智天使との会合、ヨムカの選択
ヨムカは黒死蝶のメンバーを背後に従えていた。
かつて炎龍がアジトとして使用していた廃墟の中で、最大限の警戒を敷きながら智天使の到着を待つ。
「ヨムカ嬢、緊張してるんか?」
「えっと……少しだけ」
先ほどから何も言葉を発さずに表情を固くしているヨムカに、筋骨隆々の長身と整えられたヒゲが特徴の黒死蝶の元ボス、バロック・ローレライトが煙草の紫煙を吐き出し、ヨムカの頭に手を乗せ、優しくさする。
「安心しな。ヨムカ嬢が俺達より先に死ぬことはねぇ。何かあった際は俺を含めたここに居る全員で守ってやるからよ。だよなァ野郎共ォッ!」
周囲を警戒していたファミリーが、バロックの声に応え力強く頷く。
警護の者はバロックを含めて二十人弱。残りはカロトワを筆頭に黒死蝶の本拠地であるスカルクラブの守りとして残ってもらっている。
「やっぱり、ボスはバロックさんの方がいいんじゃないですか?」
今、ヨムカとバロックを比べ、堂々と恐れを見せずに構えているのはヨムカではなく、バロックの方だった。ボスが弱気だと下の者にもそれは伝播してしまう。だが、今彼等の士気を保っているのは、やはりバロックである。
「がっはっは! 貫禄なんてもんは次第についてくるもんだぜ。だからヨムカ嬢は小さい事を一々気にする必要はねぇって事だ」
豪快に笑う彼の姿はとても頼もしく見えた。
「ボス、智天使が到着しましたっ!」
外で見張りをしていた男が急ぎ報告する。
「えっと……」
「よし! 外にいる奴も中に入れ」
扉を全開。
数人の黒死蝶メンバーが建物内に入り、ヨムカを守るように配置に着く。
「チワーっす。なんだよ、ワラワラと手下従えてねぇと、怖くて会えませんってか? まぁ、いいわ。そんな事より早くその会合とかいうの始めようじゃん。なぁ、バロックさんよぉ」
先頭にて大股に歩く男。
これまたバロックと同じく身長が高く、これからパーティーにでも出向くような上下とも白いタキシードのような衣装。そして、その紳士的な服装に違和感しか抱けない橙色レンズの小さな丸眼鏡。
「久しいなリー・シェン。相変わらずのダサダサ眼鏡じゃねぇかよ」
名前からして外人だと分かる。
以前バロックが言っていた智天使は、外人の傭兵やら騎士崩れの武力集団だと聞いていた。
「ダサダサじゃねェよ。イケイケと間違えんなやダサ髭。つーか、呼び出しといてなに? 俺に立ち話しさせんの?」
「リー、テメェの目は節穴か? ちゃんと俺達におあつらえ向きな汚ねぇ机と椅子を用意してるだろ。そんな色眼鏡なんかしてっから見落とすんだ」
リーは何も言い返さない。
黒死蝶のメンバーを邪魔だというように突飛ばしながら闊歩し、ドカッと身を投げ出すように座ると、椅子が砕け、素っ頓狂な声を上げては勢い良く尻餅をつき、みっともない姿を晒す。
「バロックぅぅぅううう! テンメェ、なめた真似しよったな。何が和平条約だ。そんなアホ丸出しなぬるま湯に浸かってられっかよ! 戦争したるわボケェ!!」
顔を真っ赤に激怒し、よく分からない言葉を吐き散らしては机を支えに立ち上がり、衝撃でズレた眼鏡を元の位置に戻す。
「……言っただろうが、汚ぇ椅子があるってよ」
「汚くても上等な椅子を用意するんが、相手へのもてなしゆうモンちゃうんか!」
「あぁ!? 馬鹿して赤面した挙げ句に八つ当たりか? 全く良い年したおっさんが恥ずかしいなぁ。そう思わねぇか、リー?」
「ぐっ……まぁ、俺は寛大だからぁ、特別に今回は許してやる。だが……次はねぇぞ」
新しい椅子を引き寄せ、今度はゆっくりと座る。
「バロックさんよぉ、あんたも早く席につけや」
ヨムカはバロックのアイコンタクトを受け、丸机を挟んだリーの正面に座る。
「ガキは引っ込んどけやぁ。これは組織と組織の真剣な話するん……」
「はっはっは、そういや言ってなかったなリー。今の黒死蝶のボスはこの娘で、俺は新しいボスの護衛になったんだよ」
胸元から煙草を一本取りだし、至福の一時を堪能するかのように紫煙を吐き出す。
「……はぁ? バロックお前さんは、こんな乳も色気も無いガキに負けたんかぁ?」
「まぁ、そういう事だな」
机の下で握り拳を怒りに振るわせるヨムカなんて眼中になく、リーは品性に欠ける大声で笑う。
「ひゃっはっははは! いや、マジ最高だわなぁ。んで、和平条約を結びたいんは嬢ちゃんの意志なんやな?」
和平条約を結ぼうと言い出したのはバロックだが、そこは頷いておく。
「ほぅ~。ウチ等がどんな集まりかくらいはバロックから聞いてんやな?」
「はい、聞いてますよ。無能だから切り捨てられた元傭兵やら近衛騎士だかのみっともない脳筋集団ですよね?」
「ヨムカ嬢……俺はそこまで言ってないだろ」
「オイ、ゴラァ! バロック、てっ……テメェ、なに大人の言うことを素直に聞いちゃうような糞ガキに、ホラ吹き込んでやがんやッ!! いま、この場で訂正せんかいなァッ!」
頭に血が登り、机に片足を乗せ、前屈みに身を乗りだしてオレンジ色の眼鏡をずらし、鋭い視線をバロックに叩きつける。
「子供の軽口に頭を煮えたぎらせるなんて、大人として恥ずかしくないんですか?」
「もう勘弁ならんわ……戦争だ戦争! このガキを殺したら開戦じゃぁ」
リーは白いタキシードの内ポケットからナイフを取りだし、流石ごろつき、素早く慣れた動作で逆手に持ち替え、机に乗せていた方の足に力を込め、一気にもう片方の足も乗せ距離を縮める。
「ヨムカ嬢!!」
バロックはヨムカの襟首を掴み後方に引っ張ろうとするが、ヨムカがそれを片手で制し、もう片方の手を前面へ、術式詠唱を早口に唱える。
「大いなる父、命が始まり終わる大地の力の行使を我は求める:厳格なる父の巨岩拳」
茶色に発光する光は魔方陣を描き、眼前に迫るリーの顔面部に巨大な岩石が衝突する。
「ウボァッ!」
オレンジ色の眼鏡レンズは割れ、フレームはひしゃげる。
リーは鼻血を撒き散らしながら前方からの衝撃に上体を反らし、そのまま後方に倒れた。ボスがやられた事に狼狽える事なく、背後に控えていた数人の護衛は瞬時に拳銃やナイフを引き抜き構える。
「おっとぉ、その物騒な得物を下ろしたほうがいいんじゃねぇかなぁ」
バロックは彼等の足下を指差し、リーの部下達は少しだけ視線を落とすと、自分達の状況を理解した。
「謀ったな、クソ共がァッ!」
足下に広がる複雑な模様で描かれた魔方陣が発光していた。そして、その魔方陣にギリギリ入らない場所に黒死蝶のメンバーがいた。
「まぁ、そういう事だ。野蛮な馬鹿の集まりの智天使が素直に和平条約なんて結ぶとは思えねぇからな。ヨムカ嬢が罠を張ってくれたんだよ。さて、ヨムカ嬢、この魔方陣の効果を教えてやってくれ」
意地悪な笑みを智天使に見せつけながら煙草を加え、後は任せたとヨムカに丸投げする。
ヨムカは小さく溜め息を吐き、説明する。
「これは、範囲内にいる物質を例外なく内側から破裂させる術式です。この国で国民に対して使う事は固く禁じられていて、使用が発覚した場合は良くて終身刑、最悪死刑と重い刑に処されます。ですが、方達はこの国に住んではいますが、正規の国民ではありません。つまりは私に罰則はありません」
長々と丁寧に説明をしたヨムカ。
流石に狼狽を隠せない智天使達は互いに顔を見合せる。
「あぁ~言っとくが、お前達を消し去った後に、俺達はヨムカ嬢を筆頭に智天使狩りを開始する。もちろんその一人一人の恋人や家族関係なくだ。テメェ等は分かりやすい人種だから、それっぽい奴を見つけては吊し上げる。どうだ?」
バロックの言葉が止めとなり、皆が得物を放棄する。
「では、皆さん。先ずはリーさんの身柄を確保してください」
ヨムカの指示に黒死蝶のメンバーは、地面に鼻血を垂らしながら大の字に倒れるリーを引きずり出し、縄で手足を縛り上げる。頭を押さえられた智天使は、完全に無抵抗の意思を示すように両手でバンザイ。黒死蝶のメンバー達に拘束されていく。
「バロックさん、この後はどうするんですか?」
「そりゃあ、ボスであるヨムカ嬢が決める事だぜ」
「えっ……?」
いや、こんな状況でいきなり丸投げされても。と困惑に眉を潜ませる。
「俺がこのまま仕切れば、間違いなくコイツらは死ぬぜ……」
「どう……」
どうして、と言いだしかける。
バロックのいつもと違う冷めた言葉に固唾を飲む。
「俺は馬鹿だからなぁ、ファミリーを守るには早い段階で敵を潰すしか思いつかねぇんだわ」
バロックの冷たい視線は、手足を拘束され、冷や汗を流しながら震える智天使へ向けられる。
「まぁ、考えるのは後にしよう。取り敢えずは一回コイツらをスカルグラブに運んでから決めるか」
会合なんて名ばかりの捕縛劇は十分も経たない内に幕引きとなった。
ヨムカが思い描いた結果とは違う形となるが、捕らえた智天使のボスを含め、部下の生き死にはこれからのヨムカの出方によって分かれる。
こんばんは上月です(*´∇`*)
1週間ぶりの投稿となります。さて、次回は捕らえた智天使に対してヨムカはどのような選択をするのか。
次の投稿も来週の土曜日になりますので、よろしくお願いします。