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4.ユニコーンは、ツンデレる。

ウヴリの塔。


ルチコル村から果樹園を抜け、湿地帯の先にある、いかにもな魔物が住む塔である。そこに、ユニコーンはいた。




「ふふっ、今日も、ボクのたてがみは美しい……」




ダーチュラ印のお手入れブラシで自分の体を隅々まで手入れしつつ、ユニコーンはつぶやいた。




「この清らかな白さ。この輝き。魔物の中にありながら、燦然と輝く美の中の美。それがボク」




ひひひん、ひひひん、といななきつつ、うっとりと魔法の鏡に自分の姿を映す。というか、その鏡、どこから手に入れた。




「今日も、こんなボクにひれ伏さんと、人間の「きし」が来る。しかし! このボクに挑もうとは、百年はやぁい!」




ぶふふふん、と鼻息を漏らすと、ユニコーンは胸を張った。




「ボクこそは、美と優美さの化身。孤高のユニコーン!」



『相変わらず、うるせえなあ、おまえ』




魔法の鏡から、声がした。はうっ、と妙な声を上げて、ユニコーンが飛び跳ねた。


鏡に映るものは、


風になびく、プラチナブロンド。


長いまつげに縁取られた、鋭さを宿す青い瞳。


極上の白い肌。の、





「シビリー!」





鉱山都市ピラカミオンの、重鎮。


領主であるラプンツェルの傍にはべり、さまざまなアドバイスを行う、いわば片腕。


めったやたらときらきらしい、花が飛び散りそうな少女マンガな姿。その声は、どう聞いてもイケメンボイス。


でも、馬。


くるくる巻き毛に、ワイルドさも感じさせる切れ長の目。やや斜に構えた、いなせぶり。


でも、馬。


顔の上半分だけなら、イケメンに見えないこともない。でも、馬。どうしようもなく馬という、ひょっとしたらギャップ萌えを目指したのか、それにしたってなぜこの方向にギャップを求めたんだと、制作スタッフに尋ねたくなる存在。


白馬のシビリーが、魔法の鏡に映っていた。……本当に、なぜ馬なんだ。




『よお。相変わらず、薄暗ぇ場所にいるのか?』


「よ、余計なお世話だよ! 真っ白なボクの清らかさは、この薄暗さの中で、より美しく輝くんだから!」



ひひひん、といなないて、ユニコーンは言った。



「見てよ、このたてがみ! このひづめ! まばゆいぐらいに輝いているでしょう。ブラシでのお手入れはかかさないし、それに湿気は、お肌に良いんだよ!」


『ヘー』


「なにその気のない返事! お肌の手入れは大切なんだよっ。シビリー、あんたこそ、ピラカミオンみたいな火の気の多い場所にいるんじゃ、すぐにお肌が荒れちゃうでしょ。


あ、あんたさえ良ければ、ウヴリの塔で一緒に暮らしても」



視線をうろうろとさまよわせ、ひづめで地面にのの字を描きながら、ユニコーンが言った。


しかしシビリーは、その提案をあっさり蹴った。




『え? いや、俺、これぐらいの暑さの方が楽だし』


「ああ、そう」



ユニコーンの機嫌が低下した。頓着せずに、シビリーは続けた。




『荒野を走るのは、楽しいしな!』


「そう」



ユニコーンの声が、すごく冷ややかだ。


しかしシビリーは気づかない。ほがらかに続けた。



『人気のない荒野を、風になって走る。最高だろう。くたびれたら、湖を見つけて、ざぶんと飛び込む。あれがたまんねえんだ。はっはっは!』


「野蛮だね」



機嫌よく笑うシビリーに、むかっときたのか、ユニコーンは辛らつな様子で言った。シビリーがんん? という顔になった。



『なんだおまえ、なんでそんなに機嫌悪いんだ』


「はあ? なにそれ。野蛮だから野蛮って言っただけだし! あー野蛮野蛮。シビリーったら野蛮! 高貴で優雅なボクには、理解できないし!」


『んだと、コラ。どこが野蛮だよ』


「そういうとこがだよ! 無神経! 最低!」


『なにがだよ。意味わかんねえよ! 俺たち馬型魔物の醍醐味は、走ることだろうが。荒野を走ってどこが悪い。塔の中じゃ、息が詰まらあ』


「ふうううーん。自分が魔物って自覚はあったんだ」



ユニコーンはじと目でシビリーを見やった。



「人間の姫なんかにデレデレしちゃってさ。自分が魔物だってこと、忘れてるのかと思ったよ」


『はあ? なんで忘れるんだよ。俺が俺であるのは当然のことだし、ラプンツェルが人間であることも、当然のことだろう』



ユニコーンの言葉に、シビリーは首をかしげた。どうしてこんなことで怒るのか、さっぱりわからない、という顔をしている。


ユニコーンはぶふん、と鼻を鳴らすと、いやみったらしい口調で言った。



「はーあ? いっつもべったりで、あれこれお世話しちゃってさ。人間になりたがってるか、あの女を魔物にしたがってるかの、どっちかだと思ってたんだけどお? 違うんだ? へ~ええ?」


『だからどうして、俺が俺をやめたり、ラプンツェルが人間やめる話になる』


「ふんだ。魔物の裏切り者」



つーん、とそっぽを向くと、鏡の中の白馬がため息をついた。



『なんだそりゃ。俺たちは魔物だぜ。魔物ってのは、気に入った相手がいたら、そっちにつく。そういうもんじゃなかったか? 


 俺はラプンツェルが気に入った。だから、側にいる。それだけの話だ。


 おまえだって、気に入った相手がいたら、そいつの側に行くだろ』



しかしこの言葉は、かえってユニコーンの怒りをあおった。



「うるさい、うるさーい! ボクが裏切り者って言ったら、あんたは裏切り者なの! 


 だいたい、なんなの! 人間のこと、そんなにほめちゃってさあ! ボクみたいにきれいでもない、神秘的でもない、ただの人間じゃないか、あんな女! そんなののどこが良いのさ!」



 怒りつついななき、かっかっ、とひづめで地面を蹴りながら叫ぶと、シビリーが静かに言った。



『ああ、おまえは知らないか。あいつはなあ。諦めない目をしてんだよ』


「はあ?」


『諦めない目だ。あいつが魔女につかまってたことは知ってるだろう。俺が初めてあいつと出会った時、あいつはまだ、ほんの小娘だった。何の力も持たず、ただ、魔女につかまって、生かされているだけのガキんちょに過ぎなかった。


 でもな。あいつの目は、死んでなかった。あきらめない。そういう意思がはっきり見えたのさ。


 閉じ込められて、家族とも、友人とも、話すこともできなくて。たった一人、塔の中で。


 それでもあいつの目は、死んでなかった。どんなに魔女がへし折ろうとしても、あいつの命は、あいつの魂は。折れたりしなかった。あの目の光は、決して消えなかった。


 見事だと思ったよ。


 あの気概を、あの燃えるような精神の輝きを。俺は美しいと思った。だから、あいつの傍にいることを選んだ。


 あの目の輝きが曇らない限り。俺は、あいつの傍にいる』



 ユニコーンは、沈黙した。


 しかし次の瞬間。真っ白な体を輝かせ、必殺技であるライトニングを放った。全身全霊をこめ、鏡の中に向けて。



「らぁぁぁぁいとにんぐ~ぅぅぅぅ!」


『おわあああああああっ!』



 いきなりのことにシビリーは、まともに閃光をくらって悶絶した。



『いきなりなんだっ、ま、まぶしいっ』


「ふんだ。ボクのことなんか、もうどうだって良いんでしょ。一緒に森を散歩してたことなんて、もうとっくに忘れちゃってるんでしょ。


 ずっと待ってたのに。あんたがどっかに行っちゃって、それでもボクは、ずっと待ってたのに。人間なんかに。人間なんかに岡惚れしやがって。


 あんたなんか、どこへでも行っちゃえ! 人間の姫とでもゼリルーの姫とでも、いちゃいちゃデレデレしてれば良いんだ~~~~~! 」


『ゼリルーに姫っているのか?』


「どーだって良いでしょそんなことぉぉぉぉ! 」



 さらにライトニングを放ったユニコーンに、シビリーはあわてて退散した。魔法の鏡から、白馬の姿が消える。



「ふんだ」



 残されたユニコーンは、一人たたずんだ。



「ふんだ。忘れちゃったんでしょ。ちっちゃかったボクが、発生したばかりのボクが、あんたの後ろについて回ってたことなんか。


 ずっと一緒だと思ってたのに。いきなりいなくなっちゃって。でもいつか、帰ってくるって……なのに、


 異種族恋愛なんかしやがって! よりにもよって相手が人間! ボクらとちがって顔が半分しかないような生き物にほれるなんて、目が悪すぎるでしょおっ。


 どうせフラレちゃうんだ、顔が半分しかない生き物のクセして、馬面だからって言われるに決まってるんだから、ざまあみろおおおおおおおっ!」



 人間にとっては馬は、馬面であるが。馬からすれば人間は、顔が半分に寸詰まっているように見える。だって、馬は、馬面が基本だから。



「ほかに、きれいな馬型魔物はいくらだっているって言うのに、……趣味が悪すぎるよ、シビリーッ!」



 大つぶの涙をぼろぼろ流しながら、ユニコーンはひんひん泣いた。


 発生したばかりの魔物だったころ。なんだかんだと面倒を見てくれたシビリー。強くてきれいでかっこよくて、自慢の兄貴分だった。それなのに。



「たてがみのカールだって、くっしゃくしゃ! ツヤもなくなってバサバサ! 枝毛ができてるんじゃないの? あんた、なんだかんだでものぐさなんだよ、ボクがずっとお手入れしてあげてたのに、なんだよあの痛みようはっ、手入れしろ~! 馬鹿あああああああっ」




 考えるより実行、頭を使うより腕力。大雑把万歳なピラカミオン。そのトップたるラプンツェルも、大雑把だった。


 シビリーのたてがみがツヤをなくそうが、枝毛になろうが、「元気なら良いじゃん」で、すべてが終わる。


 しかし、ずっと兄貴分であるシビリーの美容係だったユニコーンにとって、枝毛ができているたてがみは、許しがたいことだった。



「あっ、ユニコーン見っけ」


「覚悟しろ!」



 そこへ運悪くやってきた「騎士」たち。ただでさえむかっ腹をたてていたユニコーンは、人間が来たということで凶暴化する。



「ライトニング! ライトニング! らぁいとにんぐ~~~!」


「えっ、なんでこんなに凶暴……ぎゃあああああっ!」



 やってくる騎士をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。ライトニングをばかすか放ち、踏みつけて、ひひひーん、と雄たけびをあげる。


 ウヴリの塔には、人間を見れば襲い掛かる、白い魔物が棲む。


 後に、騎士たちの間で、そのように言い伝えられるようになる。





***




「なんだこれ」



 ピラカミオン、ラプンツェルの城。届けられた小包に、ラプンツェルは首をかしげた。



「はあ、それが。魔物がきたので警戒していましたら、いきなりこれを置いてゆきまして。宛名がシビリー様となっているので、……あの。どうしましょう」


 城の兵士が、困ったように言う。フロピィがぴょんこぴょんことはねながらやって来て、背負っていた荷物を落として行ったのだ。



「なんだ、シビリーの友だちかい?」


「フロピィの知り合いはいなかったと思うが」



 上半分だけを見ればイケメンな白馬が、ぶふふん、と鼻を鳴らして言った。



「まあ、開けてみるか」


「えっ、大丈夫なんですか? あっ、待ってくださいラプンツェルさま。私が開けます。お手を触れないでくださいっ」



中身が何かわからないうちに、さっさと開けようとする領主を、兵士は慌てて押しとどめた。彼女から少し離れた所へ小包を持ってゆき、恐る恐る、という感じで開く。




「なにが入ってた~?」


「えーと……これは、ブラシ? と、……なんでしょう。香油?」




 ダーチュラ印の極上ブラシと、艶出し用の油、たてがみ用の鮮やかなリボン。ひづめの手入れ用の小さなブラシまで入っている。


 そして、手紙が。



『コレ使って、少しは身奇麗にしたらどう? ついでにあんたのお姫さまも、これで手入れしたら、少しは見られるようになるかもね。


あんたの為じゃないからねっ!』




 なんだこの、ツンデレ。その場にいたものはみな、そう思った。




「誰からかわかるかい、シビリー」


「俺の、幼馴染かと」


「そんなのいたんだ。へー。で、これ、あたしにも使えってことなのかい?」


「領主さま。これ、馬用です」


「あたしって、馬っぽく見えるのかねえ」



違うと思います。兵士たちはみな、そう思った。



「小さなころは面倒を見てやっていたんだが。独り立ちの時期になっても、俺から離れようとしないもんで。それじゃ、まともに生きていけないからな。


 無理やり、離れた。うらまれているかと思ったが……」


「こういうのくれるんなら、恨んじゃいないだろ。おまえの友だちなら、アタシにも友だちだ。うちにきたら、歓迎してやるよ」



 あはは、と笑ってラプンツェルが言った。



「相変わらず大雑把だな」


「細かいこと考えるの、面倒なんだよ。おまえはアタシの友だちだ、シビリー。そのおまえの大事な相手なら、アタシにとっても大事な相手。それで良いじゃないか」



 シビリーは、黙って頭を下げた。



***



 ウヴリの塔には、白く輝く魔物がいる。


 人間を見ると、いきりたって襲い掛かってくるが、その姿は優美。その美しさに敬意を表して戦えば、まれに、光属性の魔法を習得できたりするという。



「あんたのためじゃ、ないんだからねっ!」



 ユニコーンは今日も、ダーチュラ印のお手入れセットを、ピラカミオンにいる誰かさんに贈ることに余念がない。ちなみに、


 魔物たちの間では最近、フロピィたちによる、カエルぴょこぴょこ宅急便が評判になっている。



初めてピラカミオンで、シビリーと出会った人たちは、例外なく固まると思う。あんなにキラキラしいのに、馬。なんだもんなあ……。


なお、ユニコーンとシビリーの過去話は完全に創作です。実際には接点があるのかどうかわかりません。



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