迫る矢を呆然と視界に映す夕日色の瞳
山間に造られた小さな寂れた村。
人の生活感を全く感じさせない死んだような雰囲気に包まれている。本当に人が生活しているのだろうかさえ怪しい。村に足を踏み入れてみたが、誰一人として外を歩いている者はいない。
「あ~、疲れた。俺もう喉がカラカラっすよぉ」
クラッドがフラフラとした足取りで、村の中央の開けた場所に設置してある井戸に吸い寄せられるように向かう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「どうしたの、クラッド!」
わざわざ走ってクラッドの傍まで駆け寄ると、驚愕と絶望に彩られた世の終わりを間近に控えたような顔をして、井戸を覗き込んでいた。
まさか、人の死体が放り込まれているのではないか。と恐る恐るヨムカも視線を井戸に向けた。
「…………」
「何かあったのか、ヨムカ?」
背後からヴラドが問う。
「いえ、何もありません」
何もないのだ。
「クラッド、一応聞くけど、どうして大きな声を上げたの?」
「水が……だって、水が一滴も無いんだぜ? 枯れ井戸だったんだぜ? 俺、凄く……ショックでっ」
力なくへたり込み泣き始めてしまうクラッド。相当に喉が渇いていたのだろう。縋るような希望を奪われ叩き落されると、人はより一層に絶望を感じるのだ。
ヨムカは深い溜息を吐き出す。
「クラッド君。わ、私ので……よければ、分けてあげる」
フリシアは貴重な水の入った水筒のふたを開けて、クラッドの水筒に少し分け与える。
「おぉ、フリシアぁぁあああぁぁあぁぁ!!」
涙鼻水でぐしゃぐしゃになったクラッドは大きく手を広げてフリシアに飛び掛かろうとするも、ヨムカが足を掛けて転ばす。
「たぶん、このまま抱き着いてたらもっと可哀相な事になってたよ?」
「お……おう。サンキューな、ヨムカ」
我を取り戻し、急ぎ水筒の中身を浴びるように喉へ流し込む。
「あ~、クラッドが回復したのはいいけど。どうすんだ? 囲まれてるぞ。それも……」
「えぇ、村人ではなさそうですね。山賊の類でしょう。どうします?」
「どうすっかなぁ。めんどくさいのは避けたいんだが……避けられそうにないしな。はぁ……やるか。フリシア、クラッドは俺から離れるな。ヨムカはロノウェに付け」
ヴラドの指示に従い。陣形を形成。
「って、先輩は大丈夫なんですか!? 私が付いた方が……」
「まぁ、なんとかなるだろう。安心しろ、俺は仲間を傷つけさせるつもりはないからな」
ヴラドは懐から一本のナイフを取り出す。だが特に構える素振りはみられない。たしかにブラドは体術は強い。それは、以前にカルロとの決闘で見たから知っている。だが、今回は複数人だ。ナイフ一本でどうかなるとは思えない。
「ヨムカさん、大丈夫です。ヴラドを信じましょう」
「……はい、わかりました」
未だ姿を見せない。
視線を感じる。嬲る様に肌を這う下劣で矮小な視線が。
「ヨムカさんっ!」
「えっ……わッ!?」
いきなりロノウェに腕を引かれて態勢を崩す。何があったのかなんて口にしそうになり直ぐ思い直す。いま自分が立っていた場所に深々と矢が突き刺さっていたからだ。
これを合図に周囲から雄たけびを上げて何処に隠れていたのかという程の人の群れが襲い来る。
「四十五人か……結構な規模だな。あの動きは山賊なんてものじゃない。正規の訓練を受けているな。となると……」
こんな状況で瞬時に相手の人数と動きを確認したヴラドは流石というべきか。ヨムカにはそんな余裕は無い。もちろん、ロノウェも全周に視線を這わせるだけの時間が惜しいらしく、簡易な魔力を高質化させただけの、術式とも呼べない代物を次々と生産し放出させている。
「ヨムカさん、申し訳ありませんが援護をお願いします!」
「あっ、すいません!」
ヨムカもロノウェに倣い、同じように魔力を固めただけの物質を作りばら撒くが、ロノウェのように生産量、放出速度、命中率そのどれもが劣っている。だが、自分に出来ることを全力で取り組む。いまはそれが最優先だ。
「奴ら魔術師か!? どうして、魔術師なんかが」等と襲い来る者達が口にしている。似たような事が前にもあった気がすると一瞬だけ気が逸れてしまう。
「いまだ! あの赤毛の女から狙えッ!!」
「くっ……」
攻撃の手が僅かに緩んだ隙を相手は見過ごさなかった。民家の屋根から躍り出た数名の弓兵。その矢先は全てヨムカを向いている。そして、放たれた……。
「ヨムカさん!!」
迫る矢を呆然と眺めるだけ。ゆっくりと、全ての視界に映るものがゆっくりと緩慢な動きと化していた。
こんばんは、上月です(*'▽')
あと二話分くらいは戦闘が続くと思います
次回の投稿は30日を予定しております!




