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発生せし化け物

 会計を済ませ、紙袋に包まれた小説を大事そうに胸に抱きながらヨムカは機嫌が良さそうに、書店を出る。


「先輩、ありがとうございます。この本大切にしますね」


 ヨムカの言葉から素直な喜びを感じとり、ヴラドは頭を掻きながら短く返す。


「次は、服屋でいいか?」

「はい……ッ!?」


 ヨムカは背筋に視線を感じた。いつものように観察するかのような、ネットリとした気持ちの悪い視線を。ただ、いつもと少し違う感情を纏っているような気がしたので、つい過剰に反応してしまった。


「どうした?」

「えっ、あ、いえ何でもないです」

「そうか、なら行くか」


 人通りの多いこの場所では流石に仕掛けては来ないだろうとは思うが、この間の検問の時の事もあるので、警戒だけは怠らないように意識を集中させる。


「例のストーカーか?」


 不意に隣を歩くヴラドがボソリとヨムカにだけ聞こえる声量で呟く。


「……はい」

「なら、撒くか? それとも捕まえるか?」

「撒きましょう。相手が以前の検問の時と同一犯だったら私達に勝ち目はないですよ」

「そうだな……じゃあ」


 ヴラドは呼吸を整えるように一拍の間を開ける。


「走れ!」


 一言叫ぶと、力強くヨムカの手を引き、タイミングを逃したヨムカは体勢を崩しながらも引っ張られる力に従い走る。


 動体視力が良いのか、上手く人垣を分けてなめらかに進んでいく。


「せっ、先輩。何処まで走るんですか?」

「あ~そうだな。女性服専門店だ。そうすりゃ相手も迂闊な行動が出来ないだろ」


 路地を曲がり、また路地に入ってと相手を撒きながらようやく服屋に辿り着く。


「はぁはぁ……疲れた」

「んで、まだ視線は感じるか?」


 酸素を肺に上手く取り込めず、言葉を発するのも困難だったので首を横に振る。


「い、いらっしゃいませ」


 いきなり店内に駆け込んできた男女に、店員は多少引きつった笑みを浮かべていた。


「はぁ……はぁ、そんじゃ服選びするか」


 外には警戒をしつつも、二人はヨムカの新しい服を探しては試着し探しては試着しと、長い時間を過ごした。


「結構時間が掛かったけど、コレがいいな」

「そうですか? ちょっとスカートが短い気が……」

「年頃の女なんだから、それくらい気にするなよ」

「まさか、こういうのが先輩の趣味ですか!?」

「俺が異性に没頭する姿をイメージ出来るか?」

「…………」


 クラッドならまだしも、ヴラドでは全くイメージが出来なかった。むしろ、本に没頭してる場面しか脳裏に浮かばず、それがどこか可笑しく、クスリと笑う。


「まぁ、先輩がそう言うならコレにします」

「後はどういうのを買うんだ?」

「動きやすいのを買おうかと思うんですが、どれがいいのか自分で決められなくて……」


 数ある衣服から選ぶのがこれほど大変だったとは思わなかった。


 ヴラドは近くにいた店員を呼んでは、ヨムカの好みに合わせて一緒に選んで欲しいと頼み、ヴラドはブラブラと店内を歩き始める。


「お客様、どのような洋服をお求めですか?」


 にこやかに接客する店員にヨムカは少し緊張で声が強張りながらも、色々と衣服を合わせてくれたり、アドバイス等もしてくれたおかげで意外にもあっさりと決まった。


「お会計お願いします」


 初めての給金で買う衣服はヨムカの瞳にはどの服より高価に見え、それが表情に出ていたのか店員は優しく話し掛ける。


「ご購入された衣服を来ていかれますか?」

「いいんですか?」

「ハイ、もちろんです! せっかくの彼氏さんとデートなんですから、新しい服を来て楽しみたいじゃないですか」


 ヨムカは頷き、試着室で会計を済ませた新しい服に身を包む。


「先輩……どうですか?」


 気恥ずかしさで、声は段々小さくなり、可愛らしい衣服をつまみ俯きながらも照れ笑う。


「いいんじゃないか?」

「…………」

「……どした?」


 どした、じゃない! と叫びたかったが、なんとか堪える。


 せめて、もう少し何か気の利いた言葉が出るのかなと、本当に少しだけ期待したが、案の定気の利かない言葉一言だけだった。


「もう、いいです! 先輩に少しでも期待してしまった私が馬鹿だったんです!!」


 ヴラドを全力で突き飛ばして、店を出る。


 苛立ちがヨムカの感情を支配していたが、僅かばかりに悔しい、もしくは悲しいという色が渦巻いている。


 背後からヨムカを呼び止めようとするヴラドの声を無視して、走り出す。


「どうして、先輩はああなんですか!」


 表通りの人混みの中を一人目的も無くさ迷いながらも、小腹が空いたので手軽に食べられる菓子の屋台に並ぶ。ふてくされながら待つこと五分。ようやくクレープを入手し、歩きながらパクついているうちに怒りは何処かへ消え去り、一人ため息を漏らす。


「あそこまで、ムキにならなくても良かったかな」


 罪悪の念がグルグルとヨムカの心に住み着き、モヤモヤしたままで休日を過ごすのも馬鹿らしく、謝ろうと決意し来た道を人垣を分け早足で歩を進める。


 夕日色の少女の姿を遠目から眺める影は薄く笑っていた。




「すいません、えっと……さっき私と一緒にいた人はどっちに向かったか分かりますか?」


 先程服を購入した店の店員に、申し訳なさげに訪ねた。


「彼氏さんなら、あのあと直ぐに慌ただしげに貴女を追いかけていきましたよ」


 完全なる入れ違いだった。


 このままの気持ちで週明けにどのような顔をして会えばいいのか。何としても今日中に謝っておきたかった。


 店員に礼を言い、再び表通りへと足を運ばせる。


「この、大人数の中から探すのは……なんだろう?」


 はるか先の方で砲撃のような音が賑わう街並みを駆け抜ける。


 辺りは静かになり皆何事かと戸惑っていると、音のした方から悲鳴が上がり、ただ事ではないと判断した人々が我先にと逃げたし始める。


「痛っ!」


 流れに逆らい迫る人の波に押し退けられよろめくが、誰かがヨムカの両の肩に手を置き支える。


「あっ、ありがとうご……先輩?」

「おい、いきなり走り出すなよ。探す俺の身にもなってくれ」


 やれやれといった感じにヨムカの頭をポンポンと叩き、何事かと視線は音のした方へ向けられていた。


「出来ればこのまま帰りたいけど……国の危機に駆り出されるんだよなぁ」

「私も……私も行きます!」

「あ~それは許可出来ない」

「どうしてですか! 向こうでは必ず何か良くない事が起きてるんですよ。それを見過ごして逃げろっていうんですか!?」

「良くないからだ。いいか、俺には部下の命を守る義務があるんだ。こんな馬鹿げた事で命を落とさせるかよ」

「でも、先輩は行くんですよね?」

「義務だからな」


 術式もまともに使えないヴラドが行けば、他の騎士や魔術師に比べて命を落とす確率は高い。


「私も同じです……私も皆を守りたいです。だから、まずは先輩を守ります」


 聞き分けの無い部下にどうしたものかと考えるが、結局ヴラドが折れる。


「はぁ……わかった。じゃあ、現場で俺の指示には必ず従ってもらうからな」

「はい!」


 二人は人の波が少ない路地に入り突き進む。


 少し開けた場所に出ると、そこは悲惨な光景が広がっていた。


 辺り一面には人であったモノが至る箇所で、その身を鮮血に染めながらも無惨にも散らばっていた。正面には正規の騎士や魔術師を中心に学院生達は何かと向き合っていたが、彼等の背によってその何かは見えない。


 この時、ヨムカの脳裏にはある言葉がよみがえる。


「この国は崩落する。死者は十万を超える。野望に呑まれた男によってな」


 底知れぬ知識を有する魔術師の言葉だ。


 ヨムカは奥歯を噛みしめ、飛び出したい衝動に駆られるが、ヴラドが静かに制する。


「命令だ。動くな」

「……はい」


 ヴラドの判断は正しかった。


 騎士や魔術師が動きを見せたその直後に、彼等はそこらに散らばるモノと同じ運命を辿る。

こんばんは上月です(。>д<)

次回は化け物との戦いを書いていきますので、よろしくお願いします

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