@第7話 フォーサー注意報!!
@第7話 「フォーサー注意報!!」
・・・日は経ち、休日を控えたワクワクの金曜日になっていた。
あの夜以降、フォーサーとの対戦は一度もない。
さらに前の席の蔵本 秀人も精神状態良好で、
あれから特に奇抜な行動には出ていない。
少なくとも俺の目が届く範囲では、だけど。
山村高等学校の3年D組では
今日も登校後の様々なお喋りが教室を賑わしている。
既に時計は7時50分を回っているが、
8時を過ぎないと教師は現れない。
・・・ま、現れたとしても俺らは怯まず騒ぐんだけどね。
「おい、基~!
俺、昨日であらかたあの新技が完成したんだぜ~」
少し太めの青いシャーペンを片手に
隣の席の井岡 充が話し掛けてきた。
ヤツは俺と同じ『ペン回し同好会』の会員。
得意技はソニック系統。
彼のフリースタイルは若干盛り上がりに欠けるが、
3,4個の技を確実に繋げてくる安定感のあるイメージだ。
ちなみにフリースタイルってのはペン回し用語で、
複数の技を組み合わせて作る、
その人オリジナルの連続技のようなもの。
フリースタイルだからFSと略したりする。
・・・そんな井岡がすぐに見せてくれた新技は
『サマーソルトソニック』。
「フルーエントソニック」で小指と薬指に挟まれたペンを
中指と人差し指の間に回してきた直後、
そのままの勢いで「2-パス」でクルッと回してキャッチする技。
が、井岡の右手を見ていた俺は自身の違和感に気付いた。
・・・こ、コイツ、
2-パスのところを「2-ガンマン」に差し替えているだと!?
・・・一応、この応用系の技も「サマーソルトソニック」に変わりはないけど、
こちらはより高度なサマーソルトソニックと言える。
超分かりやすく例えるなら、
牛丼屋で普通の牛丼にねぎと卵を追加している感じだ。
「クッ・・・貴様、いつの間にかガンマンも完成させていたとは・・・。
さてはこのロイヤル・ハイパワード・チューニクスの俺を超える気か?」
「まぁ、まだ2-ガンマンしかガンマン系統の技は出来ないけどな・・・。
それより、このフリースタイルはどうだ?」
再び先程のブルーのシャーペンを持った井岡は
小指と薬指の間にペンを構える。
・・・一度上(親指側)に向かったペンが
クルッと一回転し、再び手の平側を小指側に向かって戻ってきた、
と思ったら先程のサマーソルトソニックでフィニッシュだ。
しばらく井岡のフリースタイル(FS)は見ていなかったが、
なかなか腕を上げているようだな、コイツは・・・。
最初の技はペンを手の甲側を伝わせて上に持っていくフルーエントパスで、
そこからの2-パスを繰り出すという「ドラマー」。
次は手の平側を小指まで戻す「フルーエントシメトリカルパスリバース」。
そこからさっきの新技である「サマーソルトソニック」だ。
特別難しい技が入っている訳ではないが、
さっきから成功率が安定している。
さすがは安定傾向を望む井岡らしい技たちだな。
「フッ、だが俺のFSを超えられるかな?」
すぐさま俺は筆箱から愛用している
4色ボールペンとシャーペンがセットになった太めの多機能ペンを出し、
人差し指と中指でそれを挟んだ。
・・・まずは2-ガンマンと2-ガンマンリバースを
交互に行う「ハーモニカルガンマン」を3連発。
人差し指上でペンが時計回りに、反時計回りに行き来する。
その後、2-パスとフィンガーレスリバースを
続けて行う「ガトリング」。
すかさず、そこからさらにノーマル、フィンガーレスノーマルを連続するという、
つい昨日成功するようになった「スクエア」!
スクエアにより2回転して戻ってきたペン先を人差し指と親指で捕まえ、
「1-ハーフウィンドミル」の動きのごとく、半回転のノーマル!
ラストは、その状態から「2-インフィニティ」でフィニッシュ!!
「やっぱり基に勝つのはまだ早いか・・・。」
井岡が頭を両手で押さえて自分の机に顔面を押し付ける。
「フハハハハハ!!いつでも挑戦を待ってるぞ!!」
ちなみに、俺達はどうやってFSの順位を付けているかと言うと、
ネット上にとあるペン回し専門サイト、
「レッツ!スピン!」というサイトが存在する。
ここでは、ペン回しを文章と共に動画で分かりやすく説明しているんだけど、
各ペン回し技には「難易度」が数字で設けられている。
3.0や、6.5など、少数第一位まで設定されているんだ。
最も、これは「レッツ!スピン!」の管理人が
勝手に自己判断で付けた数字なんだけど、
俺達ペン回し同好会はこれを基準に他者との「対戦」を行っている。
以前、金銭的賭け事をペン回しでやった事があったんだけども、
バカな部員が教師に目撃され、
全校集会まで開かれて大問題となってしまった事がある・・・。
俺は素知らぬ顔でやり過ごしたけどね。
んで、ペン回しは一応「大会」も定期的に行われている。
学校近くの家電量販店おもちゃコーナーで
毎週土曜日午後に子供やら大人やらが集まって
ペン回しの技を披露し合う。
ちなみに、その評価基準も
「レッツ!スピン!」で設定されている数字によるから
あのサイトの影響力は意外と凄まじいものだ。
・・・俺は学校のペン回し同好会では優秀な方だけど、
さすがに大会ともなるとマニアクラスの強者がゾロゾロと集う訳だ。
簡単な技を詰め込んだFSで確実にポイントを稼ぐのもありだが、
難しい技で難易度に沿ったポイントをガッといただくのも理想的。
ただし、落とすとソコで終わり。
制限時間内に落とすまで決めた各技にポイントが付けられ、
自身の総合点となる。
・・・どうも、俺は毎度作戦負けしているようなんだよね。
優勝商品は、アブソリュート・アーツ社の
ペン回し専用ペン「エターナル・スピニング」の非売限定版がほとんどだが、
たまにおもちゃコーナー担当の気まぐれで賞金が出たりするんだよなぁ・・・。
俺は高校2年生の春から暇な週は参加しているけど
一度も優勝経験はないんだよな、これが・・・。
明日の大会ではFSにさっきの「スクエア」を突っ込んでみるか!
あー忙しい忙しい・・・。
「おい、基、ちょっと良いかな?」
隣の席の井岡と話していた俺は、
それとは対局の廊下側を振り向く。
・・・と、そこには例のリア充野郎、月光 夏景が立っていた。
「何だよ!俺は今見ての通り忙し」
「今日のは大事な話だ。すぐ来い。」
そう言うが早く、夏景は俺の制服の肩部分を掴み、
引っ張り上げた。
そのまま俺は夏景に引っ張られるままに廊下へと出される。
・・・この真剣さは、まさか
俺が吹雪ちゃんとLINEを交換したのがバレたのか?
だったら正直怖いな・・・。
あれだけ吹雪ちゃんに酔っている夏景は
きっと俺のスマホを破壊してでも連絡を阻止するはずだ!
守ってみせるぞ・・・俺のスマホは!!絶対に!!
廊下へと出た夏景はすぐに立ち止まり、
教室側の壁へとだらりと寄り掛かった。
「あのさー・・・お前さ・・・」
夏景はいつもの気だるそうな様子で切り出す。
俺を教室から引っ張り出した行動とは真逆で
とても急用があるようには見えない。
俺はこの時点でLINEの件ではなさそうだという事が理解できた。
吹雪ちゃんが絡めばもう少し真剣になるに違いないからな。
「何だよ、急に・・・」
が、油断は禁物だ。
何かと掴みようがないヤツの事だから
いきなり何を言い出すかは予想が付かない。
「お前さ・・・フォーサーだろ?」
・・・・・ファッ??
コイツは驚いたな・・・。
今日のはそういう類ですねー分かりましたー。
「フッ・・・バレてしまったか。
どうして分かった?」
俺はとりあえずヤツを騙す事を試みる。
たぶん、俺が4日前にアリエスを装着して戦ったのを見ていたんだろう。
でも夏景はあの状況をどうやって見ていた?
周囲には例のチクチク熊とカエル、それに吹雪ちゃん以外はいなかったはずだ。
しかも、物陰に隠れてこっそりと見ていたとしても、
アイツは大事な吹雪ちゃんが危険な目に遭っている中、
そうやって黙って見ていられるようなヤツじゃない。
または、吹雪ちゃんが夏景にバラした線も否めないだろうけど、
俺の中の吹雪ちゃんのイメージ的にそれは考えにくい。
秘密は守る系女子・・・だと願いたい。
願いたいだけだろうけどね。
「お前のあの痛いセリフ。
ロイヤルなんちゃらっていうヤツ。」
確かに、あの時の俺はそんな事を喋ったんだろうと思う。
俺はいつも無意識に中二単語を口走ってるから
記憶が曖昧だと言えばそうだけどね。
「ん?まさか・・・お前は?」
俺は自身のアリエス変身時の決め台詞通りに「追憶を辿って」みる。
すると、ある一説が思い浮かんできたんだ。
できれば外れてほしい予想だけど・・・。
「あの時の・・・デカいカエル!?」
俺は思わず声を大にしていたらしく、
夏景はすぐさま人差し指を立てて静かにするように促す。
「声が大きい。
・・・まぁ、そういう事だ。」
ちょ、待って待って。
話が急すぎるだろ!オイ。
夏景の事だから真顔で嘘をつく事も十分考えらえるけど、
俺があのアリエスを装着して戦っていたのをちゃんと見ていて、
その時の現場の様子を口にできる、
となると彼があのカエルのフォーサーであるという信憑性は高まる。
「お、お前そんな事をわざわざ言いに来て
何が目的なんだ!?
黙っていれば良いのに。」
「焦っているようだけど・・・僕はお前を倒したいなどとは思っていない。
勘違いはするな。」
フォーサーの人間態にこんな身近で出会うとは思ってもみなかった。
予想外の事態に、平静心を保つのが難しい。
「僕はさ、お前が良ければ協力関係を築こうと思うんだよね。」
協力関係・・・?
まぁ、状況からして他のフォーサーを一緒に倒そう
的な展開だろうな。
「俺と組んで他のフォーサーと戦う際に
有利な状況をつくろう、というんだろ?」
「その通りだ。基にしては察しが早いな。
お前も見ただろうけど、この街では、いや全国では
今フォーサーの脅威に人々は脅かされている。」
お前もフォーサーだろ、と言いそうになり、
俺は黙ってヤツの話を聞き続ける事にした。
「僕はね、吹雪ちゃんが安心して過ごせる世界にしたいんだよ。
そのためには、まずこの岩手のフォーサーを始末していく。
もちろん、一般人に紛れて普通に生活しているヤツらは標的外だ。
代わりにあの獰猛な熊みたいなフォーサーは2対1の戦況で
素早く処理していく。
どうかな?
我ながらお互いに不利が出ない良い案だと思うんだけど。」
・・・ほうほう。
つまり、コイツは人間を超える力を持ちながら
彼女の吹雪ちゃんを守る事にしか興味が無い。
だからその範囲で利害関係が一致すれば
仲間に引き込める、という事か。
・・・でも、それはアニメとかの
かっこいい主人公が結ぶ協定だ。
「・・・悪いな。
俺は一般人を守るというような事はしないつもりなんでね。
俺は自らを守るために必要な時だけ戦う。それだけだ。
縁のないそこら辺の住民を助けようという気はない。
それに、わざわざ喧嘩を挑みにいくような事にも気が乗らない。」
俺は別にカッコ良いセリフを求めてそう言った訳ではない。
ただただ、正直に俺の気持ちを言葉にしてみただけだ。
なんで他の人を助けるために自分が犠牲にならなくちゃいけないのか。
しかも、元々、中二宮Xレアは護身道具として渡されているだけ。
俺は別に他人を助けるためのヒーローになりたいんじゃない。
「なるほど、お前の事だから
フォーサーになってみんなを守るんだ!!、
的な事を言い出すかと思ったんだけどね。
残念だけど、僕の今の話は無かった事にしてもらおう。」
「じゃあ、俺と戦うのか・・・?
力ずくでも、とかって。」
・・・よくある戦闘アニメとかだと、こういう時には
「大人しく仲間になれば良かったものを!!」
とか言いながら襲い掛かってくるよな・・・?
俺は自分の専用バイクSHFが近くになければ変身自体ができない。
ここで襲われたら非常にマズいんだけど・・・!?
「はぁ・・・お前はゲームのやり過ぎ。
お前には別に恨みも何もない。」
そう言い残し、夏景は身体の向きを変えて歩き出そうとする。
が、思い出したように立ち止まり、再び俺の方に顔を向けた。
「あぁ、そうそう。
この間は吹雪ちゃんを自宅まで届けてくれてありがとう。」
そうとだけ言うと、彼は1人で教室へと戻っていった。
・・・今の様子から察するに、
ヤツは意外とフォーサーの中では賢明な方なのかもしれない。
これまで見てきたヤツらは
自分の力に溺れて変な事をするヤツらばかりだった。
でも、ヤツは吹雪ちゃんを守る事しか頭にないらしい。
それが逆に変な行動を抑止しているんだろうか?
或いは、自分の力を解放してみたい気持ちを必死で抑えているんだろうか?
・・・どちらにしろ、
現時点では、俺はアイツを倒す必要はないと思った。
―――――その頃職員室では―――――
「36,37,38,39・・・足りないねぇ・・・。
ウチのクラスの生徒は40人なんだけど?」
職員室隅でダンボール箱を片付けていた書店の担当者に
とある若い細身の教師が冷たく言い放つ。
「大変申し訳御座いません。
すぐに追加分をお持ち致します。」
「『誰でも簡単!古文』を1冊ねぇ。
しっかり頼みますよ?」
その国語教師は睨むような冷たい視線を担当者へと向けると、
担当者は深く礼をし、足早に職員室から出ていった。
「ったく・・・足りないねぇ・・・。
面倒臭ッ・・・。」
その教師は苛立ちを隠す様子を見せず、
机の上のコーヒーカップへと手を伸ばすと、
そのまま中のブラックコーヒーをグイッと飲み干した。
「大丈夫ですか?内垣外先生?
随分と機嫌が悪い様ですが・・・。」
そう言って寄ってきたのは物理の藤原先生だ。
「いや、最近疲れているのかもしれませんねぇ・・・。
構わないでくれないか。」
「それはすみませんでした。」
藤原は軽く詫びを言いながらその場を去ろうとした。
・・・その時だった。
「・・・フォーサーって、殺しても良いんだよねぇ?」
内垣外と呼ばれた国語教師が独り言のように呟いた。
それと同時に藤原がピタッと立ち止まり、再びそちらの方に顔を向ける。
「それは・・・どういう意味ですか?」
「あぁ、独り言だよ。
今ニュースとかで話題になってるじゃん。
随分と調子に乗ってるヤツらが多いみたいで
直接被害を被っていなくてもイライラさせられる。
でも、俺みたいな一般人がフォーサーを殺せる訳がないよねぇ?」
内垣外は自分の机へと空になったカップを静かに置くと
そのまま藤原の顔へと目をやる。
すると藤原は焦った様子で
それまで内垣外の顔に向けていた目をそらした。
「まぁ、何もしてこないフォーサーならギリギリセーフですがねぇ。
そんなヤツいるのか分かりませんけども。」
内垣外がそう言うと、
藤原は静かに踵を返し、教室での朝のホームルームへと向かおうと
職員室の扉の方へと歩き出した。
藤原が扉のくぼみに手をかけて開けようとしたその時、
内垣外に指摘されて足りない冊子を取りに行っていた
書店の担当者が扉の向こう側から現れたのだった。
「おっと、失礼しました。」
その担当者は丁寧に深く礼をした直後、
職員室の中に入ろうとしたその足をピタッと止めた。
「・・・・・失礼ですが、あなたのお名前は?」
書店の担当者は突然まっすぐに視線を藤原の顔へと向け、
声を抑える様子でそう訊く。
明らかに不自然な様子に藤原はその顔に戸惑いを浮かべている。
「・・・私は藤原だが・・・」
――――――――――――――――――――
この男、ただの書店の担当者ではないな?
ストレートの髪を左サイドだけ異様に長く伸ばしているため、
左目はそれに隠されている。
普通に確認できる右目の方は目付きがキツく、
それにも関わらず口だけはどこか不気味な笑みを浮かべている。
見たところ年齢は20前後。
おそらくは私よりも少し下だろう。
しかし・・・なぜ私の名前を聞いてきたんだ?
書店の者ではないとするとコイツは一体何が目的でここに来た?
が、今、直接言及するのは得策とは言えない。
ここは職員室だ。
既に朝のホームルームに向かった教師は少なく、
まだ沢山の教師がここにいる。
こんなところで何やら怪しいものが絡んだ話はしたくない。
「私は今忙しいんだ・・・。
また今度にしてくれないか?」
私も背後の教師たちに話が漏れないように
小声で返答した。
「ならば・・・ホームルームが終わった後、
つまり今から30分後くらいに外の駐車場で待ち合わせ願えませんかね・・・?
藤原さん、あなたに用事がありますので。」
・・・教師、来客者用の駐車場だと・・・?
あそこは学校の裏で人目に付きにくい場所だ。
こんな怪しい男と二人で話し合いとは・・・なかなか恐ろしいものだな。
「・・・良いだろう。
私も何だか、お前の目的が気になるところだった。」
私はそう言い残し、素早く担当者を避けると
そのまま5階の3年D組教室に向かって歩き出した。
―――――――――――――――――――――
「あ、やっと来たねぇ・・・。
ちゃんと持ってきてくれた?」
書店の担当者を見た内垣外は
機嫌の悪い様子で投げかける。
「先ほどはこちらのミスで申し訳御座いませんでした。」
「持ってきたなら良いよ、別に。」
内垣外はそう言いながら、
近付いてくる担当者が差し出している教材を奪い取った。
明らかに不満が態度に現れている。
「さて・・・これで足りたか。
あとさ、ちょっと良いかな?」
内垣外はなおもご機嫌斜めで
担当者に鋭い視線を向ける。
「何でしょうか・・・?」
「さっき扉のところで藤原先生と何を話してたのかねぇ?」
内垣外がそう言うと、担当者の表情が少し曇った。
「・・・大した話ではありませんよ。
では、ワタクシはこれで失礼します。」
そう言い、担当者は強引に話を切った。
そのまま内垣外と目を合わせようとせずに
足早に扉へと迫り、外へと出ていった。
「・・・何だか、面白そうだねぇ。」
内垣外は独り言をこぼし、
ホームルームのために自分の教室へと向かっていった。
―――――そして、それから約30分後―――――
「・・・いやぁ、お待ちしておりました、藤原先生。」
・・・私が自分のクラスでのホームルームを終え、
人目に付きづらい学校の駐車場へと辿り着くと、
自家用車と思われる自動車の後部座席へと外から身を乗り出し、
問題集が入っていると思われるダンボール箱を
あさっていた不気味そうな人間が顔だけでこちらを向いてきた。
紛れも無い、さっきのストレートヘアーの男だ。
私の足音で気配を察知したんだろう。
「私に何の用があって来たんだ?」
率直に訊いてみる。
普通、相手が書店の担当者ならば
こんなに緊迫した雰囲気で話さなくても良いかもしれない。
しかし、さきほどのこの男の様子だと、
私の「隠された秘密」について何か知っている・・・。
そのような悪い予感を抱いてここまで来た。
「まぁ、まずは自己紹介からいきましょうか。
名前だけ聞いておいて名乗らないのはマナー違反というものですしね。」
男は自動車のドアを静かに閉めると、
身体をまっすぐにこちらに向けた。
私と男との間の距離は5mほどだろうか。
お互いにそれ以上は距離を縮めようとしない。
「ワタクシの名前は・・・羽場崎 文人と申します。」
男はそう言うと、職員室の時のように丁寧に一礼した。
ちゃんと片手を胸に添える、執事のような礼だ。
「その話し方に声・・・どこかで聞いたような・・・。」
私の記憶の片隅には、確かにコイツの仕草や声が残っている気がする。
ただ、気がするだけで、実際は羽場崎の顔を見るのは
さっきの職員室が初だったのは間違いないと思う。
一体・・・どういう事なんだ?
「ここは駐車場。
道路や、学校のどの窓からも確認出来ない死角に位置しています。」
不気味な笑みを保ちながら、羽場崎が淡々と述べだした。
「生徒を人質にとって身代金でも要求する気か?」
私が皮肉そうに訊くと、羽場崎は右手で口を押さえ、
男にしては随分と上品な笑いをこぼし始めた。
「まぁ、今日の時点でそんな事はありませんよ。
しかしながら、あなたの返答次第ではいずれ・・・。」
「何が言いたい?」
私は自分の語気がキツくなったのを自覚した。
「フッフッフッ・・・今日は
フォーサーであるあなたに良い知らせを持ってきました。」
羽場崎のその言葉に、私は一瞬心臓が止まりそうになる。
すぐに息が乱れ、額が汗ばんでくるのが分かった。
「・・・な、何を言う。
私があのフォーサーだと?
証拠は?何かあってそう言っているのか?」
「ワタクシの能力は・・・フォーサーの人間態を見つけるものです。
集中力を一時的に高める必要はありますが、
そうする事で一般人の中に紛れ込んだ
あなたみたいなフォーサーを見つける事ができます。」
何という事だ・・・。
私の・・・私の正体をこうも簡単に見破るとは・・・。
気付くと、羽場崎は人差し指と中指で
裏も表もただ真っ黒なカードを挟んで私に見せつけている。
「話を進めましょう。」
羽場崎は、指に挟んだカードをそのまま
彼の手と共に顔すぐ左側に持っていった。
「・・・・・変身。」
羽場崎はそう言い、カードを自身の顔が隠れるようにスライドさせていく。
カードを挟んだ手がゆっくりと右側に移動し終わると、
一瞬その行為で隠れた彼の顔が真っ白なピエロのような容姿に変化していた。
間も無く、彼の服装が上下とも黒いタキシードに変化し、
頭には彼の手によって静かに黒いシルクハットが乗せられた。
「お前は・・・先週金曜日の新幹線で!?」
「ほう、藤原さんはあの車両の中におられたのですか。
ミスターインバラスです。
覚えていてもらえましたか?」
私の目の前に現れたのは紛れもないフォーサーだ。
しかも、人間態の姿からも分かるが、
何を考えているのかが読めない。
「藤原さん、ワタクシはあなたを殺すような真似はしたくありません。
今日は、誘いに来たのですよ。
私たちの仲間になりませんか、と。」
ピエロの口から羽場崎のくぐもった声が漏れてくる。
「仲間だと?笑わせるな!」
「あなたも、そしてワタクシも同じ『フォーサー』です。
なぜフォーサー同士が争う必要があるのですか?
そんなものは無駄な行為です。
フォーサーを統括する「王」に従うというのが
私達フォーサーにとっては最も効率的だと言えましょう。」
「王?その王がお前だとでも言うのか?」
「いえ、フォーサーの王は我らのマスター・・・
トレディシオン・ルイナー様です。」
「・・・良いだろう。
ならば私を倒して説得してみろ。
今ここでな!」
藤原はそう言い放つと、両手を握りしめて
全身に力を込める。
「変身ッ!!」
藤原が叫ぶと同時に、彼の周囲に突如「岩」の破片らしきものが漂い始め、
そして、その大量の破片が次々と彼の全身へとくっついていく。
それはだんだんと積み重なり、「岩の表皮」となり、
あっという間に藤原の身体を覆い尽くし岩の怪人を創り出した。
よくある褐色の地面を基調とした全身。
その全身は明らかに「岩」という質感だが、
特にアンバランスなまでに太い両腕が際立っている。
「ほう・・・。
あなたの怪人態は我々にもデータがありませんね。
名前は何と言うのでしょうか?」
「フォーサーの名前というのは自分で付けるものなのか?
それともお前みたいなヤツが勝手に呼んでくれるものなのか?」
「どちらのパターンもあります。
例えば半年前の狼型フォーサー、
ブラッディ・オーバーキラーというのは我々が勝手にそう呼んでいるだけですし。」
「じゃあ今回は私が自分で名付けてやろう。
我が名は・・・グラビティロード。
さぁ、私を仲間にしたいならば
私にお前の力を見せてみろ!!」
そう言うと、巨大な腕を前後に振りながら
グラビティロードと名乗る岩の怪人が
真っ直ぐにミスターインバラスに向かって走り出した。
突進攻撃を受けると予測したインバラスが
ヒラリとなめらかな動きでバレリーナのように回転しながら突進を回避する。
だが、グラビティロードはそれを読んでいた。
太い腕を振りかざし、突進を避けた直後の回るインバラスを
後方から、これまた巨大な拳で殴りつけようと突き出す。
インバラスは接近する拳を察知したが、
反応するまでの余裕は彼には残されておらず、
岩怪人の拳が進行する方向へと3mほど突き飛ばされた。
飛ばされていく中、宙でスムーズに体勢を立て直し、
2本足で静かに着地をする。
「・・・パンチの威力は見た目通り、なかなかのようですね。
腕の重量を生かした素晴らしい技です。」
彼は殴られた背中部分を痛そうにさすっている。
「ならば、これは如何でしょうかね?」
インバラスはさすっていない方の手から
突然真っ黒なカードを出現させた。
「また黒いカードか・・・?」
「一度食らってみてくださいよ!」
そう言いながら、ピエロは3mほど先の岩怪人に向けて
そのカードを慣れた手首のスナップで投げつける。
岩怪人の身体の岩と岩の間にカードが刺さると
ほぼ同時に黒煙を含む大きな爆発が巻き起こった。
凄まじい爆破音は、いくら人目に付きにくい駐車場とは言えども、
学校内にまで響く様な音量だった。
「・・・ワタクシの爆破式カードは新幹線の一車両を
丸ごと爆破できる威力を備えた武器です。
まぁ、対象が特に防御に秀でたフォーサーともなれば・・・。」
黒煙は数秒ですぐに消え去ったが、
その中にはたった今カードの爆発を直に受けたはずの岩の怪人が
何ともないような様子で立っていた。
「・・・素晴らしいです。
その岩の強靭な防御力を持つあなたには効果が薄いと予想しておりましたが。
・・・フォーサー怪人態は皆、普通の人間をはるか超越する身体能力を持つ。
ですが、これほどまで耐久力の高いフォーサーはまだ見た事がありません。」
「フッ、不意打ちも良いところだな。
さすがは人を驚かせるためのピエロらしい。」
そう言いながら岩の怪人は変身前と同様、
両手の拳を握り締め、足を広げながら力を込め始めた。
「私はこの形態での戦闘は初めてなんだ。
せっかくだからお前を実験台にさせてもらうぞ?」
「それはそれは・・・。
楽しみです。どうぞ。」
ピエロはそう言い、その場で軽く両手を広げ、
無防備な体勢を取る。
「良い度胸だ。
・・・はああああぁぁぁぁ・・・」
岩怪人は両手の平をピエロに向け、
少し腰を落としたような姿勢になる。
「我が重力の力、思い知れぇッ!!」
岩怪人がそう叫んだ次の瞬間、
ピエロは何もないはずの場所で
立ちくらみで倒れそうにでもなるかのように
右手を地面に付き、突然片膝立ちになった。
「・・・クッ、これは?
もしや疑似フィールドの展開ですか?」
ピエロは膝立ちのまま苦しそうに5mほど前方で立っている岩怪人を見据える。
首を上げるのすら辛そうだ。
「まぁ、そう言えばそうなるだろうな。
物理空間とでも名付けておこう。」
岩怪人は動けないピエロを見下ろしながら、
一歩一歩踏み出し、接近していく。
「これは・・・ワタクシの予想では
対象への『重力の増幅』かと思われますが、
どうでしょう?」
「その通りだ。さすがはフォーサーに詳しいだけあるな。
私は自分から半径数メートル以内の対象を巻き込み、
その対象と自身にかかる重力を
均等に増幅させる事ができるようだ。」
「つまりは、ワタクシにかかっている追加分の重力は
あなたにも同じ程度にかけられていると?」
「そういう事・・・だな!!」
ピエロとの距離を詰め切った岩怪人は
その太い腕を突き付け、ピエロの頭部を強打した。
ピエロはその場に背中側から倒れ、仰向けの状態になった。
「クッ、なぜこの重力の中で・・・
あなただけは普通に動けるのですか?」
「・・・よく分からないが、
おそらく私にはそのくらいのパワーが備わっているという事だろうな。
重力を増幅しても動ける程度には行動できるようなパワーが。」
そう言うと、岩怪人は自身が展開したフィールドを閉じ、
場の重力を元に戻した。
「さぁ、これで分かっただろ?
トリッキーな攻撃が好きなお前と防御に長けた私では
相性の問題もあり私が優勢になる。
ここで死にたくなかったら、お前のその王とやらのところへと案内しろ。」
岩怪人のすぐ前で仰向けになっていたピエロは
やおら起き上がり、降参するかのように静かに両手を上げた。
「フッ・・・そんな事が望みですか。
良いでしょう。あの方は今ちょうどこの岩手県に訪れています。
今すぐにでもご案内できますが、如何でしょうか?」
「では、そうしてもらおうじゃないか。
少し待っていろ、学校側に許可をもらってくる。」
完全に白旗を上げたピエロの表情に変化はないため、
その心情はまったく読めないが、
岩怪人は目の前のピエロを圧倒した自信もあり、
その王とやらに会う事を決心した。
「・・・良い心構えです。」
そう言いながらピエロは怪人態を解き、
元のストレートヘアーの男へと戻る。
それを見て岩怪人も人間態へと変化した。
「後悔は・・・ありませんね?」
ピエロの変身者である羽場崎は口元に不気味な笑みを浮かべながら
藤原へと最後の確認を取る。
しかし藤原はその呼びかけには答えず、
外出の許可をもらうために職員室へと去っていった。
・・・・・二人のフォーサーによる戦闘は
学校の窓からは見えない校舎の陰になっている駐車場で行われた。
普通ならばこんな時間に駐車場を利用する教師もいないため、
無関係な目撃者はいないはずだった。
だが、藤原の後を密かに追いかけてきて、
校舎の陰からその一部始終を観戦していた人間が1名いた。
「・・・なるほど、フォーサーの王、ねぇ。
そうなると、そろそろ『あの方』も動き出すのか?」
その人間は、先ほど職員室で藤原と話していた
内垣外と呼ばれる細身の国語教師だった。
彼もまた、羽場崎と同じように
口元に謎の笑みを浮かべながら奇妙な独り言を発していた・・・。
@第7話 「フォーサー注意報!!」 完結