行方の分からぬ焦り
どれだけ走ったのか、必死に人の波に倒れそうになるのを踏ん張りながら、近くの路地に避難して呼吸を整えていた。
「先輩……」
手に持った小説の入った紙袋を胸元で強く抱き締める。
「私なにやってるんだろう……」
同じ部隊の隊長を置いて一人逃げ出してしまった。
あの時はヴラドの命令に素直に従ってしまったが、共に戦った方が良かったのではないかと、後悔の念が頭の中をぐるぐると巡っていた。
「今ならまだ……」
「ヨムカさん?」
背後からいきなり名を呼ばれ身体が一瞬だけ強張りながらも振り返る。
「ロノウェ副隊長!? どうして、こんな場所に?」
「そこまで驚かれると、逆に私が驚きますよ。せっかくの休日ですし、久しぶりにお祭りに興じようかと思ったらこの騒ぎです。ヨムカさんは一人……ですか?」
「いえ……ヴラド先輩といました」
「そういえば、そうでしたね。はぐれてしまったのですか?」
「…………」
はぐれたのではなく逃げ出したと言い出しにくく、言葉が喉を通らない。
「ヨムカさん、今は一刻を争います。取り敢えず急ぎ安全な場所に逃げましょう」
「えっ……あの、それは……」
ヨムカの手を引き路地裏の道に走りだそうとした所でヨムカは制止する。
「どうしました?」
「ロノウェ副隊長、先輩を助けて下さい!」
ロノウェに握られた手に自然と力が入る。
「手短に訳を話してくれますか?」
「はい……」
ヨムカはロノウェに事の次第を全て話した。
その間もロノウェは周囲に気を張りながらも、ヨムカの話しに耳を耳を傾ける。
「ヨムカさんの話しからする推測ですが、その異形は高等な力を持ち、特殊な知識が無いと打ち倒す事は不可能でしょう。ヴラドではその異形には絶対に勝てません。急ぎましょう、案内をしていただけますか?」
「はい!」
表通りは未だに逃げる人でごった返しになっている。かといって裏通りからでは遠回りになってしまう。
「ヨムカさん、私に掴まってください」
言われるままにロノウェの手を握ると、力強く握り返されロノウェは瞳を伏せ、早口に術式を行使するための詠唱を呟く。
「私は飛べぬ、地に縛られるは人の罪故の報い。天に焦がれる罪深き賢者は天に墜落する。展開―――無重なる加護」
二人を包み込む広さの魔方陣が足元に展開し、一瞬だけ強い光に目が眩む。
「いきましょうか、ヨムカさん」
「えっ……?」
ロノウェに手を引かれ身体がフワリと浮き、そのまま建物の屋根に着地し、そこからは全力で駆け抜ける。家々を飛び伝い、目下には人の群れ。
「あそこです!」
開けた場所を指差すと、ロノウェは先に行くと通り越し様に言い残し、ヨムカでは追い付けない速度で駆けては建物から飛び降りた。
ヨムカも広場に降り立つとそこは先程と同じ死臭が満たす場となっているが、ヴラドと異形の姿は何処にもなかった。
「ロノウェ副隊長……先輩は」
「分かりませんが、たぶん死んではいないでしょう」
周囲で倒れ伏す人に視線を向けながら呟く。
逃げ切れたのかなと安堵するが、あの化け物も居ないとなると新たな不安がヨムカの胸中を満たす。
「あの化け物は何処に……」
「まずはヴラドを探しましょう。それから化け物を探しだします。ヨムカさんは私が時間稼ぎをする間に援軍を呼んできてください」
「それだと副隊長が……」
「構いません。私もまだ大切な研究が残っています。心半ばで死ぬつもりはありませんよ」
ヴラドと似たような台詞にヨムカはこんな時にクスリと笑みをこぼす。
「先輩も似たようなことを言ってました」
「読みたい小説があるとか、そんな感じですか?」
「はい」
多少だが不安感は薄らいだ。
「では、行きましょう」
先程と同じように建物の屋根からヴラドを探し回る。
混乱する街中をようやく精鋭部隊が動きだしている。その様子を一瞥したヨムカとロノウェは屋根を渡りながら走り抜ける。
「ヨムカさん、アレを見てくださいっ!」
ロノウェは足を止めて西側を指差し、その示す方角に目を向けると黒煙が至る場所から舞い上がっていた。
「まさか……」
「ヨムカさんはこのままヴラドを探して下さい。私は様子を見に行きます」
「ですが……!」
「大丈夫です。精鋭部隊も出動しているんですから、何事も無ければ私もヴラドの捜索に向かいますから」
それだけを残し、ロノウェは西側に向かって行ってしまった。
「先輩……」
焦る気持ちに身を任せ、視線を下に向けつつ再び走り出した。
こんばんは上月です。
『守るべき存在、失われる世界』は完結しましたが、こちらはまだまだ続きますので宜しくお願いします。次回も来週に投稿します




