部隊長同士の決闘、敗者に課せられる罰
冷たい石畳に七八部隊と六八部隊が一定の距離を置き、一列に横に並び向かい合っていた。
六八部隊の面々を見渡せば、見下したような笑みを浮かべている。何度とも向けられてきた視線に慣れてきたとはいえ、たかだか十番やそこら上の部隊に馬鹿にされるのは、ヨムカやクラッドにとって不愉快以外のなにものでもなかった。
何か言い返したかったが、ロノウェはヨムカの雰囲気を察して、肩に手を置き首を振る。それでもせめてもの抵抗として、クラッド共に睨み据えるが、相手からしたら負け犬の足掻き程度にしか映らない。それが余計に悔しく腹立たしい。
審判が手を挙げると、六八部隊の隊長と七八部隊の隊長であるヴラドが一歩前へ出て、礼を交わす。互いの隊長の指示を受け、各隊員は戦闘の陣形を展開する。
六八部隊は隊長が後方に立ち、他の隊員は前面一列に並ぶ事により広範囲の攻撃を可能とするが、勿論一斉に放てば隙は生じてしまい、それを補うのが後方にいる隊長の役割なのだろう。
それに対し、ロノウェを前面にヨムカとクラッドが彼の左右後方に構え、最後方にヴラドと補助の術式を主体としたフリシア。
「七八部隊の諸君。今の内に降参した方がいいんじゃないかなぁ? 惨めに地を這うよりさ、潔くこの場を去った方が賢明だと僕は思うけどね」
六八部隊の隊長は勝ちを確信したように胸を張り、眼鏡を中指で押し上げる。
「うっせーガリガリ眼鏡。俺達、今回は棄権なんかしないんだ!」
「ガリッ!? ……コホン。ヴラド、キミはちゃんと部下を躾ているのかい? 少々目上の者に対して無礼じゃないか?」
眉間に皺を寄せながらも何とか余裕を取り繕うと見下したような笑みを浮かべるが、その表情は完全にひきつっていた。
「私達の隊長は放任主義なので、躾も何もありませんよカルロさん」
ロノウェが困ったような表情で返す。
カルロと呼ばれた六八部隊隊長はやれやれと肩をすくめる。
審判が互いの部隊を確認し、戦闘開始の合図を出す。
「術式一斉展開!」
開始と同時にカルロが声高く号令し、前面に並ぶ隊員は即座に詠唱を読み上げると同時に、術式を阻もうと駆け出すヨムカとクラッド。
四人分が展開した風系統の術式が混ざりあい暴風となり、駆け出した二人と無抵抗のロノウェを飲み込む。
「くくく、これが僕達と君達の差だよ。わかるかなァ? この圧倒的実力の違いがさっ!」
ヴラドは荒れ狂う竜巻を眠そうな眼でぼんやりと眺めていた。
確かに四人分の術式が合わされば、力は大きく増すだろう。仮に飲まれたのがヨムカとクラッドだけだったならば、荒れ狂う風刃に身を傷つけ戦闘不能になっていたのは明白だ。だが、あの中にはヴラドが幼い頃より信頼する親友がいる。だから、特に心配する事もない。
「なぁなぁ~ヴラドォ。早く敗けを認めちゃった方がいいんじゃないかな?」
「あ~悪い、風が煩くて何言ってるか聞きずらいんだ。もっと大きい声で言ってくれるか?」
「ヴラド、キミも何を言ってるか分からないんだよッ! 早く負けを認めろって言ったんだよ!!」
風切り音のなか遠くから叫ぶカルロの声を辛うじて聞き取り、首を振るう。
そして暴風の中心では、身動きを封じられ、風刃が皮膚と肉を徐々に切り裂かれているヨムカ達。
「くそッ! このままじゃ隊長とフリシアが」
「その件は大丈夫ですよ。竜巻を発生させているこの術式は外部から魔力を供給されて維持しているものですから、術者が注意を削いでしまえば術式は消滅してしまいます。つまり、今現在フリシアさんとヴラドに危害を加える事が出来るのは、カルロさんだけです」
ロノウェが術式に流れ込む魔力を感知し、危機感を感じていないような柔和な表情で説明する。それにヨムカとクラッドはなるほどと頷いた所で、ヨムカは我に返る。
「待ってください! 向こうの隊員が身動きが取れないのは分かりました。ですが、向こうの隊長の自由が利くなら不味くないですか? フリシアの使う術式は補助がメインで、隊長に至っては実力がアレなので……」
「ハッ! そうっすよ、このままじゃ不味いじゃないっすか」
遅れて気付くクラッドは焦り、落ち着きを失い、視線を右に左に向けては何とか脱出出来る方法はないかと模索してはみるが、術式の実力は勿論、理論すら上手く組み立てられないクラッドに打開策が思い浮かぶはずもなく、地団駄を踏みしめるだけだった。
「ッ!!」
肉を切る痛みに顔をしかめ、流れる血を手で押さえつけ圧迫する。
「ヨムカ、大丈夫か!?」
「これくらい大丈夫だから、耳元で大きな声出さないで」
「この術式を解くのは、流石に二人にはまだ早かったみたいですね」
ロノウェは二人に姿勢を低くするように指示を出し、右手を天に向けて伸ばし、ゆったりとまるで幼子を寝かし付ける時に、童話を読み聞かせるかのような優しい声量で詠唱を読み上げる。
「大気にたゆたう魔力の流れよ私は願う、我が下に集いて敵を払う剣となれ――展開:自在魔力還元」
掲げた手から魔方陣が展開し、小さなキラキラと輝く渦が発現する。
竜巻から発する小さな粒子を吸い込み渦は少しづつ肥大し、それと対照的に竜巻は威力を弱め小さくなっていき、やがて術式は不安定になり、暴風は霧散する。
「馬鹿な、俺達の術式が敗られた!?」
六八部隊の隊員の一言に驚きという大きな隙を生じさせる。
「ヨムカさんクラッド君、今です」
「はい!」
「うっす!」
ようやく暴風の牢獄から解放されたヨムカとクラッドは、即座に展開できる初歩的な術式を編み放つ。
魔力を他物質へと変換させずに、キラキラとした粒子状の固形物とした物質は、横一列にならぶ六八部隊隊員に掃射され、身体全体を強打し地に倒れ伏す。
一人残ったカルロは目の前の光景に先程の余裕は何処に置き去ってしまったのか、驚愕の色を浮かべ無意識に一歩後ずさる。
「カルロ、お前達の負けだ。いくら、お前が頑張ってもこの戦力を覆すことは出来ないだろ?」
「うっ……うるさいよッ!? ヴラド、キミの部隊には本来シングルナンバーの部隊に所属する実力を持ってるロノウェ君がいるからだ! 僕の部下の術式を破れたのも彼のお陰じゃないか!」
激昂し、身振り手振りを最大限に生かした動きで抗議と不満の声を上げる。
二階席からその様子を見ていた観戦者は呆れた眼差しが、敗北を認めぬ哀れな男に向けられていた。
「貴様らァ、僕をそんな眼で見るなッ! そうだ、ヴラド。キミに一対一の決闘を申し込む。これで僕が負ければ認めてあげるよ」
カルロの「決闘」という言葉で会場にざわめきが生まれる。
「静まれッ!」
闘場に響くしわがれた声。
一同は言葉を止める。他社を従えらせるような威圧を孕んだ声の主に皆視線を向けていた。
視線の先、一般観戦席とは隔離され、闘場の全域を見渡す事が出来る特等席。その席からカルロを見下ろす老いた男性の姿。
「学院長が何故この場に?」
ロノウェが小さく言葉を漏らす。
今まで部隊対抗戦に一度も姿を見せる事がなかった学院の統治者。同時に国王の傍らで国を支える偉大なる魔術師。
「がっ……学院長!?」
「何を驚く必要があるカルロ・シュタンベルク。お前はいま決闘を申し込むと言ったな? 決闘とは互いに譲れぬモノがあり対立した時に行う物だ。つまり、負けた時の覚悟は出来ているんだろうな?」
重圧を感じさせる声にカルロの額からは多量の汗が流れ出す。
「どうした、カルロ。まさか一度言った言葉を過ちとして訂正はせんよな。そして、ヴラド。この決闘を受けるか受けないかはお前次第だ」
威圧的な視線がカルロからヴラドに向けられるが、相変わらずの気怠そうな表情で髪を掻いていた。学院長を前にこのような態度をとれるのは学院中探してもヴラドくらいだ。普通の生徒はヴラドと同じように竦み上がり、視線を逃れようとするだろう。
「あ~まぁ、やってみるか」
ヨムカはてっきり断ると思っていたが、意表を突いた回答に眼を丸くする。
「そうか、わかった。では勝者にはワシ自ら褒美をやろう。だが負けた時には部隊全員を退学とする」
「そんな……ッ!?」
七八部隊の面々は絶望に表情を失い、言葉すら発する事をわすれていた。
二人を除いて。
負けた方は隊長のみならず隊員まで退学という異例の罰に今一度ざわめきが大きくなる。
「はっ……はは、ヴラド。キミは馬鹿な選択をしちゃったみたいだねぇ! 負けたら退学だってよ。どうする? もう受けちゃったから仕方ないよねぇ。隊員も可哀想に、馬鹿な隊長のせいで学院を去らなきゃいけないんだから」
「まぁ、やってみなきゃ分からないだろ?」
「おいおい、分からないわけないだろ。だって僕は六八部隊の隊長で、君は七八部隊の隊長。同じ隊長でも格が違いすぎるって分かるよねぇ」
「……」
学院教職員を従え学院長は二人の側までやって来た。
「審判はワシが行う。両者準備はいいか?」
「いつでもいいぞ」
「ハイ、大丈夫です。学院長」
とうとう始まる異例の決闘に観戦席からの視線が二人の隊長に注がれていた。
「では……始めィ!」
ヴラドは腰に装着した学院指定とは別のナイフを抜き、一直線に駆ける。
「おい、魔術師なら術式で戦ったらどうだい? まぁ、いいけどさ。さて……大気切り裂く不可視なる刃、我に風なる……ッ!?」
詠唱の途中で自身の顔の真横を銀の残影が、鋭利な音を纏い掠め、驚きに魔力の流れを乱し、集中力が削がれた事に展開しつつあった術式は霧散する。
飛来していったモノがナイフだと時間差で理解し、即座に簡易術式を展開しようと魔力を編み上げようと意識を今一度集中させるも、一瞬の隙という短い時間だけでもヴラドには十分過ぎた。
ヴラドは距離を詰めては、滑り込むようにカルロの脇を抜けては立ち上がり、背後からカルロの腕を捻り上げ、背に押し付ける。
「いだっ……痛い痛い痛い、僕の腕がッ! 折れる折れるぅッ!!」
「じゃあ、降参しろよ。そうしたら折らないでおいてやる」
「はぁ!? 馬鹿じゃないのかい? そしたら僕達が退学じゃないか。そんな真似出来るわけないだろ」
「じゃあ折るからな」
腕をさらに捻り上げていく。
「僕達はねぇ……痛いッ、君達みたいな……いたッ、馬鹿で無能共に負けないんだよォ!」
乱れた魔力を力任せに地面へ叩きつけ、生まれた暴風に両者吹き飛ばされる。
「ふぅ、痛かった。さて……キミとの距離も空けられたし、ナイフはもう無いみたいだし、さっきみたいな姑息な手は使えないねぇ。直ぐに終わらせ……え?」
今度はナイフではないモノが次々と飛来し、その一つがカルロの額にぶつけられる。
それは、魔力を地面に叩きつけた時に欠けた地面の残骸。
「悪いなカルロ、勝たせてもらうわ」
流血する額を押さえつつ、視線を上げヴラドを睨み付けるが、その対象がいつの間にか目の前に立っていた。
「術式はあまり得意じゃないんだよ」
「……は?」
握られた拳はカルロの頬を打ち抜き、衝撃で意識を失い地面に倒れ伏す。
勝負は決まったかと思われた所で、ヴラドはロノウェに向き直る。
「ロノウェ、ジャッジされる前に全力で頼む」
「はいはい」
「分かっていますよ」と言うように苦笑しつつ、素早く術式を編み上げ、ヴラド目掛け放つ。
「え~!?」
ヨムカ、クラッド、フリシアは同時にその意味不明な光景に声をあげている間に、ロノウェの放った水弾がヴラドの頭部に叩きつけられ、その場でヴラドも意識を失い崩れ落ちた。
ようやく3話目です。
68部隊のカルロをどのように小物っぽく見せようか考えながら書いているんですが、上手く小物っぽくなっているのかなぁ?
次回の投稿もたぶん1週間後くらいになると思いますので、またよろしくお願いします。