掴まされた偽の資料
昨日の疲れが抜けないまま学院に登校し、朝礼で担任が禁術の資料を取り戻したヨムカを大いに褒め称え、一部を除いたクラスの皆からも拍手が送られた。
禁術の資料を取り戻したのは騎士達だったが、それでも褒められるというのはとても気分が良く、照れ隠しをしようにも勝手に口許は嬉しさに歪んでしまう。
「放課後に七八部隊、六三部隊、八三部隊は学院長室に来るようにとの事だ。ヨムカ、お前のとこの隊長にもしっかり伝えとけよ」
自分が伝えなくても、ロノウェがいるから何とかなるんだけどと思いながらも、ハイ、と短く返事をして授業が開始される。
毎授業毎に学科の先生方から賛辞を送られ、初めは良かったのだが、それが六回も続くと流石に疲れる。昨日の疲労も相まってその日最後の授業は居眠りをしてしまったが、誰もヨムカを起こそうとはしなかった。
チャイムと同時にヨムカの意識は、うすらぼやりと覚醒する。
すると、ヨムカの机の周りにはクラスメイトが群がり、次々とヨムカを褒め殺していく。
「あのっ……もう、行かなきゃいけないから」
今まで大勢に囲まれる状況というのは、ヨムカを殴る蹴る等して袋叩きにする時くらいだったが、この間も黒死蝶のボスに就任した時にもやはり人々に囲まれた。だが、その時は皆で美味しい料理を食べながら談笑するという心地の良いものだった。
「おっ! そうだったな。学院長自ら報酬を貰えるんじゃね? そうすりゃ、お前もツナパン生活とおさらばできるじゃん」
男子の一人が冗談っぽく言うと周囲から笑いが生まれ、自然にヨムカも笑っていた。
「ヨムカはムスッとしてるより、笑った方が可愛いんだな」
男子も女子もそれに賛同する。
「ていうか、今まで私達が……その、いじめてたから」
一人の女生徒が漏らすとそれが伝播し、今までの賑やかさは何処へ、気まずく重い雰囲気に呑まれていた。
「別に気にしてないから……えっと、私そろそろ行くね。じゃあ、また明日」
この空間から逃げるようにひきつった笑みを見せ教室を出る。教室の様子が気になったが、今は部隊控室に向かわねばならないので、早足に廊下を進む。
「おはようございます」
何時ものように挨拶をしながら部屋に足を踏み入れると、いつもより人が多く滞在しており、一瞬だけ眼を大きく見開き驚くが、良く見れば七八部隊は勿論の事、六三部隊と八三部隊の面々が勢ぞろいしていた。よくもまぁ、こんな狭い部屋に三つの部隊が入ったものだと、感心すらしてしまう。
「よぉ、珍しくヨムカが最後だな」
ヴラドが相変わらずの書籍の城塞から顔を覗かせる。
「全く……これから、学院長の部屋に行くんだからもっと緊張感を持って欲しいものだねぇ。まぁ、七八部隊だから仕方ないかな~」
「お前は緊張しすぎてガチガチじゃねーかよ……」
八三部隊長のベナッドがボソッと呟くが、ほぼ反射レベルの早さでカルロがベナッドに向き直る。
「き・こ・え・て・いるんだけどなぁ~。言いたい事は大きな声で言った方がいいとおもうよぉ?」
「カルロ、お前地獄耳すぎんだろ!?」
驚くベナッドに、カルロは得意気に語る。
「フン、僕はねぇ離れた場所で内緒話しをしていても風が僕に知らせてくれるんだよ。分かったかなァ? ベナッドく~ん」
いつもの挑発的なカルロにその部下達は申し訳なさそうに背後で両手を合わせる。
「カルロ、ベナッド。うるさいぞ、小説に集中出来ないだろ」
「「今読むなよ!!」」
息のあった二人に周囲から感嘆の声があがる。
ヴラドは仕方なく小説を机に置き、胸元のポケットから高級そうな黒いペンを取りだし、何やら紙にメモをし、そのメモとペンを元あった胸元のポケットにしまう。
「ふふ、では皆さんそろそろ向かいましょうか」
ロノウェが仲裁に入り一同は部隊毎に並び学院室に向かう。
学院長室は学院の最上階にあり、階段を登れば普段学生が使用しているような材質の床ではなく、艶やかな黒曜石の床がヨムカ達を出迎えた。
「すっげぇ……」
その異質な回廊にクラッドは生唾を飲む。
良く磨かれた黒曜石は鏡の役割を担う程に艶やかで、中央に敷かれた赤い長絨毯は一直線に学院長室に伸びている。
壁面には凡人には理解できない絵画が飾られており、その一つ一つの価値がいかほどのものかと、ぼんやり考えながら、部隊毎に並びシワ一つ無い絨毯を進んでいく。
「おい、見てみろよ。カルロの奴、緊張でガチガチじゃん。マジ笑えるな」
先頭を行くカルロを指差しながらベナッドが笑い、八三部隊の隊員も呆れていた。
「普段あんなデカイ顔してるくせに、学院長と対面ってだけであの有り様とはな」
ヨムカは確かにと同意する。
部隊対抗戦の時も学院長を前にカルロは気が気じゃないといった風だった。
「学院長ってそんなに怖いんですか?」
ヨムカが何となくに聞いてみるとベナッドは肩を竦める。
「知らないのか? 学院長はかつて大国との戦争で敵国の部隊を壊滅寸前まで追い詰めたんだよ。それ以降、諸外国からは魔帝と言われ恐れられてるんだ。その実力を陛下に信用され、帝国との境界に近いこの場所に国を作り上げさせたんだ」
つまり、他国との最前線に国を設け、学院長という存在を座らせておけば、相手も容易に手を出せないということなのだろう。
「そんなに凄い人だとは思わなかったです」
「まぁ、かなり昔の話しみたいだしな。それに……これはあくまで噂なんだが、実は学院長は人間じゃなくて、魔人ではないかって言われてるんだ」
「魔人……ですか?」
魔人とは読んで字のごとく。人型をした魔族の総称である。
人間より知力、魔力、体力と優れており、遥か昔には魔族の国家が存在していた。だが、今の時代に彼等は人間に紛れ、穏やかに過ごしている者がほとんどであるとも言われている。
どういう意味だろうと首を傾げると、ベナッドはヨムカにだけ聞こえるよう一際小さな声で話す。
「実はその大国との戦争は七十年も昔で、その当時から容姿に変化がないって噂がな……」
「それって……」
「あぁ、見た目八十の爺さんの状態で、七十年前から変わらずに生きてるって事になるんだよ。そう考えると学院長は最低でも百五十をとうに越してる事になるだろ?」
「……」
ヨムカは頷く。
「だから、魔人じゃないかって……いや、むしろ実力が噂通りなら魔王やその側近だっておかしくはないんだ」
「後ろのベナッド君にヨムカ君。もう少し静かにしてくれるかなぁ? それに学院長は……うぅ」
地獄耳のカルロは背後二人を注意するが、直ぐに言葉が詰まる。
漆塗りの黒光りする金色のノブが付いた重厚な扉がそびえ立っていた。
「では、カルロさんお願いしますね」
「まっ……ま、任せなよ」
数回の深呼吸で気持ちを落ち着かせるが、その表情は完全に怯えていて腰が引けていた。
「しィッ、失礼しますぅ!」
扉越しに声を掛け、金色のノブを震える手で握り押し開く。
「!?」
初めにソレを察知したのは先頭に居たカルロだった。
カルロは扉を勢い良く開け放ち、両手を前面にかざし無詠唱による防御の術式を展開するが、しょせんは無詠唱による防御力しか効果は発揮せず、守護の魔方陣はひび割れ、今にもくだけ散りそうになるが、背後にいたベナッドとロノウェが現状を察し、カルロの左右に並び防御を強化する。
三人がかりでようやく術式による強襲を防ぎきる事に成功した。だが、警戒を解くことなく室内に飛び込み前面側面に視線を巡らせる。
「見事な連携だな、カルロ、ベナッド、ロノウェ、そしてヴラド」
何故か防御に参加すること無く、後方で小説に眼を落としていたヴラドまでも褒められ、その場にいた全員が疑問を抱く。
「どうして、先輩も含まれているんですか?」
率直な疑問をヨムカは臆すること無く学院長に問う。
「これだ」
そう言って学院長の手に握られていたのは、高級そうな黒いペンだった。
それは、先程ヴラドが何かをメモしていた時に使っていた物と全く同じで、ヨムカを含んだ一同が、黒いペンが一体なんだというのかと視線はペンに注視されていた。
「キミ達を試すために扉を開けた時、ワシが術式を放ったんだが、それをいの一番に察知して、僅かな扉の隙間からこれをワシ目掛けて投げつけたんだ……このようにな!」
学院長は手首のスナップだけでペンを投擲する。
ヴラドを標的とし黒の残影を引きながら矢のように一直線に飛来する。その勢いに乗ったペンをなんなくキャッチしては、胸元のポケットにしまう。
「他人の私物を投げるなよ」
溜め息混じりなヴラドに対し学院長はククッと喉を鳴らす。
「すまんな。だが、最初にこんな物を投げたのはお前じゃろうヴラドよ」
「あ~そうだな。だけど最初がどうのっていうのは学院長、お前が術式を放ったからだろ?」
物怖じしないヴラドにカルロがヒステリックに声を荒げる。
「ヴラドォ!? 相手は学院長だよ、テメェいい加減にしろよッ! アァ!? なんか言ったらどうなのよぉ? 謝れ、謝罪をしろ。いや土下座しろよォ!!」
もはや極度の緊張で我を忘れて半分暴走気味のカルロを、流石に不味いと判断したカルロの部下がなだめに入る。
「カルロ隊長抑えてください! 学院長の前ですよ」
隊員に抑えられ後退する。
「相変わらずうるさい野郎だな」
ベナッドがジト目で引き摺られていくカルロを眺めつつ、疲れたように呟く。
「キミ達に報告しなければならない事があってな。先日、禁術の資料を取り返して貰ったのだがアレは良くできた偽物だったよ」
「どういう事だ?」
流石のヴラドも怪訝な表情を浮かべる。
「禁術の資料には失われた術式の記述だけではなく、その物自体に兄弟な魔力が宿っているのだが、早朝に確認した所、その魔力が抜け落ちていたんじゃよ。手元に残されていたのはたんなる紙切れだった」
「それは、何者かが学院長すらも欺く変化の術式を使用したという事ですか?」
ロノウェの発言に頷き、深刻な表情を浮かべている。
魔帝と呼ばれる魔術師すらも見分けがつかない程、似せて作られた禁術の資料。つまり、以前として事態は良くなるどころか、資料は強大な力を持つ者の手の内にあり最悪な状況に陥っていた。
こんばんは上月です。
いつも通りパソコンから投稿しよっかなぁ~と思い起動させ、インターネットに接続しようとしたら何と! ネットに繋がらないじゃないですか!?
という訳で今回はスマホからの投稿です(´・ω・`)/




