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対策無き異形

 辺りには死臭が漂い、街は血に赤く染め上げられた。


「あいつが……」


 魔術師や騎士という隔たりが無くなったお陰で、その異常の中心となる存在の正体が明らかとなった。


「まさに、異形だな。分かってはいたがアレは俺達でどうにか出来る相手じゃない。俺が何とか気を逸らすから、お前は先に逃げろ」

「でっ……でも」

「いいから。俺はまだ読みたい小説があるからな。こんな場所で死ぬ気はないから安心しろ」

「私も――」

「駄目だ! お前は俺より身軽だ。急いで正規の騎士と魔術師を連れてくるんだ。いいな?」


 そう言ってヴラドはヨムカの頭を優しく撫でる。


「今だ、行けっ!」


 彼の叫びにヨムカが走り出すと同時に異形の瞳がヴラドを捉えた。


 ヴラドなら大丈夫と何度も何度も自身に言い聞かせては懸命に走る。


 ヨムカが走り去っていく姿を確認すると、ヴラドは身を軽く屈ませ身構えながら異形と対峙する。


「とは言ったものの……武器が無いんじゃどうしようもないしなぁ」


 今日はヨムカの買い物に付き合うだけだったので、ヴラドは義務着用であるナイフや拳銃を持ち合わせてはおらず、素直に携帯しておけば良かったかと後悔する。


「ぐるるるるる」


 人型をしているが、まるで犬のように唸る。


「そんな威嚇すんなよ……こっちは丸腰なんだからよ」

「がぁぁぁぁ!」


 二足で駆けるが上体はかなり前屈みになっており、首だけを持ち上げ、異様に長いその両腕は血が乾き張り付かせている。獰猛な瞳はヴラドを一直線に捉え、人間ではありえない速度で距離を縮めてくる。


「攻撃はその腕と鋭利な爪か」


 ヴラドが注視するは地面に火花を散らしながら鈍く輝く剣のような爪。


 一振りで鎧を身につけた屈強な騎士数人を容易に切り裂くほどの業物である事は確認済みだった。


「しゃぁぁぁぁ!」


 地を切り裂いていた爪を振り上げるが、ヴラドは咄嗟に一歩下がり回避する。だが、その動きも想定住みだというようにもう片方の爪で突き刺そうと腕を伸ばす。


「チッ!」


 追撃を想定していなかったわけではなかったが、その俊敏な動きに反応が遅れていまい、身を半歩引き胸元を軽く切り裂かれる程度で済み、伸ばされた腕を掴み無理やりに引き寄せ、残った片方の拳で異形の顔面を打ち抜く。


「……ふが?」


 渾身の一撃を受けても微動だにしない異形はゆっくりと両の爪を振り上げる。


「硬すぎだろ」


 異形を蹴りつけ、その力を利用し距離を開けようとするが、振り下ろされた爪はヴラドの足を捉え、着々に失敗し体勢を崩す。


「こりゃ深いな……逃げるのはまず無理か」


 胸と足を負傷しながらも、次の一手を考えようと脳をフル稼働させるが、身動きが取れない状況下で次の一手もなかった。


「諦めるのも癪だしなぁ」


 頭を掻きながら、ニタニタと笑いながら理解不能な声を上げながら近づいてくる。


「…………」


 ヴラドはチラリと自身の腕輪に視線を向けるが、拒否反応のように視線を異形に戻す。


「最後くらい時間稼ぎはさせてもらうぞ」


 痛みが走る足を手で力強く押さえながら、ヨロヨロと立ち上がり再び拳を固める。


 その動作に異形も爪を構え一気に距離を詰める。


「お前に勝ち逃げなんかさせないし。お前は観衆の前で僕が叩き伏せてやるんだからさぁ、それまで死ぬことは許されないんだよ!」


 迫る異形の目の前にに暴風が吹き荒れ、動きが止まる。


 その暴風の中からはスラリと伸びた身長にインテリ眼鏡を掛けた男が現れ、そのまま腕を異形に突きだし荒れ狂う風を放つ。


「ぎゃあ!?」


 その身を揉みくちゃにされながら、暴風と共に民間の壁に叩きつけられる。


「ふふふ、はははははは。化け物風情がこの僕の前に立つからこうなるんだよねぇ。さて……」


 魔術強襲第六八部隊隊長のカルロは、ニヤニヤと地に膝を折っているヴラドを思いっきり見下していた。


「だいじょ~ぶかい? 足と胸から血が出てるけど、病院にでも行った方がいいんじゃないかなぁ?」

「馬鹿っ、よそ見すんな!」


 いきなり大声を張り上げるヴラドに言葉の内容を理解する以前にぽかんと呆けた顔をする。


「これで、貸し借りなしだっ!」

「うわぁっ!?」


 ヴラドはカルロの足を力の限り引っ張り、転倒させる。


 仰向けに倒れこんだカルロは、今自分が立っていてちょうど頭部があった場所を異形が爪を突きだし弾丸のように一直線に視界をよぎっていった。


「ヒィッ!」


 異形はそのまま民家にぶち当たり、壁を破壊し土煙があがり様子を伺う事が出来ない。


「悪いが肩を借りるぞ」

「あまり、埃まみれの手で触ってほしくないんだけど……仕方ないねぇ」

「俺を見殺しにするのは勝手だが、もし死んだら毎夜枕元に立って呪詛を延々と……」

「はぁ、わかった。わかったから枕元に立つのはやめてくれよ」


 カルロはヴラドの腕を自身の首に回し立たせる。


「それで、どうするんだい? 勿論、何か策はあるんだろうね」

「策は無い。だが、そろそろ騒ぎを聞き付けて討伐隊が送り込まれるはずだ。俺達がこの場に居る必要はないから逃げるぞ」

「討伐隊でどうにか出来ると思っているのかい? 見てみなよ、この場に血溜まりに沈む正規の騎士や魔術師を」


 ヴラドは見なくても理解している。精鋭が簡単に目の前で命を落としたのだ。だが、それでも彼等よりかは実力がある精鋭部隊に期待するしかない。


「いいから逃げるぞ。アレが家から出てきたら、もう回避する手段は無いからな」

「ふん! キミに言われなくても、こんな危ない場所にいてたまるか」


 カルロはヴラドの体重を支えながらなるべく早く、かつ怪我人に無理させない程度の歩調で路地に入っていく。

こんばんは上月です(。>д<)ノ

1週間置きの投稿なのに話しが短いwww

次回も1週間後の投稿になります

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