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希望の色

 かつて、炎龍という組織が根城にしていたという廃居にヨムカ、バロック、カロトワは足を踏み入れた。


 しかし、見事なまでに物が散乱し、埃が積もっていて、生活感は感じられなかった。


「なんか、不気味ですねぇ」

「だが、奴はこの奥にいやがるな」

「分かるんですか?」

「あぁ、裏世界に長く浸かってると、感覚みてぇのが鋭くなるんだ」

 

 バロックは視線を薄暗い正面に向けたまま銃を構え、カロトワも少し腰を落とし銃を構える。


 すると、三人の身体を冷たく、鋭利な殺意が吹き抜けた。


「ッ!?」


 瞬時に散開し、近くに並び立つ柱に身を潜ませる。


 ヨムカとバロックは柱からそっと顔を覗かせると、奥の方から扉が開く音がし、ゆっくりと此方に近づく足音が廃居に木霊する。


 バロックとカロトワは旧式拳銃で、ヨムカは術式で、相手の出方によっては戦闘になるのを覚悟し身構える。


 砕けた硝子窓から差し込む日射しによって照らされた場所に、その存在が姿を表す。


「あれが、炎龍を壊滅させやがった魔術師だ」


 見た目は二十半ばと、ヴラドやロノウェと同じくらいだろうか。髪は珍しい蜂蜜色だった。そんな身体的特徴だがヨムカが一番眼を引いたのは両の眼の色だ。右目は浅葱色で左目は髪と同じ蜂蜜色をしていた。


「俺に何か用か?」


 男はボソリと呟く。


 今しがたの殺意の波動とは裏腹に、その声はとても穏やかだった。


「この界隈に底知れない知識を持つ魔術師がいると聞いて来ました。その魔術師は、貴方で間違いありませんか?」


 ヨムカは柱の陰から全身を晒け出し、相手に無抵抗だという意思を見せつける。


「赤色? いや……夕日色の瞳と髪か。また、珍しい奴が来たものだ」


 ヨムカの問いに答えない。


 ただただ、ヨムカの髪と瞳を物珍しげに見つめていると、痺れを切らしたカロトワが声を大にして男に詰め寄る。


「オラァ! ヨムカ嬢が質問してんだろうが、なんか答えたらどうなんでぃ!」

「下がれ、カロトワッ!!」


 バロックは男から、ただならぬ気配を感じとり、銃を構え引き金に力を込める。


「うるさいぞ、チビ」


 嘲け笑うでもなく、無感情に指をカロトワに向ける。


「いけない!」


 ヨムカはバロックが引き金を引ききるより早く、無詠唱で魔力の衝撃波を放ち、カロトワの側面から叩きつけ、その小さな身体を吹き飛ばす。


 一瞬遅れて男の指先から、一筋の光がカロトワの立っていた場所に突き刺さった。


「バロックさん! カロトワさんを連れて下がってくださいッ!」


 ヨムカの気迫に圧倒され、一瞬呆けた顔をするが、直ぐに頭の中を整理させ頷く。


「わりぃな、ヨムカ嬢」


 バロックは柱を上手く使いジグザグに駆け抜け、気を失っているカロトワの下にたどり着き、その身体を柱の裏に引きずり込む。


「どうして、カロトワさんを殺そうとしたんですかッ!!」

「どうして? そうだな、耳障りで目障りだったからとしか理由は浮かばないな。お前はハエが自身の周りを飛び回っていたら黙らせるだろ?」

「カロトワさんは、ハエじゃありません!」

「まぁ、ハエじゃなくても目障りなら結果は同じことだ。それで、お前は俺に用があるみたいだが?」

「私の瞳と髪の色について聞きにきました」


 あくまで警戒を怠らず、いつでも術式を展開出来るよう魔力は放出しておく。


「なるほどな。いいだろう、教えてやろうか。その髪と瞳は希望の象徴だ」

「……希望?」

「そう、夕日色は世界を包み込み、災厄からの魔除けとなる。その色を持つ者こそは夕刻の神であると。これは古い文献にあった一文だ……」


 男は一拍の間を開けて、ヨムカをつまらなげに見定めるように全身に視線を這わせる。


「だが、今のお前では希望になれず、近い将来にお前は多くの大切なモノを無くすだろう。抗いがたい絶望と深い闇に囚われる」

「どういう事ですか?」


 もはや希望だなんだのはどうでも良かった。


 今、目の前の男が告げた不穏な預言めいた言葉の方が、ヨムカにとっては無視出来るものではなかった。


「なんでも教えると思うなよ。だが、忠告はしてやる。目の前で凄惨な現実を視たくないのなら、すぐさま誰にも知らせずに、この国を出ることだ」


 目の前で凄惨な現実を視たくない、とはどういう事だろうか。隣国との戦争が始まって多くの死者を見るという事なのだろうか。だが、隣国は今現在他国の侵攻を受け被害が大きく、この国に戦争を仕掛ける余力なんてないはずだった。


「その凄惨な現実ってなんなんですか! お願いします。教えて下さい!!」


 ヨムカは深く頭を下げる。


 男は軽い溜息を吐く。


「この国は暴落する。死者は十万を優に超えるだろう。浅ましい野望に呑まれた男によってな。俺が教えてやるのは此処までだ。後はお前が決めるんだな」


 男は興が削がれたというように背を向け、立ち去ろうと歩を進める。


 ヨムカはただ、だまってその背中を見つめる事しか出来ない。


 彼が暗闇に溶け気配が完全に途切れた所で、全身を襲う疲労感にその場に座り込む。


「ヨムカ嬢!!」


 離れた場所からバロックが駆け付け、その場に座り込んだヨムカの顔色を窺い、ヨムカは「大丈夫」と短く答える。


 近い将来に訪れる暴落の時。


 浅ましい野望に呑まれた男、という言葉がヨムカの脳裏を円環のように駆け巡る。


「立てるか?」


 バロックが加えタバコをする口許を綻ばせながら、ヨムカに手を差しのべる。


 その大きな手を取り引っ張られるように立ち上がる。


「そういえば、カロトワさんは大丈夫ですか?」


 ヨムカの術式を側面からモロに直撃し、吹き飛んだ小さな中年男性に視線を向ける。


「あぁ、気ィ失ってるだけだから大丈夫だ。カロトワを助けてくれてありがとな。アイツは俺の部下の中で最も古参でな、俺にはアイツの能力が必要不可欠だからよ、だから本当にありがとよ、ヨムカ嬢」

「いえ、別に気にしないでください。カロトワさんってそんなに有能なんですか?」

「あぁ、アイツは少々馬鹿っぽいけど、他人を盛り上げる才能があるんだ。どんなに辛い場面であろうが、アイツがいれば周りの連中を励ます事が出来んだ。それは努力で身に付くもんじゃなくて生まれながら持った才能だ」


 先程のスカルクラブでの舞台を思い返す。


 彼が中心になって舞台で周囲を盛り上げていた。ヨムカ自身も何となく視線を向けていたが、内心で込み上げる熱のようなモノを感じ、少しだけだが楽しいと感じた。


「そろそろ帰りましょう。もうこの場に用はないです」

「うっし、ならスカルクラブに寄ってきな。昼飯をご馳走するぜ」


 昼飯という魅力に抗えるはずもなく反射的に頷く。


 バロックは気を失っているカロトワを、まるで山男が夕飯用に捕らえた猪を持つかのように肩に担ぎ、ヨムカの表情がひきつる。


 帰り道も特に何者かの襲撃を受けることなく無事スカルクラブに到着する。


「ヨムカ嬢の席はこっちですぜぃ」


 意識を回復させたカロトワがヨムカを席に案内する。


 折り返しの木製階段を昇り、吹き抜けの二階席に一つ、高級そうなソファーとテーブルが置かれていた。まさにVIP席というやつだ。


「それと、あっしの命を助けていただいたようで、ありがとうございやす。このご恩は一生使って返させていただきやすので、何でもおっしゃってくだせぇ!」

「いっ、いえ、気にしないで下さい。身体が勝手に動いただけですので」  


 深々と頭を下げるカロトワに頭を上げさせる。そんな事より一階から好機の眼差しに晒されているのはどうも落ち着かず、カロトワに耳打ちする。


「どうして、私だけ二階席なんですか?」

「へへへ、そりゃヨムカ嬢は俺達のボスですぜ? あんな安席なんかに座らせられませんよ。因みにバロックの旦那とあっしと後一人も二階席で、ヨムカ嬢の護衛と身の回りの世話をしやすんで」


 だいたい予想していた返事にヨムカは項垂れる。


 まさか、ここまで事態が大きくなるとは思っていなかったので、正直なところ困っていた。


「よぉ、VIP席の座り心地はどうだ?」


 バロックがタバコを加えながら階段を上がってくる。


 彼の背後には見た目二十代半ばくらいの女性をが顔をひょっこりと覗かせ、微笑み向ける。ヨムカはキョトンとしつつも、どうも、と首を小さく頷かせる。


「座り心地は悪くありません。悪くはないんですが、下からの視線で落ち着きません」

「がっはっは、そりゃあ慣れるしかねぇな! そうだ、自己紹介しなきゃな。コイツはスアラ。今日からヨムカ嬢の世話をするメイドみたいなもんだ。可愛がってやってくれよ」


 スアラと言う女性は背筋を伸ばし、両手をヘソの下辺りで重ね、綺麗なお辞儀をしてみせる。


「ご紹介に預かりました、スアラ・フィフランドと申します。本日からヨムカ様の身の回りのお世話をさせていただきますので、どうかよろしくお願いします」

「ヨムカ・エカラートです。その、此方こそよろしくお願いします」


 たじたじな動きでスアラにお辞儀をし返す。


「スアラ、女性何人かを連れて厨房で何か作ってくれねぇか? 俺もヨムカ嬢も腹減っちまってな。そろそろ下で、馬鹿騒ぎしてた連中も腹を空かせる頃だろうしな」

「畏まりました。ヨムカ様も何か食べたいものを申していただければ、このスアラ、全力を持ってお作りしますよ」

「えっと……じゃあ、パフェを」

「承りました。直ぐにお持ちしますので、少々お待ち下さい」


 スアラはきびきびした動きで階段を降り階下にいる数名の女性と共に厨房へと向かう。


 そして、カロトワが階下を見渡せる柵の前に立つと、手に持ったマイクでファミリーに語りかける。


「ヘイ! お前ら待たせたな。我ら黒死蝶の新しいボスに就任されたヨムカ・エカラート嬢から、皆に挨拶をするぜぇ!」


 ヨムカは目を丸くし、気の抜けた表情をしてしまう。


「バロックさん!?」

「んぁ? まぁ、テキトーで構わないから、なんか言ってやってくれ」


 助けを求めようとバロックに視線を向けるが、タバコを吹かしながらニカッと笑う。


「私……その、緊張で」


 普段大勢の前で演説なんてしないヨムカにとって、腹が痛くなる試練だった。そんなヨムカの意を知らず、下の階では皆がヨムカの名をコールしている。


 仕方ないと腹を括ってソファーから立ち上がり、数歩前へ出ると皆の顔が一望できた。全身に嫌な汗が浮かび、表情もひきつっていく。


「ヨムカ嬢、おねげぇしやす」


 カロトワからマイクを受けとると魔力に反応して起動する照明機器により、カラフルな明かりが一斉にヨムカに当てられる。


「あっ……え~と……」


 上手く声を出せず、更にテンパって頭の中は真っ白となる。


「その……本日からこの組織のボスに? なりますヨムカ・エカラートです。えっと、歳は十五です。魔術学院に通っているので毎日は顔を出せませんが、宜しくお願いします」


 深く頭を下げると下から喚声が沸き上がる。


「上等だったぜ、ヨムカ嬢。後は休んでな」


 バロックに肩を叩かれると、ようやく緊張の糸が途切れ、深呼吸を数回して落ち着きを取り戻す。


 マイクをバロックに手渡し、そのままソファーに腰を下ろす。


「今、ヨムカ嬢が言ったようにヨムカ嬢はまだ十五の学院生だ。俺達の争い事には巻き込みたくはねぇ。近いうちに智天使共と和平条約を持ち掛ける」


 周囲からドっと、どよめきの声が生まれる。


「バロックの旦那。本気なんですかい?」


 再度確認するようにカロトワも顔色悪く問いかける。


「あぁ、本気だ。争いが無くなれば、これ以上大切なファミリーを失わなくて済むからな。まぁ、最終決定はボス次第だがな。一先ずこの件は近いうちに決めとくからよ。オメェ等はいつもみたいにはしゃいどけ、以上だ」


 マイクをカロトワに手渡し、バロックも大股を開いてヨムカの隣に腰を下ろす。


「俺もなあんな智天使バカどものために大切なファミリーを失いたくはねぇ。会議には俺が出るからよ、この和平条約の件、了承してくれねぇか?」

「私も、私を受け入れてくれる人達を失いたくなんてないです」

「じゃあ――」

「はい、お願いします」


 バロックは満面の笑みを浮かべ、気分良さげに残り短くなったタバコを灰皿で揉み消し、酒を持ってくると言い残し、階段を降りていった。


 彼等と智天使の関係は分からない。


 ヨムカは普段生きていて、この界隈の情勢なんて知りもしなかったし、知ろうとも思わなかった。それなのに、今ではその組織のボスになっていて、生きていると思いもしない出来事が起こるんだなと、思い知らされた。


「近い将来にこの国が崩壊する……か」


 先程の魔術師が言った言葉が気掛かりで仕方がない。


 この事を誰かに知らせるべきだろうかと考えるも、直ぐに頭を横に降り改める。


 こんな荒唐無稽な話しを誰が信じるというのか。


 真剣に話したが最後周囲から変な目で見られるに違いない。それに、よく考えてもみれば、預言なんていうものは魔術理論から否定されているのだ。預言を語るのは詐欺師か誇大妄想に取り憑かれた狂人くらいだろう。


 魔術学院で習った常識で、無理矢理にでも自身を納得させようとするが、やはり気になってしまう。


「ヨムカ様、パフェをお持ち致しました」


 思慮に耽るヨムカの前には大量のクリームとフルーツで彩られたパフェが置かれる。


「あっ、ありがとうございます」


 取り合えずは明日また考えようと放棄し、目の前に置かれた誘惑の塊を口に運んでいく。

再び一週間ぶりの投稿です。

次回は学院での日常パートを書きますのでよろしくお願いします

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