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ロノウェの告白

 遠く離れた丘に見える帝国軍旗。


 青藍色の鎧を着こんだ一団が各部隊ごとに陣を張っていた。深い森の茂みから遠近鏡を使って帝国の動きを観察するヴライの私兵が呟く。


「目視出来るだけでも十万以上。丘の向こうにきっと伏兵が潜んでいるのは確実でしょうな」

「うむ、此方の兵力は近隣諸国からの増援あわせて十三万、と。やはり、あの爆発は痛手だったか」


 机上に広げられたこの戦場一帯の地図を眺めて唸るヴライに、ヴラドがさも面倒くさそうに割って入る。


「おい親父。俺達はどう動けばいいんだ?」

「お前達強襲部隊は実戦経験が浅く、正規部隊と行動させると統率が乱れる可能性がある。かといって、孤立させるわけにもいかない。となると――」

「読書しよう」

「阿呆がァッ!」


 鍛え抜かれた腕が隆起し、鋼の塊のような拳がヴラドの頭上に落とされた。


「どうして、どうしてお前は戦場で読書をしようなどとと思うのだ!」

「痛ぇな。後数時間後には死ぬかもしれないんだろ? だったら、死ぬ前に一文字でも多く俺は本を読む」

「先輩は、私達が生き残る方法を考えてくれていたんじゃ……」

「お、俺達って死ぬんすか!?」

「いや……し、死にたくない、です!」


 恐怖が伝播する七八部隊。ヴラドは殴られた頭を擦りながら全員を連れて簡易な作戦本部を離れる。せめてこの場にロノウェが居てくれれば、少しくらいは死への恐怖も薄らいだだろう。


「よし、誰もいないな。お前等その茂みの中でしゃがめ。今後の作戦を伝える」

「おっ――やっぱり、何か考えがあったんすね!」

「よし、クラッド少し声量下げろ――いいか。俺達は所詮見習いだ……この中でまともに術式を組めるのは、ヨムカとフリシアだけだ。つっても、フリシアは回復系統で攻撃系統が使えねぇ。となると、だ」


 声をひそめるヴラドは離れた場所に停めてある戦場を駆る馬車を指さす。


「ここで登場する最善の策はアレだ」

「馬車、ですか? そんなので――ってまさか!」

「おう、逃げるぞ」

「無理無理無理っすよ! どうやって逃げるんですか、というより何処へ?」

「知るか。逃げ道なんてのはその時の気分に任せろ。追っ手はヨムカが術式、クラッドは投石。フリシアは万が一の為の医療。俺は馬車を――」

「おやおや、なにやら楽しそうな作戦ですね」


 茂みから顔を覗かせたロノウェがニコニコとして会話に割って入った。


「お前、いいのかこんな所にいて」

「問題ないですよ。それをいうならヴラドにも言えた事でしょう? それで、敵前逃亡するんですか? 今度こそ国に帰れなくなりますよ。裏切り者として追われるかもしれません」

「追われるのは戦争で生き残ってた場合だろ。帝国相手に万が一の勝機もねぇよ」

「そう、ですね。では私も一枚噛ませてもらってもよろしいですか?」


 フリシアとクラッドの表情に温かみが増す。ロノウェがいれば最悪の事態に陥る可能性が低くなったと二人は大手を上げてロノウェを迎え入れた。


「まったく、薄情ですね。同じ部隊の私を置いてけぼりにしようとしていたんですから」


 無言で視線を逸らすヴラドはロノウェの追及を避けるべく手短に決行時間と詳細を告げ、何事もなかったかのように一同は無言で散会した。これから起こる大戦で失われる命はどれほどだろうか。ヨムカは物思いに耽って配給食糧を口にした。


 ぱさぱさしたパンと薄い水みたいなスープ。申し訳程度に盛られた葉っぱを見て豪華だと思えてしまうほどにヨムカのこれまでの人生は酷かった。死ぬ前のディナーだと考えたら可笑しくて声が漏れる。


「ヨムカさん、隣よろしいでしょうか?」

「――あっ、ロノウェ副隊長。どうぞ」

「ヨムカさんは戦争から逃げ切った後はどうするんですか? ヨムカさんは自分を知るために魔術学院に入学されたのですよね?」

「入学した意味はありました。自分が何者かというのもだんだんどうでも良くなってきちゃうんです。七八部隊にいると……だから、もし逃げ切る事が出来たらみんなと一緒にいたいな、って」

「そうですか。私も同じ意見です。楽しいんですよね、ここの部隊は」


 朗らかに品ある笑いを見せたロノウェにふと翳りが差す。


「ですが、私はどうでしょうか。皆と一緒にいたいという気はあります。ですが、それ以上に愛してしまった女性と添い遂げたいという欲張りな私も心の中に潜んでいるんですよ」

「へぇ、ロノウェ副隊長の恋人ですか?」

「いえ、恋人ではありません。その方に告白さえしていませんから。その方の為に生きたい、と思うんです。世界が間違っているのならば変えてあげたい程に」

「きっと、ロノウェ副隊長ならいいお父さんになると思いま――ッ!?」


 そう言ったヨムカの言葉は最期まで口から発せられることはなかった。塞がれたのだ――柔らかく花のような香りのするロノウェの唇に。


「わ、私はッ! ヨムカさんあなたが好きです」

「……甘い―じゃなくて、えっ!? えぇッ!! ちょ、い、いまキス?」


 慌てふためくヨムカの全身から汗がにじみ出す。思考回路は甘くとろける二酸化炭素で混乱し、身振り手振りさえ意味不明だ。初めてのキスがこのような形で奪われてしまうとは思ってもいなかった。


「ヨムカさん、今この場で答えてください」

「え、えぇと……その、私は嬉しいですよ。ロノウェ副隊長に告白されて、で、でも……」


 脳裏を過るの本にしか意識が向かないだらしがなく頼りない男。


「すみません――私は、そういうのはまだ考えられません」

「……そうですか。ありがとうございます私の告白を聞いてくれて、そして申し訳ありませんでした。勝手に唇を奪ってしまったことを」


 ロノウェは困ったように木漏れ日を見上げて立ち上がる。


「ヨムカさんは生き残ってくださいね」


 そう言い残したロノウェを引き留めることも出来ず、ただ寂しそうに森の中へと消えていった。

こんばんは、上月です(*'▽')


次回の投稿は22日を予定しております!

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