13話/逃激闘
リミアは通路の壁を伝って、目的の転移部屋の上の地点を目指していた。
サイクロプスとの死闘の一戦、その後に緊張が解けたリミアはまともに歩くことが出来なくなっていた。
しかし、ここは迷宮。
じっとしている訳にもいかず、壁つたいで何とか目的地を探っていた。時々魔物との遭遇もあるものの、その全ては魔法で対処できるレベルであった為、苦労はしなかった。
普通の人間であれば、この最下層に近い魔物を魔法だけという訳にもいかなかったのだが、膨大な魔力を持つリミアは、その魔力を存分に使い簡単な魔法を、魔物にとっての致命的な威力まで持っていくことが出来た。
石ころを投げる筈が、隕石を投げてしまったようなものだ。
「ふぅ……やっと、ついた」
長い通路を曲がった先、100メートルはあるであろう一本道の先にその地点はあった。見た目は通路のみだが、その通路の下には確かに転移部屋が存在する。索敵で調べなくても、そこから漏れる魔力の量からそうであろうと分かってしまうのだ。
───帰れる
リミアはその長い通路を1歩、1歩と歩きはじめた。歩き出したリミアはここでの出来事を思い出し、これからの事を何となく考えていた。
初めての魔物との遭遇に、初めての強敵との戦闘、そして勝利。これらから得られるものは多かった。
まず、自分は弱いと感じた。もし、セラがいなければ自分は死んでいただろうと、そんな事を思うほどに。
「はは、どうしよう。アニメの主人公みたいに特訓って言うのもありかな」
軽く笑いそんな事を言った。
弱いのであれば強くなりたいと。そんなテレビであるようなセリフを吐き、そしてそんな自分を恥ずかしいと思う反面、少し驚いたりもしていた。
地球では努力を極力しないのがリミアだった。努力をしたのであれば、呼吸の扱いのみだったと思う。呼吸を知れば大抵のスポーツは楽になる、喧嘩も相手の事がよく分かり別に強くなろうとか考えたことも無かった。
だが、今の自分にはセラがいる。
それが理由だ。それだけが理由だった。
「セラにも手伝ってもらって、強くなろうかな。………もう、近接戦闘は嫌だから魔法でも磨こうかな」
空笑いでそう呟く。
目標の地点まであと30メートルを切った。不思議なことにここの通路に魔物が現れない。その事に不思議に思いながらも感謝をする。
「───え?」
ふと、音が聞こえた気がした。
それは何かを引きづっているような音で、足音ではない。だけど、どこか、どこか聞きたくはなかった音だ。
嫌な予感が脳裏を過ぎり、振り向きたくない頭を理性でなんとか振り向かせる。
いた。
そこには、敗北を喫し、移動する手段すら失った化物が、2本の腕で地面を歩き、残り2本の腕で戦斧を握りしめていた。
追ってきたのだ。負けた化物がそれでも執念に、足を引きづってでも。
「いやいや、ありえないでしょ…………」
突然現れた化物を見て思わずそう零す。倒したはずの化物が突然現れたのだから、仕方のないことだろう。
「グッフ…………」
化物はリミアの姿を視界に写すと軽く唸る。そして、身体中から赤い蒸気を昇らせ、リミアに抉られた仮面から覗いた目は赤く迸る。
サイクロプスが持つ固有スキルの名は“狂化”。その名の通り、使用した対象は理性が飛び、体の感覚を失っていくが、力と想いは増していく。感覚が無くなれば痛む身体など気にすることはなく、力が増せば目の前の敵を葬れる。後遺症が残るこの固有スキル、だがサイクロプスには関係がない。
戦う。
サイクロプスが思うのはそれのみだった。
化物は今、2度目の開戦と共に、通路を揺らす大きな咆哮を轟かせた。
「グォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
「くっそ!」
リミアがここでとった行動は戦う、のではなく逃避だった。体と精神はもう限界が近い、まだ戦えなくもないがそれでも、戦うことを拒んでしまうほどに、精神的疲労が溜まっていた。
転移部屋の地点まで全速力で駆け出すリミアを見てサイクロプスは少しの苛立ちと、大きな怒りを背負い、地面に置いた手を動かした。
「グオッ、グオっ、グォォオオオ!」
サイクロプスは腕の2本を器用に使い、リミアを追い立てる。その速度は走るよより早く、まだ70メートルもの差があった筈なのに、その距離は30メートルを切っていた。
「しつこいんだよ!」
リミアは迫るサイクロプスから逃げる、ということが不可能だと判断した。そして、その場で振り返り、“無限収納”に直した女神の細剣を取り出し構える。そこに、猛突進してきたサイクロプスの戦斧が叩き込まれる。
(“転移”!)
戦斧が迫った寸前で“転移”を繰り返すこと3回、頭の上、背中、腰へと来てサイクロプスの背後を取った。が、超感によって転移先を予測したサイクロプスは、左手に持つ戦斧で背後にいるリミアを襲った。
リミアはサイクロプスに転移先を予測されたことに動揺し、さらに迫る戦斧に対し回避ではなく剣で対抗することを選んでしまった。戦斧を細剣で弾いたリミアの胴体はほぼ無防備、そこにサイクロプスの拳が叩き込まれる。
「ぐぷっ!がはっ……」
腹を殴られ通路の壁に叩き付けられたリミアは、込み上げてくるものを我慢することが出来ず、胃液と血が混ざったものをその場で吐き出した。だが、サイクロプスの攻撃はそれで終わりではなく、追撃に左腕が飛んでくる。それになんとか反応したリミアは“転移”を使って避け、距離を開ける。
メイド服によってダメージは軽減されたものの、それでも今までに味わったことのない痛みに呻く。腹を抑え、剣で体を支える、戦闘では惨めで滑稽な格好だが、リミアはそれでもそうせずにはいられなかった。
「痛い、よ……ちくしょうめ」
悪態をつき、サイクロプスを睨む。サイクロプスもそれに応えるように狂気に染まった瞳で合わせた。そして、手に持った戦斧を後ろに引いていく。誰がどう見ても横振りの攻撃が来る、そう思うだろう。
「舐められて、いるのかね」
サイクロプスのわかりやすいその動作に唾を吐きながらも、地面に指した細剣を抜き、構えた。
二人の間に静かな時間が流れ、それを壊すようにサイクロプスが引いた戦斧を横薙に振り出した。
「舐めるな!」
リミアは細剣に全力で魔力を通し、それを迫る戦斧の方向に合わせて地面に突き立てる。戦斧は軌道を変えず、吸い込まれるように細剣に直撃した。地面に突き刺した細剣はその攻撃に微動だにせず、折れる様子もない。
そしてリミアは、戦斧を防いだのと同時に“気技”を使い、足に魔力を纏わせた。
「ぅぉぉおおおおらっ!」
リミアはその場で跳躍し、一回転をしてサイクロプスの壊れた仮面に蹴りを放った。サイクロプスの特防はリミアの攻撃力を優に超えていたが、それでも“気技”を使った蹴りはその特防を超えダメージを負わせることができた。
「まだ、だっ!」
リミアの蹴りによって仰け反らせたサイクロプスだが、それでも倒れることは無い。それを見たリミアは地面に一度足をつけもう一度跳躍し、サイクロプスの胸を全力で蹴り飛ばした。
バキッ、バキバキバキッ!
「ぐあ、あああっ!」
リミアの足に嫌な音が響く。
“気技”を纏っているとはいえ素足、サイクロプスの顔を蹴った右足の骨は全体的に罅が入り、今しがた繰り出した蹴りはリミアの左足を簡単に折っていく。だが、それを気にすることはせず、蹴る足に力を入れていく。どんどん、どんどん、どんどん、魔力が尽きるまで足に纏わせ、今までに無いほどの力を発揮した。
「吹っ飛べ、この化物がっ!」
魔力を全開にした蹴りは、次第にサイクロプスの体を浮かせ、最後には数十メートル先の通路まで吹き飛ばした。
「はっ、ざまぁみろ」
だが、サイクロプスはそれだけでは死なない。胸を抑えすぐに立ち上がった。
その後継に舌を打ち、逃げようと立つがすぐに膝をついてしまう。左足はもう歩けないほどグシャグシャで、痛みなどとうになかった。そして、サイクロプスはそれを気にすることなす走り出す。
「まだ、だ。僕は逃げる!“氷結の腕”!」
リミアは片腕を突き出し魔法名を唱える。すると空中から複数の氷で出来た腕が現れ、リミアの体を掴み転移地点まで運んでいく。それを見たサイクロプスはその氷の腕を壊そうと戦斧を振り上げ下ろすが、氷結の腕によって取り戻した細剣でなんとか応戦する。
が、相手は4本、こちらは1本。その差は埋められることはなく、戦斧によって氷の腕は破壊される。そして、移動手段を奪われたリミアはその場で転がり落ち、何度かの横転の末、サイクロプスに殴り飛ばされる。
────こっちに殴ってくれるなんて好都合だよ
サイクロプスがリミアを殴り飛ばした先は転移地点。そして、リミアはその上まで転がると魔法を行使した。
「“転い───あっ?」
転移は成功した。しかし、その転移先でリミアの視界は消えていた。視界が真っ暗になって、そして、目が焼けるように痛かった。
「あああ゛あ゛あ゛あ゛、目が……」
視界が暗転する直前、間近に迫ったサイクロプスが逃げようとするリミアに向かって、最後の報いと戦斧を投げていたいたのを見ていた。そう、戦斧によってリミアの目は潰されてしまった。
「ぐ、あっ、くそ、目を」
焼けるように痛む目を抑える。が、そのままじっとしているわけにもいかない。上の層から破壊する音が近づいてくる。
「……はは、最後に目を潰しやがって。くそ、じゃあな化物。“転移”!」
「グッオオオ!」
そう叫ぶのと、サイクロプスが転移部屋に着くのはほぼ同時だった。サイクロプスは最後には戦斧を振り回し、リミアの腕と足を掠めとる。腕は千切られ、足は太股を斬られた。何より、最後にリミアの腹を切り開いていった。
「──────!」
叫び声にすらならない痛みとともにリミアは迷宮から姿を消した。
◇
「……うぅっ、いた、な、んで、あれ?」
頬に伝う冷たい感触によって目が覚めるリミア。何度も味わってきたその感触は雨のそれだ。体中を包むのはチクチクとした雑草の特有の感触。これは迷宮にはない、地上にあるそれだ。
つまり、迷宮から帰ってきたのだ。
「帰って、これた、んだ」
目が見えないリミアは、それでも外の感触を、空気を吸うことによってそれを再確認する。体からは緊張が抜け落ち、痛みだけが残る。
目と右腕にはもう痛む感覚すらなく、辛うじて痛みわ感じるのは粉々に砕け、切り裂かれた足と、最後の土産に切り開かれた腹部のみだ。
口からは血が途切れることもなく出てきて、自分がいかに危険な状態なのかを容易に理解することが出来た。
────自分は死ぬのかな?
「何を言っているのですか」
諦め半分の考えが浮かんだ瞬間、頭上から声が聞こえた。目は見えないけれど、それでも声だけでわかる。
「セラ、なのか?」
「はい、よくご無事でリミア様」
声の主はセラだった。
「体、失礼しますねリミア様」
そのセラの声の後、リミアの体を暖かい感触が包み、少しの浮遊感を味わった。恐らくセラが自分を抱え、持ち上げてのだろう。感触的にはお姫様抱っこだろうか。
「セラ、腕は治ったんだね」
「はい、ご心配をおかけしました」
「よかっ、た」
背中に感じるのセラの左手の感触を、リミアは安心するように感じていた。一つの懸念が消えた。
「リミア様、ボロボロですね」
「はは、そうだろ。僕、だって、体中が痛くて痛くて。ごめん、ね、もしか、したら死んじゃう、かも、しれない」
これは本音だった。
体中の痛み、そしてこの倦怠感、トラックに撥ねられた時に感じた感覚だった。サイクロプスにやられた傷は致命傷と呼べる立派なものだろう。何よりお腹が先程からスースーとして、あまりいい状態ではないと感じている。これで生きてられたら奇跡だろう。
────死んだら女神にまだ会うのかな?
それだけは嫌だな、と思わず溜息が出る。
だが、その諦めた心は優しく折られた。
「何を言っているのですか、リミア様。そのご冗談は苦手ですよ」
淡々と、しかしとても泣きそうな声が聞こえてきた。
「はは、でも僕は本当に───」
「嫌ですよ、私はリミア様に生きていてほしいのですから。リミア様が死んで、例え私が生きていても私はその生に耐えられないでしょう。何より私は泣いてしまいますよ?」
「……女の子の涙は男にとっては鋭利な刃物だよ。そんなものには刺されたくは無いなぁ」
「ふふ、リミア様は女の子ですよ」
「そうだった……」
二人の間に言葉がなくなる。もう、それ以上話を続けていたら泣いてしまうだろう、そんな事を思い口を閉ざした。そんな時間が少し続いた後、セラが海の家についたと教えてくれた。
「リミア様、ベットに寝かせます。どうかじっとしていてください」
その言葉に続き、優しく包むような感触がリミアの背中に現れた。リミアはそこで深く息を吐き、体を脱力させる。
「セラ、少し眠、いから寝るね」
「……はい、おやすみなさいリミア様」
「う、ん……おや───」
そこで体から全ての感覚が抜け落ち、リミアの意識は眠りについた。
リミアの部屋に静寂が流れ、セラはゆっくりとリミアが眠るベットに伏せる。ベットに置かれた左手を握りしめ、そっと呟いた。
「リミア様、失礼致します。“憑依”──」
その瞬間、セラの体は人形のように動かなくなった。
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やっと、戦闘が終わった気がする?