ヴラドに宿る精霊の力
「なるほど……ヴラド、貴方は自分の母同様に、私を殺すと……ですが、そんな精霊の力がはたして、今の私に届くでしょうか?」
「そんなもん知るかよ。お前がこの惨状の首謀者で、世界をぶっ壊そうとするなら、俺はどんな力を使ってでも止める」
「本が読めなくなるからですか?」
「当然だろ」
ロノウェが見せた最後であろうかつての面影を滲ませた笑み。困ったような、それでいて可笑しそうに親友へ向けた離別の友情。
ヴラドの手首への異変は直ぐに気が付く。赤、緑、青、黄、紫、黒、白――計七色の光がヴラドの右腕に巻き付き――いいや内側から溢れ出していた。
「く、空気が澄んでいく……先輩、これって! そもそも精霊ってどういう――」
「あ~、まあ、言ってなかったもんな。俺の右腕には精霊が宿っててな、普段は腕輪の力で封じ込めてたんだよ。まっ、いちいち言いふらす事でもねぇしな」
黙っていて当然だ。自分が精霊の力を宿しているなんて容易に話していい内容じゃない。この事が悪意ある誰かの耳にでも入れてしまえば、その力欲しさにヴラドや周囲の人間さえ巻き込みかねない。
「先輩……もしかして、術式ほんとは使えます?」
「ははは、まあ使えるぞ」
「それも、正規の魔術師が束になっても敵わない実力です」
苦笑いするヴラドにロノウェが補足した。
「まっ、そういう事だ。ロノウェ、お前はどうして、こんなつまらねぇ事をするんだ? 成したいことがあるんだろうが、お前ならもっと利口なやり方があるだろ?」
「駄目でしたよ。利口なだけでは世界は変えられません。世界を相手にするには狂人じみた想いと、それに見合う力が必要だったわけです」
「お前のその狂おしいほどの想いってのは、ヨムカか? それとも、かつてのお前の恋人か?」
「……恋人?」
初耳だった。
ロノウェに恋人がいたという話は聞いたこともない。何か訳ありなのか、ロノウェはその単語に忌々しそうに下唇を噛みしめていた。
「いえ、彼女の事は既に済んでいます。私の愛はヨムカさんただ一人です、かつての……迫害されていた哀れで弱い女性ではなく、私はッ!! 私は……強く、その美しく無垢な夕日色を持つヨムカさんが、眩しくて、助けたくて……ですがッ!!」
思い通りにならない世界はやはり強敵だと。自分は大切なものを捨ててまで世界に抗って、その容認できないやり方を否定し、白紙に戻して自分がよりよい世界を創り直さねばならない。真面目で優しい彼が抱いてしまった絶望。己の程度を知って悲観した毎日は、酷く希望が無く、焦燥と憤りが激烈に内面をドロドロと汚していただろう。
ロノウェの発狂しそうな色褪せた毎日に一筋の明光を差したのが、ヨムカ・エカルラートという夕日色だった。
それからの人生でロノウェはヨムカに惹かれ、焦がれ、世界との決別を思い切らせるまでに至った。
「ヴラド、私は止まりません。世界は間違っている。赤い色を持つ子が神話信仰などという誰が作ったかも知れぬお伽噺のせいで生きにくい世界になっているんです。大陸を隔てるあの壁もそうです、まるで箱庭に飼われた動物。私は人間を人間らしく、この世界から解放します。あのい天空を食い破る悪魔を使って、ね」
天上を指さす先には右腕が宙から垂れている。歪みが先より広がり、もう片方の腕と頭部を無理やりに捻じ込もうとしていた。
「安心してください、ヴラドも、ヨムカさんも、クラッドさん、フリシアさん、カルロさん。皆々は私が責任をもって新世界で作り直してあげます。その時は本当の仲間として、できれば私を迎えて欲しい」
「馬鹿だな、お前は。今が仲間なんだろ? 一人で狂って辛い想いを背負って、世界をぶっ壊すだぁ? 俺達がいるだろうが! もっと頼れよ、俺達は仲間なんだッ!」
ヴラドの腕は紫色の光に包まれる。
「紫色の刺繍鳥! 俺の寿命を喰らわせてやる。その分の成果をみせろっ!」
ヴラドの腕が見えなくなるほどの濃色だ。紫色の理が世界を侵すように飛翔し、天空に広大な両翼を広げた巨大な怪鳥が姿を現した。
こんばんは、上月です(*'▽')
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