5.ダーチュラは、夢を見る。2
ウーアシュルト洞窟。
今日もダーチュラは、糸を吐き、布地を織り、小物作りに余念がない。革にしか見えない出来栄えの靴とか。靴とか。靴とか。
「だーちゅら。だーちゅら。今日も靴、作ってるの?」
ひらひらしながら、ピクシーたちがやって来て言った。
「マイブームなの」
ダーチュラは答えた。その場には、いくつもの革の靴があった。つややかで丈夫な革、に見せかけて実はダーチュラの糸で織られた布製の靴は、魔物たちの間で、ちょっとした評判になっていた。
だって本当に、革そっくりなのだ。蜘蛛の糸なのに。手触りすらそっくりだ。
たまにちょっと、しっとりしていたり、ねっとりしていたりもするが。
しかしそれも魔物たちにとっては、ちょっとした味わいになっていた。普通の革靴より、このねっとりした所が、なんだか高級感があるじゃない? というのがピクシーたちの意見で、他の魔物もおおむね、その意見に賛成だった。
そうして魔物たちに、すごいすごいと喜ばれたダーチュラは、張り切ってしまったのだった。
作る。とにかく作る。どんどん作る。
「最近は、「きし」もだーちゅらの靴がほしくて来るよね~」
「ね~」
ピクシーたちは、うなずきあった。
「そうなの?」
「うん、人間の「きし」がね。だーちゅらの靴、はいてるの見たよ~」
「あたしも見た~」
「だーちゅら印が入ってもんね~」
「ね~」
実はダーチュラお手製の小物類にはすべて、ダーチュラブランドの印が入っている。この印、魔物たちには一目瞭然なのだが、人間には単なる傷にしか見えていない。
けれども丈夫であるので、冒険を始めたばかりの騎士などは、率先して身にまとっていた。その結果、初心者クラスの騎士たちは、装備の全てをダーチュラお手製の防具で固めている状態になっていた。
魔物たちからすると、人間の騎士たちは、ダーチュラブランドに身を固め、さらに新たなダーチュラ印の作品を求めて、やって来ているようにしか見えなかった。
魔物たちはこれらを見た結果、人間の騎士は、ダーチュラの手芸作品のファンなのだと結論づけた。だから、洞窟にやってくるのだと。
「みーんな、だーちゅら印の靴はいてるよね~」
「よっぽど気に入ってるんだね~」
「ファン心理って、すごいよね~」
「頭から足の先まで、だーちゅら印なんだもんね~」
騎士に尋ねたら、たぶん、別の答が返ってくると思うのだが、それを指摘する者は残念ながら、この場にはいなかった。
「人間の「きし」って、面倒なのよね。わたしの靴が欲しいのに、魔物みたいに、記念品を贈りあいっこしましょ、みたいに言えないの。
何度も戦いを仕掛けてくるのよ」
ダーチュラは言った。仲間の魔物には記念品として配っているのだが、人間はなぜか、戦ってから分捕りたがる。
何度も何度も挑んでくるので、その度に靴を分けてあげている。そのため、在庫がどんどん減っていく。
頭から足の先まで、ダーチュラ印の装備をまとっておきながら、さらに彼らはやって来るのだ。ここへ。装備品の作者たる、ダーチュラのもとへ。
どれだけ好きなんだ、自分の作品が。と、ダーチュラは思った。
「欲しいなら、欲しいと言えば良いのにねえ」
この言葉に、ピクシーたちが笑った。
「つんでれ~!」
「つんでれだ~!」
「「きし」はつんでれ~!」
「だーちゅらの靴、ステキだもんね~!」
羽をひらひら、きらきらさせながら、きゃらきゃらと笑う。
「ツンデレ。ああ、そうね。あれってきっと、ツンデレなのね。それにしても、人間の村には、靴を作る人はいないのかしらねえ?」
ピクシーたちの言葉にうんうんとうなずいてから、ダーチュラは言った。すると、ピクシーたちが答えた。
「いると思う~。でも、だーちゅらの靴が欲しいんだよ」
「きっとすごーく好きなんだよ。だーちゅらの靴」
「でも、ほしいって言えないのよ」
ダーチュラは、ふんぬ。と鼻を鳴らした。
「そこまでこの、革の靴が欲しいのね、ツンデレきしたち。腕が鳴るわ。
わたし、もっともっと靴を作って、やってくる「きし」に分けてあげるわ~っ!」
ダーチュラは、腕を振り上げた。もはや高速に近い速度で、ちくちくちくちく、靴を縫い始める。
ウーアシュルト洞窟の蜘蛛型魔物、ダーチュラ。
一部の騎士の間では、「靴屋さん」のあだ名がついていたりする。
***
街道で、騎士たちが会話していた。
「おー、おつかれ。どこ行くの?」
「ウーアシュルト洞窟。鎌のスキルが手に入らないんだよ」
「あ、ダーチュラな。俺もさあ。何度も挑戦しているんだけど、手に入らないんだよな」
「靴ばっかりドロップするし」
騎士たちは、疲れた顔でうなずきあった。
「まあ、ぼちぼちやるよ」
「にしても、気のせいかもしれなんいんだけどさあ」
一人の騎士が、周囲を見回して言った。
「なんでだろうな? 最近、たまに、魔物から注目されているような気がして」
「はあ? なんだそりゃ」
「殺気をこめられているとか、そういうの?」
「いや、……それが。ほんと、気のせいかもしれないんだけど」
首をひねりつつ、その騎士は言った。
「生暖かいまなざしのような気がして、しょうがないんだよね……」
***
「つんでれだ」
「つんでれきしが、また一人行くよ」
こっそり見守っていたピクシーたちが、きゃらきゃら笑った。
「あの「きし」は、だーちゅら印の靴をはいてるね」
「あの「きし」の帽子は、だーちゅらのだよ」
「あ、あっちの「きし」のうわぎは、翠の竜ブランドだ」
「最近、竜のお兄さんたちも、小物づくりを始めたもんね」
「ねー」
「それでもだーちゅらのところに行くんだね」
「だーちゅらの靴が、よっぽど好きなんだ~」
「正直に言えばよいのにね」
「ねー」
「それが言えないのが、つんでれなんだよ」
「「きし」はつんでれ」
「でれ~」
魔物たちの間では現在、人間の「きし」はツンデレ、といううわさが、光の速さで拡散中である。