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カッセナール家での食事会

 訪れた休日。


 ヨムカは学院指定の制服ではなく、私服に袖を通し、鏡の前で髪をいじっていた。


「こんな感じ……かな?」


 いつもはポニーテルにしてしまうのだが、今日は気分を変えて髪を降ろしてみるが、普段シャワーを浴びる時と眠る時以外は結んでいるので、あまり見慣れない自分の姿に違和感を感じ、どうしたものかと頭を悩ませていた。


「やっぱ変かも……」


 今回お邪魔するカッセナール家は莫大な財と軍事力を有するこの国屈指の大貴族なのだ。失礼がないよう身だしなみくらいはしっかりしておこうと、かれこれ二時間も鏡と向き合っていた。


 ふと視線を壁に掛けられている時計へと向ければ、時刻は九時半。待ち合わせの時間まで三十分を切り、急がねばと髪を降ろしたまま部屋を出る。


「おはよう、ヨムカちゃん」

「おはよう、フリシア」


 待ち合わせの場所には、まだフリシアの姿しかなく、腕時計に視線を落とすと集合時間まで五分近くある。


「ヨムカちゃん、今日は髪を結んでないんだね?」

「えっ……あぁ、うん。やっぱり変……かな?」

「ううん。全然、変じゃないよ。凄く可愛い!」


 純粋な笑顔を向けられ褒められると恥ずかしくなり、頬を赤く染め俯いてしまう。それは、自分が褒められ慣れていないせいもあり、純粋に可愛いというい単語は少女の気持ちを軽やかにする。


「あっ……ありがとう」


 か細い声で礼を言うと、フリシアは嬉しそうに頷く。


「ヴラド隊長のお家ってやっぱり大きいのかな」

「えっと……この国の貴族達を纏めてるみたいだし、多分大きいんじゃないかな」


 あまり貴族の住居区画に足を運ばない二人からしてみれば、想像すらつかなかない未知の領域。


 綺麗なドレスを纏って夜の舞踏会。長身痩躯の美男子が一人の女性を奪い合う決闘。許されざる身分違いの恋、等々……。大衆小説で読んだ知識だけが、ヨムカとフリシアの持つ貴族像の全てであった。


「おや? フリシアさん、ヨムカさん、お早いですね」

「ロノウェ副隊長、おはようございます」


 ヨムカとフリシアは声を揃え挨拶をすると、ロノウェの背後から、今から貴族宅に足を運ぶというのに、これから運動をしに行くような、ジャージ姿のクラッドが顔を覗かせる。


「クラッド君……」

「クラッド……」


 女性陣からは飽きれた視線と苦笑いが向けられるが、クラッドは全く気にした様子もなく、何故か挨拶を済ませるとスクワットを始めてしまう。


「クラッド君は元気があっていいですね」

「そうっすか? ただ、身体を動かしてないと落ち着かないだけっすよ」


 確かに今の時期は少し肌寒く、もうしばらくすれば冬が訪れる。それでも、クラッドのように身体を動かしたいとはヨムカは思わない。


「後はヴラドだけなのですが……まだ、来ませんね」


 ロノウェは懐から懐中時計を取りだし時間を確認する。


 すでに待ち合わせの時間を過ぎていて、一向に姿を見せない隊長様は、一体何をやっているのだろうかと、この場にいる全員の思考が一致した所で、大通りを一台の馬車が駆け、ヨムカ達の目の前で停止する。


「待たせたな。まぁ、乗ってくれ」


 開かれた扉からヴラドが顔を出し、全員を馬車に乗るよう促す。面々は素直に乗り込み、御者が馬の尻を叩くと馬車は動き出した。


「こっからだとウチまで少し距離があるからな。馬車でも使わなきゃホント疲れる」


 普段の学生服でもなければ、不潔感も感じさせない。


 その姿にロノウェ以外は呆気に取られる。


「どうした?」

「えっ……いえ、その……何て言えば」

「先輩がまともだなーって思っただけです」

「隊長一体どうしちまったんですか!? なんでそんなに爽やかなイケメンオーラを放ってんすか! あの小汚くて、近寄るのも耐えがたい、本の虫みたいな隊長はどこに行ってしまったんですかッ!?」

「クラッド、俺を馬鹿にしてるのか?」


 馬車から笑い声が上がり、賑やかで楽しい時間を過ごした。


 かれこれ馬車に揺られ一時間くらい経っただろうか。気付けば周囲の街並みは変化し、建ち並ぶ豪邸や行き交う馬車。普段、ヨムカ達が暮らす区域では目にしない光景がそこに広がっており、ヴラドとロノウェ以外は窓の外に釘付けになる。


「すげぇ……これが貴族の住んでる場所か~」

「街並みが凄く綺麗ですね」


 赤いレンガ等、色鮮やかな造りの建造物にフリシアは感嘆の声を溢す。


「……」

「ヨムカちゃん?」


 先程から喋らないヨムカにフリシアは心配気に声をかける。


「えっ……なに?」

「さっきからずっと黙ったままだったから、どうしたのかなって思って」


 そこで初めて自分がボーとしていた事に気付き、首を横に振る。


「ううん、大丈夫。ただ、貴族って凄いなーって思っただけだよ」

「うん、凄いよね。毎日美味しい物を食べて、綺麗な服を着たりして過ごしてるんだよね。羨ましい」


 ヴラドとロノウェは苦笑する。


「ならフリシア、旨い飯はこれから食べるとして、綺麗な服というのを着てみるか?」

「いっ……いいんですか!?」

「あぁ、別に構わないぞ」

「是非着てみたいです。出来れば……ヨムカちゃんと一緒に」


 フリシアはヨムカの手に自分の手を重ね微笑んでいる。


「せっかくだし、ヨムカも着てみろ」

「わっ……私は別にいいです。どうせ似合わなくて笑われるだけですし」

「そんな事ないですよ。ヨムカさんはとても綺麗なんですから、自分に自信を持ってもいいんじゃないですか?」


 ロノウェの言葉がヨムカの頭の中でぐるぐると繰り返しめぐる。特に「綺麗」という箇所を強調して。


「ロノウェ副隊長が言うなら、私も着てみたいです……」


 恥ずかしさに語尾の方の声が小さくなる。貴族の女性が着る服なんて、貧乏暮らしのヨムカには一切の縁が無いものなので、少しだけ頬が緩んでしまう。


 馬車はある邸宅の門前で一度止まり、御者が衛兵と言葉短く交わすと門が開き、再び馬車は動き出す。


「ここが隊長の家っすか!?」

「馬車が門を通過したんだから、そうなんだろ」


 先程まで見た貴族邸宅も唖然する程きらびやかで、広大な敷地を有していた。目の前に広がる敷地は先程の比ではなく、門を通過し十分くらい走らせようやく屋敷に到着した。


 御者の男が慣れた動きで素早く馬車の扉を開け、女性陣が降りやすいように手を差しのべる。


「あ、ありがとうございます」

「すいません」


 こういう事に不慣れなフリシアとヨムカはたどたどしい動きで、御者の手を取り降りる。


「本日は楽しんでいってくださいませ」


 柔和な表情で歓迎され、ヴラドに続き屋敷に入る。


 細部まで掃除が行き届いていて、一般市民がみても値打ち物だと分かる壺や絵画が飾られ、メイドや執事達がてきぱきと働き動いていた。


「私シャンデリアなんて初めて見ました」

「凄いね、あんなのが落ちてきたら……」


 興奮を隠しきれないフリシアはヨムカの袖を引き指を天井に向け、幼子のようにきらきらと瞳を輝かせる。その反面、ヨムカはその天井からぶら下がるシャンデリアに少しだけ恐怖を覚え、知らず知らずに最悪の光景を脳裏に思い描いてしまった。


 その頃男性陣は先頭を歩いていた。


 先程からクラッドは視線を左右に動かし、緩みきった顔を惜しげもなく晒していた。その彼の視線は行き交うメイド達に向けられ、すれ違う度に鼻孔を大きく広げ、深く酸素という名の残り香をめいいっぱい肺に取り込んでいた。


「すげぇ~良い匂いがするっす。まるで花園にいるみたいっすよぉ」

「クラッド君、表情が緩みきっていますよ?」

「いや、だってこれはしょうがないっす。メイドさんがこんな近くにいるんすからぁ~」

「全く、仕方ないですね」


 ロノウェは苦笑しながら、ヴラドの隣に並び歩調を合わせる。


「ヴラド、七八部隊もだいぶ明るくなった気がしませんか?」

「かもな」


 当初はヴラドとロノウェの二人だけの七八部隊だった。


 今年になってヨムカ、フリシア、クラッドが入隊してきた。部隊として形になってきた当時は問題だらけの部隊で纏まりなんて微塵も無かった。フリシアは人見知りが激しく、声を掛けてもヴラドに限らず怯え、全員から距離を置いていた。クラッドは他部隊の女の子に付きまとったりして、よく隊長であるヴラドと副隊長のロノウェがわざわざその女の子達の部隊に頭を下げにいったりもした。ヨムカはあの性格のせいで周囲になかなか溶け込めなかったし、あえて溶け込もうともしていなかった。やはり他部隊に眼をつけられて一悶着を起こすも彼女は実力があるので、返り討ちにしたりと問題児達にヴラドは匙を投げ出したいと本心から思っていた。


 結局は匙を投げ出し、全てロノウェに任せ、ヴラドは読書に逃げ込んだ。だが、気づけば彼等も落ち着きを見せ、少しずつだが互いを理解し歩み寄り、以前に比べれば賑やかになり、纏まりを見せていた。


「そろそろ、彼等を信用してあげてもいいんじゃないですか?」


 ロノウェがヴラドに顔を寄せ耳打ちをする。


「別に信頼してないわけじゃないぞ。ただ……な」

「貴方をそこまで奥手にさせるのはあの事件のせいですか?」

「ロノウェッ!」


 突如として大声を出すヴラドは昔からの友を睨み付ける。


 普段絶対に感情を昂らせないヴラドの姿にヨムカ達は眼を丸くし、呆然として立ち止まる。


「あ……悪い、驚かせたな」


 ヴラドは悲しげな表情を隠そうと若干俯き加減に顔を逸らす。


「ロノウェもすまなかった。悪いけどこいつ等を先にパーティー会場まで連れていってもらっていいか? 俺は少ししたら向かうわ」

「えぇ……分かりました。私の方こそすいません」


 ヨムカ達は交互にヴラドとロノウェに不安げな視線を向けていると、ヴラドはその場で背を向け廊下の奥に消える。


「ろ、ロノウェ副隊長……?」


 フリシアが今にも泣きそうな顔でロノウェを見上げる。


「せっかくの食事会なのに不快な思いをさせましたね。申し訳ございません。私が少々ヴラドをからかいすぎてしまって……まぁ、ヴラドも直ぐに帰って来ますから、先に行きましょう」

「隊長もあんなに怒るんすね。一体どんなからかい方をしたんすか?」

「ははは、内緒です」


 クラッドは直ぐに元の調子に戻り、フリシアはまだ少し表情が固かった。


「……」


 ヨムカはヴラドの消えた廊下の奥をじっと見つめ、何かあったんだなと直感するが、事情も何も知らない自分には何も出来ないのでそのままロノウェの後に続く。

意外と早めに書きあがったので投降します。

次回もまた一週間かかるかかからないくらいには投稿できるよう頑張りますので、またよろしくお願いします。


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