10話/迷いの絶望
迷宮、それは魔物の母体となる未知なる遺跡のことを指す。迷宮には大量の魔物が生まれ、生き、そして死んでいく場所だというのがこの世界の常識だ。
そして、迷宮を探索する者達を冒険者という。迷宮には魔物以外に、歴史的遺物や、金品財宝が溢れる宝物庫が存在すると伝えられていた。それを求め、日夜冒険者は迷宮に挑むのだ。
そして、リミアとセラはそんな夢と悪夢を纏った迷宮に迷い込んでいた。
「セラ、ここが迷宮というのは間違いないのかい?」
未だに信じられない様子でセラに問い返すリミア。それに、気まずそうに頷く。
「本当です。ここの魔力濃度、それに先程から大量の魔物の気配を感知しております。僭越ならが意見を述べさせていただけるのなら、一旦何処かに身を隠すべきかと」
「……そうしよう」
セラの意見に賛同し、近くの岩場に隠れる。迷宮内は崩れた建造物と、それに混ざるように岩石が混ざりあっていた。
「全く実感が湧かないのだけど」
「実感がないのは無理もないことですが。……あれを見ていただければ納得してくださるかと」
そう言って指を指した先には3体のそれがいた。魔物だ。3体はそれぞれ二足歩行をして、武器だろう棍棒を片手に辺りを見渡していた。餌を探しているのだろうか?
「あれは、リザースレアと呼ばれる魔物です。迷宮の最下層に位置する場所に生息すると言われている魔物で、動きが素早く、技を持って狩りを行うようです」
「あれが魔物……」
初めての魔物にある種の感動と、本能的な嫌悪感を抱くリミア。
「リミア様、失礼ですが“遮断”を使って貰っても宜しいでしょうか。その、リミア様の、いえ、邪龍族の気配は」
「魔物を引き寄せる、か。何だったか、リザース何たらというあの魔物も僕の気配を感じとって探しているのだろう?」
先程から首を左右に振る魔物を見ながら自分の推測を語るリミア。以前、アリアから邪龍族の気配を魔物は好み、そして惹き寄せる性質を持つと直接聞いていた。
目の前の光景を見れば、それに頷いてしまうだろう。リミアはすぐに“遮断”の技能を持って、気配と、ついでに魔力も消しておいた。
(ありがとうございます。これからは魔物に気づかれないよう心話に切り替えようと考えますが宜しいですか?)
セラが、口での会話ではなく、“以心伝心”を使った心話に切り替えた事にリミアは首を傾ける。
(別にいいけど…………どうして心話なの?普通の会話じゃまずいのか?)
(それについてもこれから説明いたします。まず、リミア様と私が落ちたこの地点、この層は迷宮でいう最下層に当たると覚えておいてください)
(最下層?)
(はい、迷宮とは層が幾重にも重なって作られたものです。誰によってかはまだ判明の出来ていない所なのですが、一つわかることは層は迷宮によって数が違うこと。そして、層が深くなるにつれて魔物の強さが増すのです)
セラの説明では、迷宮は層が下に行くにつれて、手強く、賢くなるそうだ。賢くなった魔物は僅かな情報で獲物を探り当て、持てる力を全て使い獲物を追い詰めるという。セラが会話と、気配を消すように要求してきたのはその対策だという。
別に追い払えばいいのでは?と考えるリミアだが、それが出来ない理由があった。それは、単純明快、自然の摂理だ。
リミアとセラは、子の最下層で戦うには弱すぎる。
(弱すぎるね……そんなに戦えないものなの?)
(恐らく、今のリミア様ではあそこに立つ3体を倒すのに1分の時間を有します。そして、そのかかった時間の間に他の魔物が集まってくるのです。他の強くて、リミア様では手も足も出ない相手が。試しにあの3体を“鑑定”で見てみれば分かりやすいかと)
試しに“鑑定”の技能を使い、リザースレアを見ると、その力の差を十分に理解することが出来た。
リザースレア
闘級︰A+
特攻︰83’400
skill
棒術 Lv.12
逃走 Lv. 8
セラの説明によると、闘級はその魔物の危険性を表し、特攻はその魔物の最も逸脱したアビリティだという。特攻に関しては魔物によって、特防へと、特速に変わったりするそうだ。そして、最下層で生きる魔物は全員、技能を覚えているそうだ。
背中に伝う冷や汗を感じて、自分で解決できる容量を超えていることを自覚し、意見を聞くようにセラと向き直った。
(セラ、ここから出る方法を教えてほしい)
(はい、リミア様。お任せください)
ここから2人の逃亡劇が始まった。
◇
リミアとセラの2人は、迷宮から脱出する為に上の階層を目指すことにした。他にも方法がない訳ではなかったが、それは実力的に厳しかったので、上を目指すのが妥当だという話し合いの結果だ。
セラの話しではこの迷宮は全部で26階層程存在し、2人がいるのはその最下層の25階層だという。どうにも1階層までが遠く感じるのだが、それについても解決策があった。
(リミア様、この上に丁度)
(ああ、“転移”!)
セラが立ち止まり合図を送ると、リミアはセラの手を取り上の層に転移した。転移をして最上層を目指す、これこそがセラの考えた策の一つだ。
迷宮はその名の通り、通路が入り乱れ迷路のようになっている。通路を隔てる壁、そして、層と層の間の壁はかなりの厚みがあった。未だに空間魔法のレベルが高くはないリミアは“転移”をする際もその範囲がかなり狭められ、とても厚みのある層と層の間の壁を抜けられる事は出来なかった。しかし、厚みがあるのは何も全てではない。薄い箇所も所々あり、そこをセラの“索敵”によって見つけ出していた。
そして、その方法を用い短時間で23階層まで上り詰めていた。
(リミア様、前方7メートル先魔物が接近しています。数は4です)
緊張が乗ったセラの声を聞き、前方を見る。すると、4体の魔物が走ってこちらに向かっていた。魔物は丸い体躯を転がしアルマジロのように凄い早さでこちらに迫っている。
(恐らくレンコロという魔物です。外殻は硬いので刃物は通りません)
(分かった、魔法で対処する)
リミアは杖を掲げ、レンコロに狙いを定める。
(土魔法“斜璧”)
魔力を地面に流し込むのと同時に、レンコロが踏み込んだ地面が斜辺上に浮き上がり、飛び代のように変化した。転がるレンコロは止まることが出来ずその体を中に浮かせ、丸めていた体を維持出来ず、その身を晒す。
(外殻が硬くても、中身はそうじゃないだろ。氷魔法“氷針”!)
リミアの周りに20本の透明の針が浮かび上がる。細いが、その鋭利は刃物以上だ。氷針は一直線に4体のレンコロの腹部に刺さり、レンコロを地面に落とした。
が、それだけで即死には至らず、動き出すレンコロ。しかし、その生も3秒足らずで閉ざされる。僅かな息も漏らさず、セラは片手に持った細剣を8回にして振り切った。4つの剣線はレンコロが外殻で弾き、残りの4本は吸い込まれるように首元に入っていく。4体のレンコロの首に赤い弧が描かれ、頭の重みに耐えられずゴロという音と共に落ちて絶命する。
(ありがとう、セラ)
(いえ、この程度。それよりも、先を急ぎましょう。このペースならばもしかしたら)
(ああ、行けるかもしれないな)
2人は迷宮を短時間の戦闘だけで潜り抜けられる、そんな確かな感覚を覚えた。
(リミア様、この地点です)
(了解、セラ手を。“転移”)
セラの手を包み、上の層に転移した。転移先の景色はさほど変わってはいない、が、ほかの階層よりやや薄暗かった。
(セラ、ここは何でこんなにも暗いんだ?)
(…………)
何故かセラに反応がない。
(セラ?ねえ、セラ!)
(リミア様…………お逃げください!」
振り返るとセラがリミアの体を突き飛ばし、そして、その突き飛ばした左腕は血を残して消えていた。
「セラ!」
転がり、体制を立て直したリミアは腕を抑えて蹲るセラに駆け寄る。が、セラはそれを残った右腕で制した。
(待ってくださいリミア様、私よりもまずは目の前の脅威を!)
(脅威?そんなの───)
セラの指さす方を見る。そこには、4本の腕に4本の斧を振り翳す怪物が立っていた。その怪物に顔はなく、あるのは肉と一体化した仮面のようなもの。そして、歪に固まった筋肉は、鈍重そうな斧を軽々しく振り回した。
その化物は今までの魔物とは違う。存在が、何より格が違う。
(リミア様、私を置いて逃げてください。この魔物はサイクロプスです)
迷宮にはある層を守護する階層主と呼ばれる魔物が存在する。しかし、その階層主はその層から、ましては部屋から動くことはない。
だが、例外があった。それは部屋に佇むことを嫌い、迷宮を彷徨う迷宮主が存在するのだ。冒険者はその階層主を“迷いの絶望”と呼んだ。
「グ、ググ、グググ"───」
絶望は今、雄叫びを上げる。
「──ゥォォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
狩りは始まった。
サイクロプス
闘級︰S+
特攻︰1’000’020
特速︰510’040
特技︰805’044
skill
斧技 Lv.8 氷魔法 Lv.8
気技 Lv.12 重力魔法 Lv.4
passive
超感(大) 疲労不可(中)
unique
狂化
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やっと、僕の好きな展開となってくれました。