスライムとかも居るし」
アルフ「そうだな。ここは見た目より物騒だ。まだ浮き輪もねぇしな」
鍋の実を椀によそうベルタ。
ベルタ「マアマさんにお願いした時は調理の手間もかからないし美味しいし言う事無しよね」
マアマ「えっへん」
頷きながらも鍋の実を見て尋ねるアルフ。
アルフ「あれ?魚の骨は?」
ベルタには、アルフが魚の骨を欲しがる理由が分からない。
ベルタ「え。骨は捨てた状態で切り身だけイメージしたんだけど。食べたかったの?それともダシ目的かな」
アルフは特に執着はしていないようだ。
アルフ「いや。捨てたならいいんだ。次からは分けて煮込んでくれると嬉しいな」
マアマ「おっけー」
アルフはベルタにカルシウムを摂らせたいと思っていたのだ。
少しでも怒らせない為に。
一行は早々に夕食を済ませて一夜の休息を取る。
そして夜明けに合わせて湖を後にした。




