@第6話 色々あるのは不自然じゃない
@第6話 「色々あるのは不自然じゃない」
突如現れた銀色のチクチク熊は、
この俺、アリエスを抱き込むように飛び掛かかってきて、
そのまま共に正面で掴み合いになりながらアスファルトの道路を転がった。
・・・おい、まだ名乗ってないのに先制仕掛けてくるとかフザけるな!
悪役は悪役らしく行動する義務があるんだよ!
そのまま何回転かした後、
アリエスが仰向けで、その上に熊が乗っかるような姿勢になり、
熊はその大きな手で拳をつくり、俺の顔面へ突き出してくる。
全身のビジュアルは人間サイズの熊そのものだが、
手は人間のように自在に動く5本指になっている。
俺は熊の拳に対抗して平手を突き出しその拳を受け止める。
が、その予想外の威力に驚くことになるとは思わなかった。
「ちょ、痛ッ!!」
チクチク熊の拳は、まるでメリケンを装着したように
第2関節部分から短い突起状のトゲが生えており、
俺の平手にはその凸凹が命中した訳だ。
いくら強化装甲であるフィースネス・アリエスとは言えども、
どうやら手のひらには柔らかい耐衝素材を使用しているらしく、
そこに今みたいな攻撃を食らえば使用者に痛みはあるようだ。
アリエスの攻撃面は、俺の極限並の中二力があるから申し分ない。
だけど、防御は俺自身にはどうしようもなく、
このアーマーを信用して任せる他ないのである。
「お前もさっきの死神と一緒で空気読めねぇな!!」
俺は、自分の腹に乗っかった熊にイラッとして、
力任せに両手の拳で熊の腹部に無数のパンチを繰り出す。
アリエスの手の甲側には指先まで堅い装甲で覆われているから、
拳を突き付ける分には何の痛みもない。
「・・・フンッ、それがお前の攻撃かァ?」
熊の口からくぐもった声が聞こえてくる。
このアリエスの拳に対して、
何もダメージを受けていないかのような余裕だ。
まさか・・・このチクチクの毛皮に攻撃をするだけでは
ダメージが本体まで届かないというのか?
じゃあ、俺はどうやってコイツを倒せば良いんだ・・・?
アリエスの攻撃手段は全て直接の打撃に限られている。
そのまま熊にパンチやキックを繰り出したり、
槍で突いたりしても、勝てない。
「お前、とりあえず俺の上から降りろ!!」
俺は大声で叫んだから確実に熊の耳には届いたはずだけど、
熊はガン無視で再び拳を構える。
俺は思わず、目を閉じた。
と、次の瞬間、俺の上に乗っていたチクチクの巨体は
突然そこから姿を消した。
完全に熊のパンチを受ける構えを取っていた俺は、
恐る恐る両手を付いてその場から立ち上がり、
熊が飛ばされた方向に目をやった。
すると、そこには思いもよらぬ状況が展開されていたのだった。
アレは・・・巨大なカエル!?
仰向けの俺の上に乗っかっていた熊は、
突然現れた"大きなカエル"に蹴り飛ばされたようだった。
大きなカエルとは言っても、
こんな人間サイズのカエルがいる訳ないから、
俺は一瞬でそれがフォーサーだという事を察した。
よく見れば、人間の如く2本立ちしている、
カエルの面影を残しているだけの生物だった。
「そこの紫、お前はフォーサーか?」
そう俺に対して質問をしてきたのは例のカエル怪人。
さっき飛ばされた熊はやおら起き上がり始めているから、
それを確認しながら後方の俺に肩越しに聞いてきたような格好だ。
「・・・フッ、俺は最強のロイヤル・ハイパワード・チューニクス!
幻想覇者フィースネス・アリエスだ!!」
チッ、ようやく名乗れたか。
まぁチクチク熊とカエル怪人の両方にも聞いてもらえたから
タイミングは良しとしようかな。
「その台詞と声、どっかで聞いた事があるな・・・。
まぁ今はそこの女子を連れて逃げろ。」
カエル怪人からそう言われた俺にとっても、
そのカエルの声は、くぐもってはいるが聞き覚えのある声だった。
どこかで聞いた事がある・・・?
となると、変身元は俺の知っている人間なのか?
「ちょうど良かった。
俺とそのチクチク熊では相性が悪い。
この場は任せたぞ!」
そう言い放ち、俺は急いでバイクが停めてある位置へと走り、
その陰に隠れていた吹雪ちゃんに声を掛けながら
バイクへとまたがり、エンジンを蒸かす。
・・・ちょうど良かった。
まっとうな理由を付けて戦線を離脱するのはヒーローとて仕方がない事だ。
アリエスの株は今回は下がっていない!
すぐさま吹雪ちゃんが俺の後部へと乗り、
俺のアリエスアーマーの両肩に手をかけたのを確認するが早く、
バイクはその場から発進した。
俺たちの背後ではチクチク熊とカエル怪人の戦闘が始まっていると思うけど、
そんなものを確認している心の余裕は無かった。
バイクは物凄い勢いで急発進し、
その夜の街路というイレギュラーな戦場から立ち去っていく。
すると、少しずつ冷静になりつつある俺の頭の中には、
ある程度は他の事を考える余裕が出てきたようで、
勝手にさっきの戦いの反省会を始めていた。
・・・フォーサー、というのはHRSによって
人間の体内に打ち込まれたHR細胞が突然変異し、
その人間に怪人になる能力を与えた状態のものを差す。
HR細胞が突然変異するのは極めて稀な現象、と
レボリューショナイズ社の社長は述べていたけど、
もはや稀でも何でもないだろ、これは!
俺の周りはピエロに死神に熊にカエルに、
フォーサー動物園だ!
たぶん、これらのフォーサーたちは
自分がフォーサーと化した事を自覚していても、
長らくその素顔を隠していたのだろう。
でも、この間の全国フォーサー蜂起事件をきっかけに、
隠れていた怪物たちはその姿を現し始めた。
フォーサーは、知られていないだけで実は沢山存在していると俺は思う。
でも、ヤツらは現時点では統制が取れておらず、
自由行動をしている者もいる。
・・・つまり、よくいるような"悪の組織"が動いているのとはちょっと違う。
俺が戦う相手は一個人、そう一般人だ。
フォーサーとなった人間は、普通の人間がやらないような
度が過ぎる行動を誰にも縛られず自由に繰り返す。
そう、今のこの状況は悪の組織が存在するよりも厄介で、
恐ろしい状況に違いない。
いつの間に・・・俺の平和な日常は
これほどにまで変容してしまっていたのだろう・・・?
「基くん、そろそろその変身解いても良いんじゃない?」
突然背後の吹雪ちゃんに肩を叩かれ、俺は現実に引き戻された。
気が付けば俺らを乗せたバイクは5分ほど走行し、
今まで続いていた民家街を抜けようとしていた。
「おっと、そうだったな。」
俺は一度道路脇にバイクを停め、吹雪ちゃんと一緒にそこから降りると
腰のバックルのタブレットを引き抜いた。
俺が纏っていたアーマーはバイクのシート部分から出てきたユニットに回収され、
俺の変身は解けて元の人間に戻った。
保温されているアーマー内部にいたから、外の空気は少し冷たく感じる。
「基くん、怪我とかしなかった?
あんな激しいバトルして・・・。」
さすがは吹雪ちゃん!
こんな状況で俺を気遣ってくれるとは・・・。
「いや、あのアーマーがあったから俺自体は無事。
吹雪ちゃんは?」
「私は隠れていただけだから何ともないよ!
・・・さっきの人たちは例のフォーサーっていうヤツなのかな?」
吹雪ちゃんは不安そうな表情で俺に問い掛けてくる。
とりあえず、俺はこの吹雪ちゃんを守れたという事で良いのかな。
「俺も詳しくは知らないけど、たぶんそうだね。
フォーサーと戦うのが俺の仕事だから、
また何かあったら引き受けるよ!」
「じゃあ、LINEでも交換しておこうか!
これからも何かあったら呼んで良い?」
え・・・吹雪ちゃんとLINE交換ができるのか?
願ってもいない展開だぜ・・・!
今日はヤバいな!マジで。
「じゃあそうするかな!
でも夏景のヤツが怒るんじゃない?」
悔しい事実ではあるが吹雪ちゃんは夏景の彼女だ。
しかも夏景は、あからさまに吹雪ちゃんの自慢をしてきたりと、
妙に独占欲が強いような気がする。
そんな夏景が俺と吹雪ちゃんのLINE交換を許すはずがない。
「うーん・・・確かにバレたら危険だけど、
私のスマホを夏景に貸すような事はないからね。」
困ったような顔をする吹雪ちゃんを見ていると、
俺はある疑問を抱いた。
「吹雪ちゃんって、アイツの事はどう思ってるの?」
吹雪ちゃんは見るからにモテそうな女子だ。
頭も良いし特に女子にはフレンドリーだし可愛いし・・・。
でも、夏景が女子にモテるような要素は見当たらない。
自信家のナルシストで、
人が頭にくる事を平気で漏らしたりする。
正直ただの友人である俺でもイライラさせられる事も多い。
それと付き合う吹雪ちゃんの苦労は・・・。
「私はね、高校来てから気になっていた男子もいたんだけど、
どうにも元々男子と話すのが苦手でさ・・・。
女子なら基本は誰とでも仲良くなれるんだけど。
そんな私に話し掛けてきてくれたのが夏景だったんだよね。」
「え?夏景以外の男子でアタックしてくるヤツとかいなかったの?」
他の女子ならまだしも、今は吹雪ちゃんの話だ。
どう見ても男子から人気がありそうなんだが・・・。
「それが・・・私、特に接点がない男子相手だと無愛想になるらしくて、
みんな警戒しちゃうから男子の友達少ないんだよね。
たぶん夏景の時にもそれは例外じゃなかったはずだけど、
あの人は悪く言えば、しつこく寄ってくるタイプだったから、
私にとっては慣れるのに丁度良かったみたい。」
普通、しつこい人間は嫌われる、というのは常識だろう。
本気のアプローチにもある程度の限度はある。
でも、常識は常にまかり通る訳ではない。
「確かに吹雪ちゃんの周りには男子が全然いないもんなぁ・・・。
あれ?でも俺は?
ついさっき初対面だっただろう?」
「さっきはあの不審者に襲われるところだったから
気が動転していて無愛想になる余裕がなかったのかな?
自分でもよく分からないけど・・・。
とにかく、こうやって男子の友達がまた一人増えたのは嬉しいよ。
基君とはクラスも一緒だし、これからよろしくね!」
吹雪ちゃんはニッコリと微笑み、俺をまっすぐに見つめている。
これで夏景がいなかったら完全に恋愛フラグが立つのに、
ヤツのせいでそのフラグは既にへし折られてしまっている。
・・・俺はその後、吹雪ちゃんを
バイクで20分ほどいったところにある彼女の自宅へと送り届け、
そのまま俺も折り返して自分の家へと辿り着いた。
フォーサーとの戦闘のせいで少し遅くなった理由は
両親には「彼女と遊んでいた」と適当にごまかしておいた。
・・・俺に彼女がいない事を把握している母親には
めちゃくちゃ怒られた。
でも、さすがに両親には中二宮Xレアの件は
アブソリュート・アーツ社から詳しく伝えられているけど、
実際に戦闘をしてきた旨を話すのは気が引けた。
俺は気付けば、護身道具であるはずの中二宮Xレアを
吹雪ちゃんを守るために装備して戦っていた。
人助け、といえば聞こえは良いけども、
自分の子供が怪人と戦っていた事を聞くのは心臓に悪いと思う。
俺のデビュー戦は
こうして幕を閉じた。
―――――その翌日―――――
「お疲れー!!」
・・・今日もすべての授業が終わり、
俺は快感のあまりすぐ前の席の蔵本秀人の両肩を掴んだ。
3年生のクラス分けで一緒になってから初めて話した男子、
つまりは知り合って1ヵ月足らずだけど、
天然系で話、というか話す様子がいちいち面白いのが特徴だ。
「あぁ・・・。」
秀人は俺でも瞬時に分かる落ち込みようで声だけを俺に返した。
彼はいつものようにリュックから財布を取り出し、
100円玉を握りしめていた。
秀人は授業終わりには
教室の自分の席にリュックを残したまま
学校1階の自販機で好物の「抹茶ラテ」を買いに行く。
普段は比較的テンション高めの彼がこの様子とは、一体何事だろうか?
「秀人お前さ、スマホゲームのガチャでハズレ引いただろ?」
コイツと知り合って1ヵ月程度だが、
秀人には変な特徴、というか普通の人にはないような特性があった。
それは・・・ズバり度を超えた「不運」の持ち主なんだ。
「・・・違うから。勝手に決めんなよ・・・。」
秀人がイライラした様子でそうこぼす。
そして振り返り横目で俺を睨み付けてきた。
アレ・・・?違うのか?
言われてみれば確かに、この落ち込み方は見た事が無い異常事態だな。
「じゃあ何があったんだよ!」
俺はぶっきらぼうに返された言葉に少し苛立ち、
戸惑いを掻き消すように大声を立てる。
「何だって良いだろう・・・。
基には関係ないから。」
「いや、そういうのは気になるタイプなんだよ!
今日の抹茶ラテは奢るからちょっと話してみろよ。」
俺がそう言うと、秀人はため息をつき、
足早に黙って教室を出た。
了承されたのかは分からないけど、
まぁ付いていってみるか。
俺が教室を出ると、秀人は階段の手前で止まっており、
俺が教室から出てくるのを脇見で確認して再び歩を進め出した。
何だよ・・・やっぱり話を聞いてほしいんじゃん。
ツンデレ野郎だな、アイツは。
・・・そして俺たちは1階玄関前の自販機前へと辿り着いた。
放課後のこの時間にドリンクを求めてくる生徒はそう多くなく、
昼休みに騒がしいこのスペースは今は閑散としていた。
「俺がお前の分も買うから良いよ・・・。」
一度奢ると言ってしまうと、なかなか引き下がりづらい。
秀人にうまくハメられたのかな・・・。
「いや・・・話聞いてもらえるなら今日は俺が奢ろう。」
秀人は相変わらず元気なさげにそう言うと、
自販機へと近付き、100円玉をとりあえず1枚投入する。
落ち込んでいる秀人に奢らせるのは人間性がないかとも思ったが、
まぁ、俺もそんなにお金には特別余裕がある訳ではないから良いや!
秀人が抹茶ラテのボタンを押すと同時に缶が落下してくる。
でも、その落下音に俺は違和感を覚えた。
「ん?今・・・。」
俺の呟きには反応せずに
秀人は何事も無いように取り出し口から「2本」の抹茶ラテを取り出した。
そう、100円で「2本」の抹茶ラテを取り出した。
「相変わらず変な特性だよな、秀人のその幸運は。」
秀人は俺たちが経験するよりも凄い頻度で不運な出来事に見舞われる。
が、その代償なのかどうかは分からないけど、
同時に凄い頻度で幸運な出来事も起こるんだ。
そのおおまかな流れはヤツが言うところだと中学生の頃から乱れないらしい。
「・・・・・こんなの、幸運なのかよ・・・。
こんなのが・・・こんなのが・・・。」
見ると、秀人は目に軽く涙を浮かべながらそう繰り返していた。
当然ながら俺は驚き、思わず秀人の肩に手を置くと、
秀人の肩は小刻みに震えていた。
「おい!だから、どうしたんだよ!
お前の身に何があったんだ?」
「基・・・今から緑野病院行けるか・・・?」
涙をどうにかこらえた秀人は泣き目を俺に向けてきた。
緑野病院か・・・。
学校から徒歩で1時間以上かかるけど、
俺のバイクで行けば、まぁ、20分くらいで着くか。
「そこに行けば分かるんだな、お前に何が起こったのか。」
秀人は無言で頷き、2本の抹茶ラテのうちの片方を俺に差し出す。
「・・・頼む・・・。」
正直、予定外だったけど、
まぁ今日は何の予定もないし別に良いかな。
高3男子が泣きそうになるほどの理由、っていうのも気になるし。
「あぁ、別に構わんぞ!」
俺は差し出された抹茶ラテを勢い良く受け取り、
そのまま缶のプルタブを倒す。
パカッという心地良い音と共に香りの良い抹茶ラテが封を切られた。
確かに、この高校の自販機で
100円を入れれば買えるこの抹茶ラテのコスパは最強クラス間違いない。
普通においしいし、何よりワンコインで買える強みもある。
だけど・・・これを毎日飲む秀人の気は知れないな。
常人だったら絶対に飽きるよ。
「・・・おぉ!!秀人じゃねぇか。
何だか久しぶりだな!」
俺たちがさっき通ってきた階段を降りてきたのは、
A組のイケメンモテモテ男子、坂本 荘乃だ。
180cmという高身長、整った顔付き、
抜群のスタイルと程よい筋肉を持ち合せる陸上部のエースだ。
恋愛に疎い俺から見ても、アイツが女子に人気なのは言うまでもなく分かる。
「秀人・・・?」
俺は、名前を呼ばれたにも関わらず
何も反応しない秀人を見据える。
「おい秀人、あのイケメンが呼んでるぞ。」
あのイケメン野郎と秀人がどうして知り合いなのかは分からんが、
坂本は軽い笑みを作りながらこちらを見ている。
「坂本、お前・・・烈の事聞いたか・・・?」
秀人はこれまでには考えられない低い、
殺気の籠ったような声を発した。
「烈の事・・・?入院したって話か?
いつの話してるんだよ・・・。
そんな事とっくに知ってるから。」
坂本はやれやれといった様子で目を細める。
「そんな事・・・だと!?」
そう言うが早く、秀人は坂本に走り寄り、
坂本の胸ぐらを掴み上げた。
秀人の身長は170cm程度ではあるが、
その気迫は坂本をビビらせるのには十分だった。
「待て待て!!
喧嘩は良くない!ちょっと落ち着け!」
焦った坂本は慌てて秀人の両手を振り切り、
その場から距離を取った。
・・・驚いたのは坂本だけじゃない。
隣でさっきまで落ち込んでいた秀人が
ぶち切れる寸前にまで追い込まれたんだ。
事態はただ事ではない!
「今度フザけた事言ったら・・・殺すぞ?」
秀人は距離を取った坂本を追い掛ける事はなく、
代わりに思い切り睨み付け、威嚇した。
「ったく・・・随分と凶暴なヤツだ・・・。」
坂本は踵を返し、小走りに玄関の靴箱の方へと去っていった。
「おい・・・秀人、アイツとはどういう関係なんだ?」
俺は恐る恐る秀人へと歩み寄り、訊く。
「アイツは・・・坂本 荘乃は・・・。
俺が一年生の時に同じクラスだったんだよ。」
なるほど、それで知り合いな訳だ。
「ただし・・・俺はアイツを殺したいぐらいには恨んでる。」
「おいおい、どういう事だよ・・・。
過去に激しい喧嘩でもしたのか?
でもアイツは普通に話し掛けてきた感じだったぞ?」
坂本が秀人と仲が悪いようには感じられなかった。
少なくとも、ヤツが秀人に話し掛けている様子を見る限り。
「まぁ・・・色々あってね・・・。
今ので気を悪くしてたらごめん。
そろそろ向かおうか。
確かお前はバイク通学だっただろ?
俺もスクーターで通ってるんだ。」
・・・俺はさっき秀人から感じた
凄まじい殺気の事が気になって仕方がなかった。
殺したいぐらいには恨んでいるって・・・。
そう簡単にそんな恨みは沸いてこないものだろ、普通は。
まぁ、ヤツが向かう緑野病院へと行けば
何か話してくれるかもしれない。
俺の疑問も晴れそうな気がするし、
さっさと行ってみようか・・・。
―――そして、約30分後―――
「よし!ここだな!」
俺はスクーターの秀人に続き、例のバイクを病院の駐車場へと停めた。
時刻は17時を少し過ぎたところ。
まだ辺りは明るい。
・・・到着したのは緑野病院。
内科、外科、歯科、眼科など様々な治療が施されていて、
入院設備も整っている巨大な総合病院だ。
土地の規模も当然大きい。
俺はこれまでに入院するような事故には巻き込まれた事がないから、
わざわざこうして緑野病院を訪れた事はない。
今が初めてだ。
「んで、結局お前はまだ何も話してないけど、
俺の中で軽く予想は付いている。
お前の家族か友達が事故に遭ってここに入院してる、
違うか?」
俺は運転用のフルフェイスヘルメットを取り外しながら
秀人に訊いてみる。
もはや行き先が病院の時点でそれは明白だった。
「・・・まぁ、事故じゃないんだけど・・・。」
学校からここまで30分程度かかったからなのか、
秀人はある程度の落ち着きは取り戻していた。
事情を話せるぐらいには・・・。
「・・・ここに入院している子は、
俺が高校に入ってから知り合った、
そこまでは付き合いの長くない人なんだ。」
秀人は話しながらゆっくりと病院の入口へと向かい始め、
俺もそれに黙って続く。
「高校1年生の時にたまたま席が隣になって・・・。
あ、その時のクラスは席替えをしなかったから
1年間席が隣だったんだけど。」
「ってなるとやっぱりその子は女子だろ?」
「え、まぁ、そうだけど。何で分かったの?」
「何となく。」
高3男子が泣き出すような話だ。
その知り合いが男だとは俺は考えにくい。
・・・と考える俺は性格が悪いんだろうか?
「・・・まぁいいや。
それで、その子は・・・・・」
―――それからさらに10分後―――
俺たちは病室棟のロビーにて面会手続きをし、
ロビー内の長椅子へと腰かけて呼び出しを受けるのを待っていた。
・・・あの後、秀人がこれから会いに行く
入院中の女性とやらの話をおおまかにしてくれた。
その子の名前は、高沢 烈。
俺らと同じ山村高校の同級生で、
普通ならば高校3年生にあたるけど、高校2年生で糖尿病網膜炎と診断され入院。
その後すぐに、山村高校を中退。
糖尿病というのは何となくデブが発症するようなイメージがあるけど、
彼女はその例には当てはまらず細身らしい。
なぜ高校生、しかも女子が糖尿病になったのかは分からないけども、
そういう事だった。
そして、秀人のヤツが涙を浮かべていた理由、
それは彼女の病気の進行によるものだった。
「蔵本 秀人さーん!
面会の準備が整いました。」
若く見える看護婦さんが
ロビーの椅子に座っている俺らに近付きながら声をかけてきた。
「・・・基、お前なら大丈夫だと思うけれど・・・。
烈の前で彼女が気にするような事は絶対言うなよ・・・。」
「いや、さすがに俺はそこまで非常識じゃねぇから。」
俺は苦笑いして秀人の顔を見据えるが、
それと同時に目に入った本人は、真剣な顔つきに変貌していた。
俺にその烈っていう女の子の事を話していた
さっきまでの秀人はそこにはいない。
・・・まぁ、話を聞いた俺は、
ヤツがそういう顔つきになる理由は十分理解できているんだけどね。
病室は15階まで用意されているようだけど、
俺たちが案内されたのは6階の1人部屋だった。
さっきのナースがスライド式のドアへと手を伸ばすと、
ゆっくりとその病室のドアが滑り始める。
「あ、秀人君。」
その中では、真っ白なシーツに包まれた布団から
半身だけ出している小さな女性が待っていた。
ピンク色の病衣を着ていて、笑顔をこちらに向けている。
秀人からさっき聞いた話だと、
何となく元気がなさそうでテンション低めの
大人しい系女子を想像していたんだけど、
その秀人を呼ぶ声は予想を遥かに超える活気を含んでいた。
「あぁ・・・しつこくてごめんね。
昨日も来たのに・・・。」
「ううん!秀人君ぐらいだから。こんなにここ来てくれる人。
もう大歓迎だよ。」
・・・このベッドで満面の笑みを作っている女の子が
高沢 烈か。
そんなやり取りをニコニコしながら見ていたナースは、
扉を開けて廊下へと出ていった。
「あれ?隣の男子は・・・?」
そう言われたから俺は自己紹介をしようと烈の顔へと目をやった。
が、その時だった。
その烈の顔は瞬時に凍り付き、
俺に、何か恐ろしいものを見るような目を向けて硬直していた。
「・・・えっと?」
俺は突然気まずくなり、咄嗟に視線を床に落とした。
「あぁ、この人は俺の友達の基だ。
別に警戒するようなヤツじゃないから大丈夫。」
秀人がそう言うと、烈の表情はだんだんと和らぎ、
10秒ほどで元の様子に戻った。
そこで俺は気が付いたんだけど、
この高沢 烈っていう女の子・・・普通に可愛い。
とても入院しているような病弱な体型ではなく、
頬には適度の肉がちゃんと付いているし、
顔のパーツもなかなか整っていて目も大きくて女性っぽい。
まるでアニメのキャラ並みの顔立ちだ。
でも、俺は気付かざるを得なかった。
さっき秀人にも話されたから当然って言えば当然だけど、
彼女の左目には光が灯っておらず、その瞳はどんより濁っていた。
そう・・・彼女は一昨日、以前から進行していた視力低下により、
左目を失明した、らしい。
「基君・・・?ヨロシクね。」
烈は慣れない様子を隠さず、
真顔でそう言った。
・・・この子は人見知りが激しいんだろうか?
確かに初対面ではあるけれど、
こんなに俺が怯えられる理由は見当たらないと思う。
「あぁ、よろしく。」
個人的には烈は近寄りにくいタイプだけど、
とりあえず挨拶ぐらいは問題なく交わしておこう。
「秀人君・・・荘乃は何か言ってた・・・?」
烈は目線を秀人へと移し、やっぱり怪訝そうな表情で訊く。
荘乃っていうのは、
さっき玄関前の自販機で秀人に話し掛けてきたイケメンだ。
「何で烈はまだアイツの事なんか・・・・・。」
秀人はいかにも嫌そうな顔でそっぽを向く。
「だってさ・・・私のせいで荘乃は・・・。」
「違う!!烈のせいなんかじゃないよ!
アイツが悪いんだよ!!」
秀人は嫌な思い出を振り切るかのように大声でそう叫んだ。
室内が沈黙に陥る。
・・・俺的には驚いた、というよりも、またかよって感じだけどね。
秀人は、これまで天然系の雰囲気がなんとなく好きだったのに
こんなにしょっちゅう取り乱すヤツだったのか・・・。
「・・・落ち着いて、秀人君。
私は、大丈夫だから・・・。」
そう言って烈は再び笑顔を見せる。
だけど、俺はそれが偽りの笑顔だという事はすぐに理解できた。
―――――そして、烈との面会が終わり―――――
・・・秀人が取り乱してから数分で面会は終了した。
というか、焦った秀人が一方的に話を切って出てきたんだ。
秀人が俺に話してくれたのは烈の病気の事だけだったから、
例のイケメン、坂本 荘乃との間に
一体何があったのかは分からない。
だけど、秀人の様子から考えて
そう簡単に話せないような事が過去にあったのは
確かな事だろう。
烈が俺に対して異常に警戒心を抱いていたのも関係してるんだろうか?
まぁ、色々大変そうな様子は理解できた。
けど秀人の件はとても俺が解決できそうなことではない。
でもそれでこの件から身を引くのは人間性に欠けると思うから
秀人の話を聞いてやるくらいはしてやろうかな。
「基・・・今日はありがとう。」
病室棟のロビーを抜け、駐車場に向かっていた俺に
凹んだ秀人が弱々しく話し掛けてくる。
「いや、なんかお前大変そうなんだな。
これまでただの天然系男子かと思ってたから
今日は正直ビックリしたぞ・・・。」
偽りのない、率直な感想だ。
普段怒らない人の方が怒った時には怖い。
そんな事は当たり前だけど、
秀人は普段の様子とのギャップが特に激しい気がする。
「悪いけど、あの件の中でお前には話せない事もある。
でも良かったらまた俺と一緒に烈のお見舞いに来てくれないか?
その方がたぶん彼女も喜ぶから。」
頻度にもよるけど・・・ここで嫌とは言えない。
「了解了解。また今度誘ってくれ!」
「ありがとう・・・。
俺はさ・・・どうしても烈の右目だけは失わせたくないんだ。」
既に左目が失明している烈にとって、
右目の視力を完全に失うのは、
もはや俺たちが普通に目にしているこの広大な世界を失う事と同義なのかもしれない。
まぁ、そうは言っても、秀人にできる事は
今日みたいにお見舞いに来る事ぐらいだろうね。
「だから・・・俺は・・・。」
秀人は何かを言い掛けて咄嗟に口を押える仕草を取る。
いつもの天然秀人に戻ってきたようだ。
「これからも頻繁にお見舞いに来てやれよ!
しつこいぐらいに。」
俺は自分のバイクへと辿り着き、ヘルメットをかぶる。
すると、秀人は隣の彼のスクーターへとまたがり、
俺に微笑を向けてきた。
―――――その頃、都内のアブソリュート・アーツ社内では―――――
「という事で、ここ数日で昨年12月から姿をくらましていた
ブラッディ・オーバーキラーが再び都内を中心に目撃され始めた。
警戒体勢を保つのはもちろんだが、ヤツはいずれ近いうちに俺たちの
中二宮Xレアによって処分されるだろう。」
フォーサー対策関連研究室の会議室では
多数の研究員たちや研究室長、社長など計30名ほどが顔を揃え、
重要案件のミーティング真っ最中であった。
「なるほど。ついに例の狼フォーサーを倒す時が来たのか。」
四角形に並んだ長テーブルの部屋の正面側中心には
アブソリュート・アーツ社の社長、園原 紫苑が
両手の指を組んだ状態で腰掛けている。
全身に金、銀色のアクセサリーをちりばめた、
いかにも社長という雰囲気が出ている人間だ。
「・・・数日前のフォーサー蜂起事件の際、
フォーサーの死体が全国で合計3体確認された事を考慮すると、
フォーサー達の中には孤立して勝手に行動している者もいると考えられます。
それは幸運とも言えますが、不運であるとも言えるでしょう。」
社長の園原と対局側に座っている
研究室長の岡本 龍星が発言する。
彼は白衣姿だった。
「それは・・・要は敵らのまとまりがないために
一体ずつ始末していかないといけない手間の問題、か?」
岡本の隣に座っている蔭山 神門が皮肉そうに言う。
「そうですね。
まぁ、全員が組織で団結されるよりはいくらかマシでしょう。
個人的には蜂起を起こしたフォーサー組織の親玉が
例の赤い狼という説が有力だと考えていますので、
まずは狼から処分するのが良いかと。」
「しかし・・・そのブラッディ・オーバーキラーの戦闘能力は未知数だ。
なぜ研究室長である岡本君が自らヤツらと戦うのだ?
わざわざ危険を冒してまで。」
社長の園原がそう言うと、
岡本は苦笑いを見せながら返答する。
「中二病の力を増幅させるチューニドパワーシステムを開発したのは俺です。
だったら俺がその変なシステムの被検体になるのは
もはや義務でしょう。」
「フッ、そうだったな。
くれぐれも無理はするなよ?
プロジェクトリーダーが殺害されては
この先のフォーサー対策が滞ってしまう。」
社長は笑顔を見せながら席を立つと、
そのまま会議室から出ていった。
「よし、今日は解散だ!」
岡本がそう言うと次々と椅子を引く音が立ち、
静寂を保っていた会議室が軽く賑わい始めた。
「しかし・・・お前はよくあの化け物共と戦おうと考えたよな。
私だったら拒絶するものだが・・・。」
岡本の隣に座っていた蔭山が険しそうな顔でそうなげかける。
「何、おれは自分のやりたい事をやっているだけですよ。
一人でも多くの人間を幸せにする・・・。
それが10年前から変わらない俺の目標です。」
「随分と立派なヤツだ。
が、確かそれは・・・・・。」
「そうです、『あの人』が創るはずだった世界を俺が創るため、です。」
「あの『ディスガイザー』か・・・。
私にはお前とあの人が同じ志を持っているとは思えないが・・・。」
ディスガイザー、というのは蔭山が皮肉を込めて勝手に作った呼び名であり、
そう呼ばれる者は普通のとある人間である。
「まぁ、あの人の計画はかなり大胆でしたからね。
そうやって皮肉を言われているのも仕方がないでしょう。」
「私の場合は特別だったがな・・・。
我ながらあの人のゲームを支えてきたつもりだった。
それなのにあの人は簡単に私を裏切った。
自らのフザけた計画のために・・・。」
蔭山は普段から不愛想ではあるが、さらに機嫌が悪いような顔に変貌する。
「・・・あの人はもうこの世にはいない。
いくら恨んだところでどうする事もできません。
ならば、俺たちは今できる事をやりましょう。」
―――――その日の夜23時過ぎ、都内のとある会議室―――――
「・・・次に、フォーサーが岩手で大量発生している件についてですが」
全身が黒いタキシードで顔にはピエロのお面を付けたフォーサー、
ミスターインバラスが切り出す。
「あれは私にも原因がよく分かっていません。
が、現在の岩手で勝手に暴れているフォーサー共は
すべて私の指揮下にはないヤツらです。
この状況は望ましくない・・・。」
そう返した男は、フォーサーには変身しておらず、
全身を黒いスーツで包んで椅子に座っていた。
細身で背が高く、ふちのない四角いメガネを身に付け、
いかにもエリートのような風貌がにじみ出ている。
「ならばワタクシが全員の始末をして参りましょうか?」
「いえ、岩手にいるフォーサーの戦闘能力はまだ調査できていません。
現に、私の指揮下にあったバリガインタリ13は
連絡が取れなくなったのを見ると、何者かによって処分されたと見ています。」
「では、どうしてくれましょうか・・・。」
「私が直々に岩手に出向きましょう。」
「な、何ですかそれは?
ご自分で危険を察知しておきながら自らが岩手に・・・?」
「『フォーサーの王』である私を前にして、
私に服従を誓わない者などいるのでしょうかね?」
メガネの男はそう言い、ピエロの顔を見据える。
同時に、黒服ピエロは瞬時に肩を揺らし、動揺を見せた。
「まぁ、謎の狼フォーサー、
ブラッディ・オーバーキラーの件は気になるところですが、
それはまだ良いでしょう。
私には到底敵いはしませんよ。
この・・・トレディシオン・ルイナーには。」
@第6話 「色々あるのは不自然じゃない」 完結