リンゴ嫌いな白雪姫
昔々、あるところに黒檀のような黒い髪に雪のような白い肌、血のように赤い唇を持つ少女がいました。彼女はその肌の色から白雪姫と呼ばれていました。
「白雪姫。今日のリンゴですよ」
母親である王妃は可愛らしくカットしたリンゴを見せて言いました。リンゴの皮をウサギの耳に見立てたものや、リンゴの皮で花の形を描いたものもありました。
「お母さま。リンゴなんか食べたくありません」
生のリンゴは酸っぱいので、白雪姫は嫌いでした。
「リンゴを毎日一個食べれば病知らずと言います。そんなに青白い肌をしていて、すぐに寝付くのだから、リンゴを食べなさい」
白雪姫の肌が白いのは病弱で寝込むことが多く、日の光に当たらないからでした。王妃は少しでも白雪姫の身体を強くしようと、薬師に勧められた毎日リンゴを食べるという食餌療法を実践していました。
「はーい」
不承不承、白雪姫はリンゴを口にしました。酸っぱくて、とても食べられたものではありません。
「そうそう。それでいいのよ。いい子ね、白雪姫」
王妃は白雪姫がリンゴを一口食べたのを見届けると、残りも食べるものだと安心して出て行きました。
王妃の姿がなくなると白雪姫はリンゴをハンカチの上に吐き出しました。そして、バルコニーの隅に皿にある残りのリンゴを置いておきました。こうしておけば、リンゴは小鳥たちが食べてくれるからです。
ある日、白雪姫は毎日のように母親である王妃からリンゴを食べるように言われるのが嫌になって、肉を城に届けに来た猟師に頼んで森の中まで連れて行ってもらいました。
森の中まで王妃も毎日リンゴを食べるようには言ってこられないと思ったからです。
森には猟師の知り合いの小人たちの家がありました。白雪姫はそこに預けられました。
小人たちは白雪姫に掃除や洗濯、食事作りをさせました。
お城のお姫様だった白雪姫はどれも初めてのことでうまくいきません。
それどころか、白雪姫は何日も寝込むようになりました。
小人たちはお城に白雪姫のことを知らせました。
王妃は白雪姫のことが心配で小人たちの家に通ってきました。
「白雪姫。だから言ったでしょ。さあ、リンゴよ」
「いらないわ! リンゴなんかより、苦いお薬のほうがマシよ!」
王妃は白雪姫に苦い薬を飲ますことが嫌でリンゴの食餌療法をしていたのでした。
ですが、白雪姫はリンゴの酸っぱさが嫌いでした。酸っぱいリンゴを食べるくらいなら、苦い薬のほうがまだ我慢できました。
白雪姫を心配する王妃と我儘を言う白雪姫。二人の遣り取りを見て、王妃と一緒に来ていた薬師は言いました。
「王妃様。寝込んでおられる今はお薬で症状を軽くする方が先決でございます」
「ええ、そうね。今は薬のほうがいいわね」
王妃は早く白雪姫に元気になってもらうのが先だとリンゴを食べさすことを諦めました。
「姫様、お薬でございます。ここに三日分置いておきますので、朝昼晩の一日三回お飲みください」
薬師はカバンから薬を取り出すと、近くのテーブルの上に置きました。
王妃はその薬の一包を手に取ると白雪姫に水の入ったコップと一緒に差し出しました。
「さあ、白雪姫。お薬ですよ」
「はーい」
リンゴより薬のほうがいいと言ってしまった為、白雪姫は苦い薬を飲むしかありませんでした。
「病気が良くなったら、リンゴも食べるのよ?」
そう言って、王妃は籠いっぱいに入っているリンゴを小人たちの家に置いていきました。
白雪姫は薬を飲んでそのまま眠ってしまいました。
仕事から帰って来た小人たちは籠いっぱいのリンゴに目を丸くしました。高級品であるリンゴがこんなにもあるのは店ぐらいです。それが家にあるのです。小人たちが驚かないはずがありません。
リンゴは異国から取り寄せる高級品でした。王妃は身体の弱い白雪姫の為に異国からリンゴを取り寄せていたのです。
「白雪姫。このリンゴはなんだい?」
「お母さまが食べろって、置いて行ったのよ」
白雪姫はベッドに横たわったまま、リンゴの入っている籠を見ずに答えました。リンゴを見るのも嫌だったからです。
よく考えれば、白雪姫はお姫さまです。リンゴのような高級品があることにも慣れているのでしょう。
しかし、小人たちがリンゴを食べる機会はほとんどありません。7人のうちの1人の誕生日に食べるくらいです。
そんなリンゴが籠いっぱいだったのは、小人たちの分も入っているようでした。それが白雪姫を預かっている小人たちへの礼なのか、小人たちが体調を崩して白雪姫に移っては困ると思って用意したのかはわかりません。
「白雪姫は王妃様に愛されているんだね」
しみじみと小人が言うと、白雪姫は鼻息荒く言いました。
「こんな酸っぱい愛なんかいらないわ!」
流石に小人たちもこの白雪姫の態度が頭に来ました。
「リンゴは一つで僕らの一日の稼ぎぐらいするんだよ?」
「それでもいらないわ。だって、愛は値段にできないものでしょ?」
小人が諭しても無駄でした。愛はお金では買えないかけがえのないものです。高級品であるリンゴをいくら取り寄せても、愛の証明にはなりません。
リンゴは白雪姫が嫌がっているだけに、嫌がらせだと受け取ることもできます。
「それはそうだけどさ・・・」
小人は高級品であるリンゴを嫌がる白雪姫の態度にまごつきました。
「ねえ、小人さんたち。これがそんなに価値のあるものなら、売りましょうよ。食べないで腐らせるより、誰かに食べてもらったほうがリンゴだって幸せよ」
白雪姫は酸っぱいリンゴを見るのも嫌だったので、売ってしまうことにしました。
「だけど、白雪姫。王妃さまが持って来て下さったリンゴなんだよ?」
「もらったから、もうわたしのものよ。わたしのものなんだから、何をしてもいいでしょ?」
翌日、小人たちは白雪姫のリンゴを全部売りました。お金がたくさん手に入ったので、白雪姫の好きな甘いお菓子を買って帰りました。
それから二日後、薬師を連れた王妃がやって来て、また薬とリンゴを置いていきました。
その翌日、小人たちは白雪姫のリンゴをまた全部売りました。
次に薬師を連れた王妃がやって来た時、白雪姫の病気はすっかり良くなっていました。王妃はリンゴだけ置いて帰りました。
小人たちはまた白雪姫のリンゴを全部売りました。
王妃が来てリンゴを置いていくたびに小人たちはそれを売りました。白雪姫には王妃のリンゴが大好きなお菓子になったことを喜びました。
しかし、お城と違って、粗末な食事しかできない小人たちの家では体調を崩すことも多くなりました。
その日も小人たちの一人がお城に白雪姫が寝込んだことを知らせに行くところでした。
小人は王子さまとぶつかりました。白雪姫という美しい姫の噂を知っていた王子さまは彼女が病気で寝込んでいると聞き、小人たちの家に行きました。
寝込んでいる白雪姫に王子さまは一目で恋をしました。
リンゴ嫌いで病弱だということも小人に聞いた王子さまは持っていた瓶を開け、その中身をスプーンで白雪姫に与えました。
「おいしい! なんておいしいの!」
甘くておいしいジャムの味に白雪姫は驚きました。
「これを毎日食べさせてあげるから、結婚してくれますか?」
「こんなにおいしいものを毎日食べさせてくれるなら、喜んで結婚するわ!」
王子さまはニッコリ笑って、白雪姫を国に連れ帰りました。
王子さまの国はリンゴの産出国で、色々な種類のリンゴがあり、様々な食べ方や加工品がありました。
白雪姫は毎日のようにリンゴのジャムやリンゴのコンポート、リンゴのパイなどを食べて、シナモン王子と幸せになりました。
王子さまの国ではお酢はリンゴ酢。お酒は林檎酒。そのどちらかが白雪姫の毎食に使われています。