ロノウェとの別れ、馬車は深い闇の中へ
爆発の被害は予想より大きくはなく、帝国も連合国も互いに相手側からしかけたものだと懸念し、下手に動く事が出来ず睨み合いとなっていた。
森を照らす閃光と聴覚を麻痺させる爆音が轟く中、深い森の中では二人の親子が剣を弾き合っていた。
「ヨムカ、早く行け!」
「わ、わかってます! 落ち着け、大丈夫。私ならできる……」
馬一頭と馬車を手繰るのでは感覚が違い過ぎた。困惑と焦りを気概で押し込んで手綱を握り、ゆっくりと引く。
「せ、ヴラド隊長も早く、き、来てくださいっ」
「悪いなフリシア、俺はこのクソ親父の相手しなきゃいけねぇんだ。足元に当分の間は生活できる金を積んである。それで、なんとか生き延びろ」
「ヨムカ、後は二人を頼むぞ――っと、チィッ!」
巨大な鉄板を大上段から振り落とす。そんな重量任せの一撃を細身の剣で受け止めることも、受け流すことも出来ないので身を翻して回避する。が、地面をたたき割る一撃は周囲に土や砕いた石を四方にまき散らす。
「剣を納めて彼等を止めろ。そうすれば、俺はこの事を見なかったことにする」
「あ~、そりゃ無理な相談だな。アイツ等は戦場でまだ動けるほど強くはねぇからな。それにここであいつ等を止めたら、俺の信念を折る事になるからな」
「お前は軍人には向かないな」
「軍人になる気はねぇし、貴族もめんどくせぇ。俺は静かに本読んで生きていければ、それでいいんだよ」
「なら、そうしなさい。ヴラド」
茂みから水の塊――蛇のようにうねり螺旋を描いてヴラドとヴライの間を抜けた。
「私がここを受け持ちます。ヴラド、貴方は皆と一緒に行ってください」
「お前、いままで何してたんだよ?」
「私ですか? ふふ、ちょっと感傷に浸ってました。罪の意識……ですかね。さっ、そんなことより早く。爆発が止まったので、警備の者がヴライ将軍を探しにここまで来てしまいますよ」
「ロノウェ君……キミも国家を裏切ると言うのかね?」
「いえ、私は戦場に残りますよ。私にはやるべきことがありますから。さあ、ヴラド。行ってください!」
ヴラドに微笑みかける。ロノウェの目元が少々腫れている事に気付き、先程まで泣いていたのかと口を閉ざす。だが、ヴライもヴラドからしたら守るべき仲間の一人。ここで、彼だけを置いていくわけにはいかないと、剣を持ち直す。
「行ってください。ヨムカさんは、貴方が守ってあげてください」
「は? どうして、ヨムカなんだよ」
「はぁ……そんな事も分からないんですか? 神話信仰を堂々と否定するヴラドではないと最後まで彼女を守り切れないんですよ」
ロノウェはヴラドの腹部に掌を押し当て、現存するどの言語にも属さない音のような声で何かを呟く――ヴラドの身体はふわふわと宙に浮かび、必死に足掻いてもその身体は馬車の方へ運ばれていく。
「ヨムカさん! ヴラドが何か馬鹿なことをしていたら止めてあげてくださいね」
「ロノウェ……副隊長」
向けられた微笑みは弱々しく、ヨムカは内頬を奥歯で噛む。彼の想いを受け入れなかった罪悪感なのだろうか。それとも、彼の瞳に宿るどこか暗い別れのような色からなのか。心の奥底がざわつく落ち着きの無さが、鼓動を一拍跳ね上げた。
「ヨムカ、そこ代われ! 俺が運転する」
隣に堕ちてきたヴラドに手綱を譲り、反転する馬車の動きに合わせてヨムカはロノウェの後ろ姿に視線を投げかける。夜闇に揺れる藍色の髪が別れを告げていた。
こんにちは、上月です(*'▽')
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