6.その騎士は、ライフメナスを目指す。1
ウーアシュルト洞窟。
今日もダーチュラは、やってきた騎士たちに、靴を渡していた。
「しゃーっしゃしゃしゃーっきききききっ(訳:ふっ、この色、このつや、この縫い目! 完璧よ。完璧だわ、わたし! さあ、何人でもいらっしゃい、人間の「きし」! このダーチュラが丹精こめて作った、革の靴を渡してあげるわ~~っ!)」
絶好調だった。
たまに、雫の首飾りや、大空のネックレスを作ったりもする。だが大人気の、革の靴ほどの数は作っていない。
「ぎゃー。また革の靴だ」
「あ、わたしも」
「俺、ポーション」
目の前では、「きし」たちが叫んだり、泣いたりしている。
「なんでこんなに革の靴ばっかり」
「もう、いらないよおおおお~」
しかし、ダーチュラにはわかっている。彼らはツンデレなのだ。
いらない、と言いながら、こんなに泣いているのは。
実は手に入れた喜びに打ち震え、しかしそれを隠そうとしているだけなのだ!
「ふしゅるるるる~っ!」
ふんぬ。と鼻息をもらすと、ダーチュラは胸を張った。
「しゃしゃしゃーっ(訳:わたしの靴は、世界一~~~~っ!)」
「だからもう、いらないんだってば~~~~っ」
涙を滝のように流している者もいる。そんなにうれしいのか。
「鎌のスキルが習得できるはずなんだけど、手に入りません」
「大空のネックレスでも良いんだけど、それも出ない」
「おれ、もう、ここだけでレベルが10ぐらい上がっちゃったよ……」
遠いまなざしでつぶやく騎士たち。
よし。彼らのためにも、またがんばって靴を作ろう! ダーチュラがそう決意した時。
「お邪魔します。スキルの習得に来ました」
一人の騎士が、現れた。
***
その騎士は、白と黒を基調にした衣服を身にまとっていた。
まなざしは、静かだった。
ゆったりとした動きで、足をやや引きずるようにして歩いていた。
その頭には、鳥を模した帽子。
腹の部分の、ぽってりとして丸みを帯びたフォルム。そして、
腕は、黒い布地で覆われていた。
「………!」
ダーチュラの心に衝撃が走った。これは。この姿は。
振り返った騎士たちが、その騎士を目にして言う。
「あ、ペンギン」
「ペンギン」
「ペンギンだー」
短足胴長でお腹はぽってり。きょろっと目玉に黄色いくちばし、黒いひれ。
ペンギンの着ぐるみを着込んだ騎士が、そこにいた。
「おつ~。スキル習得しに?」
「はい。お邪魔させていただきます」
軽く会釈すると、着ぐるみ騎士はダーチュラの前に立った。改めて間近に見て、蜘蛛型魔物の心は震えた。
なんて、斬新な色使い! そして、心を打つデザイン!
「ききききき~っ(訳:このデザイン、わたしに対する挑戦と見た!)」
手に取りたい。
じっくり見たい。
新たな創作の意欲が、ぐんぐんと沸いてくる。ほしい。それちょうだい!
思わず駆け寄ろうとしたダーチュラに、周囲の騎士たちが驚いて飛び下がった。
「うわなに、いきなり来た?」
「なんかダーチュラがやる気なんだけど? 何事!?」
かきーん!
思わず出した前脚が、ペンギン騎士の持つ双剣ではじかれた。
「ききき~っ(訳:ちょっと! 乱暴ね。少しぐらい見せてくれたって良いでしょう!?)」
「うわなんか、怒ってる!」
「どういうこと!?」
うろたえる騎士たち。
ダーチュラは、魔物である。魔物には魔物言語というものがあり、お互いに意志の疎通ができていた。
しかし、人間は魔物言語を習得していない。と言うか、魔物に言葉があるということすら、知らない者が大多数だ。
まれに、ノンノピルツの研究者が習得して、魔物と会話しに来たり、ルチコル村の村人が、本能で魔物の感情を読み取ったりするが。魔物の方も、気に行った人間の傍にいたいと、人間の言語を習得したりすることもあるのだが。それ以外では現状、会話による意思疎通は、ほぼない。
長生きをした魔物であれば、人間が何を言っているかぐらいはわかる。そこから会話らしきものをしたりもする。
けれどもこの時、ダーチュラの頭から、それらの事情はすっぽりと抜け落ちていた。
「ききききき~っ(訳:ケチらないで、見せてよ~っ!)」
牙をむき、前脚を上げて威嚇する。
「ふむ。これは」
かきーん。
かきん、かきーん。
ペンギン騎士はもったりとしたその見かけとは裏腹に、すばやい動きでダーチュラの攻撃を避け、はじき、その合間に攻撃を仕掛けた。
双剣は大鎌や剣とちがい、攻撃力の小さい武器だ。しかし、素早さを重視する騎士は、この武器を選ぶ。
彼らは速さにより攻撃回数を増やし、ダメージをかわし続けて戦う。そのため、防御は他の騎士たちよりも低く、いわゆる紙装甲と呼ばれる装備になってゆく。
それでも彼らは素早さを重視し、走る。避ける。はじく。
そして攻撃を続ける。この騎士もそうしたスタイルで戦う者だった。
その捨て身の姿は、ストイックな忍者にも似ていた。
たとえ、見かけがペンギンでも。
「すごい、全部かわした」
「ペンギンなのに素早い」
「あ、あ、協力します~~~!」
一旦、下がっていた騎士たちが、駆け寄ろうとする。その時。
ちまちまと攻撃されることにいらだったダーチュラが、前脚で大きく薙いだ。
ぐがすっっっ!
避け損ねたペンギン騎士に、ダーチュラの脚が、もろに入る。ペンギン騎士は、吹っ飛んだ。洞窟の壁にぶつかり、地に落ちる。
「やば、今のもろ入ってるぞ!」
「私がヒールを!」
焦ったほかの騎士たちがダーチュラの前に立って壁となり、その間に治癒の魔法を持つ騎士が駆け寄る。
「ききき~っ(訳:あらやだ、しまった。つい力が入っちゃったわ)。
しゃしゃしゃ~っ(訳:まあ良いわ、あんたたち、邪魔よ。あたしはその服が見たいのよ!)」
くわっと顎を開いて牙をむき出しにし、ダーチュラが前脚を振り上げる。
「なななんかすごいやる気!?」
「なんでこんなに怒ってるの!?? えーい、プロボック!」
壁役をしてくれている騎士二人が、慌てつつ、回復魔法を使う騎士から意識を逸らそうと、ヘイトを自分に集めようとする。
「クイックヒールっ! ああもう、ごめんなさい、私のメイス、まだそんなに育ててなくて、あんまり」
ヒーラー役の騎士のメイスは、星三つ。それなりの品だった。しかし手に入れてからそれほどたっておらず、強化が進んでいない。そのため、一度に回復するヒットポイントが小さくなった。
「星一つや二つのメイスでも、限界まで強化しておけば、もっと回復できたのに」
詫びるヒーラー役の騎士の手に、ペンギン騎士は黒いひれに覆われた自分の手をそっと添えた。
「いえ。感謝します」
うわなに、なんか男前。ペンギンだけど。
うっかり頬を染めそうになったヒーラー騎士に、ペンギン騎士は微笑んでから立ち上がった。
「しゃしゃしゃ~~っ(訳:あっ、無事だったわね。さあ、その服、わたしにちょうだい!)」
そこで空気を読まず、ダーチュラが雄たけびを上げる。
「うわまた攻撃力上がった! 回復こっちにも頼む!」
「ヘイト集めているはずなのに、なんでそっちに行こうとするんだ……ちょ、こっち来て! 手伝って!」
ダーチュラを足止めしている騎士たちが叫ぶ。ヒーラー騎士があわててメイスを構えた。
「エンタイアヒール! このあとしばらくは回復できません~!」
「ふむ」
大幅回復の恩恵を他の騎士と共に受けたペンギン騎士は、ダーチュラに向き合うと双剣を手にし、しかし切っ先は大地に向けた状態で言った。
「ダーチュラ。君は実に繊細だね」
…………は?
プロボック …… 剣のスキル。敵一体の注意を自分に向ける。回復魔法を使う騎士にまず、攻撃が集まりやすいため、協力して戦う場合、盾役が自分に攻撃が集まるようにする。
ヘイトを集める …… 敵の注意を集める
クイックヒール …… メイスのスキル。味方全体を少し回復する。メイスを育て、自分のレベルも上げておけば、かなりの量を回復できるようになる。
エンタイアヒール …… 味方全体を大きく回復する。ただし、次に使えるようになるまでのリキャストタイムが長い。