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その怪盗じゃあ許せない!  作者: 木野二九
Chapter.2 8月の雪は降りやまない
17/29

16 イタリアンクオリティ

 ――あんな暗闇でも発火炎(マズルフラッシュ)も見えなかったし、発砲後の独特の酸化臭もしねえ。消音制御器(サプレッサー)じゃあここまでキレイに消せねえから。


 大野はまだパニックが収まらないラウンジやロビーホールを見渡しながら歩を急ぎ。


 ――音からしてもエアガン。大型ガラスを割るぐらいだから……国内で流通してるような玩具や、それを改造したやつじゃ無理だ。海外で製造された物だろう。


 割れたガラスを確認しながら、射撃場所を特定する。

 一射目と二射目は別々の角度から発砲されているが、複数犯の可能性は低い。


 入手困難な銃器を何人もの人間が持ち歩くのは不自然だし、狙撃場所と思われる位置もさほど離れていない。


 犯行場所と思われるエレベーターホール付近の柱まで移動し、周囲を確認する。


「ちょうどカメラの死角か」

 エレベーター前のカメラもラウンジのカメラも、陰に隠れる位置だ。


 二射目があっただろう場所にも移動するが。

「同じだな……」


 わざわざ移動して、命中率を上げようとするのは射撃に慣れた奴の考え方だ。

 素人なら、強引に同じ場所から狙おうとする。


 狙撃ポイントを複数事前に確保していたとすると……犯人は事前にこのホテルを念入りに調べていた事になる。


 しかも通常の違法拳銃より入手し辛く、メンテナンスや取り扱いに専門知識や技術が必要なエアガンを、わざわざ利用して犯行に及ぶとは……


 警察の捜査方法を熟知している奴の可能性が高いだろう。銃の特性から証拠が集めにくく前例も少ないため、過去の犯行事例からの分析もしにくい。


 目撃情報や、監視カメラの総合的な分析。警備に当たった同僚の証言を集めても……


「ここまで周到な犯人がポカするとは思えねえし。亞里亞がここを指定してから、犯行に及ぶまでの時間で事前準備できる奴なんて」


 いよいよ内部情報の漏洩か……裏切り者の存在を、本格的に疑わなくてはならなくなってきた。

 大野がそう考えて、ため息をつくと。


「大野さん!」


 ヘルプに来てくれていた鑑識の鏡花が、ジーンズにぴったりとしたニット姿であらわれる。私服警備だから当たり前だが……

 普段のつなぎ姿との違いにおどろき。


 走るたびに揺れる大きな二つの膨らみを観測してから、亞里亞に目を移すと……ラウンジの真ん中で、大きな胸を抱えるように腕を組んで首を傾げていた。


「犯人はかなりの巨乳か」



 いつか誰かが言ったバカげた推論に。

 ……大野はひとり、苦笑いした。




 ¬ ¬ ¬




「しっかりして!」

 かすみはこぼれそうになる涙をこらえながら、自分を守ってくれたフェイカーをマットに寝かせ、揺れる荷台の上で振動を抑えるように覆いかぶさった。


「かすみさん……」

 フェイカーは途切れるような声でかすみを呼び、抱き寄せるようにかすみの腰に手をまわしてくる。


「大丈夫、どこか痛みはあるの」

 かすみが上半分だけのピエロのマスクを外し、顔を寄せると。


「なんて美しいのだろう」

 フェイカーはかすみの目を見つめ……腰にまわした手を徐々に下げて行く。


「ん?」

 そしてお尻を触られた辺りで。


Signorina(お嬢さん)! そいつはそんなにヤワじゃない。銃弾の一発や二発じゃあ、びくともしないから安心しな」


 運転席から流ちょうな日本語が聞こえ、同時にフェイカーの「ちっ!」と言う舌打ちが響いた。


「んん?」


 かすみがもう一度フェイカーの無駄に整ったイケメン顔を覗き込む。悪戯がバレた子供のように視線を外したから。


 かすみが撃たれたような気がしたフェイカーの腹部の服をめくると、シャツは破れているのに、その下にはつるつる肌の見事なシックスパックがあらわれた。


 今だかすみのお尻を這いずる手をツネリ上げると。


「かすみさん、申し訳ありません。その……出来心ですから!」

 元気よく言い訳する。


「ねえロォーレンンンツォーさん、この粗大ゴミ捨てても良いかな」

 かすみが運転席に向かって叫ぶと。


Bambina(可愛い子)! 不法投棄は犯罪だ、善良な日本人としてはあまりお勧めできないね」

 追跡してきたパトカーを振り切りながら、どう考えても外国人の男が笑う。


「じゃあ、仕方ないか」


 かすみは悪路に悩まされ、徐々に追跡をあきらめて行くパトカーを眺めながら。

 ――ため息をひとつこぼした。



 道なき道を、その4WDトラックはライトを消したまま進む。

 途中大きな崖や岩があらわれたが、暗闇の中さほどスピードを落とさず走り抜け、例の別荘へと到着すると。


Gattina(子猫ちゃん)、車酔いはしなかったかい?」

 運転席から堀の深い美青年が飛び降り、荷台に駆け寄る。


偽善者(フェイカー)に悪酔いしちゃった」

 かすみが差し出された手を握り、荷台から降りると。


マンマ・ミーア(なんてことだ)! お気に入りのシャツが台無しだ」

 フェイカーは自分のお腹を見ながら、首を左右に振った。


「弾丸は?」


 堀の深い美青年……フェイカーがロォーレンンンツォーと紹介した男が話しかける。

 フェイカーはポケットから小石のようなものを取り出し、男に放り投げた。


「マントにも穴が開いてる」

 微妙にへこむフェイカーを無視して、男はその石をルーペで調べ始める。


「これは空気銃用の殺傷貫通タイプだね、日本じゃ表でも裏のルートでも……手に入らないはずだ」


「ユニオンかな? 個人輸入かな?」

「調べてみないと分からないが……」


 かすみが首を捻ると。

「こいつは丈夫さだけは折り紙付きだから」


 ロォーレンンンツォーは、まだ自分の衣装をチェックしているフェイカーを見て楽しそうに笑い。


「けど危険を冒した甲斐があったね、キミたちの欲しがっていた情報は手に入ったよ」

 胸ポケットから、小型のフラッシュメモリーを取り出す。


「じゃあ、部屋に戻って謎解きをしよう」

 フェイカーはそう言って歩き出したが。



 そのつるつる肌の見事なシックスパックを見ると……

 かすみの頭の中は、まだ謎だらけだった。




 ¬ ¬ ¬




 かすみはホテルに行く前の状況を思い返す。



 フェイカーが謎の電話をかけてから一時間もしないうちに、ロォーレンンンツォーはかすみたちのいる事務所のような部屋に直接乗り込んできた。


 ジーンズに革ジャンを着て、真っ赤なフルフェイスのヘルメットを片手に持ち。

 サングラスを外すと瞳は青く、革ジャンの下のドレスシャツのボタンは上四個外され、たくましい胸板の上で、胸毛がそよいでいた。


 くせ毛の栗色のロン毛に、無精ひげ。

 しかし精悍で整った顔立ちと長い手足は、男性ファッション誌のモデルのようだった。


 そんな絵にかいたようなイタリア男だったが……

 以前のフェイカーの変装を知っているかすみは、これも変装じゃないかと疑う。


「そちらが噂のかすみさんかい?」

 フェイカーが頷くと。


Ciao(こんにちは)! ロレンツィオだ、あえて光栄だよ」


 握手を求めるように手を差し出したので、かすみが立ち上がって応えようとすると。かすみの手を取り、強引に引き寄せてハグする。


「噂以上の素敵な女性だね!」

 そして顔を覗き込んできて、バチりとウインクした。


 見てくれはどうあれ……とりあえずどんな女性でも褒めちゃうところとか。これは間違いなくイタリアンクオリティだわ。


 かすみがため息をつくと。


「早速で悪いけど、相談がある」

 フェイカーは少しすねたような顔でそう言った。


 ロレンツィオはかすみを解放して、フェイカーに向かって微笑み。

「もちろん問題ないよ、そのために急いできたのだから」

 楽しそうに両手を広げる。


 二人の歳は同じぐらいに見えたが……かすみには、そのやり取りは年の離れた仲の良い兄弟。あるいは、親子のように感じられた。


 フェイカーが状況を説明していても、微笑みながら聞く姿は、どこかもっと大人の……落ち着いた貫禄のようなものがある。


「じゃあまず、そのBambina(女の子)に会わせてよ」

 かすみの了承を得るようにウインクしてきたので、コクリと頷くと。


「ならこれを先に見てほしい」

 フェイカーがパソコンを立ち上げ、静香の映像や『ジグザグ』から入手したデータをモニターに映し出す。


 途中から、ロレンツィオはかすみからモニターが見えないように体を入れ替え、イタリア語……のような言葉で、小さくフェイカーに話しかけると。


「かすみさん、すぐ戻るからちょっと待っててね」

 ロレンツィオはフェイカーを連れて部屋を出て行った。



 そして二人は十分もしないうちに部屋に戻り。


「事態は思ったよりシリアスだ、多少危険でも急いだ方が良いだろう」

 ロレンツィオがかすみにそう語りかけた。


「静香ちゃんは……」


「幸いあのハーブに手を出して、それほど時間が経ってない。けどあれはただの麻薬より危険なモノだから、急いで知り合いの病院に搬送しよう」


 ロレンツィオはそう言うと、有名大学の附属病院の名前を出し。

 部屋の回線電話から、誰かに連絡を入れる。


 かすみがフェイカーに顔を向けると。


「もう一度眠ってもらいました。多少禁断症状で熱を出していましたが、もう安心です」

 かすみを元気付けるような優しい微笑みを向けてくる。


「急ぐって?」

 かすみは思考を切り替えた。


 こうなったらぐずぐず心配しても仕方がない。静香は専門医に任せて、今自分のできることをしようと。


「話にあった大野さんのお誘いは、三つの可能性があります」

 ロレンツィオの仮説では。


 一つ、ただのナンパ……可能性は低い。

 二つ、任意同行を警察が求める。

 この場合、ホテルに警官が配備している……本命。


 三つ、同じように任意同行をかすみに求めるが、警察内の裏切り者か内通者から情報が渡り、麻薬組織がかすみの誘拐をまた狙ってくる……最悪のシナリオ。


「三の可能性があるのなら、他のアイディアで行こう。かすみさんを危険にさらすわけには……」


 フェイカーの考えでは、一か二を見極め、二ならその状況から警察の動向を探る予定だったそうだが。


「待って! のんびりしていられないのでしょう、ならあたし行くわ」

 かすみはフェイカーの言葉を止めて、そう言った。


 フェイカーが言いよどむと、ロレンツィオはかすみに向かって。

「なぜ三の可能性が出て来たか。それはこの犯行の裏には国際的な組織がいると、僕は考えているからだ」

 堀の深い柔和な顔に、笑みを浮かべる。


「国際的な組織?」

「僕たちはターパ・ユニオンって呼んでる。このハーブは奴らが好んで使う薬品に似ているし、犯行手口も似ている」


「そいつらが麻薬組織や……警察に絡んでるって言うの」

「その可能性が高いし、もっと最悪の場合もある。それでもキミは行くかい?」


 かすみにはそれがどれだけ危険か、理解できてないかもしれないと考えたが。

 静香の現状や、死んだ叔父の事……


 隣で心配そうにかすみを見つめるフェイカーの事が気になり。


「どこまで出来るか分かんないけど、やれることがあるなら頑張る」

 決意を込めてロレンツィオの瞳を見つめ返した。


「いい目だ、やはり噂以上にあなたは素敵だ」


 ロレンツィオはそう言うとにこりと笑って、厚い胸板と胸毛を見せつけるように背筋を伸ばす。

 かすみはそのイタリアンクオリティに少し引いたが。



 とにかくやれることから頑張ろうと……

 もう一度、決意を固めた。

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