カルロの風
天空に描かれた複雑な文字と円で形作られた魔法陣。
中心部の空間が裂けて、巨大な眼が地上を物色するように覗く。
「な、なんですかあれはっ!」
「神代の時代の神獣ですよ。ふふ、私もこの眼でお目にかかるのは初めてですが、クク――世界を一度更地に戻すには相応しい禍々しさですね」
「ロノウェ……副隊長?」
彼の言葉の端に漂った不穏な空気にヨムカはギョッとした。彼の穏やかで優しかった面影は彼方へと消え去り、頬や額――掌にまで異様な黒い模様が浮き上がっていた。
「ロノウェ副隊長……いったい、何をしてしまったんですか!」
「力を求めた私の姿ですよ。この時代の人が編み上げた術式ではなく、神をも殺す力を手に入れた訳です。そう……ヨムカさん、貴女のお陰でね」
そう言って懐から取り出した小瓶に入った少量の赤い液体。
「私のお陰? その液体が何だというんですか!」
「おや、分かりませんか? この液体は貴女の血液ですよ。思い出せませんか? ずっと貴女を影から見ていた視線。それと、検問作業時に貴方の首を裂いた現象」
「まさか……全部、ロノウェ副隊長が」
「ご名答。そうです、本来は貴女を守り、貴女を迫害する世界をやり直す為に行っていたのですが、このような結末になることを非常に残念に思います」
小瓶を揺らし、もう必要ない物であるかのように放り捨てた。
天上の神獣は裂け目を一層に広げる為に指を切れ目に差し入れ、力の限り押し開こうとしていた。あんな化け物が地上に召喚されれば、人類が総出で立ち向かっても勝てるかどうか。もし、勝てたとしても南大陸は――大陸全土は焦土と化してしまうかもしれない。
「貴女の私に生きがいを与えてくれた、まさしく希望だったのですよ。恋という希望を、焦がされる毎日が私を切なくさせた。一人になれば貴女の事だけが私の脳に囁くのです」
その瞳は狂人のものだった。
妄執に憑りつかれ、一を得る為に十も百も捨てることをいとわない色をした眼。生唾を飲むヨムカにロノウェは口角を歪めて嗤う。
「ヨムカさん、私の物になってください。貴女を守れるのは私だけ。相手が神や魔王、ヴラドであっても誰にも貴女に触れさせないっ! 触れさせたくないんですよ」
「はぁ? 気持ち悪いねぇ、ロノウェ? いつからさぁ、そんな変態ストーカー野郎になってしまったんだい?」
一筋の風が背後からヨムカの首筋をスレスレで駆け抜けた。
「…………」
ロノウェの表情が消える。不可視の飛来する刃を右手で握りつぶした。
「カルロさんですか、生きているとは驚きです。この国もろとも死んだと思っていましたが」
「ははは、この僕をさぁ誰だと思っているんだい? ちゃんと死骸を確かめてもいないのに、勝手に人を殺さないでくれるかなぁ? あ~、僕は残念だなぁ、学院で優秀だったキミにそんな趣味があるなんて、ゾッとするほど気持ち悪くて吐き気がするよッ!」
飄々と馬鹿にした顔つきが一変、奥歯を噛みしめた怒りの相で、風の刃を二撃三撃と飛ばし、身体に風を纏わせ、宙を駆けあがり、目にも止まらぬ速さでロノウェの背後に着地する。
「お前のせいで、僕の大切な仲間が死んだのかァッ!!」
荒れ狂う暴風の拳がロノウェの背を穿つ寸での所、隙を見せていたロノウェの身体が陽炎の様に揺れた。
「風邪の魔術師は速さや暗殺といった芸当が自慢でしたね。特に風系統と相性の良いカルロさんは、その速さが自慢でしたね。ですが、遅いんですよね。私から見たら子供のかけっこですよ?」
「――んなッ!?」
カルロの背後からそっと耳に囁きかける。
ロノウェは右手を突き出し、音に近い声で呟き閃光が奔った――吹き飛ばされたカルロは瓦礫に身体を強打して動かなくなる。
「カルロさんッ!!」
「ヨムカさん、貴女は私だけを見ていてください。いま、楽にしてあげます。その器から解き放ってあげます。私と一つになりましょう。私はその術も知っています」
狂気に満ちたロノウェが両腕を大きく広げた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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