世界を侵す禁断の術式
「――私と世界を一度真っ白にしましょう。そして、ヨムカさんが過ごしやすい世界を創るんですよ。私にはそれだけの力があります」
涙で充血した眼――真摯な眼差しでヨムカを正面から見つめる。彼の言っていることがよく分からなかった。
「そんな事……できるはずないじゃないですか!」
「できますよ。簡単に、ね」
これを見てください、というようにロノウェはこの広場全体を見渡す。
崩壊した国に数え切れないほどの亡骸――ヨムカはここで認めたくも無ければ考えたくもない答えに辿り着く。パラノイアが言っていた強い妄執に憑かれた者によってこの国は崩落する。
「ロノウェ副隊長の事だった?」
「はい? 私がなんですか」
「一つ聞いてもいいですか? これは、帝国の仕業ではなくて、ロノウェ副隊長がやったことですか?」
ロノウェはようやく小さく笑った。
「ッ――答えてください!」
「ええ、私がやりました。ヨムカさんは逃げていたから知らないと思いますが、二日前に帝国も滅ぼしてきました」
「……え?」
信じられないロノウェの発言。
ロノウェの可笑しそうに笑う――どうして笑っていられるのか。ヨムカは憤怒の念が心底から沸き起こるのを感覚した。
「どうして、こんなことを、したんですか?」
一語一句ハッキリと聞き取ってもらえるように問う。
「それはですね、ヨムカさん。貴女の為ですよ。ヨムカさんを気づ付け貶める世界なんて間違っているとは思いませんか? 私の愛した人には平穏に暮らしていて欲しいんですよ」
ヨムカは目の前の男を狂っていると思った。
ここまでする彼の歪んだ情には吐き気さえ覚える。
「返答は――」
「お断りしますッ! 私は世界を壊してまで幸せになろうとは思いません。というより、ロノウェ副隊長は……私の日常を壊そうとしていますッ」
「…………」
沈黙するロノウェは差し出し、やり場を失った手を握り開くを数回繰り返す。
「おかしい、ですね。私はヨムカさんの為に世界を変える力を手に入れたというのに。エルダさん、私はヨムカさんを調教しなくてはいけません。巻き込まれたくなければ消えてください」
カッセナール家に仕えている暗殺者は目礼してその場を去った。
「ヴライさんは?」
「彼は殺しましたが? 邪魔でしょう? 貴女を戦場に留めようとした愚者に生きる価値はありません」
「――ロノウェぇぇぇぇぇぇッ!!」
ヨムカは魔力を循環させ、激昂に任せて放つ夕日色の炎――怒りに呼応するように荒々しく猛り爆発を生み出しながら螺旋を描いてロノウェに迫るが。
「見てください、これが私の新しい力です!」
不可解な発光する文字がロノウェを守護するように発現して炎を打ち消した。
「これは禁術……そう、以前にヴラドが言いましたよね。禁術には二通りがあると、これは神代の時代に神が行使していた力なんですよ」
文字は次々と生まれてロノウェの周囲を――忠実なる従者のように浮かんでいる。
「ラナ エルマンティア クォルツェ テ マグワラット――聖帝幻獣召喚法儀」
詠った祈りは文字に干渉し天上へと昇っていく。
聖古神文字は文字の配列で一つの小宇宙を創り出す。これから何が起こるのかは分からない。だが、一つ言える事は良くない事が起こるというだけ。
力を持たない一介の魔術師見習いに何が出来るのだろうか。ヨムカは奥歯を噛みしめ、ふ再び夕日色の炎を生み出し天上に展開された宇宙を標的に放った。
こんにちは、上月です(*'▽')
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