逃亡開始!
日が沈んで食事時間という気が緩むその瞬間を狙ってヨムカ達は、馬車の見張りを何食わぬ顔で近づき昏睡させた。ヨムカは目隠しをしていたので、ヴラドにおぶられて来た。
いつでも馬車を出せるがロノウェは姿を見せる事は無く、ヴラドは仕方がないとヨムカ達を馬車に詰め込む、あらかじめヴラドが暇な時間に確認しておいた逃走ルートに沿って馬を走らせる。背後の――帝国軍と連合軍がにらみを利かせている平原の方で衝撃波を伴う大爆発が起こった。
「な、なんなんすか!?」
「ば、爆発みたい、です」
木々の合間から差す炎色――闇を照らす爆発は、闇に紛れて逃げる算段をしていたヴラド達にとって最悪の状況だった。
「チッ、早い所逃げるとするか」
「ヴラド、貴様は戦場から逃亡するのか?」
「――ッ!」
手綱を思いっきり引き、馬を急停車させる。こんなことをするべきでは無かった。目の前に立ち塞がる男を弾き飛ばしてでも逃げるべきだったと、ヴラドは下唇を噛む。
「ああ、悪いな親父。俺は戦場に残ってもいいかと思うけど、コイツ等をどうしても逃がさなきゃいけなくてよ」
「確かに……仲間を何より大事にするお前の考えは理解している。だが、彼等も今は一人の軍人だ。ひとたび戦場に立てば見習いも正規も関係ない。国を守るために身命を賭す一人の人間だ。このまま、戻れば見逃す。逃げるのであれば……」
ヴライは左手に持った巨大な鉄塊――刃渡り二メートルはあり、平面も数十センチ以上ある鉄板状のそれを革鞘から引き抜いて見せた。
「親父……まじか?」
「俺からしたらヴラド、お前は当然の事だが、ヨムカ君、フリシア君、クラッド君、ロノウェ君も俺の息子娘のようなものだ。出来ればこの手に掛けたくはない。もう一度言う、馬車を降りて戻れ」
観念したようにヴラドが手綱から手を放す。
「――先輩!?」
心配そうに馬車から顔を出すヨムカにヴラドは顔を近づけ耳打ちする。
「お前が馬車を運転しろ。大丈夫だ、乗馬とたいして変わらねぇよ」
「いやいや、無理ですって」
「頼むぞ、この機会を逃せば一生逃げられなくなる。俺はお前達に傷ついて欲しくないって言ったよな?」
「ですけど……」
「うし、任せた」
ヴラドは馬車から飛び降り、腰に携えた自前の西洋剣を引き抜いた。その身は使い込まれ擦り傷が多く見受けられた。だが、ヴライの大剣と比べると心許ない小枝にようだ。
「お前に剣術を教えたのは俺だぞ。お前の剣が通用するとでも思っているのか?」
「あ~、お前の前ではお前の剣を使ってたけど、普段は我流なんだよ」
腰と膝を地面すれすれまで落とし込み、右足を大きく引き、左手は軽く地に触れるか触れないか、西洋剣は後方に引き剣身半ばから先はヴラドの身体に隠される。
「路地裏の喧嘩剣術か? まあいい、バカ息子に灸を据えてやる。ヨムカ君達も馬車を降りる気はないようだね?」
御者の席へと移ったヨムカを見つめて言う。その瞳にはどこか悲しそうな色が宿っており、発光する夕日の色の瞳を見て小さく笑った。
「ならば、もう問わん。お前達は国家反逆罪として俺がその首叩き落してやる」
「そうはいかねぇな。俺は強いぞ?」
「使うのか? あれを――俺の妻を焼き殺したその忌々しい力を。今度は父である俺を焼き殺すと?」
「最悪の場合はな」
睨み合っている時間も惜しいと、ヴラドは地を駆る獣さながらの荒々しさでヴライに飛び掛かった。
こんばんは、上月です(*'▽')
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