トリフト領にて5
宿に着いたときは宿の主人のみだったが、現在はウェイトレスさんっぽい人が3人とウェイターさんっぽい人が1人いた。ウェイトレスさんっぽい人達は全員可愛かったが、サラと呼ばれていた子はその中でも群を抜いて可愛かった。
冒険者共の野太いコールもわからんでもない。が、やはり言いたい事はたくさんある。
しかし、それ以前に解決しなければならない問題が一点。
二階に泊まっているのだから部屋に持って行って食べればいいのではと思い、通りかかったウェイトレスさんっぽい人に確認してみたがダメらしい。規則で決まっている、と元の世界を思い出す完璧なマニュアル対応だった。
部屋で食べられないなら食堂で食べるしかないのだが、一向に席が空く気配は無い。
階段の前は少しスペースが空いているが、そこにも冒険者らしいグループがエール片手に談笑している。たまにテーブルの上からサラダやつまみを取っていっているので、席に着いているグループの一部なのだろう。先程からそのグループや、比較的階段に近い場所に座っている冒険者達からチラ見されている事に、何とも言えない居心地の悪さがある。
「なあユキト、一回部屋に戻らないか?」
「そうだな」
自分たちが飯を食べている近くに、人がボケッと立っていれば気になるのだろう、たぶん。
一度撤退して、いつまで混雑が続くのかはわからないが混雑が解消された頃に夜飯を食べに降りてくればいい。
2日か3日滞在するのだ、明日以降は飯の時間は気を付けた方がいいと心に刻みながら階段を上ろうとした瞬間、野太い声とは別の声が響いた。
「あー宿の方のお客さん!」
先程から冒険者に呼び止められていた看板娘(?)のサラだった。
「おとーに日が沈む少し前にご飯食べに来い、って言われたでしょー! もしかしてここまで混まないって思ってたんですか!? 失礼ですね! 怒っちゃいますよ、もーーー! 日が沈む少し前って言われて、日が沈んだ直後くらいなら誤差の範囲内ですけど、お兄さんたちは完全にアウトですよ、もーーー!」
怒っちゃいますよ、と言いながらも目は怒っているようには見えなかった。どちらかというと楽しんでいる気がする、この子は。良く言えば元気、悪く言えば騒がしい子だが、このテンションは嫌いじゃない。
問題は冒険者達だ。呼び止められた辺りから、冒険者達の雰囲気が豹変していた。
店内にいる冒険者達の約半数といったところか、眼力がヤバイ。こちらに隠そうとしない、嫉妬のこもった目。
飯なんていらないから全力で二階の部屋へ逃げ込みたい。ユキトも同じようなことを考えている気がする。
「おとー宿の方のお客さん、やっと降りてきたよー」
「カウンターの横空いてっだろ、今から作るから適当な箱にでも座らせとけ」
カウンターの奥、おそらく厨房だろう。そこに向かってサラが声をかけ、宿の主人の声が返ってきていた。
それを聞いたサラがこちらに来て俺の手を引く。それに伴って嫉妬が殺気に変わった気がする。そして手を引かれているせいか、俺とユキトで分散されていた視線は俺に集中している。正直手を取られてドキッとしたが、そういった事とは全く関係がない、冷たい汗が流れ出そうだ。
「皆さん過剰反応し過ぎですよ、もー!」
どうやら俺の現状はわかってくれていたらしく、その言葉で冒険者達の殺気は納まり、嫉妬に戻った。居心地は相変わらずだが、殺気よりかは嫉妬の方がまだマシだ。
「お兄さん達はここで食事! ちゃんとした席じゃ無いけど我慢してね!」
階段からカウンター前の空きスペースまで数歩、たったそれだけの距離がものすごく長く感じた。まだ嫉妬の視線はあるが、徐々にそれも解消されてきており、そのうち元の喧騒に戻るだろう。もうサラが爆弾を投下しなければ、だが。
少し遅れてユキトもこちらに来た。俺を盾にしたおかげか、俺よりかは疲れて無さそうだ。
「お兄さん達は冒険者っぽくないけど冒険者なの?」
「おう、って言っても本日なったばかりで新人だけどな」
「ふーーーん」
冒険者の次はサラにじっくりと見られ、それに伴って周りのボルテージは再び上がってゆく。
「な、なあ、えーっと」
「サラ! サラでいいよ」
「サラさんさ」
「サラ!」
「サラ、わざとやってない?」
「ばれた…」
サラのその一言で冒険者達は大笑いし、ようやく嫉妬の視線から解放された。
どこからどこまでサラによってコントロールされていたのかは謎だが、この一連の流れはサラによって作られた、そんな気がした。
恐るべし看板娘。
「時間守らなかったお兄さん達へのちょっとしたいたずらだよ、許してほしいなー」
ちょっとしたという部分に疑問があるが、実際言われた時間に食堂に来ていれば何事も無く飯が食えたかと思うと何も言い返せない。
「ところでお兄さん達、名前は? 女の子に自己紹介させておいてお兄さん達は無し?」
「あ、悪い。俺はマサキ。んでこっちが―――」
「ユキトだ。数日お世話になる」
「マサキにユキトさんね! 明日からは日が沈む前に食堂に来たほうがいいよ!」
そう言ってサラは別の席へ料理を運んだり、ウェイトレスの仕事に戻っていった。
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「なあユキト、別のところに飯食いに行かないか?」
「いや、私達はすでに夜朝の食事代金を支払っている、故にその選択肢は無い」
「俺の故郷には金で時間を買うという言葉が―――」
「ここにもそういう言葉があるぞ。貴族は金で時間を買い、平民は時間を売り金を得る。私達はまだ、金で時間を買うほどの余裕は無い。ゆくゆくは金で時間を買いたいものだ」
「そ、そうだな」
「おとなしく席が空くのを待つぞ」
という会話があったとか無かったとか。
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すみません、先週は風邪引いて寝てたのです。まだ蒸発はしていないので、引き続き生暖かく見守っていて下さい!
あとやはり会話のテンポを筆頭に表現力等、己の力不足感がアレですね。ええ、アレです。
がんばります…