トリフト領にて1
朝食を終え、服を着替えて来いと言われたので一度ユキトとは分かれる。執事さんに連れられて、今日俺が目覚めた部屋で渡された服に着替える。
服はユキトと同じような黒の上下に青いローブだった。肌触りなどに文句は無く、俺が普段着ていた服と同等以上の物だ。
着替え終わった俺は、部屋の前で待機していた執事さんに再度連れられて玄関のような所に案内された。そこには先ほどまでと変わらない格好のユキトが待っていた。
「では行こうか」
そう言ったユキトの顔は、楽しみで仕方がないという表情をしていた。
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現在、ユキトが迷子だ。いや、ここは潔く自分の非を認めよう。
俺が迷子だ。
ユキトの屋敷を出たときは、見送りが執事さん一人だったことを不思議に思い、理由を聞きながら歩いていたためはぐれなかった。ちなみに理由は、ユキトの家族は皆さん忙しく、昨晩の内に別れを済ませておいたとのこと。使用人に関しては見送り不要と言っておいたらしい。
ユキトとそういった話をしている内ははぐれることもなかったのだが、住宅街の様な所を抜けて異世界の街並みというものが見え始めてからは興味がそちらへ持っていかれた。そして気づいた時にはユキトとはぐれて迷子になっていた。
とりあえずユキトの屋敷に戻ろうにも道は覚えておらず、元々向かっていた冒険者ギルドへの道もわからない。幸いなことに言葉は通じるので、道を聞くことにする。
「あの、すみません」
「らっしゃい!」
「少し道を尋ねたいのですが」
屋台のおっさんに道を尋ねると露骨に嫌な顔をされた。
「ユキト・トリフト様のお屋敷への道を教えていただきたいのですが」
無言の圧がさらに高まる。
良く考えてみると、現在俺は怪しいやつなのではないだろうか。領主の屋敷の場所を屋台のおっさんに聞くやつは、馬鹿か怪しいやつくらいではないだろうか。その今にも衛兵呼びます、って顔になるのも納得だ。
「あ、そうか冒険者ギルドへの道を教えていただきたいのですが」
そう言うと少し屋台のおっさんの警戒は解かれたように感じる。が、嫌な顔は継続中だ。
「冒険者ギルドはあっちの橋を渡って三つ目の曲がり角を右に曲がれ。そうすりゃギルドの看板が見える」
「ありがとうございます、今は手持ちが無いので今度何か買いに来ます」
そう言ってその場を離れ、橋の方へ向かった。
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屋台のおっさんに言われた橋は、俺にとって因縁の場所とも言える所だった。
「うわぁ…」
思わずファイアーボールを投げ入れた付近を見て、声が出てしまった。
俺が投げ入れたファイアーボールによって起こった爆発。それによって河原の付近にあった家屋の屋根が剥がれたりしたのだろう。家屋の屋根の修理や、他にも桟橋を作り直しているのだろう、そんな姿が目に入る。
申し訳ないという感情と共に、人が巻き込まれなくて良かったと思う。
人をむやみやたらと傷つけたいとは思わないし、人が巻き込まれなかったから下級犯罪奴隷で済んだのだ。
「お兄さん、臭うわね」
家や桟橋を直している人たちを見て、少しぼーっとしていると声をかけられた。
振り向くとそこには青い髪を背中まで伸ばした、お姉さんが立っていた。真っ白なワンピースに真っ白な帽子。白い衣装がとても似合っている綺麗な人だった。
そんなお姉さんに臭うと言われ、気づけば自分の腕を鼻の前に持ってきていた。
「あの、臭いますか?」
「いえ、ごめんなさいね。そういう意味ではないの」
「ん?」
「お兄さん奴隷よね。身なりはいいからそれなりに良い主人に出会えたのでしょう」
「あの、なんで俺が奴隷だと」
お姉さんが手のひらをこちらに差し出すと、そこに氷の板が生まれた。
「見えるかしら、あなたの首に線が引かれてあるでしょ。それが奴隷を示しているのよ」
そう言われて気づく。屋台のおっさんはこれを見て嫌な顔をしていたのではないだろうか。
「いい主人に出会えても、やっぱり奴隷だといろいろ制限されるものよ。もしお兄さんに何かやりたいことがあるなら、私が奴隷から開放してあげるわ。そして手伝ってあげる」
「ありがとうございます。ですが結構です」
「あら、悩みもせずに即答されるとは思わなかったわ」
「確かにさっさと奴隷から解放されたい。そう思ってるんですけど、きちんと償いはしようと思います」
お姉さんが何故、俺を奴隷から解放してくれようとするのか疑問に思わないと言えば嘘になる。が、その疑問からお姉さんの提案を断ったのではなく、本当にこう思っているから出た答えだ。
小さい頃から「悪いことをしたらきちんと謝りなさい」とばーちゃんに口酸っぱく言われてきた。もちろんそういう事はしないに限るが、やってしまったことはきちんと謝ろうと思う。
「お兄さんが自分の意思で奴隷を続けると言うのなら、無理やり奴隷から解放させる訳にはいかないわね」
「断っておいてなんですが、何故俺を奴隷から解放しようと?」
「うーん…一目惚れかしら?」
思わずドキッとした。
からかわれている、そう理解できるものの、やはりこんなに綺麗なお姉さんに一目惚れなんて言われたらドキドキしてしまう。
「振られてしまっては仕方がないわ、またね」
そう言って用は済んだとばかりにさっさと去っていく。何か一言声をかけようと思ったが、何も言葉が出ずにそのままお姉さんを見送った。
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「こんな所にいたのか」
家や桟橋を直している人を見ながら、ぼーっとしているとユキトに声をかけられた。
声がした方を向くと、ユキトが少し険しい顔をしていた。
「あー、はぐれてすまん」
「それはいいのだが、何か変わった事は無かったか?」
変わった事と言われても特に思いつかない。はぐれてからは屋台のおっさんに道を聞いて、この橋に来てから少しぼーっとしていたくらいか。
「いや、特に無かったけど」
「そうか…」
ユキトは険しい顔のまま数秒俺が来た道を見つめ、冒険者ギルドの方へ向かって歩き出した。
「行くぞ、もうはぐれるなよ」
俺は何か忘れている様な気がしたが、ユキトを追いかけ、冒険者ギルドへ向かった。
執事さんの名前は無い。
青髪お姉さんの名前は有る。