幕間/本物との邂逅
「うわっ、本当に来てしまった」
リミアが目を覚ました先は見知った空間だった。見知ったというより、覚えたくはなかった、来たことすら忘れたかった、というか来たくは無かった場所だった。
その場所は白い壁がどこまでも続いているような部屋だ。以前はコロコロと見た目が変わったりもしたが、最初の白い部屋は変わらない。
しかし、変わった事もある。目の前の椅子に行儀よく鎮座する人物だ。
以前は見た目詐欺の、詐欺師の、ピエロの、傲岸不遜で人を貶めることしか考えていないような人物が偉そうに座っていたのに、今回は全く違った。
その人物は、銀髪ではなく金髪で、白い衣を纏い、清楚な雰囲気を醸し出し、美しい顔を笑顔で飾っていた。
見知った部屋、しかし目の前には見知らぬ美少女が座っていたのだ。
「リミアさん、お久し振りです。お元気でしたか?」
目の前の美少女がリミアに話しかける。しかし、記憶力が極端に低いリミアは、目の前の人物の「お久し振り」といく言葉に反応することが出来ず固まってしまっていた。
その事に気づいた美少女は手で口元を隠し、少し笑みをこぼした。
「もしかして、覚えてらっしゃらないのですか?」
「ええ、まあ、すいません」
申し訳なさそうに謝る。
「いえいえ、あの時と格好が違いますから仕方がありませんよ。なんせあの時は黒い兎さんの格好をしてたんですからね。恥ずかしかったなぁ」
最後の方は小声となって聞き取りずらかったが、兎の格好と聞いて少し思い当たる記憶があった。そう、それはここで女神と勝負をした際、隣にいた───
「あの時のバニーさん?」
「ええ、そうですよ。でも、その呼び方は変わらないですね」
もう、と笑いを込み上げる美少女。
「ごめんなさい。名前を教えてもらってもいいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。元々そのつもりでしたから。私の名前はレットセリン、異世界の管理を任された“喝采”と“快楽”を司る女神です。名前はセリンとお呼びください」
「め、がみ?」
女神という単語を聞いて少し暗い感情が目を出したが、すぐにそれを引っ込める。目の前の人物セリンと、あの詐欺神アリアを一緒くたにするのは違う気がする。
それに、あの女神は地球の輪廻担当と言っていた。そして、セリンは───
「異世界担当?」
疑問と一緒にそう呟いたリミアの言葉にセリンは頷く。
「そうです、私が本当の異世界担当の女神です」
「じゃ、じゃあ、やっぱりあの女神は」
そう言うと一瞬、顔を歪ませたあと困ったように笑った。
「あの人は時々私の世界に来ては遊んでいくんですよ。私のこの空間で遊ぶのはまだいいんですけど、リミアさんのように勝手に転生させたり、転移をしたりするので困っているのです」
「僕以外にも他にいるんですか?」
「ええ、まぁ。リミアさんの前に3人程は転生者として、5人ほどは勇者として送っていました。本当は一世界に1人と上限は決まっているんですけどね、少しあの人は権力が強い方なので、その、無茶を通せたりできまして」
つまり、あの女神アリアは天界と呼ばれる場所に住まう34人の神のうちで、実質的に2番目程の権力を持っているのだという。それは何故かと問えば年長者と、後は功労者だったり、切れ者だったりするからだそうだ。
「あれが功労者ね。切れ者なのは認めるけど、功労者ってイメージは湧かないな」
思ったことをそのまま口に出すと、セリンも同感ですと合わせてくれる。
「あの方はここ100年は神々の間でも惰性で貪欲な女神と呼ばれていますけど、以前は凄かったんですよ。それも私が憧れるくらいに」
「へー、あの女神に憧れる、ね」
「はい。女神アリアは“高潔”と“慈愛”、そして“嫉妬”を司る女神なんです。そして、今は地球の輪廻という楽な仕事に就いていますが、以前は世界を6つ程管理していた人だったんですよ。それも決して人を無碍にはせず、親身になったりもしていました」
想像ができない、そう思ったリミアはその話を聞いて唖然としてしまった。
「それに、今でも彼女の再起を望む神も少なからずいまして、私もそのうちの一人なのですが、まあ、その再起を願う神からすれば多少の問題は見逃すようにしているのですよ」
「それで僕が不幸になるのは頂けないんですけどね」
「ははは、ごめんなさい」
空笑いをしながら頭を下げてくる。別にあの女神以外に謝られても仕方が無いが、ここで変に断っても彼女の気が晴れそうにないので素直に受け取っておく。
「……そういえば、僕がここにいるということは死んじゃったんですか?」
確か記憶を失う前は、世にも珍しくはないらしい迷宮に落とされ、世にも珍しいような化物に追いかけられていたのは覚えている。しかし、そこで致命傷を負い倒れてしまったのだ。それからここに来てしまったということはそういうことではないのか?
「いえ、リミアさんは今は死んではいませんよ。性格には仮死状態となっている、と言っておきましょうか」
「仮死状態?」
「はい。それはまあ必要な処置のようで、あちらでは頑張っているようですよ?まあ、仮死状態のお陰でリミア様と再開することが出来ましたけどね」
「ふーん、あれ、そういえば女神はいないのか?時々遊びに来ているってさっき言ってたけど、それは今じゃないの?」
リミアは部屋を見渡す。部屋の隅から隅まで見て回るが、女神のめの字すら姿形なく、その存在は見受けられなかった。
「あの方は今、この世界にはいるんですけど、その……ちょっと違う場所にいまして」
「ここにいるのに、違う場所?」
「はい、地球でいうのならトレーニングルームにでもいると言いましょうか。そこである人達を鍛えているんですよ」
「へえ、誰?」
「いえ、それは口止めされてて、本当はリミアさんをここに呼んだことはアリアさんに知らせていませんので……」
「ふーん、まあここに来ないならいいかな」
本当のところは気になることだが、女神がここに来ないのであれば、そんな情報欲しいとは思わない。
「じゃあ、ここに呼んでのは女神は関係なく、謝るためだったの?」
「ええ、それもありますが、もう一つあるんです。近々、リミアさんの世界に勇者という存在が召喚されますので気をつけるように忠告を」
勇者とはまた定番が来たなと、思う。
勇者とは王道でいうなら、悪い魔王を倒すために仲間を集め、強くなって、魔王を倒して、世界を平和にして意中のあの子と幸せになる人たちのことを指す。
だが、リミアが読んだことのある本での勇者は外道そのもので、その勇者は魔王は放置してチートの能力を使いまくり好き勝手していた。まずはお姫様を食い、そこらの盗賊美人を食い、僧侶や女騎士を食い、魔王が女の子ならそれも食ってしまう野獣なのだろう。
はっきり言ってしまえば、リミアは勇者というものがそこまで好きではなかった。
「でも、何でまた勇者なんてものが?」
「理由は幾つかありますが、一つはリミアさんと言っておきましょうか」
「え、僕!?」
予想外の疑惑に驚くリミア。もしかして悪いことでもしたの?と呟くと慌ててセリンがそれを止める。
「別にリミアさんが悪い訳ではありません。ただ少し関係があると言っておきましょう。これは言っていいのかわかりませんが、伝えておきます。勇者として召喚されるのはリミアさんのクラスメイトです」
「え?」
絶句、そう絶句した。リミアはその言葉を聞いて思わず考えたのだ、あの濃ゆい面々を異世界転移?そんなことしていいの?と。
「なんで、僕のクラスの人達が?」
「それは、それとして理由がありまして、1割はリミアさん、9割はアリアさんと言っておきましょう」
「また、あいつなのか……」
しかし困ったことになった、本当にあの面々が異世界に来るのならリミアは本当に島から出たくはなくなったからだ。
良い言い方で表すのなら個性豊かなクラスメイトなのだろうが、本質は中二病、オタク、自己中の塊のようなクラスだった。イケメンや美少女は多く、だがその容姿に反して性格はドブ溝以下だった。
ある日、左手を抑えて「力が出てくる」と叫ぶ人もいれば、「私、今はフリーで」という性格の悪い女の人や、「男と男の絡み合い!」という人もいれば、「女は俺のおかず」という外道が僕を除く男子生徒がいたりするのだ。そんな連中と遭遇したりすればただじゃ済まないのかもしれない。
「もしかし、僕も襲われたり?そんな訳ないよね」
少しの懸念を笑顔で蹴るリミアだが、セリンはそれを何を言っているの?という顔で見てくる。
「リミアさんの容姿は異世界では絶世の美少女だということを自覚していますか?リミアさんが先程言われたクラスメイトの方々の性格を考えますと、恐らく襲われますよ」
辞めてほしい、そっちの気は無いのだから。
「待って、その話は申したくない。それより、勇者が出るってことは今でも魔王はいるの?」
リミアが以前は聞いた魔王の話は、世界に一体だけ存在した邪龍族のマルスくんと、その母親くらいだ。その話も結構昔話だったようなので、もういないのでは?と考えたのだ。
「いや、魔王は今12人いますよ?あちらでは魔王なんて中々悪さをしないですから、討伐されるのもよっぽどではない限り無いのです。ですから魔王なんて少なくは無いんですよ」
「─────」
常識が音を立てて崩れていくような気がした。魔王が12人って何なの?と、そんな感じだ。
「……もう、やっぱり島から出ないようにしようかな」
「ええ、それも賢明な判断だとは思いますが、島の外にも面白いことは沢山ありますよ?」
「本当に?」
今の話を聞いてそんな事を全く思えなかった。寧ろ、出てしまったら地獄の始まりではないのか?と考えてしまうほどだ。
「まあ、島に永住するのもいい考えでしょう。しかし、人がいないのも寂しいものです。召喚魔法を使ってみるといいでしょう、きっと騒がしくて楽しくなりますよ」
あーそんな魔法あったな、と思い出しセリンの話を聞く。
「別に僕は騒がしいのが好きではないのですが」
リミアは地球にいた頃はよく本を読んでたりする男の子だった。運動も、アウトドアな事も沢山やるが、静かな場所での読者もなかなかどうして嫌いにはなれなかったのだ。
そう考えると図書室のような場所も作ってみたいな、と無人島を開拓することに頭を回していた。
「まあ、本当に召喚するかはリミアさん次第です。私は“喝采”を司る女神ですからオススメしておきますね。後は───どうやら時間のようです」
楽しそうに話していたセリンの表情が、一瞬にして固くなる。
「時間?」
「アリアさんがこちらに向かっています」
「ああ、なるほど。だったら僕はここから出ていくよ」
「そうされると、助かります」
セリンは座っていた椅子から立ち上がり、リミアとセリンの間の空いた場所に魔法陣を作り上げた。以前は落とし穴のように落とされて異世界に行ったが、これが本当の転送方法らしい。
「では、こちらに乗ってください」
セリンの誘導に従い、魔法陣の中央に立つリミア。正面を向くと丁度セリンと対面する形となる。
「また会えることを楽しみにしていますリミアさん」
「僕も、セリンさんとならまた会ってもいいかな」
「ええ、その時は友人としてセリンと呼んでください。私もリミア、と呼んでもよろしいですか?」
もじもじと、上目遣いで聞いてくるセリンに優しく頷く。
「勿論だよセリン。またね」
「はい!また、会いましょうリミア!」
それを最後にリミアは光に包まれ、白い部屋から消えて行った。
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今回はバニーさんの正体を書かせていただきました。でも、バニーさんを覚えている方なんていたのでしょうか?