11話/逃亡
近々、1話から3話までを三人称に変えて読みやすいようにしようと考えているのですが…………どうでしょうか?
「早く……逃げてください」
痛む腕を抑えたセラは、 苦悶と焦りが混ざった声で叫ぶ。
「リミア様!」
「君を置いて逃げられるわけがないだろ!」
リミアはセラを庇うようにサイクロプスの目の前に立ち、魔術杖を構え魔力を高める。“遮断”を解き、魔力を全開にする。
その魔力の高さを脅威と受け取ったのか、その巨大な戦斧を構えた。
「“烈火”!」
先制はリミア。魔力を瞬時に解放し、魔術杖を剣のように下段から振り回し、扇状の炎を巻き上げサイクロプスをその烈火で包む。
「グァアア……」
並の魔物なら外殻が剥がれ落ちるほどの熱なのだが、サイクロプスは煩わしそうにその炎を腕で軽く払い除けた。そして、返しと言わんばかりに、右手に持った戦斧を振り上げ、下ろした。
サイクロプスの戦斧が迫るのを視界の端に捉えたリミアは即座に“結界”を張り、守を固め、反撃のチャンスを伺う。が、戦斧は“結界”を散り紙のように弾き飛ばす。
「なっ!?」
たった一振りの攻撃によって結界を破壊された事に絶句するリミアに、勢いの乗った戦斧が迫る。リミアは直撃する迄の僅か数秒を稼ぐために、魔術杖を縦に突き刺し斧から守る盾とした。そしてリミア自身は体を屈め、その攻撃射程から外れる。予想通り戦斧はリミアの持つ魔術杖を粉砕し、頭上を通り過ぎた。
────杖が
唯一の武器を失ったことに唇を噛みながら、次の攻撃に移ろうと、そう移ろうとしたところで気づく。まだ、サイクロプスの攻撃は終わっていない。サイクロプスは残りの3本の腕をほぼ同時に動かし、追撃としていた。狙うはリミアの肩、胴体、太股の3ヶ所だ。
戦斧を持ち、3本の腕を振り回す様はまさに駒のようだった。
「リミア様!」
戦斧がリミアの体を刻む未来でも見えたのだろう、セラは僅かに目を細める。
────こんな所で!
「“転移”!」
戦斧がリミアの体に触れる寸前、リミアは転移を使いセラが倒れている側まで飛んだ。リミアが元いた場所には杖だけが取り残され、その杖は次来る3線の戦斧によって細切れにされてしまう。もし、“転移”が遅れていれば同じ運命を辿っていただろうと想像すると、恐怖で体が震えてしまう。
(セラ、逃げるよ)
(はい、リミア様)
未だに蹲るセラに肩を貸し、リミアは余った右手を地面に置き、魔力を通す。
「“炎の壁”」
瞬間、追撃を望むサイクロプスの目の前に炎の壁が湧き上がる。炎の壁は迷宮の通路を隔てる壁となっていた。
────まだ足りない
「“土の壁”」
炎の壁の隣に重なるように、土の壁が作られた。
「“風の壁”“氷結の壁”!」
土の壁に続くように、目に見えぬ風の壁が、通路すら凍りつかす氷結の壁が作られる。隙間なく壁が作られたのを確認すると、リミアは肩に乗せたセラを庇いながら立ち上がり、壁から遠ざかるように、1歩、1歩と歩き出した。
「グフゥゥウ…………」
サイクロプスの目の前には通路を塞ぐ炎の壁が立ち上っていた。その壁はサイクロプスの表皮を軽く焼いていた。久しく感じる熱いという感覚を噛み締め、逃げた獲物を追うか考えていた。
獲物は2体だ。サイクロプスよりも1回り小さい獲物は突然目の前に現れた。妙な気配を感じ取り、すぐ様手に持つ斧で1匹の腕をもいでやった。その時の感覚は覚えている、とても脆かったと。
腕を落としただけで、もう1匹の獲物は叫びだし、弱者である筈のその獲物はサイクロプスの目の前に武器を持ち立ち塞がったのだ。それだけで、己が持つ誇りを穢された気がした。しかし、その獲物が放つ気配と魔力はサイクロプスを相手にするに足りるものがあった。
大いに喜んだ、久しく相手の出来る敵が来たのだから。しかし、その敵もやはり獲物でしかなかった。自身に襲ってくる魔法は弱者のそれであった。軽く振った攻撃ですらないそれも必死に避ける様は滑稽ですらある。
そして、それは背を見せ逃げてしまった。ここまでされては、獲物を食う気にもなれない。しかし、ここまで馬鹿にもされたのだ憂さ晴らしに追うのもまだいいかも知れない。
「ウォ……グッガ!」
追うことを決めたサイクロプスは、4本の腕を同時に切り払い、炎の壁を粉砕した。その次に現れた土の壁を拳で、風の壁を息で、氷の壁を蹴りで壊していく。
全く脆い壁だった。
「ゥウ?」
壁を抜けた先には獲物の気配も、魔力も、姿すら捉えることが出来なかった。炎の壁が現れて僅か10秒の出来事である。
◇
「はぁ…はぁ…流石に下の通路に“転移”したことには……はぁ……気づけなかったみたいだね……」
リミアとセラは現在、24階層の通路を歩いていた。魔法で作り上げた壁をすぐに壊されることを危惧したリミアは、セラに壁の薄い箇所を“索敵”で見つけさせ、壁を破られる直前に“転移”で下の階層に飛び、気配と魔力を“遮断”の技能を持って消して逃げ延びていた。
「このまま、もう1度上に転移して……」
サイクロプスのいる地点から離れ、もう1度上の階層に転移しようと考えた。それ以外に道はあるにはあるのだが、そちらも危険が多いため、セラを背負ってそちらに行くわけにはいかなかった。
「リミ、ア、さ……ま」
「セ、セラ?無事なのか?待ってろすぐに座れる場所を──」
暫く通路を歩いていると、気を失っていたセラから声を掛けられた。すぐにセラを通路の端に座らせ、楽な格好にさせる。セラの腕はサイクロプスの攻撃によって肘から下を切り落とされていた。
“転移”して逃げ伸びたリミアは、すぐに止血を行い“回復魔法”を掛けているが悪化を止めるので精一杯となっていた。“復元魔法”は腕が少しづつ戻すことが出来が、それは迷宮内でできる作業ではない。その為、腕は治療を行い止血して放置となっていた。セラはその治療中に気を失っていたのだが、気がついたようだ。表情も先程までの苦しそうなものとは違い、少し安静となっている。
「セラ、意識はハッキリしているか?」
「は、い………大丈、夫です……」
「そうか、それなら気がもう少し良くなるように治療をしてやるから、じっとしていて」
意識の確認を行った後、少しでも楽に歩ける様に治療を行おうとするリミア。しかし、その手は震える右手で止められる。
「……セラ?」
「治、りょうは……少しお待ちください」
「だ、だけど」
「どうかお願いします。ここからは、お1人で……お逃げください」
「……っ!……だから、僕は君を──」
セラの言葉に思わず声を荒らげそうになるリミアを手で制す。
「違うのです。これは私も助かる方法なのです」
「……話してくれ」
「覚えていますか?私がどうやって人、いえ半龍族となった状況を」
リミアは初めてセラと会った時の事を思い出す。それは、女神アリアの助言というか、迷惑な置き土産に従い、セラを人としたのだ。
「つまり、その逆をすれば良いのです」
「逆を?」
「リミア様は“許可”を出してくださいました。つまり、その逆を、“戻れ”と言って頂きたいのです。そうすれば私は“脳内設定”という技能となり、リミア様の中に──」
「戻るという訳か。……分かった、だったらすぐにやろう。セラ、今すぐ“戻れ”」
そう告げると、セラの体が朧気になり、所々と光を発し消え始める。そして、消えた部分は光の粒となってリミアの中に入っていく。
「リミア様、ここで足で纏になってしまったことを謝罪します。私の意識は暫くの間眠りにつきます。これはリミア様が決めてくだされば良いのですが……地上を目指さずに、地下を目指してください。これが、恐らく最適な手だと思われます。どうか、私が戻るまで命を──」
「ああ、おやすみ──」
リミアの手がセラの頭の上に乗るのと同時に、セラの体は身に纏っていたメイド服と、女神の細剣を置いて消えていった。
リミアはすぐに自身の着ているワンピースを脱ぎ、メイド服に着替える。生存率をあげるためにだ。そして、 腰に細剣を携え“索敵”を展開する。
「目指すは26回層の階層主のその奥の部屋、転移部屋だ」
リミアは、地上に戻るためだけに存在する転移部屋を目指すことにした。それこそが、地上に戻る為のもう一つの手段だった。しかし、それがある場所は最下層、階層主が守護する部屋のその奥にある。リミアは階層主とは戦わず、その部屋に一か八か、転移で潜ろうと、そう考えたのだった。
◇
「グフォ?」
23回層、その通路ではサイクロプスが獲物を求めて彷徨っていた。獲物の気配が消えて10分の時間が過ぎ、既に諦めかけていた所で、獲物の気配がしたのだ。
それはほんの一瞬、そしてその気配がしたのと同時に1体の獲物が消えた。獲物が突然消えたのには全く予想も考えもつかなかったが、それよりも、獲物の気配を捉えることが出来た。獲物は───下にいる。
「グッ、ォァォアアアッガガ!」
サイクロプスはその場で叫び、手に持つ4本の戦斧を地面に叩きつけた。すると、地面は罅割れ、崩れ落ち、下の階層が顕となる。その穴の下は24階層だ。
「グフ……」
サイクロプスは今、獲物を求めて階層を降りる。
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