ヨムカに迫る不吉な影
雨が馬車の屋根や窓を小さく打つ。
膝上に掛かる柔らかな重みと温もりは、冷えていく馬車内で心地よかった。
ヨムカは窓から空を見上げる。
「戦争はどうなったかな」
視界の遠くに見える山の対面では今も数多くの人間が死んでいっているのだろうか。ロノウェは無事なのだろうか。森の中からみた夜でも昼と錯覚する爆発での被害はどれほどなのだろうか、と憂鬱な気分にさせられた。
「フリシア、本当に髪もそうだけど、肌も荒れちゃって……せめて、夢の中では楽しくしているといいけど。はぁ……どうして、帝国は戦争なんてしかけてきたんだろう。それも私達の国で国王と学院長が亡くなって直ぐに」
耳心地よい雨音は考え事をするのにちょうどいい雑音だった。
「みんなで人里離れた場所で畑を耕しながらの生活かぁ、悪くない……うん、悪くないね」
しばらく雨音とフリシアの寝息を聞いていると、馬車の扉が開き、ヴラド達が帰って来たのだろうと視線を向ける。
「え、あなたはって――キャッ!?」
馬車に乗り込んできた男は、カッセナール家の御者をしていた――ヨムカと顔見知りの男だった。本業は暗殺者とのことで身軽で無駄のない動きでヨムカに詰め寄り、妙な甘ったるい臭いのする布切れでヨムカの鼻と口を塞ぐ。
「大人しくしてください。私に……私達には貴女が必要です」
細い糸目から覗く鋭利な瞳はヨムカの夕日色の瞳をまじまじと見つめる。
「ふぁはひて……せ、んはい……たす」
数呼吸しただけで朦朧とする意識――精神の集中もかなわず術式も編めず、せめてもの抵抗は拳を振り回すだけだが、それも直ぐには脳からの信号も途絶え動きは緩慢になる。
完全なる闇の中で残ったわずかな意識の残存は自分が担ぎ上げられた感覚だけが、腹部に圧迫して知覚した。自分はこの後どうなってしまうのか、このまま殺されてしまうのではないか、という危機感さえ鈍くなった感覚下では考えられなかった。
ヨムカを担いだカッセナール家の暗殺者はヨムカを麻袋に詰め込み、待機させておいた牛車の荷台――野菜や米袋を積んだ荷台にヨムカを紛れ込ませる。ボロボロの貧乏人を装った衣服と目深まで被った日よけ防止は身分を隠すべく、俯き加減に牛を走らせた。
途中で見知った眠そうな青年と快活な少年とすれ違うが、特に不審がられることもなくやり過ごすことが出来た。
彼等がヨムカの不在に気付き捜索しても問題は無いくらいには進ませておきたい。
どうして雇い主がこの娘に固執するのかは分からなかったが、自分は任された仕事をこなすだけで後は知ったことではなかった。
こんばんは、上月です(*'▽')
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