休日の約束
白い天上と薬品の匂いが目を覚ましたヴラドを迎え、ここが、医務室だと理解するまで時間はかからなかった。
自分が決闘でロノウェの術式を頭部に受け、気を失った事を思い出し、無意識に手が患部に伸びる。
「あ~まだ痛むな……」
痛みを訴える頭部には氷袋が器具に吊るされ当てられていた。
上体を起こし、氷袋を器具から取り外し自分で当てる。
対面のベッドには見知った顔をの男がいたが、顔を合わせようとせず、そっぽを向いていた。
「カルロ、顔は大丈夫か?」
思いっきりカルロの顔面を殴り飛ばしたので、一応は心配してみたが反応は得られない。カルロの頬には湿布の様なモノが一枚貼られていた。
「……」
「部下から僕が気絶した後の事を聞いたよ。なんで、あんな馬鹿げた真似をしたんだい?」
ようやく口を開いたカルロにヴラドは天井を眺めながら唸る。
「なんでだろうな。正直、俺にも分からん」
「ヴラド、キミは勝利を手に出来たんだよ? 学院長自ら褒美を頂けただろうし、僕らを退学させて、もしかしたら君達が六八部隊に昇格出来たかもしれない。まさに馬鹿な行いだよねェ。自分でもそう思わないのかなァ?」
「……かもな。だけど俺は別に褒美が欲しいわけでもないし、お前らを退学させたいわけでもない」
「じゃあ、何で決闘を受けたんだい? あのまま全員で僕を袋叩きにでもすれば、危険なリスクを背負わずに勝てたじゃないか」
確かにそうだと思った。
あの時は気紛れで受けたとは言えるはずもない。
「まぁ、負けないかなって思ったから受けただけだ」
「はぁ!? 負けないって、何処からその自信が湧いてくるものなのか知りたいね。いや……むしろ、キミの頭が沸いてるんじゃないだろうねェ?」
いつもの調子でよく回る口にヴラドは鬱陶しそうに、あからさまな嫌そうなな表示を浮かべて見せてやった。
「おい! なぜ、僕と会話をしているのに嫌そうな顔をするんだよッ! 僕の繊細な心が傷ついたじゃないか」
「いや悪い、あまりにも煩かったからな。それより、決闘の件は結局どうなったんだ?」
カルロは眉間をひくつかせながらも眼鏡を指で押し上げる。
「フンッ……結果を言ってしまえば僕達は、キミに助けられた事になるねェ。両者とも戦闘不能により敗者も勝者もいない、つまり褒美も退学も無くなったってわけ」
「そっか、良かったな退学を免れて」
「良くないよォッ! キミに……格下に借りを作っちゃったんだよ!? あぁ、憂鬱だね。まぁ、借りは借りだからね。キッチリ返させてもらうから、覚えておくんだね。フンッ!」
早口で捲し立て、もう話す事は無いと言わんばかりに顔を横に向ける。
ヴラドは軽く溜め息を吐き、再びベッドに寝そべり天井を見上げる。本も無いので、ただ呆然と天井を眺めていると、扉を軽くノックし開かれる。
医務室に数名の男女の姿。それぞれ、見舞いの花を持ち二手に別れる。
「先輩、具合はどうですか?」
夕日色の瞳と髪を持つヨムカは手にもった花を花瓶に差す。
「すごく驚いたんすからね! いきなり副隊長が隊長に術式をぶっぱなすんすから」
「わ……私も驚きました」
クラッドとフリシアは心配げな瞳をヴラドに向けるが、向けられた本人はへらへらと笑っていた。
「そういやロノウェは?」
「自部隊の隊長に術式を放ったので、教員に呼び出しを受けています。まぁ、攻撃命令を下したのは先輩なので形だけのモノだとは思いますが」
「そっか」
取り敢えずロノウェの件は何とかなりそうだったので安心する。
対面のベッドにも自分たちの隊長を心配し群がる少年少女の様子に、チラリと一瞥をくれて、小さく微笑む。
「隊長ォ、俺達心配しましたよ」
カルロの隊員達がベッドに身を乗りだし詰め寄っていた。
「心配かけたね。だが、僕のせいで君達を退学にさせる所だった。本当にすまない……」
この発言にヨムカ、クラッド、フリシアは我が眼を疑った。
「え? あの、これって」
「全然態度が違うじゃないっすかッ!?」
「……」
「あんまり見てやるなよ、向こうには向こうの事情ってのがあるんだろ」
ヨムカ達は遠目にカルロの変わりように眼を丸くしていると、ヴラドが注意をする。
「隊長の勇姿、しかと目に焼き付けました!」
「決闘を申込んだ時なんて俺痺れちゃいましたよ」
眼を輝かせカルロに心酔しきっている隊員達をカルロは微笑みながら嗜める。
いったい、あの醜態の何処に勇姿があって、痺れる要素があったのか。思い返そうにも、それらしき場面に心当たりはなく、眉間に眉をひそめる七八部隊の面々たち。
「そう慕ってくれるのは嬉しいんだけどね、ここは病室だよ。いくらこの部屋に格下で無能な七八部隊隊長様と二人きりで入院してるからって煩くしたらいけないよ」
あからさまに見下すような瞳をヴラド向けていた。ヨムカとクラッドは何か言い返したいが、ヴラドに首を振られ、無理矢理に怒りを飲み込む。
「あぁ、だけど、助けてもらったのも事実だからねェ、一応は感謝はしてあげるよ」
あまり感謝の気持ちを感じさせない上目線からの礼に、ヨムカ達のストレスはうなぎ登り状態だ。感謝しているなら黙っていて欲しいと内心で強く願う程に。
「じゃあ、そのうちにでも手土産を持って来いよ~。天下の六八部隊様の事だから、安っぽい菓子折なんて持参しないよな? カルロ隊長様」
珍しく挑発的に笑うヴラドにカルロは悔しそうに睨み付ける。下位部隊が受注できる任務は楽ではあるが、なかなか大きな金にはならない。高級菓子なんていう出費はしたくは無いはずなのを、彼の無駄に高いプライドを刺激し選択を一本化させる。
「いっ……いいだろう。まぁ、高級菓子の一つや二つ、僕が持参してやるよ」
「じゃあ、二つ期待してるからな」
「ぬぐぐっ……あまり、調子に乗るなよヴラドォ!」
「お前が一つや二つって言ったんだろ?」
「フンッ!」
そうこうしている間にも看護婦が面会終了時間であることを告げ、患者である二人の隊長を残して部屋を出る。
六八部隊と七八部隊の隊員は、病院の入口までの道のりは、誰も口を開こうとしなかった。だが、入口を出た所で六八部隊の隊員の一人が勇気を振り絞ったようなか細い声で呼びかけた。
「あっ……その」
「なに?」
「えっと、今まで見下してて悪かった。それと、ありがとう」
六八部隊の隊員達は深々と頭を下げる。それに少し困惑したが、何とか頭を上げさせる。
「感謝なら私達じゃなくて、ウチの隊長にするべきじゃない?」
「そっ……そうだな。でも本当に悪かった。それだけだから」
それだけ言うと隊員達は背を向け去っていった。
ヨムカ達も自分達の家を目指し帰路に着く。
築何十年くらい経っているのか分からないだろほどボロいアパートにたどり着く頃には日は沈み暗くなっていた。
階段を登り、自分の部屋の扉を開く。
「……?」
扉を抜け背後から視線を感じ振り返ってみるが、誰の姿も見受けられない事を不気味に感じ扉を急ぎ閉め、カギとチェーンを掛ける。
「いたらいたで嫌だけど、視線は感じるのに誰もいないのも怖いなぁ」
今日1日の出来事に疲れはてたヨムカはシャワーを浴びず、カバンを机に放り、制服のままベッドに突っ伏す。
「疲れた~」
顔を少しだけ動かすと横転しているシュナイダーが視界に入り、手を伸ばし掴みそのまま胸に抱き瞳を閉じる。
どれほど時間が経過したのだろうか。外はまだ暗く室内には一切の静寂に満ちていた。
二度寝をしようと眼を瞑っていてもなかなか眠れず、昨日のように散歩に行こうかとも思ったが、時折感じる視線を思いだし即却下。
じっと此方の様子を伺うようなあの視線はなんなのだろうか? ストーカーのような嫌らしさは感じない。といってもストーカーされた事もないのだが、きっとソレとは違うんだろうなと、寝起きのぼんやりする頭で考える。
これは相談するべきだろうか。
脳裏には七八部隊の面々が思い浮かぶ。
フリシアはストーカーされる側の人間だから、何かしらの対策みたいなものを聞けるかもしれない。クラッドは……話しにならないと脳裏から存在を抹消する。ロノウェ副隊長はきっと親身になって話しを聞いてくれるだろうが、彼は隊長に代わり雑務やら指名で任務が入ったりと多忙の身なので、あまり負担をかけたくないので脚下。最後にヴラドの姿が浮かぶが、溜め息と共に霧散する。
「やっぱり、先生に相談するのがいいのかな」
部隊や勉強の事で幾度も相談にのってくれた担任の教師だが、時折誰かの視線を感じる等と言っても信用してくれるだろうか。
「気のせい! うん、きっとそうだよね、シュナイダー?」
「そうだぜ、きっと疲れてんだ。ちゃんと身体と精神を休ませろよ」
「うん」
ヨムカは声を変えシュナイダーになりきる。
「眠れないなら、本でも読んだらどうだ? もしかしたら眠くなるかもしれないぜ」
シュナイダーをベッドに寝転ばせ、ロウソクを灯し机の上に並べられた本を一冊手にとるも、結局ヨムカは朝日が昇るまで読書に励み、キリがいい場所で栞を挟み朝食の準備に取り掛かる。
「……結局眠れなかったな。まぁ、いいか」
今日が終われば明日明後日と休日なのだ。眠りたいなら好きなだけ眠れるのだから、今日一日を頑張ろうと意気込み、トーストの上に目玉焼きを乗せペッパーをまぶした簡易な朝食にありつく。
もっと美味しい物が食べたいなと、内心で呟きながらもトーストを完食する。
身仕度も適度に学院へ向かい、教室には既に数人の学生が雑談をして盛り上がっていたが、ヨムカの姿に気付くと、仲間内で頷き合い席に着くヨムカを取り囲む。
「なんですか?」
なんの感情も込めずに突き放した言い方のヨムカに、数人の男女はやれやれという表情を浮かべるだけだった。
一体どんな罵声や侮辱の言葉を聞かせてくれるのかと憂鬱になるが、男子生徒の思いもしない言葉に眼を丸くする。
「惜しかったな。あそこで決闘なんてしなかったら、お前達が勝利だったのに、わざわざ決闘を受けて六八部隊を退学から救うために無理矢理引き分けにするなんて、お前の隊長凄いな」
「……えっ?」
「それに、なんつーかな。お前の隊長は魔術師より騎士とかの方が向いてんじゃないか? あの身のこなしとか、慣れてたかんじだし」
そういえばと決闘中のヴラドの姿を思い浮かべる。
カルロが詠唱を唱え終わる寸前に投擲したナイフとかは、一歩間違えれば相手に重症を負わせていたにも関わらず、皮膚に触れるか触れないかという絶妙な間隔での投擲。距離の詰め方や背後から流れるようにカルロの関節を決めたりと、確かに常人が容易に出来る芸当ではなかった。
「その……ヨムカ?」
「なに」
「今まで馬鹿にしてて悪かったな。その……謝っても許されない事をしたのは理解しているんだ。それでも謝らせてくれ。すまなかった……」
ヨムカは思い返してみた。
教科書を隠されたり、机が横転していたり、昼用に用意した弁当をひっくり返されたりと陰湿ないじめを受けていた。だが、それらの一切をヨムカは先生に報告する事なく、一人堪えていた。
「別に……気にしてないから」
嘘だった。
本当は辛かった。誰かに助けを求めて、泣きすがりたかった。でも、自身のつまらないプライドがそれを良しとせず、気にしていない風を装っていたのだ。
「本当か? お前の隊長、任務を引き受けて来ないから、お金とか無いだろ? 今日は俺が昼奢るから好きな物を好きなだけ食べてくれよ」
周囲にいた生徒も謝罪を述べる。
「ありがとう……楽しみにしてる」
怪訝のな色を滲ませた言葉で無理やりに打ち切ると同時に、担任がキビキビとした動きで教壇に立つ。
午前の講義が終わり、クラスの生徒数名と売店に向かい、トレーの上に食べてみたかったパンや惣菜を次々と乗せていき、その行動に呆気を取られた表情を浮かべるクラスの生徒達。
「ヨムカ、その量を一人で食べるのか……?」
「今日の昼と夜、明日の朝の分だけど?」
それだけで、普段ヨムカが相当お金に困っていたんだなと学生達は理解する。
「いや、昼は奢るけど……あぁ、もう好きなだけって言ったのは俺だ、遠慮すんなッ!」
半ば自棄気味に言い放ち、自身の財布を確認し、涙を流していたのをヨムカは知らない。
のるん
淡々と午後の授業を受けようやく放課後となり、帰宅する生徒と自部隊の部屋に行く生徒に別れる。ヨムカは七八部隊の部屋に向け歩を進ませていた。
ノック二度鳴らし扉を開く。
「……」
言葉を失った。
本来この場にいるはずのない人物がそこにいたのだ。その人物は一番奥の室内全体を見渡す事の出来る席で大量の本を散らばらかせながら、ヨムカの姿をみるなり、当たり前のように片手を軽くあげる。
「よお」
「……」
第七八部隊隊長ヴラド・ディル・カッセナールが本に視線を落としていた。
「よお……っじゃありませんよ! 先輩は入院中じゃないんでかッ!? まさか、抜け出してきちゃったんですか!?」
「あ~騒ぐな騒ぐな。カルロが顔と目が合う度に煩いからな、医者に頼んで退院させてもらった」
頼んだだけで、頭部を強打した患者を退院させるだろうかと疑問に思ったが、一々気にしていると此方が疲弊してしまうので、そういうことにして無理矢理納得させる。
暫くしてフリシア、クラッド、ロノウェが部屋を訪れるなり、ロノウェ以外はヨムカと同じ反応を示した。ロノウェに至っては「回復が早いですね。流石です」と簡単に済ましてしまう。
「突然で悪いが、明日ヒマな奴はいるか?」
唐突にヴラドは本から視線を上げ部下に問いかける。
「俺、目茶苦茶暇っす!」
「わ……私も予定はないです」
「もちろん私も暇ですが、ヴラドからそんな言葉を聞くとは思いもしませんでしたよ。何かあるんですか?」
「あぁ、まあな。肝心のヨムカはどうだ?」
何故自分が肝心なのか分からなかったが暇な事は確かなので、肯定する。
「よし、じゃあ明日はウチでディナーでもするか」
ヴラドの提案により明日の休日は皆でカッセナール家で食事会をする事となった。
だいたい一週間で投稿できました。
次もまた一週間後くらいになると思いますので、またよろしくお願いします。