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濃霧に包まれた路地の先

 ぼんやりと薄暗い部屋に夕日色の二つの明かり。


 立て付けの悪い窓から隙間風が入り込み室温を容赦なく奪っていた。


 部屋の隅で保温性の無い薄っぺらな掛布団をグルグルと巻き、両の手で包み込むようにホットミルクを暖代わりにチビチビと口に含む。口内を満たす甘さは気持ちを落ち着かせるには十分だった。


「少しだけ眠くなってきたかも。でも……」


 ヨムカは頭を振り眠気を吹き飛ばす。


 正体不明の視線はヨムカの無意識下に根強く植え付けられていた。視線を感じてはいないはずなのに何処からか見られている、そんな錯覚を覚えてしまうほどにヨムカは恐怖を感じていた。


 遠くから眺めるだけ。


 まるで、愛玩動物ペットの様子を観察して楽しむように。


「そういえば、一度だけ危害を加えられたっけ」


 魔導書が盗み出され、騎士養成学院と合同で検問をしていた時だ。大勢の人混みの中、鋭い刃物のようなモノで首筋を切り付けられ、少なくない出血をしたのを思い返す。あの時は近くにヴラドや七八部隊、六八部隊、八三部隊と術式に携わる魔術師見習いが大勢居たにもかかわらず、誰一人としてその奇襲に気付けなかった。


 今回の魔導書を盗み出した人物は厳重な警備を難なく突破し、現在も国内に身を潜ませているが一向に尻尾を掴ませない。


 自分を観察する存在と魔導書を盗み出した存在は、同一人物ではないかとヨムカは疑っていた。


 では、何故自分が狙われるのか。


「分からない」


 全く身に覚えがない。


「いつから、視線を感じ始めたんだっけ……。この学院に入学して七八部隊に入隊した時くらい? うん、そうだ間違いない。となると、学院の人間?」


 身近な人間は疑いたくはないが、その可能性も零ではない。南大陸に根強く浸透している神話信仰。所詮は誰かが作り上げた馬鹿馬鹿しい誇大妄想。物語の魔王は赤眼赤髪をした悪魔のような男だった。赤という呪われた色の解明は、神秘や真理を求める魔術師にとって興味を惹かれてしまう課題なのだ。


「でも、私の近くにいる人たちは神話信仰に否定的だし……となると、上位部隊の人間が?」


 憶測に憶測を重ねていくヨムカは身震いするほどの寒さも忘れ、一人延々と思考を巡らせていく。


 ヨムカが思考を停止させたのは、窓から差す朝日の眩しさに眼が眩んだ時だった。


 結局一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。あと数時間後には盗まれた魔導書の探索に出向かねばならない。今ここで仮眠を取ってしまったら待ち合わせの時間に起きられる自信もなく、小さな溜息と共にカップの冷めきったミルクを飲み干す。


「さっ、寒い!」


 吐く息白く、身体が熱を生成すべく震えだす。


「暖房器具も買った方がいいかな。でも、高いし……ううん、凍え死ぬよりはマシだよね。うん、今度の休みに買いに行こう」


 スムーズに開かないクローゼットから学院指定のコートを羽織り、部屋を出る。おかしな話だが、家の中より外の方が温かいのだ。その事実を最近知ったヨムカは、早朝は積極的に散歩に赴くようにしている。


 朝日が微かに温かく、街には薄い霧が覆っていた。


「そういえば、お昼は先輩が奢ってくれるんだった。ふふ、何を食べようかな」


 出来れば温かくて腹持ちの良い料理がいい。


「……ん?」


 表通りを歩いていたヨムカだったが、ふと一本の路地が気になり、足を止めて顔を覗かせる。


 人通りはなく、日差しも民家に遮られた薄暗い普通の路地だった。それでも、ヨムカはその奥に吸い込まれるような……魂が惹かれているような訴えに従って足を運ぶ。


「霧が深くなってる!?」


 原因不明の濃霧はヨムカの視界の一切を剥奪した。一面の白世界は早朝の肌寒さは無く、狭い路地という空間も今や広大な平地のようだった。

こんにちは、上月です(*'▽')


『夕日色に染まる世界に抱かれて』の投稿は年内最後になります。

次回の投稿は1月3日を予定していますので、年明けもよろしくお願いします!


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