白き世界で出会った不思議な少年
真っ白かった。
辺り一帯の奥行きも分からない白一色の世界。すべての罪も汚れも存在しない場所――その世界で自分だけが遺物として浮いていた。
「……はぁ」
死んでしまったのだろうか。だったらここは天国か地獄か、それさえヨムカには分からない。何もわからないが、もしここが地獄だったとしたら、ずいぶん住みやすい場所だった。誰も自分に対して迫害もなく暴力の恐怖におびえることもない。ただ一人の楽園。そう思えてしまう。
「世界はどうなったんだろう……」
死んだのならばもう関係はない。関係ないはずなのに気になって仕方がない。ロノウェとヴラドのその後の安否を知りたくても、誰一人としてその疑問に答えてくれる者は存在しない。
「キミは、後悔はしていないの?」
「――だれっ!?」
ヨムカは振り返る――そこには少年がいた。服装は見たこともなく、少年の希薄な感情を宿した黒い右眼がヨムカを見上げる。
「僕は、水無月蛍。キミはやり直したい、とか。人生を変えたいって思ったことは、ない?」
左眼を黒髪で覆った身長の低い少年が、淡々とした感情の読めない声音でヨムカに問う。なんて答えればいいのか――ヨムカにとって人生は酷いものだった。やり直したいかはともかく、南大陸の既存の宗教観によって支配された世界法則は間違っていると思っている。
ロノウェだってそうだ。この世界の異常性によって大切な恋人や人達を失い、世界に悲観した。この腐った思想に踊らされる人間たちの眼を覚ますには、一度この世界を更地にして、新しい世界を創り出さなければならない。ロノウェの暴走の根幹はこの世界の不条理な治世。
「変えられるなら変えたいよ。まっとうな手段じゃ世界は変わらない。だから、ロノウェ副隊長もあんなに苦しんだんだよね……」
ロノウェの記憶を思い返していたヨムカは、少年の静かな虚無色の視線で我を思い出す。
「それより、ここって何処なの? 私って死んじゃった?」
「どうだろうね。今ここにいる僕は死んでるけど、別の世界の僕は生きているから……うん、説明が難しいね」
蛍と名乗った少年は、あまり説明上手ではないようだった。
「でも、世界を変えたいんだよね」
「うん、まぁ……ね」
「出来るよ。どうする? もう一度、すべてを無かったことにしてやり直す?」
「やり直すって、どういう事?」
蛍はコクリと小さく頷いた。
「すべてを無かったことにする」
「時間を巻き戻すって事!? そ、そんな事が出来るはずがないでしょ! 時間逆行の術式なんて存在しないんだよ?」
「キミの世界の力では無いよ。僕の能力だから」
蛍は言った――自分には世界法則を作り上げる力がある、と。そんな馬鹿馬鹿しいあまりにも荒唐無稽な力を使えると言い切った。
ヨムカは訝しむような視線をぶつけるが、蛍は小首を傾げるだけだった。この不思議な雰囲気を纏う蛍の言葉を、どうしても振り切ることができなかった。もしかしたら、なんていう考えが芽生えていた。
「でも、完全には戻らない。世界の意思を完全に抑え込めないから、まったく同じ世界にはならないよ。でも、キミはこれまでの記憶を失っているから、問題はないと思う」
ヨムカは彼の言っていることを必死に理解しようとするが、ざっくりした説明では要領を得ない。
「そうだ、キミの名前はなんていうの?」
「えっ、ああ、名前? 私はヨムカ・エカルラート。最初に名乗っておくべきだったよね」
「大丈夫」
短く答えた蛍は何処から取り出したのか、不思議な半透明の容器に入った液体をヨムカに手渡した。
「なに、これ?」
「ん、お茶」
「お茶? こんな容器見たことないけど……どうやって開けるの?」
その未知な構造をした容器を蛍は自分の分の容器で開け方を教えた。
「ここを捻ればいいだけだよ」
「へぇ、不思議なものもあるんだね――あっ、美味しい!!」
今までに飲んできたお茶の何よりも印象的でよく冷えたお茶の味に、びっくりして、思わず咽るところだった。
「よかった、じゃあ、最後に――」
蛍は指さした先――白い空間が晴れ、瓦礫の山と化した――住み慣れた国が映し出されていた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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