最期の決意
天空では六色の巨大鳥と異界の悪魔が互いを削り合っていた。
「ヴラド、貴方は母君のように、私はともかくとして、ヨムカさんさえも焼き尽くすつもりですか?」
「そうならねぇようにするのが、俺の役目だ。昔のようなへまをする気はねぇし。大切な仲間を道連れにするきもねぇ!」
ヴラドは精霊の力とは別に、体内に深く眠っていた魔力も同時に解放させた。これまで感じたことのない量と純度の魔力。瞬きの瞬間には魂が肉体から引き剥がされそうな精神的衝撃。魔術強襲第七八部隊でぐうたら生活を満喫していたヴラドの実力なのかと、自分の力量と比較する事さえ馬鹿馬鹿しい圧倒的な差を感じさせられて少々凹みそうになった。
「おい、ヨムカ! ボサっとしてる暇はないぞ。いいか、俺がロノウェの禁術を押さえつける。お前は隙の出来たアイツに自慢の一撃を叩き込んでやれ、できるか?」
「……はい!」
ヴラドの指示に実力差がどうのとかを考えるのをやめた。今は自分が成せる事を全力でやる。初めて隊長らしい命令に、ヨムカのくじけそうだった気持ちは再起した。
「無駄だと分からない人達だ――ウラヌ エヌト カンバリエェタ トロス ナスタ ヴェレヴィレッタ アントゥ カルン:ウォーク・トラベリジッタ」
「――ッ! 生まれ終わりに還る魂は、始まりの海へと安息に眠れ――展開:全を呑む海域の眠り」
ヴラドを地表に広がる青色の魔法陣から膨大な水が民家を呑み込むほどの津波となりロノウェに襲い掛かった。だが、微動だにしないロノウェはつまらなそうな視線で一瞥くれるだけで、右手を薙ぐ――地表より亀裂が走り赤黒くドロドロとした液体が天井に向かって吹上げて防波堤の役割を担った。
津波は噴き出した熱量の塊である液体によって蒸気を立てて蒸発した。これは一体何なのか。離れた場所に居てもその熱さを身体の芯から感じ、すでに衣服は汗で重くなっていた。
「おや、知りませんか? 溶岩というものです。ここ数百年は確認されていなかったようですが、太古の時代には山からコレが噴き出して近隣の村を呑み込んでいたみたいですよ」
その溶岩と言う物質は民家に降り注ぐなり、家々や地面が燃え始めた。
「――先輩!!」
「こりゃ、凄いな本から知識として得てはいたが、まさかこんなにも凄まじい熱量だとは……ヨムカ、回り込め!」
ヴラドが指さした先にはまだ燃えていない場所があり、ヨムカは降り注ぐ溶岩を避けながらロノウェに向かって駆けた。噴き出す溶岩の対面には恍惚とした表情で噴火口を眺めている姿を目にして、ヨムカも応戦するように夕日色の炎を再度放つ。
「――おや、私に会いに来てくれるとは、嬉しいですよ? ヨムカさん」
こんなにも変わってしまった。取り戻せないほどに深みへ堕ちてしまった精神を救済すべく、ヨムカはその一撃に願いと渾身を込めた。
「お願いです! もう、もう止めてくださいッ!!」
悲痛な叫びは声が上ずってしまい我ながら情けなかった。だが、その叫びは堕ちたロノウェの表情に微かな変化を見せた。
「グッ――ヨム、カさん助け……アガァァァァァ、どうして、どうして痛む!! ヨムカ・エカルラートォォォォォ!! 私を――我を惑わすなァ!」
ロノウェの皮膚を染めた黒い模様は怖気が走るような禍々しい憎しみの情を周囲に撒き散らした。黒い憤りは衝撃波となってヨムカに叩き付け、引き千切られそうな痛みと共に民家の壁に背を強打した。
「帰って……きて、くださいよ。一瞬だけ、私の知ってる……ロノウェ副隊長でしたよ? 先輩!! ロノウェ副隊長を救う手助けをしてください!!」
「どうすればいい!!」
「動きを……ロノウェ副隊長の動きを完全に封じてください!」
「難題をつきつけてくるなぁ……ま、無理でもやってやる。お前も少しの無茶が我慢してもらうぞ。そして、死ぬな!」
こんな状況であっても自分を大切に想ってくれている仲間の存在は何ものにも代えられない勇気をくれる。夕日色の瞳に活力が燃えたぎる。ヨムカとヴラドは自分が持てる全身全霊で最後の戦いに挑む。
こんばんは、上月です(*'▽')
残す所『夕日に染まる世界に抱かれて』も数話になりました。
さて、次回の投稿は18日の夜を予定しております!