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ヴラドと買い物の約束

 学院長との面会を終え、各部隊は自分達の部屋に引き返した。


 未だに本物の資料は誰かの手に握られ、一先ずは今ある偽物を本物として扱い、同盟国に悟られねようにする。というのが学院長が出した答えだった。この話しを聞いた六八、七八、八三の部隊には他言無用と強く念を押され、少なくない報酬金を貰い解散した。


 七八部隊の控え室にて、副隊長のロノウェが一人一人に報酬金を手渡していく。


 大袋に入った金貨のずっしりとした重みをその両手に感じ、自然と笑みが浮かび上がってしまう。


「ふふ、良かったですねヨムカさん」


 嬉しそうなヨムカにロノウェがニッコリと微笑む。


「やったなヨムカ! これでツナパン地獄とはおさらばだ」

「ツナパンは好きだし、別に地獄じゃないから」


 ワイワイと何を買おう、何を食べようという話しで同期のフリシアとクラッドは盛り上がっている。今だけは楽しい時間を過ごそうと、自分に言い聞かせるヨムカ。


 隊長席で一人、黙々と読書に励むヴラドに歩み寄る。


「さっきのペンの件なんですけど、どのタイミングで学院長が術式を放ってきたって分かったんですか?」


 眠たげな蒼い瞳を文章からヨムカに移し、欠伸を噛み殺す。


「あ~、いつからだっけな……まぁ、いつでもいいだろ」

「先輩、本当は実力を隠しているんじゃないですか? だって、おかしいじゃないですか。魔術学院にいるのに術式が得意じゃないって、確かに努力しても実らない人もいますけど」


 努力しても実らないという言葉にヴラドは、無意識にクラッドに視線を流す。


 彼が努力をしているのかは別として、並み以下の実力からまったく成長が見られない。


「まぁ、そうだな。一定以上の実力から伸びる伸びないは、生まれ持った体質っていう抗えない才能が大きく占めるからなぁ」

「でも、先輩は得意不得意という以前に、術式を使用してる所を見たことがないんですが」

「……いや、術式を使用するのも疲れるし、何よりめんどくさい」


 これは直感だが、ヴラドは本当は術式が使えるのではないだろうか。


 何か理由があって使用しない。もしくは出来ないのではないか。その答えを知っていそうな人物、ヴラドと小さい頃からの付き合いであるロノウェ。彼ならば何か知っているかもしれない。


「つか、どうして今更そんな事を聞くんだ?」


 最初は学院長の放った術式の感知について聞きたかっただけだが、話しているうちに会話がずれてしまっただけだ。


「いえ……なんとなくです」


 このまま質問を投げかけても真面目に答えるとは思えず、無駄な労力を消費するのであれば、この会話は終了させた方がいいと判断し話題を変える。


「先輩はこの報酬金を何に使うんですか?」


 ヴラドは「あ~」と天井を仰ぎ、思案する素振りをみせる。


「いやまぁ……いつも通り小説だろうな」

「相変わらずですね。今までに何冊くらい読んで来たんですか?」

「逆に聞くけどヨムカ。お前は生まれてきて、何回呼吸したか覚えてるか?」

「そんなの覚えてるはずないじゃないですか」

「つまり、そういう事だ」


 覚えてないほどの本を読んできたのだろう。


 数百数千か。もしかしたら数万冊を凌駕しているかもしれない。それほどまでに目の前の青年は小説が好きなのだ。おかげで、無駄に知識が豊富だったりする。以前、食用山菜について調べていたら、世間話をするかのように、次々と食べられる山菜の名称と特徴を語られたことがあり、流石にあの時は驚きに目を点にした。


「じゃあ、逆にヨムカはその金で何を買うんだ?」


 ページをめくり、その瞳は文章を追っている。


「私は……まだ、なにも考えてません。でも新しい服とかは欲しいです」


 ヨムカのクローゼットには、夏と冬用の学院指定制服が二着ずつ。私服も夏冬で二着ずつの計4着。


 女の子にしては少なすぎる。寂しいクローゼットの中を覗くだけで何度溜め息を吐いただろうか。それこそ、ヴラドが今までに読んできた本の冊数が分からないくらいに。


「そうか。じゃあ、買いに行く時は俺も行くわ」

「えっ……? なんでですか」

「本を買いにだ。一人で歩いてても暇だろ? 店までの話し相手をしてもらおうと思ってな。まぁ、無理にとは言わない。お前が一人で行きたいなら行けばいいさ」


 まさか、ヴラドから誘いを受けるとは想像にもしなかったので、戸惑いはあったものの承諾し、今週の休日に行くことになった。


「おや、なにやら仲良さげですね。一体何の話をしていたんですか?」

「ああ。ただ、今週の休日に一緒に買い物行く約束しただけだ」


 興味深げなロノウェに、ヴラドは答える。


「一緒に買い物……ですか? ヴラドにしては珍しいですね」

「そんな珍しいか?」

「いつも一人で……」


 そこまで言ってロノウェは、なるほどと理解する。


 ヨムカの買い物に付き合う理由は、昨日の検問中にヨムカは怪我をしたのだ。流石に普段読書ばかりしているヴラドも心配なのだろう。


 ロノウェは小さく口角を持ち上げる。


「ヨムカさん、荷物は全てヴラドに持たせてあげてください。たまには苦労をさせなければいけませんからね」

「なんで俺がそんな事しなきゃいけないんだよ」

「ヨムカさんは女性ですよ。男性を共にしているなら、勿論荷物は男性が持つべきです」

「そんなもんか?」

「そんなもんです」


 二人のやり取りから、ヴラドとロノウェは本当に仲が良いんだなと改めて実感する。そうでもなければ、友人のためにわざわざ下位の部隊に入隊なんてするはずもない。


「では先輩、日曜の朝十時に中央広場にある噴水で待ち合わせでいいですか?」

「十時に中央広場の噴水な、了解だ」


 待ち合わせも決めた事で、特にやることもないので皆に断りを入れ、先に帰らせてもらう。


「まずは家に帰って、お金を閉まってから行こう」


 鞄から伝わる金貨の重さを肩で感じながら、早足で歩く。時折甘い匂いに誘われそうになるが、なるべく視線を前へ向け、誘惑を振り切り帰宅する。


「こんな、ボロアパートに物取りなんて入らないと思うけど、一応閉まっておこう」


 ヨムカは黒い正四角形の物体を手に持ち、自身の魔力をゆっくり注ぎ込む。


「扉無き空間に告ぐ。我が財を内包したまえ」


 瞳を閉じ意識を箱に向け、小さく言葉を発する。


 今まで単なる正四角形の物体だったソレは横に切れ込みが走り、蓋が形成される。ヨムカはその中に金貨の袋をそっといれた。


「私、ヨムカ・エカルラートの承認なく解錠することを固く禁ずる。施錠せよ」


 箱と蓋を分ける切れ込みは溶けるようにして無くなり、最初と同じように単なる正四角形の物体に戻る。


「よし、行こう」


 箱を寂しいクローゼットの片隅に置き、私服に着替えて部屋を出て歩きだす。


 十五分程歩くと、 荒廃した区域にあるドクロがトレードマークの店に着く。店内に入り、ヨムカの姿に気が付くと周囲からドッと歓声が上がる。


「バロックさん! ヨムカ総帥が来てくれましたよ」


 そう、此処はヨムカの新しい家族が集う店――スカルグラブ。


 そして家族である黒死蝶のメンバーが厨房に向かって声を掛けると、なんとも愛らしいピンクのエプロンを身に付けた、筋骨隆々の肉体を持つ高身長の中年男性が顔を覗かせる。


「おっ、ヨムカ嬢じゃねぇか。もちろん腹減ってるよな?」


 ヨムカは大きく頷く。


「はっはっは! だろうな。ちょい二階で待っててくれ。すぐに飯を作るからよ」


 バロックは豪快に笑い、手に持ったボウルの中身をスプーンで混ぜながら厨房の奥に消えていった。


「ヨムカ嬢、お疲れ様です。さぁ、此方ですぜ。後料理が出来るまで、あっし等のソウルの歌と躍りでも良ければ……」


 身長の低いカロトワがいつの間に、ヨムカの目の前に現れては二階席へ案内する。折角の申し出なので、お願いする事にした。まぁ、ヨムカ自身聞くにしろ聞かないにしろ、勝手に盛り上がる彼らを見ていると、なんとも心が温かくなるのだ。


「へっ、ヘイ! 直ぐに準備させていただきやすので、皆と一緒に盛り上がってくだせぇ」


 カロトワは短い足でせっせと階段を降りていく。


 バンドのメンバーに声を掛け、以前として同じように関係者意外立ち入り禁止と書かれた部屋に入っていく。いったい、あの部屋には何があるのだろうか。


「ヨムカ嬢、またカロトワにせがまれたか?」


 熱々プレートに乗ったハンバーグが、肉汁を飛び散らせながら空腹を刺激する匂いと音。ヨムカの腹はみっともなくも、可愛らしい音を鳴らす。


「がっはっは! 腹空かせた子供にはガッツリ食わせねぇとな」


 そのプレートとパンをヨムカの目の前に置き、ドカッと隣に深く腰掛け腕と足をだらしなく広げる。


「食べていいんですか?」

「ヨムカ嬢の為に丹精込めて作ったんだ。遠慮なく食ってくれよ」

「いただきます」


 ヨムカの胃袋を満たすのは、ツナを乗せただけの小麦粉の塊ではなく、油跳ね肉汁滴るハンバーグ。


「凄く美味しいです!」


 本当に美味しい物を食べると人は笑顔になる。


 ヨムカは自覚しているのかしていないのか、バロックには年相応の女の子がする満ちた笑顔に見えた。ちょうど階下からは一際大きな歓声が上がり、カロトワ達が以前と似通った奇抜な衣装を身に纏いステージに躍り出た。


「ヘイ! 野郎共。俺たちのォォォォウ!あいらぶゆーを我らがボスであらされるゥゥゥゥゥゥ! ヨムカ嬢に捧げるぜェェェェェェ!!」

「「うぉぉぉぉぉおおお!!」」


 彼等の雄叫びを合図に、重く響き渡る激しい音楽が始まる。店内は一瞬にして熱に包まれた。


 カロトワ達のパフォーマンスを眺めながら、ハンバーグにパクつく。


「バロックさん、この間の魔術師はあれから何か動きとかってありましたか?」

「いや、特には聞かないな。アイツが今何処で何をしてようが、俺達のファミリーに手を出さない限り正直どうでもいい。まっ、ヨムカ嬢が調べてくれってんなら俺達は動くぜ」

「いえ、大丈夫です。それと、えっと……智天使でしたっけ? 彼等との和平の件は進んでますか?」


 現在この界隈で炎龍を欠き、黒死蝶と並ぶ二大勢力である外国人組織。


 これ以上いざこざで無駄な犠牲者を出す事を良しとしないバロックが、学生であるヨムカも加わった事で、智天使と和平条約を結ぶと決意したのだ。


「明日その事で会合が開かれる。場所は互いに公平をきすために炎龍の元アジトで行われるんだが……どうも、嫌な予感がするんだよな」

「嫌な予感ですか?」

「あぁ。杞憂であれば良いんだが、一応数人の警護は付ける予定だ……」

「なら、私が代表として出席します」


 会合の代表はバロックとなっている。


 今回、ヨムカは関係が無いのだ。だが、もし何かあった時の事を考えると、魔術師という力を持つものがいた方が都合が良いだろうと判断し、バロックに提案する。


「おいおい、ヨムカ嬢。それは流石に認められねぇな。相手はならず者で構成された馬鹿共だ。何をしでかすか分かったもんじゃねぇ」

「だからこそです。術式を使える私がいた方が、向こうも下手に手を出せないと思います」

「だけどなぁ……」


 困った様に後頭部をポリポリと掻く。


 煙草の煙を天井に吐き出し、どうしたものかと思案していた。


「私も黒死蝶のファミリーなんですよね。だったら、私の事を信じてくれませんか?」


 ファミリーだったら信じろ、という単語はバロックには効果的だった。大きな溜め息と共に渋々了承する。


「まぁ、仕方ねぇな。だが、一つ約束してくれ。本当に危険な状況になったら俺達に構わず逃げろ。いいな?」


 ここで渋れば会合に出席する話が無くなりそうなので頷く。実際にその様な状況になれば逃げずに皆と共に戦うだろう。


「よし、信じるぜヨムカ嬢。なら明日の夕方十六時くらいにスカルグラブに来てくれ。そこで警護の奴らと一緒に向かう」

「十六時ですね。わかりました」


 学院の授業が終わって早足で直行すれば間に合うと、時間計算を済ませ、カロトワ達の魂のダンスと歌はそっちのけで、バロックと明日の打合せを行う。


 自宅に帰宅出来たのは日付けが変わるちょっと前だった。

こんばんは上月です(*´∇`*)

1週間ぶりの投稿となります! 次回は黒死蝶と初登場の智天使達との和平条約の会合です。

また来週の土曜に投稿します(^ー^)

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