12話/戦い
「はぁ、はぁ、はぁ!」
迷宮24階層、その通路をリミアは全速力で走っていた。技能を使い、速度を落とさず、逃げるように足を運ぶ。
「グェ?」
通路を横切った先には2体の魔物が呆気とした表情でこちらを見ていた。それを冷静に手に持つ細剣で首を、そして片方は足だけを落とした。その先にも10数体の小型だが、強力な魔物がいたが、それを気にすることもなく突破を図る。身体中に魔力を通し“気技”を用いて身体能力を底上げし、通路の壁を登っては宙に舞い、剣で斬って、魔法で足止めをしてその場を突破するだけであった。
リミアには、こんな場所で、こんな魔物と戦闘をする暇など残されてはいない。
───来た
突然、通路の壁に罅が、それがどんどん広がり、壊れる。現れたのは、迷宮の絶望サイクロプスだ。
「グォォォオオオオ!」
「くそ、“光の棘鎖”」
魔法名を唱えた瞬間、サイクロプスの足場から無数の光の棘が現れた。棘はサイクロプスを貫き、棘は鎖に変換してその場に縛った。が、それを無造作に手を振って、手で握って、“光の棘鎖”を突破していく。リミアは、その作った短時間で逃げようと、薄い壁を探し隣の通路に“転移”するが、サイクロプスは壁を壊しリミアを追ってきた。
「しつこいしつこいしつこい」
いつまでも追ってくるサイクロプスについ恨み言を漏らしてしまう。突然天井を突き破って降りてきたサイクロプス、それから逃れる為に魔法を何百と放ち続けていた。が、それでもしつこく、より執念に追いかけてきていた。まるで、もう逃がさない、気に入ったといった具合だ。
───迷惑なストーカーだ
「あ、あった!“転移”」
サイクロプスに追いかけられながらも下に降りる為の床の層が薄い部分を“索敵”で探していた。見つけてすぐに“転移”を行い辿り着いた25層。しかし、安心はできない。上の層から何かの破壊音が聞こえるのだから。
「ここで罠を張って…………無理だ。あんなバーサーカー止められるわけがない」
一瞬、罠に嵌めて仕留めようかと考えるが、すぐにそれを振り払う。とても仕留めきれる自信が無い。すぐに、その場から離れ、転移部屋があるその上の地点を目指す。
(早く、早く早く、どこに転移部屋があるんだ?)
通路を行ったり来たりとするが、転移部屋の地点にはなかなか辿り着けない。迷宮とは名乗っているのだから迷路のように迷ってしまうのは仕方が無いが、今のリミアにとっては迷惑な話だ。いっそ1本道だったら良かったのにと心底思ってしまう。それか、あの魔物を倒せたら…………
そう考えた瞬間、リミアの背後にある通路の側面が砕け飛び散る。どうやら追ってきたサイクロプスが無造作に通路を破壊して回っていたようだ。サイクロプスがリミアの存在に気づくと笑うかのように首をグシグシと動かしていた。
「ねぇ、化物……」
サイクロプスの乱入に、立ち止まるリミア。しかし、振り返らず声を出すのみ。サイクロプスは言葉を理解している訳でも無いのだが、動こうとはせず、リミアの様子を伺っていた。
「人間、いや邪龍族の僕に負ける可能性ってあると思うかい?」
そう微笑んで振り向いたリミアは全身に魔力を通し“気技”を発動した。右手には女神の細剣が、左手には“無限収納”から取り出した何の変哲もない鉄の剣が握られていた。
サイクロプスにはリミアの言葉を理解することが出来なかったが、目の前に立つ獲物の行動が戦闘の意だということに喜び戦斧を構える。
2人の間に静寂が沈む。
「グフゥ……」
未だに興奮の収まらないサイクロプスは、漏れでる息を聞き、感覚を研ぎ澄ましていく。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
対照的にリミアの呼吸は一定のリズムを刻み、まるで自分を落ちつかせるように肩を落としていた。
呼吸を制することは何よりの力だ、そんな小さな頃に聞いた言葉を鵜呑みにしていたりするリミアは、呼吸を安定させ、自分の恐怖を打ち砕いた。
───いくぞ!
先に動いたのはリミアだ。
両の手に持つ剣を見えぬように背に隠し、サイクロプスの目の前まで一直線に駆け出した。それに対しサイクロプスは、疑問と落胆を交え向かって来るリミアに対し1本の戦斧を振り上げ、そして────リミアの姿が消えた。
一直線に向かって来た筈の獲物が突然消えた事に戸惑いつつも、サイクロプスの持つ“超感”の技能を持って獲物の後を追う。獲物の音、 熱、そして動きによって作り出された風波、それを辿り獲物を捉える。獲物がいるのは……
───上だ!
「何で!分かっちゃうかな」
サイクロプスが見上げた先、天井にリミアは剣を打ち付け立っていた。
サイクロプスに向かって一直線に駆けたリミアは、距離が1メートルを切る直前、“気技”によって身体中に回していた魔力を足に集中して敏捷を飛躍的には上げ、そしてサイクロプスの意識から外れるように直角に曲がった。
壁に走ったリミアは軽く地面を蹴り、壁を蹴って天井に足をつけ不意打ちを狙ったのだが、思うより早くサイクロプスが自分の位置に気づいてしまった。その事に舌を巻きながらも次の攻撃に移った。
「気づいたのはいいけど……そこにいていいの?」
その言葉に合わせたかのようにサイクロプスの足元の温度が急激に下がり始めた。その事に違和感を持ち、本能的に左へ体ごと避けると元いた場所には3本の氷の柱が天井を貫いていた。
これは天井に登る前にリミアが仕掛けていた罠だった。
突然、広かった通路が半分の狭さとなり、それに少し苛立ちを持ったサイクロプスはわざわざ氷の柱を戦斧で叩き折った。しかし、その動作に出来た隙を見逃す程、リミアは愚鈍ではなかった。
───いくよ
リミアは“気技”の魔力を足と腕に集める。“気技”は身体中に纏う事で鎧の効果もあるのだが、それを捨て力と速さを優先した。今のリミアは馬鹿げた性能のメイド服以外は裸同然となっていた。
サイクロプスの首を狙い、体を重力に任せて、天井から身を投げ出した。
天井から落ちてきたリミアを“超感”で感じ取ったサイクロプスはすぐに迎撃に移る。4本の戦斧を同時にではなく、タイミングをずらしてリミアに向けたのだ。しかし、その行動も些か遅すぎた。
「いくぞ!」
迫り来る4本の凶器をリミアは全て避ける。1本を女神の細剣で弾き、1本を“転移”を使うことで避けきった。それを繰り返し、次々と扇風機のように繰り出される戦斧を躱し、弾き、目標との距離を縮めて行く。
サイクロプスは思わず舌を打つ。天井から無様にも落下してきた獲物、それを切り刻むのは簡単な事の筈だった。当たらない、当たらない……いくら狙っても弾かれ、弾かれるのなら強く振っても一瞬体を消すことによって避けりれる。“転移”の回避を追うことはサイクロプスには出来ず、少し、少しずつ自分の首に脅威が迫っていることに、サイクロプスは初めての焦りを見せた。
「止めだ!」
「グッ……グォッ!」
リミアの細剣がサイクロプスの首に掛かる直前に、サイクロプスは思わず後ろにバックステップを踏んだ。が、その咄嗟の行動は悪手だ。
「はぁぁぁあ!」
リミアは“気技”の魔力を全開にして、サイクロプスのアビリティを超える。そして、地を蹴り未だに体制の立て直せていないサイクロプスに迫った。
こちらに特攻を仕掛けてきた獲物に対し、戦斧を振るうが、それに力は込められておらず、全ての攻撃を、壁を走り、転移を繰り返す事によって躱された。
「グ、グォォオオッ!」
「うる、さいっ!」
体を退けざらせ、回避を試みるがそれを許さずとリミアは細剣を掲げ振り下ろした。その細剣は頭を割る狙いであったが、僅かにそれ、仮面を壊すことしか出来なかった。
が、十分だ。
「グァァァアアアア!」
仮面を斬られ、中にある顔を斬られたサイクロプスは顔を左手で抑える。だが、リミアの追撃は終わってなどいない。
リミアはその場で小さく蹲り、屈伸の姿勢で足に力を入れる。そして、呼吸を止め一気に駆け出し、すれ違い様にサイクロプスの足の腱を切り刻んだ。
「グ、ォォオオオ」
足を斬られ動けなくなったサイクロプスはその場で膝をつき、呻き始める。それを見てリミアは止めを刺さず逆方向の通路に駆け出した。
元よりサイクロプスが追いかけてこないようにする為の戦いだ、それを達成したのだからリミアの勝利だろう。
「ォォォォオ…………」
「じゃあね」
リミアは倒れるサイクロプスに一瞥を送ると、壁を伝って通路を歩いていく。その場に残るのは痛みに唸る魔物の声だけだった。
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つくづく思ってしまいます。戦いの場面を描ける人は天才なのだと。そして僕は凡人でした(泣)