表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

母になった元勇者

作者: 笹 塔五郎

 木々に囲まれた場所で、一人の少女が剣を握っていた。

 目を瞑り、意識を集中させている。

 長い白髪が時折風で揺れた。

 整った顔立ちをしていて、目を開けば藍色の瞳が見える。

 上は白いシャツ一枚に、下はショートパンツというラフな格好だった。

 ただ、その手に持つ剣は少女が持つには少し大きい直剣だった。

 それでも、少女は剣を片手で抜き取ると、


「ふっ――」


 小さな呼吸音と共に、剣を振るう音が周囲に響く。

 地面を踏み締めながら、さらに剣を振るっていく。

 これは少女の日課だった。

 毎朝剣を振るう事――日々の鍛錬の一つだ。


「ふう、もうほとんど遜色ないかな」


 しばらく剣を振るってから、少女は小さく息をはいた。

 少女の名はレナン。

 かつて魔王を打倒した勇者であり、男であったという事を知る者はほとんどいない。

 もう五年も前の話――魔王を倒した際に受けた傷が原因で、勇者エディル・フォルスターは致命傷を負った。

 治療法もなく、確実に死を迎えるはずだった彼を救ったのは仲間の一人だった錬金術師のクルト・アーレイ。

 ホムンクルスを作り出す技術を編み出していたクルトによって、代替の身体を手に入れたのだった。

 ただ、即席で作られた身体は未成熟で、しかも性別も選べない状態だった。

 それでも、今のようにまともに動けているのはクルトのおかげであり、生きているだけでも感謝しなければならない。

 レナンという名前に変えた彼女は、そのまま辺境の地で余生を過ごす事にした。

 それには、もう一つの理由がある。


「おかあさんっ」


 ふと、レナンの方に向かって、幼い少女がやってきた。

 レナンとは対照的な長い黒髪に、宝石のような赤い瞳。

 白いワンピースがよく似合う少女の名はニナ。

 レナンが打倒した魔王の力を継ぐ者――すなわち魔王の娘だった。

 実際に血が繋がっているかどうかは定かではないが、ニナは確かに強力な力を持っている。

 仮にその力が暴走してしまっても、止められる人物は限られるだろう。

 ありとあらゆる可能性を考えて、結果的にレナンは引き取る事を選択したはずだったが、


「ニナ、もう起きたんだね」

「うん。おかあさん、いつも早起き」

「私は、そうだね。剣を振るうのが趣味みたいなものだから」

「わたしもおかあさんみたいに、立派な冒険者になりたい」


 冒険者――それは今のレナンの職業だった。

 立派というが、実際には辺境の地で小遣い稼ぎ程度しか行っていない。

 特別立派なわけでもないが、ニナにとってレナンは憧れの存在らしい。

 そして、それにレナンも答える。


「もちろん、なれるさ。だってニナは私の娘なんだから」

「えへへっ、おかあさんだいーすきっ」

「ああ、私も好きだよ」


 こんな風に、純粋にこの子を愛する事になるとは思ってもいなかった。

 それでも、かつては人々のために剣を振るったレナンが、今はニナのためだけに剣を振るっている。

 それを人々が知ったら何と言うだろうか。


(いや、そんな事は関係ないな)


 幼いニナを抱きかかえて、レナンは家の方へと戻っていく。

 守るべき者を守る――それはいつだって変わらないのだから。


   ***


 最初の頃は色々と戸惑った。

 女の身体で子育てをする。

 どちらも慣れない事どころか、初めての経験だったからだ。

 ミルク一つ満足に作れなかった頃に比べれば、今は大分成長したと思う。

 バランスいい食事というのは難しいものだった。

 肉、魚だけでなく野菜も取り入れる。

 テーブルに並べられたのは、レナンの作った朝食だ。

 野菜は近くの村で購入したり、もらったりした物を利用している。


「それじゃ、いただきますしようか」

「いただきまーすっ」

「はい、よくできました」

「えへへっ」


 席について手を合わせたニナを褒めると、ニナは嬉しそうに笑った。

 こんな小さな事でも褒めるのは間違っているのだろうか、と時々思う。

 けれど、娘の可愛らしい笑顔を見たいと思うのはきっと普通の事だ。

 ニナはよく食べる。

 だから、レナンの冒険者としての多くは食材の調達だ。

 ニナのために食材を得られる依頼ばかり受けていた。


「おかあさん、朝ごはん食べ終わったら稽古して?」

「食後の運動がしたいのかい」

「うんっ、おかあさんよりも強くなりたいしっ」


 満面の笑顔で言うニナだったが、素質だけで言えばそれは十分に可能だった。

 ニナは魔王の力を継承した、魔王の娘なのだから。

 その力の使い方を間違えないように教えてやるのがレナンの役目でもあった。

 レナンは立ち上がると、ニナの頭を優しく撫でる。


「おかあさん?」

「ゆっくり食べてなさい。後で稽古はつけてあげるよ」


 レナンは剣を持つと、そのまま家の外へと歩いて行った。


   ***


 レナンが剣を提げたまま、森を抜けていく。

 そこには一人の男が立っていた。

 周辺を探るように見ていたが、レナンの姿を見ると少しだけ警戒した仕草を見せる。

 だが、レナンが優しげな笑みを浮かべると警戒を解いた。


「ここに何用でしょうか」

「黒髪で赤い目をした少女を探している」


 レナンの問いに、黒衣に身を包んだ男がそう答えた。

 レナンは表情を変えないまま問い返す。


「なぜ?」

「知れた事。魔王の力を受け継ぐ者を殺すた――めっ!?」


 次の瞬間、レナンが男の首をはねる。

 それは一瞬の出来事で、男も反応できなかったようだ。


「……この程度で暗殺者か。笑わせる」


 ニナを狙う者は大勢いる。

 魔王軍の残党にも、新たな魔王として受け入れようとする者と、魔王の力を狙う者。

 人間の側からすれば、魔王としての力が覚醒する前に殺してしまおうとする者。

 誰にもニナを渡すつもりはない。

 もうレナンは勇者ではなく、一人の母として生きているのだから。


「さて、ニナのところに戻らないと」


 剣を納めると、レナンは駆け出す。

 かつて勇者だった男は、魔王の娘の母として生きていくのだった。

短めですけど、こういうのもいいなと思ったやつを。

勇者と魔王ネタからの母と娘のほのぼの話みたいなのもいいなと思いました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いいね、好き
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ