ロノウェの過去
「異界の悪魔! いつまで、遊んでいるのですかッ!」
ロノウェの一喝に応えるように六本の腕を振るわせ六羽の怪鳥を殴り飛ばした。その雄々しく美しい体躯は東区一帯を巻き込んで押しつぶした。どんどん壊れていく。無残に跡形もなく更地へと姿を変えていく、大切な仲間達と過ごした街は、ヨムカの目の前で姿を崩していく。
ふざけるな、と奥歯を噛みしめた。確かに自分は産まれた時点で周囲から疎まれていた。酷い迫害を受け、命の危機を感じた事も一度や二度ではきかない。だが、唯一暖かいと感じたこの場所を、自分の為と言って壊すロノウェを許すことは出来なかった。
妄執に囚われてこの国が崩落する。
もう国として機能はしない。だが、これ以上の思い出を踏み壊される事を阻止することは出来るはずだ。ヨムカは体内の残る術ての魔力に呼びかけた。
「ロノウェ副隊長はあの時……助けを求めていた」
情緒が不安定であったロノウェが一瞬だけ見せた救済を求める激情の色。
彼も最初は本気でヨムカや赤色を持つ者達を救おうとしたのだろう。その最中に強大な力に呑まれてしまったのではないだろうか。ならば彼も被害者だ。ヨムカは自らが迫害されるだけの人ではなく、希望になろうと、ゆっくり瞼を閉じると意識がロノウェに引っ張られた。
ヴラドが何か叫んでいるが意識の根底に沈みゆくヨムカの耳にはもう聞こえていない。
「どうして、ですか! 父さん! 彼等は……彼等は何か悪いことをしたのですか!? 赤色の色を持つというだけで……惨い」
父に掴みかかる幼い頃のロノウェ。
「さあ、早く誰かが来る前に逃げなさい! 私がなんとか時間を稼ぎますからっ!」
赤い眼をした子供を必死に逃がす為に、捜索隊に嘘の情報をばら撒くロノウェ。
「ああ、どうして……私の情報は……」
逃がしたはずの子供の無残な死体を前に膝を折り、己の無力さを嘆くロノウェ。
「わ、私の事を?」
「ええ、こんな私に親切にしてくれて人として扱ってくれるロノウェ、貴方が好きよ」
仲睦まじいロノウェと赤い髪をした少女。ロノウェは照れていたが、その少女は本気だよ、と優しく微笑みを浮かべていた。とても温かな記憶に辿り着き、先程までの胸糞悪い光景で荒みかけた感情への鎮静剤となった。が、それは一瞬の出来事だった。
「ロノウェ、ごめ、なさい……私は、貴方の隣りに……いられ、ない。どうか……赤い色を、たす」
瀕死の少女。両肩からバッサリを腕を切り落とされ、逃げられないように足の健さえ断たれていた。少女を匿っていた安アパートには見覚えがあった。そこはまぎれもなく、自分が住んでいた安アパートだった。それも因果な事に同じ部屋だった。
血を吐き出しながら謝罪を述べる少女が息絶えてもその華奢な身体を力強く抱きしめていた。
「どうして、どうして……どうして」
ここが、ロノウェの限界だった。
「私が強くならねば……、こんな世界は間違っている。父さんも、間違っている……私は愛している人さえ守れぬ無力だッ! 約束します、次は救います。フィルナ……」
自分の無力さを酷く憎み、赤色を迫害する者達を恨んだ。自分が強くなり、赤色の者達が暮らしやすい国でも村でも作ろう、と。ロノウェは彼等を守る守護者であろうとその時、強く己の将来を見据えて、魔術学院に入学した。
「ロノウェ副隊長……」
彼の真っ直ぐな思いに共感させられてしまい、涙を流すヨムカだが、それでも彼を止めなければならない。どんなに間違っている世界でも、それを一度壊してやり直すなんて事をしてはいけないのだ。ここには、自分を受け入れてくれた人たちが確かに生きているのだから。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は20日の夜を予定しております