囲まれるヴラド
射抜かれた。
そう思って固く瞼を閉ざすが、力任せに身体を引かれたおかげで免れる。だれが? ヨムカは眼を開けて、自分の腕を握る大きな手を辿って視線を上に持って行く。
「あぶなかったな。まぁ怪我はなさそうだし、問題は無いな。次はボーっとするなよ」
フリシアを脇に、クラッドを肩に担ぎ上げたヴラドが、眠気で緩んだ顔をしていた。
「……先輩?」
背後を任せていたはずだ。いくらヨムカを助けるためとはいえ、敵に背を向けているのはどうなのか疑問を抱く。ヴラドの背後を覗くと、もちろん敵さんは得物を振り上げて迫ってきている。
「先輩……助けてくれたのは嬉しいですけど」
「よし、やれ。固定術式砲だ」
ヴラドはヨムカの腕を流れる動作で引き、背後の敵へと向き合わせる。
「あの……先輩?」
「ん、どうした? 早く術式をかましてやればいいだろう?」
「結局、私がやるんですね。せめてクラッドは貸してください」
敵は戦い慣れている。しょせん、見習い風情の術式を全員が喰らってくれるはずもない。となれば、次撃が必要となる。敵を屠らなくても、せめては足止めくらいの時間稼ぎが欲しい。その役はクラッドこそが適任だった。
「ほら、クラッド。出番だぞ。たまにはフリシアにカッコいい所でも見せてやれ」
なにやらクラッドの耳元でヒソヒソと囁く。瞬間、クラッドは飛び跳ねる様にヴラドの肩を降りた。やる気満々だ。どうして脱ぐのだろうか。ヨムカは溜息を吐く間もなく、少々距離を詰められ過ぎたと冷や汗を流しつつ、炎系統の中でも起訴中の基礎である術式を展開した。
「クラッド、続いて! 急いで!」
「俺の筋肉が魔力の胎動に隆起するッ!? はああぁぁぁあああぁぁぁ!」
後半はほとんど奇声に近かった。
筋肉は別に隆起もしていないし、魔力も普通通りだ。魔力に実体を持たせただけの握り拳程の球形。それを複数形成し、放つ。
ヨムカの炎の矢を受けて身動きが取れなくなったのは三名。後続のクラッドの魔力弾で一名を負傷させた。残った十四名は倒れた仲間に一切気を向けることなく、蛇のような軌道でヨムカ達に迫る。
「駄目だ、次が間に合わないっ!!」
「うぉぉぉぉぉおお、俺の筋肉魔力砲を受けてみやがれってんだ!」
「意味わからないから……って!? ちょっと、クラッド!? 下がって!」
なにやら雄たけびを上げてヨムカの前面に壁となる様に立ち塞がったクラッド。
「俺が時間を稼ぐから、ヨムカは早く次の攻撃をしてくれ! 俺の筋肉もそう長くは持たないぜ?」
「あ~、死んだらフリシアにいいところ見せられないぞ」
気怠そうな足取りで、クラッドの肩に手を置き下がらせると同時に、今度はヴラドが前方に出る。
「せ、先輩!?」
「十四人くらいなら、なんとかなるだろ」
抜き身のナイフ。
「あの剣なら使いやすそうだな」
ヴラドは身を低く、地を蹴り駆けると同時に唯一の得物であるナイフを投擲した。銀の軌跡を描く鋭利な一突きは、ヴラドが最初に目にした人物の眉間に深々と突き刺さる。急所への一撃は即死だ。脱力してその場に崩れ落ちる寸前に、物凄い速さでヴラドが死体を蹴り飛ばすと同時に彼の持っていた剣を奪う。そして、ちょうど、すれ違いざまに視線が合った奇襲者の足を……健を的確に斬り裂いた。
今まで何事にも動揺を見せなかった奇襲者達の足が止まる。止めるべきではなかった。だが、止まってしまった。それまでに彼等の中でヴラドという男が危険だと判断したのだ。
「クラッド、フリシア。こっち、早く」
ヴラドと彼を囲む奇襲者を横目に、まずは二人の安全を優先次いでに、ロノウェが相手をする奇襲者数命に炎の槍を見舞った。ロノウェからのアイコンタクトは感謝の意。
前方と後方で自部隊の隊長と副隊長が、片や剣。片や術式。それぞれの得意とする戦場を展開している。ヨムカ達は井戸を背にして姿勢低く、周囲へ視線を這わせる。
「あの家の影……」
ヨムカの夕日色の眼は細められ、一軒の民家を注視する。
こんばんは、上月です(*'▽')
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