@第22話 本能のままに・・・
@第22話 「本能のままに・・・」
「お前、HR細胞だって!?」
HR細胞とは、
ご存知だろうがHRSでの
治療に使われる細胞である。
だけどHR細胞自体が突然変異して
例のフォーサーをつくり出してしまう事例が確認されたせいで
半年ほど前にHRSの治療は凍結になったはずだ。
・・・そんな危険なものを何でこんな派手な若者が所持しているのかは
まったく見当もつかない。
しかも、こんなタイミング良く俺に持ってくるのは明らかにおかしい。
「う、嘘だろ!その注射器の中身は普通の水とかじゃねぇのか?」
「なら試しに、君の腕に注入してやるか?」
男は僅かに目を細めると、
注射器の先端を覆うパーツを取り外す真似をしてみせる。
「いやいやいや、色々突っ込みどころがあるから!
だいたいお前は何者なんだ?
仮にそれが本物のHR細胞だとして、
お前はそれをどこから持ってきたんだ?」
俺の問い掛けに男はすぐ答えず、5秒ほど間が空いた。
その間、マスクの男はポケットから取り出した
小型の注射器のようなものを見つめていたが、
数秒後、視線が俺の顔へと戻る。
「おれの名は名乗れない。
だけど、これだけは言っておこう。
君は今後、絶対にこれを必要とする時が来る。
断言してやっても良い。」
ちょっと待て、なおさら怪しいから!
「いきなりそう言われてもなぁ・・・。
まるで”占い師”じゃん。俺は占いは信じない派なんで。」
俺が話す途中、なぜか男は一瞬だけ戸惑いを覚えたように見えた。
だけど、その変化は僅かに眉がピクッと動いたというだけで、
たぶん正確な判断ではない。
・・・俺の気のせいだろうか。
「とにかく、これを君の両手に打ち込む事で
内部の骨も含め、両手が完全に再生し、元の姿を取り戻す。
信じられないというならば、おれはこのまま帰らせてもらうがどうする?」
「それを今ここで決めないといけないのか・・・?」
「当然だ。このHR細胞の事が病院関係者にでも洩れれば
おれも、君も、下手をすれば牢獄行きになってしまう。
何せ、コイツの使用は国で禁止されてるんだからな。」
男は再び持っている注射器を俺の顔面に近付ける。
「・・・でも、お前が何者なのかだけは聞かせてくれ。
じゃないと、安心できないだろ!」
「良いのか?困っている君に最高の選択肢を与えてやっているのだ。
つまらない警戒心でそのチャンスを逃せば、
こんな機会はまたとないぞ?」
男の正体は分からないけど、
その言い分は納得できる。
俺は義手を付けて、これまでとはまったく違う生活を送るはずだった。
だけど、HR細胞を使用すれば、
たぶん元の両腕が手に入る。
交通事故で一週間も意識不明となっていた人が
HR細胞により意識を取り戻した。
先天的な障害により生後3ヶ月で脳死と判断された赤ちゃんが
HR細胞で意識を取り戻した。
地雷で脚を失った人がHR細胞により1ヶ月で完全に元の脚へと戻った。
そういう奇跡は、ここ5年間で幾度もテレビで見てきた。
・・・たぶん俺の手ぐらいなら確実に元の状態に治る。
でも、国で違法とされている治療を、
それもフォーサーという悪魔たちを生み出した治療を、
俺はこの場で謎の人物から受けても良いんだろうか・・・?
気付けば、俺の額には冷や汗が滲み、
多少の耳鳴りが起こっている。
俺の身体も、心も、動揺しているんだ。
法を・・・掟を・・・破っても良いんだろうか・・・?
「さぁ、どうする、陽遊 基。」
男が何で俺の名前を知っているかなんていう事は
もはやどうでも良かった。
俺の決断は、もう変えられない。
「・・・分かった。
誰も来ないうちに早く俺にそのHR細胞を注入してくれ。」
俺は男の顔を見る事はしなかった。
この男が確実に何かを企んでいるのは事実。
それに俺はまんまと引っ掛かった訳だから。
「・・・最後の確認だ。
君はこのHR細胞で”フォーサー”になるとしても、
治療を受けるか?」
「そんな事はもう決心がついている。
早く、してくれ。」
今はただ、元の両腕を求める事しか、
俺には興味が無かった。
他のどうでも良い事なんて、ちゃんと耳にも入ってこない。
入ってきたとしても、今の俺の頭では理解できない。
「分かった。」
そう言うと、男は
静かな歩調で俺へと近付き、慣れたような手付きで
俺の右腕へと針を刺した。
そして、胸ポケットからもう一本の注射器を取り出すと、
すぐ同じように左腕にも注射をする。
俺はどっちかというと注射は嫌いな方だけど、
そんな痛みすら感じないほどに今は飢えていた。
自分の両腕に・・・。
「・・・さて、それではおれはここで失礼しよう。」
男は使用済みの2本の注射器をポリ袋へと入れると、
ジッパーを素早く閉じた。
「俺の腕は・・・いつ治るんだ!?」
「おそらく、明日の朝、起きた頃には治っている。
だが、君はこれからより悲惨な運命を辿る事になるだろう。
それだけは胸に刻んでおくが良い。」
男は踵を返し、病室のドアに向かって歩き始めたが、
取っ手に手を掛けると同時に、動作が止まった。
「君ならば・・・この世界を変えられるはずだ。」
「え?」
男は顔をドアに向けたままそう言うと、
そのまま目の前のドアをスライドさせ、病室を去っていった。
・・・随分と分かりやすい変質者だったな。
俺が打ち込まれたHR細胞が本物である確信はない。
何の根拠もなかったし、第一怪しい男というなら尚更だろう。
でも、俺にはどうもそれは偽物には見えなかった。
俺の手に打ち込まれたものは本物のHR細胞・・・。
なぜか、そうとしか考えられない。
そして、俺がフォーサーになってしまう運命からも、
逃れられない気がしていた。
あの男の言葉には謎の信憑性があった。
もしも俺が再び同じような事件に巻き込まれるとしたら、
俺は今度は何をしでかすんだろうか?
それは現時点での俺では、想像もできない。
―――――その翌日の16時頃―――――
「イノベイティブ・コンクルーダー・・・なかなか厄介なフォーサーだな。」
例の狭い地下室では、
伊集院がキーボードでフォーサーのデータベースに情報を入力している。
そして、それを隣で長身の男が見入っていた。
「はい・・・。
あと少しやけになって突っ込んでたら、俺はたぶん殺されてました。
俺が今ここにいるのはDEADの防御性能のおかげです。
使用者がそれにそぐわない能力しか持ち合せず、申し訳ないです・・・。」
内垣外が、昼の戦闘で傷めた肩を手で擦りながら答える。
「内垣外よ、安心しろ。
私もそろそろ初期シリーズのDEADが力不足だというのは
ある程度感じていた。」
「初期シリーズ、とは?」
内垣外が尋ねる。
「あぁ、我々が現在使用しているDEADの事だ。
もし良ければだが、モガナオメガの後継アーマーが完成している。」
「そ、それはDEADの強化版ですか!?」
内垣外が突如色めき立った。
「強化版と言うよりは、後継機と言うべきだろうか。
まだテストプレイなどは一切行っていない。
おそらく性能面で問題は無いと思われるが、
私の独力で製作にあたった故、思わぬ欠陥が見つかる恐れもある。」
「いえ、伊集院さんであれば何も問題ないです。」
伊集院はPCにアーマーの開発画面を表示させ、
内垣外がPC画面を見られるように顔を呼び寄せた。
「これが新アーマー・・・テシガナデルタ?」
全身が白黒グレーカラーの迷彩柄で、
肩のガトリング砲はモガナオメガよりも小型化されている。
全体的にはスマート版モガナオメガといった感じだろうか。
「モガナオメガは、より重い一撃を叩き込むべく、
それに見合ったデザインに設計した。
だが、モガナオメガの最大の弱点はスピードに欠けるという点だ。
処刑要塞AOリブーターという
一撃必殺級の威力を持つ武器を装備していても、
敵に命中しないのでは何も意味を成さない。」
確かに、昨日のコンクルーダー戦では、
モガナオメガ自慢の攻撃力は
相手のスピードに翻弄されたせいで全く通用しなかった。・・・。
「今回のテシガナデルタは、機動力重視のアーマーに仕上げた。
両肩のガトリング砲の威力は、対飛び道具用程度に劣化している。」
PC画面にはモガナオメガが左、テシガナデルタが右に表示され、
互いのステータスをすぐに比較できるようなソフトが起動している。
「その代わり、スピード性能を上げるため、
足部に加速用ローラーを搭載した。」
テシガナデルタの足裏がUPになって表示される。
左足に4つ、右足に4つ、
ローラースケート靴のようにローラーが取り付けられている。
「この機動力を使いこなす事ができれば、
単純な俊敏性はモガナオメガの10倍となる。」
「10倍ですか!?」
内垣外が思わず驚愕する。
「ローラーだけではない。
高次元のスピードを維持するために
ウェポンやアーマーにも小型で頑丈な新素材を使用している。」
「これなら・・・素早い相手にでも一撃の威力が高い攻撃を叩き込める・・・。」
「しかし、注意点が何点かある。
一撃必殺の処刑要塞AOリブーターだが、
ローラーの重量制限の問題でテシガナデルタへの装着は出来ない。
代わりに専用武器をいくらか開発したため、そちらを使ってもらう事になる。
それに加え、ガトリングも同様だが、テシガナデルタの攻撃性能は
モガナオメガと比較して全体的に落ちている。
あくまでもスピードを生かし”攻撃回数”でその弱点を補填する必要がある。」
ここまで話すと、伊集院は席から立ち上がった。
「お前のDEADチェンジャーへと
テシガナデルタ用データをインストールする。
更に、専用ビークルへテシガナデルタのアーマーデータを同期させ、
アーマーパーツを搭載し、
装着を可能とする作業を始める。」
「・・・という事は、従来のモガナオメガへの
モードチェンジはいつでも可能だという理解で良いですか?」
「その通りだ。どちらの形態も一長一短。
相手に合わせて最適な戦闘スタイルをその場で実現する。
その程度の技術は、お前には備わっているはずだ。」
「ありがとうございます。」
内垣外は深く頭を下げる。
「一度休憩をし、それから作業を始めるとしよう。」
「ならば俺は近くのコンビニで何か買ってきます。」
内垣外は急ぎ足で地下室の扉を抜けると、
地上へ続く階段を昇っていった。
「・・・さて。一時の休憩時間だ。」
伊集院は再び椅子に座ると、
キーボードをカタカタとひたすらに打ち始める。
その画面上には、何やらブラックマイスター関連の調査を
まとめたかのようなPDFファイルが表示されていた。
伊集院の内部は、平気で他者を殺めるブラックマイスターという組織を
壊滅させんとする欲望で満ち溢れていた。
それは正義のために、などという理由ではなく、
ただ単純にそのブラックマイスターの人間を
己の良心のままに処分できるとなると、
彼は今すぐにでも単独での作戦を実行する事を望む意思を
自分の中に抑えるのに必死であった。
だが、いくら衝動に押し潰されそうになっているとは言えども、
彼の周囲の危機を察知する能力は他者を凌駕している。
伊集院は、何者かが地上からの階段をゆったりとした歩調で
降りてくる事に気付いた。
内垣外にしては帰りが早すぎるものだろう。
それに、この地下室の存在を知っているのは
アブソリュート・アーツ社、社長の園原を含む、
ごく少数の関係者のみである。
伊集院はデスクの席に着いたまま入り口のドアを見据える。
降りてくる者がドアへと手を掛けた時点で、
伊集院にはそれが人間ではない事が理解できた。
「邪魔するぞ・・・あんたが伊集院 雷人だな?」
扉を開けて現れたのは
あろう事か狼型フォーサー、ブラッディ・オーバーキラーであった。
「ほう、これは随分と意外な訪問者だ。」
両腕に鉤爪を備えた真っ赤な二本立ち狼を見据えながら
伊集院は口を開く。
怯えているような様子はないが、
彼の右手はデスク上のDEADチェンジャーを掴んでいる。
「私とて本物を見るのは今が初めてだが、
よくここが特定できたものだな。」
伊集院は席から立ち上がり、
DEADチェンジャーを狼に向けまっすぐに構える。
「フンッ、気が早いぞ。
俺はあんたと戦いに来たわけじゃないんだが?」
襲ってくれば即死、といった外見のオーバーキラーが、
姿に似合わず、戦闘を回避しようと試みているようだ。
「ほう、そういった用件だと思ったぞ。
この地下室は私の専用ビークル適応範囲外だ。
よって、ここで私はドミクロンへと変身する事はできない。」
伊集院は構えたDEADチェンジャーをポケットへと収納し、
その場で立ったまま腕組みをする。
彼としては、狼がそう返答する可能性は十分に計算できていたようだ。
ただ伊集院の殺害だけが目的だとするならば、
あれだけ堂々とこの地下室を訪れてくるのは不可解だという事になる。
「そんな事はどうでもいいな。
ちょっと、あんたと話がしたくてな。
あんたにとっても無益な話じゃないと思うが。」
「ほう、ならば聞かせてもらおうか。
それはどんな話だ?」
伊集院はオーバーキラーの内心を見透かしたかの如く、
背後にあった椅子に静かに座り込んだ。
「・・・単刀直入に言うと、”バーバレス”、についてだ。」
オーバーキラーはそう言うと、
周囲を見回し、空いていた安っぽい丸椅子を引き寄せ、
乱暴な様子でそこに着席する。
「ほう、それは一体何の名称だ?」
「やはり・・・さすがのあんたでも情報を掴んではいなかったようだな。
あんたは長年追っているはずだ。
存在する確証があっても、その姿が見えない謎の組織を。」
狼の発言を聞いた伊集院の表情が僅かに変化する。
「・・・まさか、お前がその正体を知っているとでも?」
「あぁ、超巨大テロ組織バーバレスの事には明るい。
おそらく、俺以外の人間でその情報を掴んでいる者は、
ヤツらと協力体制にあるものに限られてくる。」
狼は無機質な地下室を見回しながら
説明を始める。
「では、お前がそのバーバレスとやらの回し者ではない、
という事をどうして説明できる?」
伊集院の問いに、狼はすぐには答えなかった。
「・・・俺はちょっとした理由で、ヤツらの内情をあらかた掴んでいる。
バーバレスの本拠地も、既に把握しているんだ。」
「ほう、つまり、お前にとってバーバレスとは都合が悪い組織であり、
同じ利害関係を持つような私を利用しようと言う訳か。
しかし最も奇妙なのは、私の事を知っている、という点だろうか。
お前は何者だ?どうしてここが分かった?」
伊集院は淡々とした口調で狼を責め立てる。
「・・・あんたが信じるか信じないかは勝手だが、
俺はある程度の大雑把な未来ならもう知っているんだ。
だから会うまでもなく、他者の情報を頭に入れる事ができる。」
「という事は、お前は予言者を自称する者か。
現在では信憑性も何もない情報であるがな。」
「試しに、あんたの予言でもしてやろうか?
本来の歴史なら、伊集院 雷人は2025年に殺されている。」
「それは随分と気味の悪い予言だ。
今年中に私が何者かによって殺害されると言うか?」
「あぁ、あんたは本来の歴史では
バーバレスの存在には辿り着く事ができなかったんだ。
そのために、ヤツらに隙を突かれた。
だが、今のあんたは存在を知った。
それだけでも歴史に変動は起こるはずだ。」
狼は床に視線を落とし、少し考えるような仕草を見せる。
「・・・貴様は予言者というよりかは、
タイムマシンでこの時代に来た未来人のように取れるが、
実際はどうなのだろうか。」
伊集院の言葉を聞くなり、狼は長い溜息を漏らすのであった。
「やっぱり、あんたは油断できねぇな。
仮にでも、そうしておこう。」
「ならば、そう仮定した上で問おう。
その巨大テロ組織バーバレスとやらの目的は?」
伊集院の存在感に圧倒されるかのように
目線を逸らし続けていた狼だったが、
突如、彼は伊集院の顔を見据えた。
「世界構築欲を持つ者に導かれる、
真の理想郷の実現、だ。」
狼はそう言うと、安物の丸椅子から立ち上がり、
伊集院へと背を向けた。
「・・・バーバレスの壊滅にはあんたの力が必要だ。
そしてそれは確実にあんたの利益にも繋がる。」
狼はそう言い残し、入ってきた入り口のドアに消えていった。
・・・1人、薄暗い地下室に残された伊集院は、
天井を見据えるようにして情報の整理を始めた。
あの狼型フォーサー、ブラッディ・オーバーキラーは
約半年前に都内で大量虐殺事件を引き起こした凶悪犯罪者だ。
故に、伊集院の”処刑リスト”にも入っている。
そんなオーバーキラーが、伊集院へと協力を申し出てきたというのだ。
彼の言葉がどこまで本当なのかは分からない。
だが、組織の名前が分かっただけでも、
伊集院が園原と協力して進めていた調査は
順調に進行する事だろう。
バーバレスの行動には未だ不明な点が多いが、
何かを成し遂げようと動き始めているのは事実だろう。
―――――その約4時間後、ブラックマイスター本部では―――――
「・・・Aランク適合者は皆、揃ったようだな。
それでは、緊急会議を始める。」
上下を白いスーツに包んだ中仙道 武雅が仕切り、
ブラックマイスターの重要人物による会議が始まった。
「お前たちもニュースなどで知っている事だろうが、
湯原 海斗という
都内の刑務所に収容されていた囚人が脱走した。
それも、証言によると牢獄内でフォーサー化したようだ。
おそらく、牢屋内にて何者かによりHR細胞を投入された可能性がある。」
中仙道は
彼を四角く囲むように着席している5人に対して、
次々と視線を巡らせるように話を進める。
「・・・と、なると、囚人をHR細胞の実験台にしていた者、
もしくは組織がいるのでは?
看守が金で買われて囚人をモルモットにするなど、
あってはならない行為ですが・・・。」
聖獣グラスプ・ユニコォンへと変身する、明慶が発言する。
「レボリューショナイズ社は、先日、元社長が何者かに殺害され、
その内部の様子も怪しい限りです。
非常に黒い会社、いや、組織というべきでしょう。
噂では社長自らフォーサーの研究をしていた、という情報もあります。」
中仙道のすぐ右隣の席へと座る、
八重樫 亮太という男が説明を加える。
「レボリューショナイズ社の本社ビルは俺が崩壊させてしまったために、
その内部で人質となっていた人間達も
おそらく300人ほどはこの世を去ったはずだ。
アレは俺の不本意な過ちであったが、
その中にそういった危険な研究に携わる者もいたというならば良いのだが。」
「中仙道様、アレはさすがにやり過ぎです。
もう少し慎重に行動するよう、願います。
リヴァイアサンなら建築物程度、いとも簡単に破壊してしまう事でしょう。」
ユニコォンの明慶が微かに目を細め、
中仙道の顔を見据える。
「俺はこれまでにリヴァイアサンの力を使って戦う事はほとんどなかった。
それ故に、未だその力は使い慣れていないのだ。」
中仙道は視線を逸らし、
自分の手元を黙って見据える。
「・・・本題になるが、お前たちには
全国各地に散らばってもらい、
湯原 海斗の捜索を行ってもらう。」
中仙道の衝撃の発表に対して、
その場にいた彼以外の5人が驚愕の表情を見せた。
「フォーサー化して逃走した囚人の追跡を
なぜ我々ブラックマイスターが行う必要があるのですか?
我々が変革すべきはこの日本の制度ですし、
どちらかと言えば、問い詰めるべきは
HR細胞の開発を行っていたレボリューショナイズ社のはずですが・・・。」
グリフォンの坂本 荘乃が訊く。
「あの囚人、湯原 海斗は何としてでも潰す価値がある。
俺の決定はこのブラックマイスターの意向そのものだ。
従ってもらうとしよう。」
そう言うと、中仙道は席から立ち上がると、
自身のデスクへと置いてあったレジュメの束を持ち上げ、
室内のアトラクターたちへと自ら配っていった。
「お前たちには10日間の間、
全国の隠れ家となりそうなポイントを徹底的に探索してもらう。
交通費、宿泊費はブラックマイスターが負担する。
旅行、とは言えないだろうが、
そのような楽しみもあって良いだろう。
が、湯原 海斗を見つけ次第、
その場で早急に処分しろ。手段は問わない。」
席に着いた中仙道の声は、
だんだんと大きくなっていった。
まるでその湯原という囚人に恨みがあるかのように・・・。
「中仙道様!
我々は第2回の全国規模に及ぶテロを間近に控えております!
その湯原という人間の探索をしていては、
その肝心のテロ活動は行う事ができません!」
ユニコォンの明慶は両手を机に叩き付け、
勢いのあまり立ち上がった。
「テロ行為は後回しでも構わない。
それよりも今我々がすべき事は、
湯原 海斗の始末だ。」
激情の明慶を制するように、
中仙道は静かな口調で諭すようにそう答えた。
「・・・俺は・・・納得できません!」
そう言うと、明慶は椅子を後方に大きく蹴飛ばし、
そのまま床を踏み鳴らしながら会議室を出ていったのだった。
明慶が出ていった後の会議室では、
十数秒の間、沈黙が続いた。
中仙道以外のメンバーは皆、
少なからず不満を持っているのは確かであるが、
ここでブラックマイスターという組織の結束を乱してしまっては、
今後の活動に支障を来してしまう。
その事はしっかりと皆が理解をしていた。
当然の事、部屋を出ていった明慶も
この重要な時期にブラックマイスターを乱す事など望むはずもなかったが、
明慶自身の強い想いに組織の意向が反するともなれば、
彼は自身の精神状態を体外に晒す事も厭わなかった。
「・・・確かに、今回の作戦は俺としても申し訳ないと思っている。」
沈黙を破り、中仙道が静かに口を開いた。
「だが、あの湯原という男を始末しない限り、
俺の中では理想の世界などは構築する事ができない・・・。」
中仙道は母親を中学生の頃に事故で亡くしているが、
その事故を引き起こした犯人こそが、
フォーサー化し逃亡した囚人、湯原 海斗なのだ。
「詳しく説明をしてください。
そうでないと、ここにいる皆、不満かと思われます。」
八重樫は静かに隣の中仙道へと問う。
「・・・分かった。」
―――――その頃、会議をボイコットした明慶は―――――
・・・この俺、明慶 司は、
去年、俺が22歳の時に
中仙道 武雅が率いる
ブラックマイスターという組織の存在を知り入団を決意した。
その決意には、とある理由があった。
・・・高校を卒業した18歳の時、
俺は日頃の努力の結果を出す事に成功し、
現役で無事に東京大学理科二類からの合格通知を得る事ができた。
当時の俺はとにかく、高い学歴が欲しかった、というよりは
研究職に就き、未知の領域の研究ができる事に心躍らせていた。
そして、研究員としても成果を出し、
皆に認められるような受賞を目指していた。
そういった意味では、
俺は”名誉”を探し求めていた、といっても過言ではなく、
大学合格の時点である程度の優越感を得ていた、というのは嘘とは言えない。
俺がそういった名誉を求めるのには理由があった。
俺は両親が共に「高卒」という肩書きの家庭で育ち、
この国において、学歴というのが
いかに大切な人間の判断材料と成り得るかと言う事を
よく理解していた。
俺は東大を目指しながら、ずっと、両親を見下していた。
将来、絶対に父親、母親よりも素晴らしく、
生産的で意味のある、自らの家庭を築き上げる。
そう、強く決心していた。
・・・それから約4年後、
俺は大学院へと進学し、更なる研究を重ねていた。
その研究とは、自分の研究チームで大学4年生の時から継続しているものであり、
“人間の寿命を延ばす”ための研究であった。
当然ながら、それはこの社会に貢献する事ができるような研究であったが、
俺にとってはそのような事よりも、
自分が社会に評価されるという事の方が重要であった。
それが何にも勝る、俺の欲望だった。
・・・だが、当時の俺の選択は間違っていた。
俺たちの研究チームは、投薬により、
体内の細胞を若返らせる技術の開発に成功していた。
数回の再現実験に成功すれば、
それはこの世界へと送り出す事のできる技術である事に間違いはなかった。
そう、それが最大の不幸であった・・・。
それから間もなく、
ニュース番組に俺たちのチームの研究が紹介されたのだった。
当然ながら俺の研究チームの人間には心当たりがない。
俺たちよりも先に社会へとその研究を公表したのは、
他の大学の研究チームであった。
似通った研究内容だというならば仕方がない事であったが、
それは明らかに俺のチームの研究内容を模倣した研究だった。
おそらく、チームの誰かが
密かに金か何かでその技術を譲ったのだろう。
・・・俺は数日間、アパートへと籠り、
自分の運命を悔やんでいた。
俺が真っ先に恨んだのは、
そのチームの研究を横領した裏切り者ではなかった。
俺たちの研究を大々的に有名ニュース番組で報道する、
テレビ番組の責任者全員であった。
俺の目の前で、
俺が掴み掛けた名誉が粉々に粉砕されるような錯覚に陥った俺は、
思わず自室のテレビ画面を拳で殴り付け、破壊した。
高度な学歴、絶対的な名誉を求め、
高校時代にはあれほどまで勉強に打ち込んだというのに、
そんな俺を待っていたのはただの絶望だった・・・。
その状態から新たな研究を始める事も可能ではあったが、
チーム内の俺を含む数名はそれまでの努力が全て無意味となった喪失感から
研究チームを抜け、まさに蛻の殻となっていった。
中には、何も考えず、ただ本能のままに犯罪行為へと走る者もいた。
俺も大学院を中退し、一般企業への就職を試みたが、
とても就職活動をするような気にはなれなかった。
・・・そういった絶望を味わった俺の前に現れたのが、
ブラックマイスターという怪しげな組織だった。
その組織との出会いは去年、22歳の時の冬、
密かに狭い部屋へと集められた俺が、
リーダー格の男の演説を聞いた時である。
『狂ったこの世を変革したくはないか?』
首領である中仙道 武雅の大袈裟な発言を
俺は呆然と聞いていた。
彼の話は壮大で、抽象的で、
いかにも小学生の子供が将来の夢として語るかのような
無謀な計画に聞こえたのを覚えている。
だが、その男には”謎の力”があった。
気のせいだとは思うが、その男の話を聞くと、
何だか気分が高揚するかのような錯覚に囚われるのだ。
最初はフザけた内容だと思っていたが、
話が進むにつれて、俺は中仙道 武雅の言葉に惹かれ、
その日のうちにブラックマイスターへ入団する決意を固めた。
後日、アトラクトという人体強化溶液の適合レベル試験を受け、
その結果、俺はAランク適合者である事が判明した。
俺は自分が、数少ない、選ばれた人間であると聞き、
本当にこの世界を変革し得る力を持つのだと自覚するまでに至った。
・・・だから俺は何としてでもこの世界を変えてみせようと考えた。
“虚偽の名誉”が蔓延る、この今の世界では
俺は居心地の悪さに堪えない。
・・・そのために我々ブラックマイスターはテロ活動を起こし、
例の謎の組織からの資金獲得を目指していたはずだ。
それなのに、中仙道様は
なぜかあの湯原という囚人の殺害を最優先事項と設定する。
これは計画の停滞に過ぎず、許される事ではない。
だが・・・本格的に動き出したブラックマイスターを
ここで俺が崩壊させても良いのだろうか?
その権利はおそらく俺にはないだろう。
今はとてもあの人の顔を見る気分にはなれない。
だが、俺には構成員の1人として
ブラックマイスターを、中仙道様を
確かな世界変革へと導く義務がある。
先ほどの失敬は後でしっかりと謝罪する事にしよう。
俺がブラックマイスターの本部である事務所の玄関から
外へと出ようとした時、
ふと、玄関脇からの謎の気配に気付いた。
「何者だ・・・?」
俺はスーツのポケットから紫色の液体が入った試験管を取り出し、
自分の口へと含む直前でその動作を止めた。
その気配の正体が分かったのだ。
「・・・お前は、コンセキュエント・デステニ。
またブラックマイスターの会合に遅刻したのか・・・。」
四角い機械のような顔の輪郭に赤い一つ目を浮かべた
フォーサーがそこにいた。
ちょうど、俺が建物から出ようとするのに対して、
彼はすれ違いで建物内へと入ってくるところであった。
「これはこれは、明慶さんですか。偶然ですね。
ちょうどおれもあなたに用があったんですよ。」
デステニは立ち止まり、俺の顔を見据える。
前々から気付いていたが、
このフォーサーの"おれ"という名乗りは違和感がある。
怪人態の時にだけ自分の一人称を故意的に変えているような、
そういった感じと言えば良いのだろうか?
「・・・俺に用があっただと?」
俺がそう問うと、デステニは薄い茶封筒を俺に向けて差し出した。
「・・・これは、誰の手紙だ?
ブラックマイスター充てならば上の階の中仙道様へと渡してくれ。」
「言ったでしょう?おれはあなたに用があるのだと。」
デステニは俺が封筒を受け取るように前にその右手を伸ばす。
「・・・なぜ俺への手紙をお前が持っている?」
俺はその薄い封筒を受け取り、表裏の記載を確認すると、
確かにそれは明慶 司充ての封筒に違いなかった。
「預かってきました。バーバレス日本支部より。」
「・・・バーバレスだと?それは何の名前だ?
支部、となると、何かの団体か?」
俺は不信感を募らせながらデステニを睨み付けた。
「バーバレス、というのは
ブラックマイスターが資金獲得を目指しているという
例の謎の組織ですよ。
見事、我々の目論見は成功した訳です。」
デステニは静かにそう説明したが、
俺は途中から彼の話が耳に入ってこなくなった。
それほどの状況だという事だ。
「な、何を言っている!?
まさかそのバーバレスという組織が
ブラックマイスターへと資金提供を申し出てきたというのか!?」
さすがに作戦が少し順調過ぎるような気がする。
それに、なぜこの目の前のフォーサーがこの封筒を持ってきたのも謎だ。
この目の前のフォーサーを黙って信用して良いのだろうか?
「明慶さん、まだ気が付きませんか?」
「・・・何の事だ?」
「バーバレスはブラックマイスターではなく、
明慶さん、あなたに資金提供を申し出てきたんですよ?」
・・・何だと?
なぜブラックマイスターという組織名ではなく、
構成員の俺に対して資金援助をする必要があるのだ?
「言い換えれば・・・今の中仙道様では
ブラックマイスターの長は務まらないという事でしょうか。」
「貴様・・・!!
中仙道様を裏切る気かッ!!」
俺は再びアトラクトが入った試験管を取り出す。
ここは事務所内であるが、
俺はいつでもグラスプ・ユニコォンへと変身して戦闘体勢に移行できる。
「まぁ、落ち着いてください。
少し、考えてみてはどうでしょうか?
なぜ、バーバレスがあなたへ直々に資金提供を申し出てきたのか。」
俺は本来であれば試験管の中の紫色の液体を口に流し込んでいたはずであるが、
今の俺ではその動作には至る事ができなかった。
「・・・おれは本当に世界を変革できる者、
つまり明慶さん、あなたの下に付きますよ。
おれは未来を予測できるが故に、簡単に嘘も吹き込める。」
俺が・・・単独で世界を変える?
「あなたの使命はブラックマイスターを成長させる事ですか?
それともこのおかしい世界を変える事ですか?」
俺はデステニの問い掛けには答えず、
そのまま事務所を早歩きで出ていった。
・・・ヤツの悪意のある問い掛けに答えれば、
俺は自身の”真の使命”を突き通す事だろう。
そうなれば、俺はもはや理性的動物ではなくなる。
だが、俺の中では既に、
どこまでが理性的動物であるかどうかの線引きがされていない。
本能に従えば、その引かれた線を
いくらでも延長する事など容易なのだ。
人間が理性的動物であるという事はその程度の価値しかない。
ならば・・・俺は・・・。
歩道を歩く事で周囲を流れていく風景は静止しており、
俺の視界には自身の感情風景とも言える莫大な情報量の思考が
辺り一面に広がっているのだった。
@第22話 「本能のままに・・・」 完結




