世界の在り方を嘆き、覆さんとする意志
「うぅ……げほ、おほっ」
意識を取り戻したヨムカは酸素を肺が求めるあまり、変な吸引をしてむせてしまう。ぼんやりとする霞がかった頭と虚ろな瞳が映す薄暗く、身動きの取れない状況でパニックに陥らず、肌を擦る麻の感触から自分が詰められていると理解する。
「御者さん、どうしてこんな事をするんですか? 私を捕まえて何に使うつもりですか?」
「しばしの沈黙をお願いいたします」
丁寧な口調だが、暴れるのであれば手段を選ばないという脅迫めいた感情が読み取れた。ヨムカはこっそり術式を展開して逃亡を図ろうとしたが、御者の他にはたして何人の協力者がいるのか分からないので下手に行動出来ずにいた。
自分が眠っている間にどれほどの時間が経過したのだろうか。頭の中では残して来たフリシアやヴラド達の事が気になって仕方がなかった。彼等はきっと自分を見捨てるような真似はしない。ヴラドは自分を仲間だといった。絶対に命に代えても守ると迷いなく宣言していた。今頃自分を探して宿場町を探し回っているのかもしれない。だが、自分は見つからない。身体全体に伝う揺れが、いま自分が移動していること教えてくれているからだ。
「エカルラートさん、もうしばらくお待ちください」
御者はそう短く告げると、いよいよ足場の悪い道は固い道に乗り上げ、ガタガタと振動が小刻みになる。
「着きましたよ」
振動は止まり、御者が麻袋の絞め紐を解く。
袋口が開き、少々暑苦しかった麻袋の内部に新鮮な空気が満たす。
「ここは、どこ――そんなッ!」
荒れ果てた廃墟とした街並み――見慣れた商店や広場は、自分が知る住み慣れ始めていた城下の姿では無かった。愕然とした様子のヨムカに、御者はそっと呟く。
「住民はスラム街の組織により、帝国軍侵攻前に非難がすんでおります。ですが……残った者達は全員」
瓦礫から真っ赤に染まった手や足が伸びている。視界の隅には人の姿も留めていないほどに炭化した黒い塊が積み重ねられている。中央広場で憩いの象徴である噴水の吹き出し口には犬猫人から切り離された部位が――虚ろな瞳でヨムカ達へ向けられている。
「酷過ぎる――ッ! これが、こんなことをしても彼等は自分達を人間だと主張するんですかッ!!」
沸き起こる不快感は汚濁となって怒りの情の燃料と化す。この国の人間は確かに自分を迫害し、時には石をぶつけられることもあった。とても痛かったし苦しかった。それでも、人は人である以上、こんな尊厳を失った死に方をしていいはずがない。ましてや、そのような行為におよんだ者達を許せるはずがなかった。
「こんな……これも、南大陸の神話信仰に沿った行いだとでも言うんですかッ!?」
「――いいえ、違います。神話信仰そのものが間違っているんですよ、ヨムカさん」
「ろ……ロノウェ副隊長?」
暗い路地から姿を見せた――彼に似合わぬ真っ赤に染まった色合いの学院指定制服。その上から羽織る見たことの無い漆黒の外套。
「南大陸は――神話信仰は腐っています。これ以上ない程に、ですよ。ヨムカさん達『赤色』を持つ者達はどうして迫害されなければいけないのか? 人々の尊厳は? 個性という価値観の奥深い神秘は? そのどれもが呪われた神話によって塗りつぶされているんですよ」
ロノウェの口調は酷く疲れていた。
瞳にいつもの優しさはなく哀しみに彩られ、自嘲するような笑顔を浮かべている。
「ヨムカさん、恋人になって欲しいなんていいません。私と、私と共に世界を正しく導きませんか? 私にはその覚悟も力も今はあります」
「どういう、意味……ですか」
ヨムカは見た目以上に内面が様変わりしてしまったロノウェに一種の恐怖を感じた。一歩踏み出す彼を拒絶するように一歩後ずさる。その真実をロノウェは静かに泣いた。
こんにちは、上月です(*'▽')
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