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暗闇に微笑む影

 月明かりが差すだけの薄暗い部屋でローブを頭からすっぽりと覆った人物の口許は可笑しそうに笑っていた。だが、その笑みは正気など欠片も無く、狂気に…… 妄執に捕らわれているような危険な雰囲気を漂わせていた。


 袖口からは暗がりでも分かるくらい白くしなやかな指が伸びては机の上に乗せられた一冊の書物を撫でるように這わせる。


「くく……」


 楽しくて致し方ない。


 喉を鳴らすが、高ぶっている感情のせいで、若干うわずってしまった。


「……?」


 扉の外から何者かの気配を感じ取り、指を宙で一閃する。


 指が走った場所に亀裂のようなモノが生じ、書物をその亀裂に滑り込ませるように入れ、握り拳を作れば、それが合図だと言うように亀裂は消失する。


 近付く足音に身構え、いつでも術式を行使出来るよう内包する魔力に呼び掛ける。そして、気配は扉の前で止まり、ノブがゆっくりと回される。




 昼時の魔術学院の購買は昼食を求める学院生で賑わっていた。


 その人の群れを少し離れた場所で見詰めるヨムカは、手中の金貨を力強く握りしめ、あの争奪戦が行われている戦場に特攻をする決意を固める。


「よっ、よし。私なら大丈夫」


 ヨムカは一歩踏み出した所で、自身の肩に置かれた温もりと重みに足を止める。


「今から行っても手遅れだ」


 振り替えれば七八部隊の隊長を務めるヴラド・カッセナールが、ヨムカを見下ろしていた。


「見てみろ」


 言われるままにヨムカは顔を購買に向けると、直ぐに完売の札が立てられ、買えなかった学院生は昼食を手に入れようと急ぎ足で街に向かう。


「もし、良ければ一緒に食うか?」


 ヴラドの手には大量のパンとサラダがあった。


「是非とも頂きます!」


 二人は部隊部屋に行き、席に着いて昼食を広げる。


「先輩、まさか一人でこの量を食べるつもりだったんですか?」


 先程は袋に入っていて、まぁ結構あるなくらいにしか感じなかったが、並べてみて初めてその量の多さに呆れ返る。


「いや、最初はロノウェと食べるつもりだったんだが、具合が悪いとか言って早退したから処理に困ってたんだ。そしたら、ちょうどお前が昼食に困ってそうだったし、ちょうど良いかってな。まぁ、好きなのを食えよ」


 ヨムカは色んな種類のパンを眺めつつ、手始めにと鶏肉とレタスを挟んだパンを手にする。


「そんじゃ、俺はこれから行くか」


 ヴラドは中心部が窪み、そこにホイップクリームが大量に詰められたパンを手にし、豪快に頬張る。


「先輩、味わって食べないんですか? せっかくの豪華なパンなんですよ、勿体なさすぎます!」


 普段がツナパンを主食とする、うら若き少女からすれば此所に並べられたパンは輝く宝石のように映っているに違いない。


 ヴラドは口許に付着したクリームを拭き取る。


「ツナパン少女はゆっくり、味わえばいいだろ。俺はこの後に気は進まないが、任務の受注しに行かなきゃいけないんだ」


 普段めんどくさがり、任務受注してこないヴラドにしては珍しいなと思い、次のパンに手を伸ばす。


「カルロとベナッドに嫌と言うほど説教されたからな。部下の生活を保証するのも隊長の仕事だっ!……てな。特に部下に対して溺愛してる馬鹿ルロは耳元で喚くもんだから今も耳がキンキンする」


 冗談めかしく語るヴラドにヨムカはクスッと笑う。


「あの二人には感謝しないといけないですね!」

「カルロにはしなくていいからな」


 昼休みも半ばを過ぎ、大量にあったパンを二人で平らげ、食後の紅茶を堪能していた。


「先輩、ちなみにどんな任務を受けるんですか?」

「めんどくさくなくて、報酬がソコソコなのを探す」

「……一生見つからないと思います」


 そんな感じに雑談していると、チャイムが昼休みの終わりをが告げる。


「先輩、御馳走様でした。とても美味しかったです」

「じゃあ、また放課後にな。その時に任務の詳細を告げるわ」


 そう言ってヴラドは教室がある棟に向かって歩き、ヨムカも正反対に歩み教室に向かう。


 今ではもう教室に足を踏み入れる事になんの躊躇いもない。少し前までは髪と瞳の色で苛められ、部隊対抗戦でも戦わず降参する臆病者部隊として見下されていた。だが、今は違う。


 まだヨムカを疎む視線を向けるが、少しずつではあるが、クラスメイトはヨムカを受け入れ始めていた。


「ヨムカ、今日の放課後に因果創神器の文献を漁りに大図書館行くけど一緒に行こうぜ」

「あ~ごめん。放課後に先輩が任務を受注するみたいだから」

「先輩ってヴラド隊長の事だよな? へぇ~あの人が任務受注なんて珍しいな」

「うん、なんか色々あったみたいだよ」


 流石にウチの隊長は他の部隊の隊長に説教されて渋々……なんて言えなかったので言葉を濁す。


「ほら~席について、授業を始めますよ」


 先生の号令に皆席に着き教科書を広げる。


 有意義な六十分の授業が終わり、次の授業も淡々とこなして放課後を告げる。


 部隊部屋に向かう者、帰宅する者に別れるなか、ヨムカは部隊部屋に歩を進める。


 ヴラドがどのような任務を受注しているのかワクワクしながら、七八部隊と書かれた表札がぶらさがる扉を開ける。


「おつかれさまです」

「ウッス!」

「おつかれさま、ヨムカちゃん」


 クラッドとフリシアは部屋でお茶を啜りながら、茶菓子を食べていた。


「よし、全員揃ったな。早速だが任務の内容を伝えるか」


 部屋の最奥部に設けられた隊長席にだらしなく腰掛けていたヴラドが立ち上がり、手には一枚の紙が握られていた。


「隊長! 俺達の初任務っすね、俺めっちゃ頑張るっすよ」


 興奮を押さえきれないように鼻息荒く、クラッドは早く早くとヴラドを急かす。


「まぁ、落ち着けクラッド。んじゃ、任務の内容だが……要人の護衛だ」

「「えっ?」」

「マジ……っすか?」


 護衛と聞いて三人は固まる。


 ヨムカ達は精々がお使いや遺跡へ物資探索という簡単なモノだと想像していただけに、護衛という桁外れに難しく危険が伴う任務に顔を見合わせ、動揺を隠せずにいる。


「先輩、一ついいつですか?」

「なんだ?」

「護衛っていうのは上位部隊にしか受注出来なかったと記憶しているんですが、どうして私達みたいな下位部隊が受注出来たんですか?」


 護衛とは自身の命をかなぐり捨ててでも護衛対象の命や身を守らなければならない。それを、まともな実戦経験も無い部隊が受注出来てしまったのか不思議でならなかった。


「そっ、そうですよ。そもそも何で受付の時点で止められなかったんですか?」


 フリシアの言うことはもっともだった。


 任務を受注するには、任務受注所に赴いては部隊番号を提示し、その部隊に見合った任務を受付の人から開示され、その中から選択して受注するので、実力に伴わない任務は受注出来ないようになっているのはずなのだ。


「これは、普通の任務とは違う。学院長直々に頼まれたものだ」

「学院長直々っすか……何で?」

「その理由は知らねぇけど、これはお前達には強制はしない。最悪ロノウェが行けばいいしな」


 そこで、「俺が行けばいいしな」という言葉が出ない辺りが流石はヴラドだと、三人は同時に内心で思う。


「護衛対象は伯爵位を持つ貴族だ。まぁ、学院長がわざわざ"俺に"こんなモンを渡すくらいだ、何か思惑があるんだろ」


 ヨムカはその思惑というものが分からなかったが、ヴラドは気にせず続ける。


「この任務は正直何が起こるかわからない。命が大事だと思うなら受けなくても構わない。別に任務なんてのはまた受注すれば済むが、命は一度きりだ」


 命の危険性が伴うと聞いて若い魔術師達は表情を変えぬはずがない。


「いやぁ、まぁ……命は大切だよな? ヨムカ、フリシア」

「うっ、うん……そうだね。私達みたいな素人が護衛なんて……ね?」

「私はやります」


 フリシアとクラッドが控え気味に遠慮するなかヨムカだけは迷い無く答える。


「おっ、おい……ヨムカ、本気で言ってるのかよ!?」

「そ、そうだよ。私達なんかが行っても足手まといになっちゃうよ」


 必死に止めようとする同期にヨムカは静かに首を振る。


「私はやりたい。どんな任務だって逃げたくないんだ」

「わかった。まずヨムカは参加な。俺とロノウェは強制参加として……お前達は不参加でいいな?」


 ヴラドの確認でクラッドとフリシアは黙りこみ、どうするかと顔を見合わせる。


「あぁぁぁぁ! 俺も参加するっすよ」

「じゃ……じゃあ、私も参加で」

「……わかった。じゃあ参加意思の確認として、ここにサインしてくれるか?」


 終始気乗りしないヴラドをよそに全員が署名する。


 これで七八部隊の初任務は全員参加が決定した。


「任務は来週の月曜の昼からだ。担任には各自で早退届けを出しとけよ」


 任務についての話しが終わると、皆特にやることもなく解散となった。


 ヨムカは帰りにスカルクラブに顔を出そうか悩んだが、今日の夕飯の材料や来週の護衛任務の準備を早めに済ませておこうと、魔導雑貨屋に足を運んだ。


「おぉ、ヨムカちゃん。久しぶりじゃな」


 立派な髭を携えた老人が、友人に語りかけるかのような陽気な声で、ヨムカに優しげに小皺を作り微笑みを向ける。


「今日はなにか買い物かい?」

「来週に任務があるから、色々と準備しなくちゃいけないんです」

「そうかそうか、ゆっくり見てっておくれ」


 店主は新聞を取り出し、視線を落とす。


 この店はあまり儲かっているとは言えず、現在店内にはヨムカと店主の二人だけだった。


 陳列している商品の値段も安いのだが、そのほとんどが薄汚れていたり、欠けていたりと中古品ばかり。そのせいで客足が遠退き、今ではヨムカのような貧乏人を相手に商売をしている。


 品物を一つ一つ手に取り、食い入るように品定めをしていく。


 いくら、安いとは言っても不良品を買って、いざという時役に立たなければ意味がないのだ。


「これと……あと、これも。これは……ダメかな」


 楽しげな色を瞳に宿しながら商品とにらめっこするヨムカを、店主は新聞からチラリと視線を向けては表情を綻ばせ、また新聞に視線を戻す。

こんにちは、上月です(*´ω`*)

今回は1日遅れでの投稿となってしまって申し訳ありません。

次回はヨムカとヴラドの買い物の話しとなります。次の投稿は8月12日の土曜日となります

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