番外編 いばらの塔のクリスマス
2015年12月に行われた、感謝の贈り物イベントでのお話です。
いばらの塔。
聖女ルクレツィアの幻がそこかしこに潜む、謎の魔力を放つ塔。その最上階には守護竜たちが、何かを守るかのようにして立ち、騎士たちの侵入を阻んでいる。
***
「やほー」
「こんばんはー」
「久しぶり。なんだそれ、サンタ?」
年末の、感謝の贈り物をするイベント会場で、盗難事件が発生。この事件を解決した騎士たちには、サンタの帽子、サンタの赤い服、サンタのブーツがもたらされた。
プレゼントを持ち去ろうとしていた謎の猫型魔物、「セントニャコラス」が、ぽろぽろ落として行ったのだ。
その結果、タワプリ世界を巡る騎士たちは今、ほとんどの者が、赤い帽子、赤い服、赤いブーツを身にまとっている。
「年末ですなあ」
「クリスマスですなあ」
「誰かと過ごす予定がおありで?」
「聞かないでください」
あちこちで、騎士たちの会話が交わされる。
「クリスマスの夜はどうします?」
「うーん……いばらの塔にでも登ってみようかと」
「寂しいクリスマスですなあ」
「人のこと、言えるのかい」
「まあ、それも良しということで」
そのような会話ののち、騎士たちは、それぞれの姫に挨拶をするために、別れて行った。
***
クリスマス・イブの夜。
一人の騎士が、いばらの塔に向かっていた。
「登るのかい?」
門番から話しかけられ、騎士は「はい」と答えた。
「腕試しを兼ねて、最上階を目指そうかと」
「今、けっこう人が来てるよ」
「そうなんですか」
「この寒いのに、よくやるよね、騎士さんたちは」
「いやあ……ほかにやることもないですからねえ。俺たち、結局は、不器用な人間なのかもしれません」
「そうかい? でもまあ、そんなあんたたちのおかげで、平和が保たれているからね。そこには感謝しているよ。
でも、無理はするんじゃないよ」
「はい」
門番の言葉に会釈すると、騎士は塔を登り始めた。
***
一階。二階。
出てくるモンスターはまだ、強くない。余裕だ。
三階。
ちょっと苦戦し始めた。気が抜けない。でもまだいける。
四階。
少々苦しい。ゴンガ(ゴリラ型魔物)の拳の振り下ろしは、シャレにならない。当たればHPを、相当に持っていかれる。
なんとかかいくぐりつつ、次の階への階段を探す。
五階。
「うっわ、ギリギリ……、俺のレベルじゃ、こっから先は厳しいかなあ……」
騎士は、自分の装備を点検しながらつぶやいた。さっきの敵は、やばかった。素早い上に、集団で襲ってこられたもので、あやうく生命力がゼロになりかけた。
「最上階まで、行きたかったんだけどな……」
「なら、一緒に行くかい?」
話しかけられて振り向いた先には、同じように最上階を目指しに来たらしい騎士たちがいた。
***
五階を踏破し、六階を協力しながら進む。一人では無理だっただろう局面も、何人かで役割を分担して戦えば、あっさり通り抜けられた。
五人でパーティーを組む。リーダー役の騎士は剣使い。大鎌を持つ自分と共に盾役をする。双剣使いが素早く動いて攻撃し、弓使いが支援スキルを放つ。
回復役の騎士に感謝しつつ、突っ込んでくるナイトファング(狼型魔物)の牙を盾でかわす。呪文を唱えている騎士に攻撃が集まらないよう、率先して飛び出して、武器で攻撃を続ける。
「いよっし! 七階への階段だ!」
「うわー、おれ、ここまで来たの初めてですよ~」
いばらの塔の最上階、七階に向かう階段を見つけた時には、思わず涙が出そうになった。ここまで来た。ここまで来れた。
「七階って、どんな敵がいるんですか」
「翠の守護竜。強いからな、覚悟しとけ。何人かは、やられると思っておいた方が良い」
「そんな強いんですか……」
「盾役がまず、注意を惹く。その間に魔法持ってるやつは、支援魔法をかけまくってくれ」
「マジックウォール持っています」
回復役の騎士が言った。弓使いが片手を上げる。
「わたしも持ってます。回復に回ります」
「重ねがけして魔防上げてくれ。ブレスがやばい。一気にHP削られる。俺たちのレベルじゃ、重ね掛けぐらいしないと、すぐに全滅する。
あと、自動的に回復する魔法……」
「サンクチュアリですか。持っています」
「あります、エンタイアヒールもある」
「なら、そっちの二人は突っ込んだら、サンクとマジックウォール、とにかく唱えてくれ」
「では、わたしたちは回復役に専念します。呪文が切れるたびに、サンクチュアリとマジックウォール、この二つを中心にして唱え続けます。それ以外では、みなさんの様子を見てヒールします。
ただ、この二つは大技なので、呪文に時間がかかります。その間、他の方の回復ができません。
みなさん、最初に突っ込んだあと、わたしたちの呪文が完成するまで、武器と一緒にメイスを持って、ご自身で回復なさってください」
「わかった。全員、セルフとクイックぐらいは持ってるな? いいか、竜に突撃かましたあとは、この二人の呪文が完成するまで、とにかく回復してしのげよ」
「よろしくお願いします」
「よろしくね」
「おけ」
「りょの」
「呪文が完成したあとは、大鎌使いにみんためして、全員の気力を集める。鎌は火属性か?」
「ああ。火の星四つだ」
「君が攻撃の要だ。火力役、頼むぞ。双剣使い、武器の属性は」
「水の星四つ。火は星三つまでだ。一番強いのがこれしかない。すまないが、これで少しずつ削らせてもらう。サイレントミリタンシーがあるから、全員の敏捷を上げられる」
「わかった。それで頼む。とにかく攻撃を続けてくれ。俺は盾役して、剣ヒラする。ヘイトを集める」
「りょ」
ばたばたと、装備を変更する。持っているスキルを点検する。
ここまで来たんだ。もう一度そう思い、騎士は、ばくばくいっている心臓を、服の上から抑えた。やれるだろうか。自分のレベルでは、すぐに倒れてしまうのではないか。
いや、
やるんだ。仲間を信じて。
手にした大鎌を、ぐっと握る。火属性の武器。これで攻撃。そうして、仲間を守る。
「準備は良いか? 行くぞ」
リーダー役の騎士の言葉にうなずき合うと、騎士たちは、階段を上った。
***
いばらの塔、七階。
重々しい音を立てて、とびらが開く。石造りの床が続く先には、怪しく燃える赤い炎。
そこには、消息を絶った聖女ルクレツィアの、残された足跡を守るかのように、巨大な竜が佇んでいる。
訪れる者も少ない静寂の中、何を守っているのか。何かを待っているのか。それすらわからないままに、竜はやって来る騎士たちに牙をむく。
そうして、そこにはただ、戦いのみがある……、
はずだった。
「うえ?」
「え?」
「あ?」
「あら」
階段を上がり、扉を開けた騎士たちは、ぱかりと口を開けた状態で、立ち尽くした。
「え、……なにこれ」
最後に上がってきた騎士が、立ち止まったまま動かない仲間を不思議に思い、後ろからのぞきこむ。そして同じように、唖然とした顔になった。
「めっりー、くりーすまーす!」
「踊ります」
「踊っています」
「歌ってまーす」
「ジングルベール、ジングルベール、ぐるぐるべーる、ぐるぐるべーる」
まず目に入ったのは、一面の赤。
ほぼ同時に耳に飛び込んできたのは、喧噪。ひたすら騒がしい、様々な歌やら、どたばたとした踊りの音やら。
混沌であった。
そこには所狭しと駆け回り、はしゃぎながら歌い踊る、人々の姿があったのである。
全員が、サンタのコスプレ状態で。
「え、なにこれ。サンタさん?」
「サンタさんが大集合……」
赤い帽子。赤い服。赤いブーツ。
「セントニャコラス」からの贈り物状態の、サンタ服を身に着けた騎士たちが、そこには勢ぞろいしていた。そう、クリスマス・イヴということで、タワプリ世界の騎士たちはこのところ、ほとんどがサンタ服を身にまとっていた。
そうして今夜のイヴ。暇だった騎士たちは、今、登ってきたパーティーのように、いばらの塔七階を目指して登り出し。その結果、七階フロアはサンタな騎士でいっぱいになってしまった。
右を向いてもサンタ。左を向いてもサンタ。
そうこうしている間にも、続々と登ってきては、広間に入ってくるサンタ。
石畳の広間は、瞬く間に、サンタな騎士で埋め尽くされた。
そうしてサンタな騎士たちは、この状況を面白がり。その場で歌いだすやら、踊り出すやら、エアギターをするやら、し始めたのである。
「年末の宴会会場か、ここは……」
それほど狭くはない七階フロア。しかし、続々と詰めかけるサンタ服の騎士たちによって、その場はぎゅうぎゅう。
そうして、本来のこの場の主、翠の守護竜はと言えば。
「……………」
部屋のすみっこの方で、ぽつねんと立ち尽くしていた。
近づくと戦いが始まってしまうので、その場にいる者たちはみんな、微妙に避けている。そうして思い思いに騒いでいるのだが、おかげでこの場にいる騎士全員で、竜をシカト状態。自分たちは大騒ぎして盛り上がっているのだが、竜に関しては徹底して無視をするという、見ようによってはイジメのような状態になっていた。
心なしか、トサカやしっぽが、しょんぼりとうなだれているように見える。
「おう、おまえらサンタ服持っていないのか~?」
そこへ踊っていた一人が走り寄って来て、声をかけてくる。
「いや、俺たち、七階に挑もうと思って」
「あ~、そっかー。んじゃ、竜はあそこにいるぜー。俺たちは歌ってるけど」
「踊ってまーす。戦うんなら、横で応援してるよ~」
「いや、この雰囲気の中で戦うって……やりにくいんですけど」
「なんでこんなことに?」
「いやー、サンタ服着てうろついてたんだけど、ちょっと登ってみるかって。そしたら、同じこと考えてたやつらが多かったみたいでね~」
「あとは、自然と集まった者たちで、エアギターとか。やってたら、みんなノリノリでやりだした」
その結果、『サンタさん大集合! きゃっ☆ みんなで盛り上がろう、年末の宴会(ポロリもあるよ)』に突入したらしい。
「いや、最後のポロリもあるよって、何をポロリするの」
「クリスマスなのに彼女がいませーん!」
「いませーん!」
「同じくいませーん、………おうううう!」
いえーい、とか言いながら発言し、その場にいた男たちが泣き崩れた。彼女いない歴の悲しみを、みんなでポロリしていたらしい。
「えーっと……、それでこれ、どれぐらいやってるの」
ためらいがちに尋ねると、「一時間ぐらいかなあ」という返事。
「人が次々交代しながら、ずっとここで踊ってるからなあ」
その間、翠の守護竜はずっと、ガン無視されつつ、彼女がいないよーという叫びを聞かされ続けていたらしい。見上げた顔が諦念に彩られているように見えたのは、気のせいか。
「あ~、……どうするよ。挑む?」
リーダー役をしていた騎士に尋ねられ、協力して塔を登ってきた仲間たちは、顔を見合わせた。
「ちょっと気が削がれちゃいましたね」
「うん、日を改めた方がよさそう」
「この中で特攻かけて、即死。とかなったら、ちょっと恥ずかしいかなあ」
この発言を聞いて、リーダー役はうなずくと、ささっとサンタ服を取り出した。早着替えをすると赤い帽子をぐいっとかぶる。
「じゃ、俺たちも混ざるか。よし。歌うぜ、俺は!」
「あ、リーダー。彼女についてポロリするんですか?」
問われた言葉に「ぐは!」と言ってからうずくまると、「いたら、こんな時期に、こんな所に来てないよ!」と涙目で叫んだ。
「よーし、ポロリをした君も、われわれの仲間だ」
「よし歌え。思いのたけをこめて歌え」
「演歌でも良いですか」
「しぶいな。なに歌うの」
「津軽海峡冬景色。おれ、これしか歌えないの」
「ああ。上野発のあれですか」
「夜行列車のあれです」
わらわらと寄ってきた見知らぬ騎士たちに連れられて、リーダーは去ってしまった。
「わたしらも踊ってくる?」
「おけ」
回復役の騎士二人は、連れ立って踊りに行ってしまった。
「残った俺らは、どうするよ」
うーん、と悩んだ後、残された二人は、知り合いを探して別れることにした。後日、また挑戦しようぜ、とか何とか言って。
***
かくして、いばらの塔七階では、サンタさん大集合が続けられた。イブの夜からクリスマスをはさみ、26日に日付が変わるまで、次々と騎士たちが入れ代わり立ち代わりやって来ては、歌い、踊り、エアギターをし続けた。
翠の守護竜をガン無視して。
その後、魔物たちの間では、「翠の守護竜の忍耐は、実は果てしがないのではないかと思われる出来事」として、この話は伝えられたという。
騎士同士の会話は、戦闘前や、戦闘中は、文字を打つのが大変なので、省略された言葉が飛び交っています。
おけ …… OK。
りょ …… 了解しました。
の …… はい。(カタカナのノ、の文字が、手をあげているように見えるため、はい、の意味で使われるらしい)
りょの …… りょ、と、の、を組み合わせたもの。おけの、というのもある。
ヒラ …… ヒラ、とは、グループを組んで戦う時に、本命の火力役をかばうため、ひたすら攻撃を続ける役目のこと。弓ヒラ、鎌ヒラ、などと言う。
みんため …… タワプリのゲームにおける、攻撃力を上げる仕様。画面上のキャラクターをタップすることで、気力を集中させ、攻撃力を上げる。自分だけではなく、別の人にもできる。何人かで一人のキャラクターをタップすると、短い時間で攻撃力を大幅に上げられる。
武器の相性 …… 敵モンスターは、火、水、木、闇、光の五つの属性を持っている。火は水に弱く、木に強い。水は木に弱く、火に強い。木は火に弱く、水に強い。闇と光はそれぞれ別格。
木属性の翠の守護竜には、火属性の武器が良いのだが、武器につけてあるアビリティ(特殊能力)によっては、水属性の武器でも結構、戦える。
歌ったり踊ったり …… モーション、というキャラクター同士で遊ぶ動きがある。その中に、歌う、踊る、エアギターがある。
半分、実話です。
クリスマス・イヴにいばらの塔の最上階に昇ったら、本当にサンタさん大集合状態でした。全員で翠の守護竜をまるっと無視して、フロアいっぱいに広がって、歌い踊っていた。
※ 協力しての戦闘は、五人まででした。最初、六人と書いていたのを訂正しました。