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夕日色の少女

 他人と違うモノを持っているだけで、人は差別し畏怖する。


 南大陸には神話信仰が色濃く根付いており、人々の生活には無くてはならないものだった。その反面に、信仰によって迫害される者達もまた存在する。


 赤――その色は神話信仰において、世界を暗黒の時代へ迎えさせようとした魔王の瞳と髪の色だった。その影響を大いに受けた人々は、身体的特徴に赤色をもつ者を「忌み子」「災厄をもたらす者」などと疎み、迫害してきた。


 これが、南大陸の在り方である。




 後頭部で房のように束ねた髪は歩く度に馬の尾のように揺れ、猫のようにクリっとした瞳は、ただ廊下の奥一点だけを見据え、腕には紙の束を抱えて、周囲を小さく一瞥する。

 

 廊下の至る場所で談笑する者や、授業の予習をする者。少女を見て不快な表情を向ける者と、多様な人々。だが、その多様な人間の中であっても少女は異質な存在だった。

 

 少女の瞳と髪は他者とは異なる夕日色をしていた。


 ようやく辿り着いた部屋の前で深いため息を吐き扉を軽くノックすると、中から気怠げな返事が返ってきたのでノブを捻り押し開ける。


「先輩、頼まれた資料です」

 

 脇に抱えた薄い紙の束を本で溢れかえる机に置くと、その本の城塞の隙間から腕が伸び出て、資料を掴むと引っ込んでいった。


「お疲れさん」

「いえ」

 

 感謝の気持ちを感じさせぬ気怠そうな男性の声に少女も短く返す。


「今日はそうだな~、他の連中は来ないから帰っていいぞ」

 

 本に埋もれた空間から眠たげな顔だけ覗かせ、少女の夕日色の瞳と視線が交わる。


「そうですか。では、帰ります。お疲れ様でした」

「いや、やっぱちょい待て」

「なんですか?」


 嫌な表情をしつつも振り返ると、また視線が交わる。


「おいおい……そんな嫌な顔しなくてもいいだろ」


 男は大きな欠伸を溢し、頭部を掻きながら少女に全体像を現す。


 身長は高く、手入れのされていないボサボサの金髪に欠伸のせいで涙を溜める蒼い瞳。身なりさえ気を遣っていれば女性から熱い視線を集められそうなのだが、と思った事もあった。


「それで、何か用ですか?」

「ここ二日程まともな物を食べてなくてな、腹が減ったから城下にでも何か食いに行かないか?」


 彼の机の周りに改めて視線を移せば、書類と本の城塞と化していて、顔に張りついた髪を見ると風呂も入っていないのだろう。


「ご飯に行くのは構いませんが、その……臭うのでシャワーを先に浴びてきて下さい」

「そんな臭うか? 俺にはまったく感じられないんだけど」


 自分の腕に鼻を近づけ臭いを嗅いでいるが、小首を傾げる。


「自分の臭いは分からないものです。ですから早くシャワーを浴びて下さい」


 青年に冷ややかな視線を送り部屋を出て、扉の直ぐ横には第七八魔術強襲部隊の札が眼に入る。


 その札の隣には隊員全員の名前が記されていた。


 隊長:ヴラド・ディル・カッセナール。


 先程少女が先輩と呼んだ気怠げな青年の姿が脳裏に浮かび上がる。


 隊長補佐:ロノウェ・フリアンデ。


 隊員:フリシア・マルシャ、クラッド・フォーファ、ヨムカ・エカルラート。


 最後に書かれた自分の名前を見つけ、知らずため息がこぼれる。今日だけで何度ため息を吐いたかと、憂鬱にさせられる。


「本来ならこんな下位部隊に配属されるはずじゃなかったのに……」


 自身が所属する第七八部隊は下から数えた方が早く、上位に位置する部隊からはお荷物として見下される日々にヨムカは鬱々とした気分にさせられていた。


 そう、本来ならば配属先は第七八部隊ではなく第三一部隊だったはずだが、ある事件のせいでヨムカの人生が大きく変わってしまった。


「はぁ……もういいや」


 考えれば考えるだけ気分が沈むので、頭を振って無理矢理に思考を停止させる。


 扉の前でヴラドを待つこと数分、ようやく身仕度を整えた第七八部隊の隊長が姿を現す。


「おまたせ。そんじゃ、行くか」


 シャワーを浴び脂ぎった髪はサラサラとなびいていた。


 学院の廊下を抜け、正門を出て城下の歓楽街に向かう。


 城下には魔術学院や騎士養成所の生徒が放課後という開放された時間を過ごしていた。


 茜色に照らす夕日は地平線に沈みかけていて、行き交う人々もヨムカ達同様に夕食をどの店で食べようかと模索している。


「ヨムカの髪と瞳ってあの夕日と同じ色してるんだな」


 何気ないヴラドの言葉に釣られ視線を沈み行く茜色の夕日に向けるが、ヨムカにはあの夕日が眩し過ぎて視線を外し俯く。


「私は……夕日が嫌いです」

「ふ~ん、どうして?」

「あまり言いたくないです」


 ヴラドはそれ以上深くは詮索することなく、視線をまた飲食店へ向ける。


「じゃあ、あの店とかはどうだ?」


 ヴラドが指差した店は夕食時だというのに客は並んでおらず、寂れた雰囲気を滲み出し周囲からはあからさまに浮いていた。


「……あの店ですか?」

「そうそう、なんか空いてるみたいだしいいと思うんだが、嫌か?」


 正直嫌だった。


 美味しそうか美味しくなさそうか、と店の第一印象で決めるなら、百人中百人が後者を選ぶと自信を持って言えるが、隠れた名店の可能性も捨てきれず考え込んでしまう。普段であれば絶体に入ることは無いのだが物は試しにと了承する。


「よし、じゃあ入るか。あ~、一応俺の奢りだから遠慮しなくていいぞ」

「奢りじゃなかったら帰ってました」

「まぁ誘ったのは俺だし、お前もあまりお金持ってないだろうからな」


 誰のせいでお金が無いのか小一時間くらい問い詰めたかったが、ヨムカ自身もお腹が空いていたので無駄な体力を使わないようにこの事は一度忘れる。


 扉を抜けると、一切の賑わいを見せぬ閑散とした店内がヨムカ達を歓迎する。


「いらっしゃい」


 厨房から無愛想な店員が顔を覗かせると、テーブル席に案内する。


「なんかオススメとかある?」


 水をテーブルに置く店員に問うが、店員はヴラドを一瞥するなり、何も答えず厨房に戻っていった。


「先輩、あの人は接客に向いてませんね」

「そうか? 俺は気に入ったけどな」

「何処を気に入ったんですか?」

「いかにもな職人な雰囲気かな」

「…………」


 取り敢えず注文を取らなければ夕食にはありつけないので、メニューを開く。


 特に気を引かれる物が無く、無難な物を選びヴラドにメニューを回す。


「なんか、ぱっとしないな」


 気怠そうな視線をメニューに向ける。


 店員を呼び注文を済ませ、料理が運ばれてくるまでの間は特にすることがなく、互いに沈黙しすること数分、ヴラドが何かを思い出したように口を開く。


「そういえば、今週部隊対抗戦があったな……確か俺達の相手は第六八部隊だったか」

「どうして、そんな大切な事を今言うんですか。他のメンバーは知ってるんですか?」

「いや、今思い出したから俺とお前以外知らないな~」


 悪びれる様子を微塵も感じさせないヴラドにヨムカは夕日色の瞳を伏せ、溜め息を一つ吐く。


「まぁ、先輩のそういう所は昨日今日に始まった事ではないので別に構わないですけど、その試合は今週のいつなんですか?」

「えっと~、確か木曜日の午前だった気が……」


 ヨムカは店内に視線を巡らせ壁に飾られたカレンダーに眼を止める。


「……先輩」

「なんだ?」

「今日、水曜日です」

「ホントだ、じゃあ明日だな」


 呑気に欠伸を欠くヴラドにヨムカは今日で何度吐いたかわからない溜め息をまた吐く。


「そんな溜め息ばっかり吐いてると幸せが逃げるぞ~」

「誰のせいですかッ!」


 少々声が大きかったらしく静寂に包まれる店内に響き渡り、店員が不機嫌そうに厨房から顔を覗かせ、ヨムカは申し訳なさそうに俯く。


「皆には後で伝えとくから心配しなくていいって」


 その言葉に信用は一切無い。


 また忘れるだろうなとヨムカは察し、後で自分から伝えようと頭の片隅に留めておく。


 タイミングを見計らったかのように、会話が一段落した所で店員は料理を持ちテーブルに並べる。


「へぇ~意外と旨そうだな」

「…………」


 店員に睨まれるが気にした様子を見せないヴラドはフォークとナイフで器用に肉を切り分けていく。こういう所を見ると本物の貴族なんだなと思えてくる。


「ほらほら、奢りなんだから気にしないで食えよ」


 切り分けた肉に野菜を添え、ヨムカの目の前に山盛りになった皿を置く。


「先輩、流石に量が多くないですか?」

「そうか? ヨムカは背は小さいし出るとこ出てないから、いっぱい食べるべきだろ」

「むっ……胸はこれからです! というより今の発言はセクハラじゃないですか!?」


 顔を赤らめ抗議の声をあげるが、ヴラドは笑うだけで謝罪の言葉すらない。


「もう、いいですっ!」


 ヨムカはフォークを掴み、盛られた肉と野菜を一緒に口へ運ぶ。


「美味しい……」


 香ばしい香辛料で味付けされていて、噛めば肉汁と香辛料が合わさり独特な旨味を作り出し、野菜が口直し的な役割を担っていた。


「ウチの料理人より美味いかも」

「逆に貴族の食べる物を食べてみたいです」

「じゃあ、今度ウチにくるか?」

「えっ……いいんですか?」

「別に構わないぞ。なんなら七八部隊全員誘って食事会とかどうだ?」

「そうですね。じゃあ、お願いします」


 二人は夕食を他愛ない会話をしつつ料理を平らげる。


 会計を済ませたヴラドは口直しにと飴を一つヨムカに手渡した。


「舐めながら帰るといいさ」

「今日はご馳走さまでした。私の家はあっちなので、これで失礼します」


 店の前で二人は分かれ、ヨムカは静かな住宅街へ向かう。


 別れ際に手渡された飴を口に含めば、ほのかな甘味が口を満たし、甘い物が好きなヨムカの表情は知らずと綻ぶ。


 ボロいアパートの階段を登り、部屋の扉を潜れば犬のぬいぐるみがベッドの上で転がっているだけの質素な部屋がヨムカを迎える。


「ただいま、シュナイダー」


 荷物を机の上に置き、小さな手は犬のぬいぐるみを抱き抱える。


「おう、ヨムカ。今日はどうだったんだ?」


 ヨムカは声色を変え少々少年のような声を出し、シュナイダーの腕をピョコピョコ動かす。


「今日は先輩にご飯を奢ってもらったよ。まぁ店は閑散としてたけど味の方は良かった」

「そうかー、俺も美味い物が食べたいぜ!」

「ふふ、シュナイダーはぬいぐるみだから食べられないね」

「…………」

「はぁ……」


 シュナイダーを胸に抱き締めベッドに倒れこみ身体を丸め、瞳を閉じれば、睡魔がヨムカの意識を微睡みに包んでいく。


           


 変な時間に眠ってしまったヨムカは変な時間に目を覚ました。


 部屋は暗く窓から差す月明かりが薄く室内を照らす。


 二度寝を試みようとするが、完全に目が冴えてしまって眠る事が出来ず、喉の乾きを潤す為に身体を起こし、コップに注いだ水道水を一口含む。


「そういえば、今日は部隊対抗戦だっけ。どうせ、また負けるんだろうな」


 対抗戦では常に敗北を味わってきたが、敗者に向けられる視線が身を刺し、教室でも肩身が狭い思いをしていた。


 敗因は全て隊長であるヴラドにあった。


 対抗戦開始して少しすると必ず棄権するのだ。最初はヨムカやクラッドは抗議の声を上げたが、聞く耳持たずといったように、欠伸を欠きながら書物に眼を落としているだけで、二人も何回かの抗議で諦めてしまった。


 どうせ今回も棄権して周囲からは馬鹿にする視線を向けられるのだろうと憂鬱な気分になり、また大きなため息を漏らしてしまう。


 今さらベッドに潜る気にもなれず、クローゼットからコートを取りだし、深夜の散歩に向かう。


 外は肌寒く、白い吐息は宙をたゆたう。


「う~寒い、やっぱ帰ろうかな」


 寝静まった静寂な住宅街をただ歩く。外灯と月明かりが道を照らし出し、自身の影が一つぼんやりと薄く伸びる。


 三十分くらい散歩を満喫し、昼時は多くの人で賑わう中央広場まで来た所で折り返し帰宅しようとした時、背後に何かの気配を感じて振り替える。


「……うん?」


 だが、そこには人はおろか動物の姿も無く、気のせいだったのかなと思いそのまま帰宅する。


 その夕日色の髪と瞳を持つ少女の背を見送る二つの瞳があった。


「…………」


 その存在は静かに路地の奥、深い闇の中に身を溶かした。


 夜は白み始め、この国の一日が始まろうとする。


 散歩から帰宅した後もヨムカは眠りに着く事が出来ずに部屋の窓から朝日が昇る姿を眺め、簡易な朝食を済まし身支度を整えて家を出た。

守るべき存在、失われる世界を書きつつ、書いていこうと思います。

こちらの作品は下書きなど全く無く、1から構想を考えながら書いていきますので、投稿の頻度は少々遅いと思いますが、どうか温かい目で読んでいただけたらと思っております。

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