ヨムカの反撃
「うぐっ……あぁ!!」
圧倒的な実力の差を埋めようと考える事さえおこがましい。ロノウェの扱う力はヨムカの展開した全力の防御術式さえ、薄紙程度の強度しか役割を果たさない。
「いまは……逃げて、考えなきゃ」
吹き飛ばされ挫いた足を引きずり、瓦礫の山を乗り越え、住宅区に逃げ込む。路地を複雑に曲がり、息せき切ってたどり着いたのは、趣味が良いとは言えない馴染みの店――スカルクラブだった。
体当たりするように扉を押し開ける。数日前までこの店が賑わっていた事が嘘のように閑散としていた。黒死蝶と智天使で栄えた実家の安心感は、ヨムカに精神的安息をもたらすには十分だった。
「ここに居ても見つかる……術式が効かないなら、何か武器で」
クラブといっても黒死蝶の本部だ。敵襲や万が一の時に備えて何かしらの武器がある筈だ、ヨムカは厨房奥の倉庫――自分が監禁された場所を調べるべく、重厚な扉を術式で吹き飛ばす。
「あの時は、食べ物しか確認してなかったけど、きっと」
食糧庫のほとんどの食材が持ち出されていて、探す場所は限られ、これはチャンスだと身近な箱から探り始める。
「みんな、無事だよね。大丈夫、食料が空だから当面は大丈夫……あった!」
数分足らずで目的の武器を見つけ――火炎瓶、剣、斧、軽重鉄鎧、狙撃銃、火炎瓶、拳銃、火炎瓶、火炎瓶、火炎瓶と火炎瓶。
「ちょっと! どれだけ火炎瓶好きなんですか!?」
中身のほとんどが火炎瓶で埋もれている。
そういえば、智天使のメンバーを尋問した時に火炎瓶で家を燃やすと、ヴラドが言っていたことを思い出した。黒死蝶にとって火炎瓶は必需品なのだろうか、周囲に転がる火炎瓶に苦笑を浮かべざるを得なかった。だが僥倖だ――剣や銃の扱いは不慣れであるが、火炎瓶は素人でもなんとか扱える。
「倒すことは無理でも、意識を逸らすことくらいは……私は出来る。やらなきゃ」
麦が入っていたであろう麻袋にありったけの火炎びんを詰め込み、痛む足に喝を入れ、結構な重量を有する袋を担いでスカルクラブを出る。周囲への警戒は怠らず、路地の至る場所に火炎瓶を設置していく。
曲がり角や、ゴミ箱の裏、排水管の脇や空き家の中。
途中で拾った釘やガラス片なども火炎瓶の中に詰め込んで、非人道的な簡易創作兵器に躊躇いを覚えるが、頭を振って非常になる。
「こんなもんでいいっと……あとは、カルロ副……カルロが来るのを待つだけ」
ただじっと待っているわけではない。
消費した魔力と気力を回復させるために、独特な呼吸法で回復をはかる。もちろん目に見えた回復は見込めはしないが、やらないよりかはやった方が良いと。カルロ相手にどう立ち回るかを考えながら、昂った気持ちを抑制させていく。
「ヨムカさん、はて、どこにいってしまったのでしょうね? ふふ、鬼ごっこも悪くは無いのですが、速く私のモノにしたいんですけどね。魂の同調、身体は……ふふ」
ネットリと卑しく楽し気な声――次第に近づいてきていることをヨムカに知らせる。
「私はずっと、貴女を見ていました。狂おしいほどの私の恋情を知って欲しいのです。ああ――ヨムカさん、ヨムカさん、ヨムカさん!! あはは、ふふふ、うふふふふァ!」
愛おしい、愛おしい、愛おしい、さあ、私の可愛い恋人は何処へ行ってしまったのか。貴女が私を試すというのなら、私は全力を持って私の愛を示しましょう。死んでもいい、殺してしまっても構わない。貴女の感情どれ一つ私は飽くことなく、堪能しましょう。貴女の貴女という原型を保てなくなるほどに、私の愛で、溶かしてみせましょう。ああ――ヨムカ・エカルラート。私を焦がす希望の夕日ほのおよ。
「ゾッとします――ねッ!」
仕掛けた火炎瓶にヨムカは術式を放つ――一つが爆発に弾け、それは連鎖的に二つ三つと連なり、民家を数棟吹き飛ばす衝撃と轟音の内部は、鋭利片の嵐となっている。術式に抵抗があっても、物理的な手段であればどうか、とヨムカは距離を取る。
こんばんは、上月です(*'▽')
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