@第18話 有機化学をマスターせよ!
@第18話 「有機化学をマスターせよ!」
・・・この私、上戸鎖は
現在、レボリューショナイズ社本社ビルを占拠しているという
ブラックマイスターという謎の組織に接触するため、
新たな秘書の野佐根と共に移動中である。
都内はブラックマイスターのテロ活動の影響で、
道中には警察による立ち入り規制が敷かれているが、
狭い裏道を通ればその立ち入り禁止区域内へと侵入する事は容易である。
「上戸鎖様、見えてきました。」
野佐根はそう言い、いつも通り目を細めながら
進行方向前方に人差し指を向けた。
「そうですね。外見は何ら変わりない普段の様子ですが、
あの中にブラックマイスターの団員とやらがいると?」
「情報によればそうなります。
占拠となると、やはりそのための何らかの手段は持ち合せている事になるでしょう。」
野佐根は私に返答をしながらその足を少し速めた。
「私以外のフォーサーが組織としてテロを起こしている・・・。
そのような可能性も否定はできません。
もしくは・・・新たなローズ・ブレイカーか・・・。」
私は急ぐ野佐根の後ろに早歩きでついていくような格好で
独り言と共に私なりの推理を始めた。
が、私の呟きに対して不意に野佐根は反応した。
「ローズ・ブレイカー・・・ですか?
その言葉、ブラッディ・オーバーキラーも申しておりました。
一体それは何なのでしょうか?」
野佐根はペースを遅らせ、
自分の背後にいた私と並ぶように問うてくる。
「本来の人間の限度を超える力を持ち、
人間であるための「掟を破る者」、それがローズ・ブレイカー。
これは私の勝手な造語ではなく、
例のバーバレス幹部が使用していた言葉ですが。」
私は自分でここまで続けると、自分の発言を
無意識にもう一度脳内で繰り返していた。
ローズ・ブレイカーというのは
フォーサーやアーマー装着者などを一括して、
かつて私に資金提供を行っていたバーバレスの人間が
勝手にそう呼んでいたのであった。
つまり、ローズ・ブレイカーという言葉は
バーバレスと接触の機会があった者しか知らないはずである。
もしも野佐根を私に回してきた狼型フォーサー、オーバーキラーが
その言葉を本当に使用していたという証拠があるのならば、
何らかの形で彼がバーバレスと関わった事に違いないだろう。
オーバーキラー・・・ますます怪しい存在だ。
「私はレボリューショナイズ社に所属する研究員ですが、
なかなか本社ビルへと出向く機会が少ないので
内部の様子は詳細には分かりませんが、
どのように侵入しましょうか?」
私は飛び出した疑問を野佐根に悟られぬよう、
話題を切り替える。
彼女はオーバーキラーの回し者であるが故に、
私の秘書とは言えども心が許せる存在ではない。
「通常通り、正面玄関から入りましょう。
こちらが手の込んだ侵入経路を利用した場合、
それに対する敵の反撃が読めません。
何階にヤツらがいるのか分からない以上、
正面から入らなくては作戦が立てにくくなるでしょう。」
野佐根は私の顔を睨み付けながら言う。
「確かに、敵の動きを読むためにも、
まずは何も考えずに正面突破が良いでしょうね。」
作戦を話し込んでいるうちに私たちは
既にレボリューショナイズ社の正面玄関前へと来ていた。
やや前方を進んでいた野佐根が立ち止まり、
玄関の壁に沿うように貼り付き、慎重に内部の様子を確認する。
「・・・上戸鎖様、玄関に入りすぐのロビーに
黒いスーツの男が十数名、警備をしているようです。」
「人数と言い、服装と言い、明らかに会社の警備員ではありません。
あなたが望むというのであれば、始末してしまっても構いませんよ?」
私のその台詞を聞くなり、野佐根は口元を歪め、
両目を静かに閉じ、3回ほど深呼吸を繰り返すと、
その後、両目を勢いよく開け放った。
「あの男たちは全員。私の獲物にさせていただきます。
・・・変身!」
野佐根は今までより比較的大きな声で
力を込めてそう叫んだ。
すると、彼女の全身が顔から下へと順にグレーの甲殻に覆われ始めた。
顔面は、本来の顔のパーツの代わりに虫の複眼のように赤い点が散りばめられ、
ただでさえ目付きが悪い野佐根は、
それをも超える、更に恐ろしい表情へと変貌した。
続けて背中から合計で8本にもなる、黄色と黒の縞模様が特徴的な
まるでサソリの尻尾のようなものが生えてくる。
その先端はサソリなだけあって鋭利で、独特な湾曲した形状をしている。
黄色と黒の縞、というのは
生物が危機を察知する配色とも言われており、
その8本の尻尾は圧倒的な存在感を主張している。
「・・・これが私の怪人態、エレキトリック・スコーピオンです。」
スコーピオン、というとサソリの事であるが、
怪人態の容姿は「クモの脚が背中に生えたサソリ」のような姿をしている。
全身の甲殻は堅そうで防御面で長けているように見えるが、
女性らしい細いフォルムのフォーサーである。
個人的な感覚ではあるが、サソリもクモも共に
あまり好感を持たれない虫であろう。
その2種類の虫類を同時に体現するフォーサーともなると、
さすがは不気味な野佐根にそぐうような気もする。
変身を完了したスコーピオンは
彼女の目の前にあった正面玄関の扉を
右足で思いっきり蹴散らしたのだった。
私はまだ変身せずに、彼女の背後から様子を窺っている。
「何だ、お前は?」
占拠しされているというビルへと堂々と入ってきた怪人に対して
黒いスーツに身を包みサングラスを掛けたロビーを徘徊していた男たちが
15人ほど一斉にスコーピオンのもとへと集まった。
「あなたたちがブラックマイスターですね?
本日はあなたたちの力を試させていただきに来ました。
あなたたちの中で一番強い方を出してください。」
スコーピオンはくぐもったトーンの高い声で
淡々と敵を挑発し始める。
「お前・・・我々ブラックマイスターを随分と甘く見ているようだが、
殺されてから後悔しても遅いぞ?」
黒服男たちはファイティングポーズを構え、
次々と戦闘体勢に入っていく。
その様を見ていたスコーピオンは腕組みをしながら素立ちのまま、
何も焦るような様子を見せない。
確かに、相手が生身の人間であれば、
フォーサーが負ける事などまず有り得ないと考えて間違いはない。
スコーピオンの態度も何ら不自然なものではないだろう。
次の瞬間、15人の黒服の中の1人がその場からステップで素早く移動し、
スコーピオンの顔面に目掛けて右フックを繰り出した。
その瞬間、スコーピオンの背中のクモの足のような触手が蠢き出し、
8本のそれが一斉にその男へと迫った。
「何・・・?」
スコーピオンの触手は先端がサソリの尻尾のような形状になっているため、
突き刺すような動きで男の全身へと向かって尻尾は伸びていったが、
8本の尻尾は一斉に男の身体に弾かれたのだった。
生身の人間が相手ならば服越しとは言えども
フォーサーの針が通らない訳がない。
私はその状況に目を見張っていた。
スコーピオンは自分の針が通らなかった事を確認すると、
組んでいた腕を瞬時に開き、
空中で後転をするような格好で男の拳を避ける。
スコーピオンは四つん這いになる形で後方に着地すると、
再び8本の尻尾を男へと伸ばす。
その動きは俊敏かつなめらかで、
背後で観戦しているフォーサーの私でも読めなかった。
尻尾たちはやはり次々と男の身体に弾かれ、
まったく効果をなさない。
もはやその男の皮膚が硬質化している事以外、
考えられなかった。
男は四つん這いのサソリへと接近し、
その顔面目掛けて蹴りを繰り出す。
が、その瞬間にサソリは再び宙へと飛び上がり、
その動きと共に再び尻尾は男の顔を集中的に狙い、動き始める。
何とも俊敏な動きである。
確かに外見はほっそりとしていて身軽な様子であるが、
これほどまで動きが軽快なフォーサーを私は知らない。
「ぐ、ぐああッ!!」
男は先ほどまでサソリの尻尾による攻撃を無効化していたが、
今回はその攻撃を食らうと同時に呻き声を発し、
そのまま背中からロビーの床へと倒れた。
男が倒れると同時にスコーピオンも2本足で静かに着地する。
「我々のアトラクトが破られたのか!?」
後方で観戦していた男たちが仲間同士で顔を見合わせ、
何やら打ち合わせを始めている。
「・・・あなたたちの皮膚を硬質化する技術は
アトラクトというのでしょうか?」
スコーピオンが腕組みをしながら訊く。
「アトラクトはブラックマイスターが独自に開発した人体強化溶液。
これを飲む事で個人差はあるが約30分間、
使用者の身体能力を増幅させると同時に皮膚も硬質化する事が可能。」
男の中の1人が答え、スーツのポケットから
内部で紫色の液が揺れる試験管を取り出した。
・・・なるほど。
人間の力を超えた一種のローズ・ブレイカーを一時的に生み出し、
その者を使って全国で占拠騒動を起こしているという事か。
「なるほど・・・それで私の針が通らなかったと。
しかし、電撃には耐性がないようですね。」
スコーピオンがそう言うと、
私は先ほどサソリが何を仕掛けたのかあらかた検討が付いたのだった。
ヤツの名前はエレキトリック・スコーピオン。
おそらく尻尾を通じて電気を対象へ流す事ができるのであろう。
更に、鋭利な尻尾で直接に対象を刺し殺す事も可能。
攻撃方法は分かりやすいが、動きが読みづらいという点では
敵に回せばなかなか厄介なフォーサーだろう。
「電撃、とは随分と稀な技を使う・・・。」
アトラクト、という特殊な強化方法で力を得た人間でも、
電撃には何の耐性もないらしく、
男たちは少しずつ後ずさりを始めた。
するとスコーピオンは足元に転がっている
先ほどの男を右手で持ち上げると、1本の尻尾をその喉元へと接近させる。
「この男はいずれアトラクトとやらの効果が切れ、
私の人質となります。
それでも良いのでしょうか?」
「・・・それは良くないなぁ。」
スコーピオンの呼び掛けに答えたのは、
黒服たちが集まっている箇所の後方の通路から現れた人物だった。
その男は、歳は二十歳前後で、
黒服ではなく黄緑と白色のチェックのトップスに
インディゴのジーンズを履いている。
髪は黒髪の短髪ヘアーで、トップを派手に立てている。
その謎の男が現れると、黒服たちはこぞって道を開けるように脇に寄り、
男を前へと通した。
「我々に逆らった時点で、人質も何も
お前には黙って消えてもらう。
このアトラクトAランク適合者、隼野 千石によって。」
男はそう言うと、チェックの上着から紫色の液が入った試験管を取り出し、
素早くフタを取り、自身の口へと流し込んだ。
「・・・うおおおおッ!!」
隼野と名乗る男は叫びながら持っていた試験管を投げ捨てると、
両手の拳を握りしめ、宙を見据えた。
すると、彼の身体は見る見るうちに黄緑色の表皮に覆われ、
身体の各所に鎧をまとったかのようなデザインの
まるでギリシャの闘神をイメージしたかのような怪人が出現した。
上半身は硬質化した黄緑色の皮膚が露出しており、
下半身は布のような鎧パーツで覆われている。
足は裸足で、全身がたくましい筋肉で溢れている。
「これは、新しい怪人ですね。
上戸鎖様、出番ですよ。」
スコーピオンはそう言い、
ビルの外で観戦していた私へと大声で呼び掛ける。
先ほどから黒服たちは私に気付いている様子は見せなかったが、
今のスコーピオンの呼び声で完全に存在が把握されてしまった訳だ。
私は潔く、早歩きでロビーへと入り、
そのままスコーピオンを回り、彼女のすぐ前へと立った。
目の前には怪人と黒服の男たちが身構えている。
「アトラクトだか何だか分かりませんが、
私を差し置いて支配同然のテロ行為をしてもらっては困りますよ?
・・・ジェネレイト!」
私はそう言い、右手をまっすぐに前方へと突き出す。
すぐに私の身体は漆黒の怪人、トレディシオン・ルイナーへと変身した。
「私はトレディシオン・ルイナーと申します。
そちらの怪人のお名前は何というのでしょうか?」
「俺はアトラクター、巨兵プライアー・サイクロプス。
お前は見たところフォーサーのようだが、
そんなお前には我々アトラクターの強さを見せ付けてやる!」
サイクロプスと名乗る怪人からは、
フォーサー同様にくぐもった変身前の隼野の声が聞こえてくる。
敵は謎の溶液アトラクトを用いて変身する「アトラクター」という事か。
これは立派なローズ・ブレイカーと見なす他はないだろう。
「あなたたちもバーバレスの支援を受けて
今回の全国規模になるテロを計画していたのでしょうか?
あの組織は信用ならない。
すぐに潰すべきだと私は考えますが。」
「・・・お前、その組織を知っているのか?
バーバレス・・・本当に実在していたのか。」
私の問い掛けに対し、サイクロプスは
考え込むように腕を組み始めた。
「その様子だと名前ぐらいは聞いた事があるようですね?
しかし、直接の関係はないと?」
「・・・我々ブラックマイスターは、
そのバーバレスとやらに目を付けさせるために行動をしている。
ヤツらがどんな基準で資金援助をしているのかは不明だが、
こうして破壊行為を繰り返す事でそういった目を引く目的には叶う。」
「なるほど、それでアトラクト・・・アトラクターという訳ですか。
しかし、あなた方は何のために資金援助を望むのでしょうか?
これほどまでに大きな騒ぎを起こすからには、
何らかの大きな目的がないと不可解な事ですよ。」
「我々ブラックマイスターは・・・この不条理な世界を変革する。
大首領である中仙道 武雅様の意思のもとに!」
そう言い切ると、サイクロプスは素早くロビーの床を蹴り、
私へと向かってまっすぐに接近してくる。
しかし、私は動かずにそれを見据えたまま静止している。
私は戦闘の技術などは特に磨いていないが、
まずは敵が攻撃を繰り出す事を許し、
その攻撃からある程度の俊敏性や腕力を計算する。
そこからトレディシオン・ルイナーが使用できる技を駆使し、
敵を追い詰める。
その過程で、いかに私が上なのかを相手に意識させるのが戦闘の必須条件。
それが抜けた場合、戦う意味などほとんど無いのである。
「我らの目的のため、お前達を倒し、
このレボリューショナイズ社の制圧を完了させる!」
サイクロプスは血管の盛り上がったたくましい腕で右フックを繰り出す。
「ジメチルクロー、ジェネレイト。」
私がそう言うと、ルイナーの胸部にある四角穴のハッチが開き、
内部から2本のまっすぐな爪を備えたクローパーツが勢いよく二つ飛び出した。
それは接近するサイクロプスの身体へと命中した後、
跳ね返ってきて私の両手甲へと装着される。
クローパーツが命中したはずのサイクロプスはバランスを乱す事無く
そのまま右の拳を私の腹部へと目掛けて突き付けてくる。
私は両腕を交差させ、そのクローパーツでサイクロプスの拳を受け止めた。
すると、私はその予想以上の拳の威力に驚かされたのだった。
このトレディシオン・ルイナーでも、
その場から後退せずに受け止める事が困難で、
私は2,3歩自分の背後へと下がった。
私はそこから再び前進し、右手のクローで
サイクロプスの身体を下から上方向へと切り裂こうと振り上げた。
が、サイクロプスは私から見て左へのステップで避け、
そのまま続けて少し後方へとステップを切り距離を開いた。
「見かけによらず、素早い方ですね。」
私は距離を取ったサイクロプスに向かって走り寄り、
今度は左手甲のクローを突き出した。
「・・・鈍いな。」
サイクロプスがすぐに技を読み、
右へとステップを切ろうとした、その時だった。
私の右足がサイクロプスの左足へと引っかかった。
「鈍いのは一体どちらでしょうか?」
「何だと!?」
サイクロプスはバランスを崩し、床へと崩れていく。
その隙を逃さず、私はさきほど引っ掛けた足を抜き、
そのまま上に高く上げ、仰向けのサイクロプスへと踵落しを命中させた。
「ぐっ!」
たかが踵落しとは言えども、
その動作主はフォーサーである。
その凄まじい威力故に、床のタイルが数枚に渡ってひび割れていた。
「私は世界の変革などには興味がありません。
世界の変革を求める人間は・・・言わば世界を変革せねばならぬほどに
自分が現在の世界に適用できない未熟者なのではないでしょうかね?」
私はあざ笑うように足元のサイクロプスに
自身の右足を激しく押し付ける。
「・・・乗り込んでくるだけあって、なかなかやるな。
が、世界の変革を要さない貴様は、
思考能力がその程度だとも言えるだろう?」
サイクロプスはそう言うと、ルイナーの足をがっしりと両手で掴み、
そのまま上方向に思いっきり押し上げた。
あまりの力に私はよろめき、その隙にサイクロプスは床を転がり、
私の拘束を解いた。
「思考能力なんてものはどうでも良い。
私が求めるのは他者を自分に服従させる事そのものです。
故に、他の者が勝手に「支配もどき」を始めたとなると、
私には耐え兼ねる。」
「支配もどき・・・か。
そもそもお前は他者を服従させて何がしたい?」
サイクロプスは床から立ち上がり、話を続ける。
私とは5mほどの距離が開いている。
「他者を服従させる事は私の周囲の人間の思考を停止させ、
私の意のままに操る事と同義です。
しかし、私が求めるのはその結果ではなく、あくまでも過程。
私へと牙を剥くような愚か者が恐れを成して私に服従する様は
あまりにも滑稽で、心地良く、そしてこの上ない愉悦となる。」
「・・・どうやらお前は相当なサディストのようだな。
拘り方にも程がある。」
「フッ・・・人間など加減は違えども、皆サディストですよ。
他者の苦しみは何らかの形で自分の生きる糧となる。
あなたにも経験があるはずですが?」
私は皮肉を込めてサイクロプスへと問う。
「そうだな・・・ならばお前をここで痛め付けて
俺もサディストになるとしようか!」
そう言うと、サイクロプスは腰の四角いケースから
何やら先ほどとは違う色の溶液が入った試験管を取り出した。
「それは?」
試験管の中では、緑色の液体が揺れている。
アトラクトという溶液は紫色をしていたはずだ。
「これは・・・「トリメンダス」。
アトラクトAランク適合者のみに使用が許されており、
度を超えた更なる力を得る事ができる。
俺も実際に使うのは初めてだがな。」
そう言いながらサイクロプスは試験管のフタを抜き、
緑色の液体を一気に口へと流し込んだ。
試験管の中の液体は、一瞬のうちに巨人の喉へと吸い込まれていった。
「な、何だこれは!?凄いぜ・・・。
身体の底から力が溢れてくる!
やはりアトラクターはこうではなくては!!」
トリメンダスという溶液を飲み、
様子が変わったサイクロプスはまるで酔っ払いのように、
今までの声量とは比べ物にならないほどの大声で叫び始めた。
「フルフィルモードおおお!!」
サイクロプスがそう叫ぶと同時に、
彼のたくましい筋肉を持つ右手がぐにゃりと変形を始めたのだった。
本来、手首があった場所からは70cmほどの白銀の刃が伸びている。
しかし刃の峰側は妙に分厚く黄緑色の肉で覆われており、
刃は峰側上半分がそれで見えなくなっている。
まるで「刃のついたハンマー」のようなボリュームを誇る武器腕だ。
「・・・その奇妙な形をした右手は何でしょうか?」
「タイタンガンブレード・・・。
こいつがお前をズタズタに仕上げる。
俺もこれでサディズムを理解できるのかもしれない。」
サイクロプスの右腕に搭載された
タイタンガンブレードという名前の武器腕には、
私にはどこにも「ガン」の要素が無いように見える。
「使いにくそうな武器ですが、早く試してみてくださいよ。
このトレディシオン・ルイナー相手に。」
「あぁ、そのつもりだ。」
サイクロプスはルイナーへとまっすぐに迫り、
5mほどの距離をすぐに詰めた。
「ブレードにはブレードで挑みましょう。
プロパンブレード、ジェネレイト!」
私の胸部の四角穴から刃渡りが長方形のブレードが生成され、
飛び出してくる。
私はそれが飛び出すと同時に右手で握り、
接近してくるサイクロプスへとまっすぐに構えた。
「はあっ!」
サイクロプスは全身を投げ出し、
彼の全体重を乗せたブレード攻撃を放ってきた。
刃部分を叩きつけるような構えのようだ。
「その攻撃力、見せていただきましょうか。」
私は右手で握ったプロパンブレードに左手を添え、防御体勢に入る。
次の瞬間、互いのブレード同士が衝突し、高い音が響き渡った。
「ん?」
私はサイクロプスのブレードに弾かれ、何歩か後退する。
ただでさえハンマーのような外見のブレードに、
全体重を乗せた彼の攻撃の威力は、見た目通りに物凄いものである。
「・・・まだだ。」
サイクロプスが小さな声でそう呟いた直後、
突然、私は自分の身体に違和感を覚えた。
私の身体には何発かの銃弾が命中したのだった。
着弾点から白煙が立ち上っている。
「・・・銃弾ですか?一体どこから?」
通常、自動小銃などの銃弾ならば
私のような高い防御力を持つフォーサーには何の効果もない。
怪人本人にはダメージすら感じられない。
しかし今、着弾した銃弾に対しては確かに痛みを感じた。
それも生易しくはない痛みを・・・。
「どうやら、驚いているようだな、トレディシオン・ルイナー。
これが気になっているのか?」
そう言ってサイクロプスが見せてきたものは、
なんと、ブレード上半分の肉が分厚く付きまとっているような部分から
刃側にかけて、金属質の銃口が計6個も覗いていたのであった。
・・・なるほど。
刃の峰側が肉で分厚く覆われていたのは銃口を隠すためか。
ブレードでの切断と、
その対象に向けて銃弾を打ち込む事が同時に可能な武器腕。
ヤツの右腕は今、ブレード、ハンマー、ガンの3種類もの役割を担っている。
なんという贅沢な武器だろうか。
「もっとこのタイタンガンブレードを味わってもらおうかぁ!」
今度はサイクロプスがその武器腕を横方向に振りかざすように
ルイナー目掛けて迫ってくる。
「くっ、ベンゼンシールド、ジェネレイト!」
私は四角穴から六角形の真っ黒な盾を生成する。
さきほど生成したプロパンブレードを右手に、
シールドを左手に構える。
間もなく、シールドと巨人の武器腕のブレードが衝突した。
「何?まさかベンゼンシールドでもこれほどの衝撃がくるとは・・・。」
サイクロプスは重量のある武器腕を振り回している。
よって、攻撃力は重さによって高まるが、
全体的なスピードは落ちてしまう。
その攻撃力が高い一撃をベンゼンシールドで防ぎつつ、
右手に構えているプロパンブレードで斬撃を叩き込む・・・。
・・・とは考えても、ヤツのブレードには銃口が搭載されている。
ブレードによる攻撃をガードした後にも、続けて銃弾が飛んでくる。
それを防ぎ切らなくては何らかのダメージを負う事になるだろう。
案の定、サイクロプスの右手からは続けて銃弾が大量に飛んできた。
超至近距離射撃だ。
私はそのままシールドによるガードを継続する。
銃弾はカンカンとシールドの広範囲に命中し続けるが、
ルイナー本体には届かない。
「シールドか・・・良い武器を持っている。」
5秒ほどで射撃が止み、サイクロプスは右腕を静かに下ろした。
「・・・隙を見せましたね?」
私は右手のプロパンブレードを構え、
攻撃を繰り出そうと思い切りブレードを前方へと突き出そうとした。
・・・と、その時だった。
銃弾を発射し硝煙らしき煙を上げていたタイタンガンブレードが反応した。
瞬時に私が右手に握っていたプロパンブレードを横へと弾き飛ばし、
そのままヤツのガンブレードの進路は私の顔面へと向かっている。
「くっ、速い!?」
左手にシールドを握ってはいたが反応が間に合わず、
私は顔部にガンブレードの重い一撃を食らう事となった。
私はその場でよろめき、後方へ数歩ほど後退する。
が、サイクロプスは容赦なく隙まみれのルイナーに迫り、
刃先を叩きつけ、同時にその銃口から零距離射撃を繰り出す。
左に向かったブレードは再び弧を描いて右へ戻り、
往復際に対象を切りつけ、また射撃する。
右へ向かったブレードが再び左に向かおうとした時、
私は左手のシールドをそのガンブレード目掛けて突き出した。
だが、サイクロプスはそれを見切り、床を蹴り放ち、跳躍した。
私の頭上をすれすれで1回転して背後へと回り込み、
着地際に私の背にガンブレードを振り下ろす。
そして、再び零距離での射撃。
「・・・くっ!」
私はシールドをその場に投げ捨て、
背後のサイクロプスへと右手のクロー攻撃を放つ。
が、彼はクローをガンブレードの刃で受け止めた。
同時に、ブレード峰側から刃側に伸びている銃口から銃弾が連射される。
私は銃弾を受けながらサイクロプスとは反対側に移動していく。
「・・・この連鎖攻撃は素晴らしいですね。
この私でも翻弄されてしまう。」
「食らえッ!」
サイクロプスのガンブレードの刃が
再び加速をつけてルイナーへと叩き込まれる。
私はそれを両手のクローで受け止めたが、
あまりの衝撃にそのまま5mほど床を滑走し、
仰向けでロビーの壁へと身体を叩き付けた。
「・・・この私がここまで追い込まれるだと!?」
あの銃と刀が一体化した武器腕も脅威には変わりない。
斬撃と銃撃が同時にできる武器など恐ろしいに決まっている。
が、それよりも驚くべきは、
あれほど重量がある武器腕を右手に装備しているにも関わらずに、
身体のバランスを崩さないばかりか、俊敏さを極めた攻撃を繰り出す
巨兵プライアー・サイクロプス本体だ。
ヤツ相手に接近戦を挑むのは知的な選択とは言えないであろう。
重いブレード攻撃にとどまらず、そのブレードからの零距離射撃まで飛んでくる。
しかし、今、戦場はこの壁に囲まれたロビーだ。
私は飛び道具系の武器を胸部の四角穴から生成する事も可能ではあるが、
この玄関で高威力のキャノン砲を発射する事は慎みたい。
下手をすればこの40階建てのビルが崩れ落ちてくる事になるからだ。
「上戸鎖様、一体何をしているのですか?」
私はふと我に返り、辺りを見回す。
と、そこには黒服男たちを始末し終えたスコーピオンが
私とサイクロプスの戦いを観戦していた。
黒服たちは一か所にまとめて積み上げられており、
おそらくスコーピオンの電撃を食らった結果だろう。
「何だと?アトラクトBランク適合者達が、
これほどまであっけなく倒されたというのか!?」
サイクロプスは背後の惨状を確認し、動揺している。
今まで私との戦闘に集中していたためか、
周囲の戦況には全く気が配れていなかったようだ。
「私はこの背中に付いている8本の尻尾だけではなく、
各尻尾から発せられる「電撃」を操ることも可能なのですよ。
彼らがあまりにも丈夫なので、今回は電撃で対処させていただきました。
故に、彼らは全員、絶命はしていません。」
「電撃だと・・・?
確かに、電撃に対しての耐性は持ち合わせていなかったか。」
サイクロプスは苛立たし気に右手のブレードを振り下ろす動作を取った。
「さて・・・上戸鎖様、そちらを片付ければ終わりですよ。
私もお手伝い致しましょうか?」
ここでスコーピオンの電撃をサイクロプスに命中させる事ができれば、
後は私の独力でも対処できる。
サイクロプスは確かに手強い相手ではあるが、
カオティックフロッグや、ブラッディ・オーバーキラーのように、
2体で寄って掛かって倒さねばならぬほどのローズ・ブレイカーではない。
それに・・・私にはまだ手がある。
「いえ、心配無用です。
しかし、良い機会ですのであなたから預かった”アレ”を使わせていただこうかと。」
私はそう言い、腰にぶら下げるように取り付けていた
「腕時計」のようなユニットを取り出した。
しかしこれは現在時刻を示すための道具ではない。
まず形状は私がいつも使っている盾「ベンゼンシールド」そのままで、
六角形で、黒い光沢を放っている。
そして針が時計の要領で2本付いているが、長さが2本とも同じなのだ。
さらにその2本の針は時刻で表現すると「12時」ちょうどで動きを止めている。
「・・・何だ、その奇妙な腕時計は?」
私と10mほど差を開いて立っていたサイクロプスが
不審に思ったらしく、尋ねてくる。
「これは、”オルトメタパラウォッチ”です。」
オルト、メタ、パラというのは
芳香族有機化合物の名称に使われる用語である。
なぜこんなアイテムを私が所持しているのかというと、
結論から言えば3日前に初めて野佐根が私を訪ねてきた時に
彼女から渡されたからだ。
野佐根によるとオーバーキラーが、
これを私に渡せ、と指示していたとの事だが、
なぜオーバーキラーが私の強化アイテムを持っていたのかは疑問である。
「試運転は済ませてありますか?」
「当然です。」
私はスコーピオンの問い掛けに答えながら
オルトメタパラウォッチを自身の左手首へと装着する。
「・・・オルトメタパラウォッチ、起動。」
針の付け根となっている一点を右手の平で勢い良く叩く。
《オルトォ!メタァ!パラァ!》
野太い男声のガイダンス音が時計から鳴り響くと同時に、
チッチッチッと、時計の秒針と同じペースで
2本の針のうちの片方のみが進み始める。
「・・・そのおもちゃで俺を倒そうっていうのか?
フザけるのもいい加減にしろ!!」
サイクロプスは自身のガンブレードを振りかざし、迫ってくる。
その時、オルトメタパラウォッチの動針が時計でいう「2」を回った。
すると、突然私の身体から眩い光が放たれ始めた。
「くっ、何だ・・・この禍々しい光は?」
「オルトモード、ジェネレイト!」
・・・光の消滅と共にそこにいたのは、
ルイナーの全身が「銅色」に染まった
トレディシオン・ルイナー、オルトモードであった。
「一瞬で体色が、黒から銅色に変わっただと!?
何をしたのだ?」
「o-キシレンカイザーナックル、ジェネレイト!」
ジェネレイトしたナックルパーツが私の手に装着されるより早く、
私はサイクロプスに照準を合わせ、自身の右拳を突き出していた。
ルイナーの変色により動揺していたサイクロプスは
防御に回るタイミングを失っている。
拳がサイクロプスへと命中する直前に、私の右手には
先端の尖ったナックルパーツが装着され、そのままケツァルコアトルを突き刺した。
「がっ!
コイツ・・・攻撃力がさっきよりも上がっている!?」
「・・・それでは続けて。」
私の左手に装着された時計の動針は時計でいう「4」に達した。
再び、ルイナーの身体から光が溢れる。
「今度は何だ!?」
「メタモード、ジェネレイト!」
さきほどと同様に、私の身体は気付けば「銀色」に変色していた。
この2番目の変色はメタモードである。
「m-クレゾールアーマー、ジェネレイト!」
私の叫びと同時に胸部の四角穴からアーマーのようなものが飛び出し、
上半身を覆うような形で私に装着された。
アルファベット「V」の開き角度を120度ほどまで広げたような形のアーマーである。
「色変えて俺で遊びやがってッ!」
サイクロプスは苛立ちと共に銀色のルイナーに向けて
ガンブレードを何度も叩き付ける。
私はその様子を傍観しているだけで反撃はしない。
なぜなら、防御力が高まっているメタモードのルイナーに
与えられるダメージは限られているからである。
逆に連続攻撃の反動でサイクロプスはスタミナを失い、よろめいている。
「・・・今度は防御力が高まっているのか!?」
「次がラストですよ。」
腕時計の動針は時計でいう「6」へと達していた。
再び私の身体からは光が発せられる。
「パラモード、ジェネレイト!」
そして、眩い光の中から出現したのは
「金色」に変色したルイナーだった。
「今度は金色か!?」
「テレフタルロッド、エタンジオールランス、ジェネレイト!」
パラモードとなった私の四角穴より、
黒色の「長いロッド」と、真っ白な50cmほどの「短い槍」が生成された。
私はロッドを左手で、ランスを右手で握る。
「フッ!」
攻撃力が高まる「オルトモード」、
防御力が高まる「メタモード」、
そして、「パラモード」では圧倒的なスピード上昇が起こる。
サイクロプスは両手に武器を持ちながら迫ってくる私に対して
右手のガンブレードを振り回すように叩き付けてくる。
しかし、私は素早い動きでその打撃を避け、
代わりに左手のロッドの先端をサイクロプスの顔面へと叩き付けた。
「・・・速い!?」
ロッドが顔に命中して怯む巨人に向けて、私はランスを突き刺す。
それはサイクロプスの胸部へと命中した。
「グッ!!
馬鹿な・・・この俺が圧倒されているだと!?」
彼の傷口からは奇妙な紫色の液体がしたたり落ちてきていた。
おそらくそれは身体を循環しているアトラクトだろう。
「さぁ、これで終わりにします。」
私の左腕の時計の動針は既に「9」を過ぎていた。
私が金色のパラモードでいられるのは残り15秒だ。
15秒を過ぎると、通常のトレディシオン・ルイナーへと戻ってしまう。
その前にサイクロプスへととどめを刺したいところだ。
「テレフタルロッドとエタンジオールランスを合体。
ポリエチレンテレフタラートシャフト、ジェネレイト!」
私が叫ぶと、自身の両手の武器が宙へと浮き上がり、
黒いロッドの先端と白いランスの持ち手側の先端が接触し、
白黒に綺麗に色が分かれるひとつの武器へと変形した。
同時に、多量の「水」が武器の両端から溢れ出す。
「我が必殺技、食らうが良い!
クリティカルディスタント・ルイネイション!」
トレディシオン・ルイナー・パラモードの両手で構えられた
ほぼ半分同士の配色で白黒に分けられた武器、
ポリエチレンテレフタラートシャフトが、
突如、水を放射しながら勢い良く伸び始めた。
白と黒の繋ぎ目から新たに白と黒の棒パーツが次々に生成され、
シャフトが「標的」に向かって見る見るうちに伸びていく。
もちろん、攻撃の標的は巨兵プライアー・サイクロプスである。
「・・・くそっ!!」
なんと、サイクロプスは自分に向かって
一直線に伸びてきたシャフトの尖った先端を避けようと、
その場で床を蹴り放ち、跳躍した。
「甘い!」
ロッドの先端はサイクロプスを追尾するように伸びていき、
跳躍によって宙で動きを制限され、
逆に自分を窮地に追い込んでしまったサイクロプスの腹部を直撃したのだった。
「ぐええええッ!!」
サイクロプスはロッドに突かれた勢いのまま、
ロビーに備えてある受付コーナーへと全身で突っ込んだのであった。
私の左手首のオルトメタパラウォッチの針は既に、
発動前の状態、つまり時計でいうと12時ピッタリに戻っていた。
2本のうち片方の動針が、秒針の要領で1周し、
1分が経過したのである。
パラモードで全身が金色になっていたルイナーは
再び元の漆黒のボディカラーへと戻り、
同時に、構えていたシャフトは消滅した。
「上戸鎖様、さすがでございます。」
スコーピオンは組んでいた両腕を解き、
冷静な様子で拍手を始めた。
「今回の相手・・・このウォッチがなければ正直なところ、
戦況は微妙でした・・・。」
「上戸鎖様は本気を出せば全身のHR細胞を制御できなくなるのでしょう?
つまり100%の力は出せていないという事です。
まだ力を温存しているルイナーがいれば、
他のアトラクターも余裕で始末できるでしょう。」
私はスコーピオンのその問い掛けには答えられなかった。
もう少し、余裕を見せ付けて勝ちたかった、
というのが正直な感想である。
今のようなギリギリな戦いが燃える、という頭のおかしい人間がいるが、
その思想は私には理解できない。
余裕を見せて勝ってこその戦いだ。
「お前ェ・・・。」
突然どこからか呻き声が聞こえたため、
そちらの方向をすぐに確認してみる。
と、先ほど受付に激突したサイクロプスの人間態、
隼野 千石が四つん這いの姿勢で這い出してきていた。
時折、咳をしながら紫色の液体を口から吐き出している。
何とも見苦しい様子ではあるが、
戦闘前に飲んだアトラクトを吐き出していると言われれば納得がいく。
「我々・・・ブラックマイスターに逆らうとは・・・。
身の程知らずがァァ・・・。
お前らはすぐに殺される・・・我ら・・・同志によって。」
「口だけの惨めな人間に用はない。」
スコーピオンは苦しむ隼野に向かって
素早く尻尾を伸ばし、その頭部を貫いた。
アトラクトの効果は既に切れているらしく、
隼野の頭蓋骨はいとも容易く砕け散り、
辺りに夥しい量の鮮血が散乱した。
「・・・事情聴取をするためにも生かしておいた方が良かったのでは?」
私はさすがにスコーピオンの残虐性を疑い、
彼女に歩み寄りながら訊く。
「この男はどうせ事情なんか吐きませんよ。
そうと分かっていればさっさとこうして始末してしまうのが良い。
そこに団員の山もありますしね。
それに、もう彼は十分に苦しんだでしょう。」
「苦しんだ・・・とは?」
「私はいかに相手を苦しませるか、という事に重点を置いています。
相手が苦しむ様を見るのが大好きなのです。
そして・・・一時的な安堵を覚えた人間をこの尻尾で殺害する。
その希望を裏切り一転して味わわせる絶望は最高級品ですよ。」
スコーピオンは腕組みをしながらそう言うと、
私の方をまっすぐに見据える。
思わず私はぞっとした感覚を覚え、瞬時に目を背けた。
確かに、一種のサディズム的感覚は私との共通点がある。
しかし、そのまま殺す事を好むとなるとさすがに恐ろしい。
しかもそれを平気で口にする、となると
一体この女が何をやらかすか分かったものではない・・・。
「上戸鎖様、このビルのブラックマイスター団員は
彼らが総員だと思いますか?
それともまだ上の階に団員が潜んでいると思いますか?」
スコーピオンは話題を一瞬で転換した。
「・・・このレボリューショナイズ社ビルの広さという面から考えると、
もっと団員がいても不自然ではありませんが。」
私はそう言う最中に、
ふと玄関の入り口の方に人間の気配を感じ、
背後へと振り返った。
と、そこにはやはり白いスーツに全身を包み、
髪を右サイドだけ長く伸ばした
20代半ばほどの男性が不敵な笑みを浮かべて立っていたのだった。
「なるほどな。俺の仲間がやられた、となると
そう油断もしていられないか。」
男は高級そうな革靴でロビー内に入り、
私たちのいる場所へとゆっくりと歩み寄ってくる。
「・・・あなたは?」
私は何となくではあるが、その男から強い殺気を感じる。
私たちをここから逃がさずにこの場で殺そうという意思の表れだ。
男は自信の溢れる様子で、規則的な歩幅で歩み寄り、
私たちとは10mほどの距離を取って立ち止まった。
「俺の名前は中仙道 武雅。
世界変革組織ブラックマイスターの首領だ。」
そう言い、どこからか試験管を取り出し、
アトラクトと呼ばれる紫色の溶液を素早く口へと流し込む。
「俺の・・・俺の姿を見てこの世界の終焉に臨め。
我々はこの醜い腐った世界を変えるのだあああッ!!」
中仙道と名乗る男の身体は、
見る見るうちに縦と横に膨れ上がり、元の身長が180cm弱というにも関わらず、
いつの間にか2.5mを越えている。
それに伴い、横幅もまるでクジラのように広がり、
短い手足と巨大な身体のバランスがまったく取れていない。
頭部からはまっすぐな1mほどの白い角が生え、
巨大な口は横幅が1m以上もある。
見た外見そのままは、
青、緑系の色がぐちゃぐちゃに混ぜられた本当の「怪獣」だった。
「・・・かつてホッブズは社会契約説を唱えた。
自然状態の人間は欲望に支配され、万人による万人の闘争が勃発すると。
そのため、主権者へと自然権を全面譲渡し、海に棲む海獣、
リヴァイアサンのような絶対的な力を持つ王を立て、
その王に全てを託すべきだと!」
私と比べても1.5倍以上のサイズを誇る化け物は
私たちの目の前で突如演説を始めるのだった。
その容姿にもはや人間の跡は残っていない。
見た目だけでこれほどの威圧感を放つ
ローズ・ブレイカーに出逢うのは私でも初めての事だった。
「我が名は・・・世刑海獣ディザイヤー・リヴァイアサン!
これより、リヴァイノミクスを開始する!」
―――――数十分前、山村高校では―――――
「チッ、足りないねぇ・・・。」
雨天の中の校庭では、
ブラックマイスター団員の黒服男5人を
全身迷彩柄のメカメカしいアーマーを装着したモガナオメガが
単独で相手にしていた。
「1人1人は弱いくせにいくらでも再生するのか・・・。
面倒くさいねぇ・・・。」
モガナオメガは、先ほどから両肩のガトリングを掃射したり、
その重量を生かして全身を投げ出したタックルも繰り出しているが、
5人中、誰も引っ込む様子がない。
いくらタフな人間と言えど、
ガトリング砲を撃ち込まれて生きている人間がいないというのは
モガナオメガには理解できていたが、
彼らがどんなアイテムで自身を強化しているのかはまだ不明のままだった。
「その程度の攻撃じゃ俺らは倒せない。」
雨天のため、校庭の泥だらけになりながらも
黒服たちはモガナオメガに繰り返し迫ってくる。
「いや、確かに身体は丈夫だけどねぇ。
ただ丈夫なだけじゃ俺には勝てないよ?」
モガナオメガはそう言いながらバックルに付いている
迷彩柄の電子辞書のような機器、DEADチェンジャーの上部画面を、
腰に取り付けたまま開いた。
そして、下画面にコマンドをタップする。
《Answer、Answer、Answer、Answer・・・》
電子機器からは流暢な英語でガイダンス音が流れ始めた。
「ビークル、起動。」
《Certified!!》
モガナオメガが腰の機器をタップしている隙を狙い、
黒服の中の2人が拳でモガナオメガに殴り掛かろうとした。
しかし、次の瞬間、その2人は横方向に大きく吹っ飛んだ。
いや、吹っ飛ばされたのだった。
突如、迷彩柄の装甲車、
処刑重機スサマジ・トレイリングが
校庭に勢い余って侵入してきたのである。
もちろん、装甲車に跳ねられても
黒服のアトラクト適用者は生きている。
「さてと・・・。
これだけ開けた場所なら”アレ”を使う機会にもなる。」
モガナオメガは2人を跳ねて止まったその装甲車の後部ドアを開き、
中に入っていった。
が、すぐに新たな装備を装着して、10秒ほどで再び校庭へと現れた。
「な・・・!?」
装甲車に跳ねられた2人は既に起き上がり、再び戦闘体勢に入っていたが、
その新たな装備を施して現れたモガナオメガを見て愕然とした。
「これが、処刑要塞AOリブーターか。
早速試してやろうかねぇ。」
モガナオメガは、両手に、
円盤型の自動回転式カッターを取り付けて出てきた。
一言で言うと、扇風機のプロペラの要領で鎌の刃を取り付けたような形状だ。
正面から見ると2つの「鎌の扇風機」が付いているような構図になる。
それが両腕に、カッターを回転させるための大掛かりなモーターパーツと共に装着されている。
扇風機というだけあり、
肝心の刃が真正面の相手には刺さらない構造になっているために
一見すると戦闘には向かないようにも見えるが、
実際のところはどうなのだろうか。
ちなみに、当時、伊集院が開発した10年前のオンラインゲーム
「シンギング・ウォーズ」内で登場したチートウェポン、
処刑要塞アバンダン・オブザーバーが元になっているようだが、
現実世界での再現という過程を潜る必要があったはずであるのに
ほとんどゲーム中と変わらないデザインにまとめられている。
さすがはあの伊集院によって開発されたというだけある。
「く、食らえェッ!」
黒服の1人がメリケンを装着し、モガナオメガへと襲い掛かる。
「・・・足りないねぇ。」
モガナオメガの両腕の円型カッターが回転を始める。
「なっ?」
次の瞬間、アトラクトによって硬質化した男の肌が、
メリッメリッとまるで木の皮でも剥く様な音を立てながら引き裂かれ、
降りしきる雨の中へと鮮血がしぶいた。
「・・・やっぱりコイツは強いねぇ。」
モガナオメガは自身の両手に装着された回転カッターを
品定めするかのように眺めながら呟く。
DEADであるモガナオメガの装着者、内垣外にとっては、
10年前に流行したシンギング・ウォーズというゲーム内で
苦労して手に入れたチートウェポンであるため、
思い入れのある装備である。
その時だった。
突然、5階の3年A組にあたる部分のベランダが砕け散ったかと思うと、
3人ほどの人影がそこから地面へとまっすぐに落下したのであった。
「・・・どうやら、騒ぎは収まりそうにないねぇ。」
落下した人影は数秒の間は地面にうずくまるようにして倒れていたが、
すぐに起き上がり、ベランダ直下に位置する花壇付近で戦闘を開始した。
モガナオメガが見たところ、岩のゴツゴツしたヤツ、紫色の羊、
ついでにユニコーンを擬人化したような怪人が3人で戦っているようである。
その中の紫羊と岩怪人は、
どうにか校舎からユニコーンを引き離そうと
2人で連携の格闘技を繰り出し、広い校庭に向かって追い詰めていく。
一角獣は落下の衝撃が足に響いたのか若干ではあるがよろめいており、
2人の誘導に従わざるを得ないといった様子で背後へと下がっていく。
次の瞬間、羊と岩怪人の突進を同時に食らい、
ユニコーンはそのまま校庭内へと投げ出された。
雨天でぐちゃぐちゃになった砂が転がる彼の身体にまとわりついていく。
「・・・ふぅ、とりあえず引き離したな。
ところで、あんたの名前は?」
牡羊座の中二宮Xレアを纏った基は、
隣にいる岩のフォーサーへと訊く。
「私の名は・・・グラビティロードだ。」
基には岩怪人から聞こえてくる声には聞き覚えがあった。
だが、毎度の事ながらすぐには思い出せない。
戦闘中という事もあり、2人の会話はそこで途切れ、
校庭内に転がっている聖獣グラスプ・ユニコォンへと迫る。
しかしそこで2人は校庭に転がっている残虐な死体、
及びその犯人の存在に気付いた。
「ガトリング迷彩・・・?」
モガナオメガは、つい先ほど、基がアリエスへと変身する際に
専用バイクを駐輪場から投げ飛ばし、手助けをしてくれた人物だ。
それ故、基たちの敵ではないという確信が基にはあった。
「俺の名前はモガナオメガなんでねぇ。変な呼び名はやめろ。
・・・ブラックマイスターとやらの黒服集団は始末しておいた。」
そう言い、彼は顎で校庭の死体を指した。
彼の手の黒光りする回転カッターは赤い血で彩られており、
ただ事では無さそうな様子が思い浮かぶ。
「校舎内にまだブラックマイスター団員がいるかどうかわからないが、
おそらく山村高校の占拠チーム中で最有力人物はそのユニコォンだ。
ソイツを倒せばおそらくヤツらの計算を狂わす事ができる。」
グラビティロードがモガナオメガへと教える。
「なるほどねぇ・・・。
じゃあとりあえず3対1でそこの馬を倒すか。」
モガナオメガの指示と共に、アリエスとグラビティロードも
ユニコォンへと向き直り、戦闘体勢が整う。
それを見たユニコォンは膝立ちの状態からやおら起き上がり、
沈黙と共に目の前の3人と対峙した。
「我々ブラックマイスターに抵抗するとどうなるか、
今ここで実証してやろう。」
ユニコォンはそう言うと、地面を力強く蹴り、
雨の中を走り出したのであった。
@第18話 「有機化学をマスターせよ!」 完結




