@第1話 すべての始まり、そしてビギニング
@第1話 「すべての始まり、そしてビギニング」
「あ、もしもし、変わりましたけど・・・。」
「おぉ、基か!」
こんな日曜日の朝から家電に電話を掛けてきたのは
高校で俺のクラス、3年D組担任の藤原玲二先生だ。
・・・あの人が俺に電話を掛けてくると言えば、
あまり良くない心当たりがあるんだよな。
「・・・いや、先週水曜日提出の物理の課題を
提出してなかった俺も悪いですけど、
何もこんな日曜日の朝に自宅に電話なんて・・・」
「そんなんじゃない!大変なんだよ!」
ん?先生、やけに焦っているな・・・。
電話越しに藤原先生の呼吸音が、ひどいノイズ音と化して響いてくる。
「一体どうしたんですか?」
「結論から言おう。
明日、月曜日、ド平日なんだが、
私と一緒に東京に行くぞ!」
・・・は?
おいおい、ちょっと待て。
トーキョー?
・・・先生と2人でド平日に何しに行くんだよ。
「あの・・・一体何のために・・・?」
「アブソリュート・アーツ社のとある研究室長から
直々の指名が来たんだ!
基に対して!」
ちょ、話が見えないぞ?
アブソリュート・アーツ社ってあの
落としても両端の分厚いグリップで絶対に音の出ない、
全長が15cmにもなる大人気ペン回し専用ペン、
「エターナルスピニング」シリーズを売り出している会社か?
俺も過去にノーマルタイプを1本購入したものの、
専用ペンに頼るのが何だか嫌で、残念ながら長い間お蔵入り状態になっている。
ん・・・なるほど!そういう事か。
アブソリュート・アーツ社はペン回し関連の商品を販売している。
つまり、要は俺のペン回しの腕を見込んで何か頼み事をするつもりだろう。
エターナルスピニングのモニターや、宣伝用CMへの出演とか。
ちなみにペン回しは指の動きによって脳を刺激し、
俺のRHCとしての能力を発揮するために重要なもの。
俺の場合はペン回しを練習し始める方が
RHCとして覚醒するよりも早かったのだが。
「フッ、分かりました!
あ、でもアブソリュート・アーツ社のその研究室長とやらと先生に
なんで面識があるんですか?」
「・・・相当昔にちょっとあってな。
そしてその件なんだが、
私に電話を掛けてきたのもただの研究室員の人で、
肝心の研究室長は今現在、物凄い多忙に追われているらしい。
私も一度基と直接話をさせたかったんだがな。」
・・・"相当昔にちょっと"って全然分からないだろオイ。
それで、なになに?
そんな多忙な研究室長さんがわざわざ俺に用があるというのか?
まぁ、ペン回しについての頼みなら断る訳にはいかない。
いざ!東京へ!!
「明日なんだが、私からの特別許可で基は公決扱いにしておく。
明日の朝、一度学校で落ち合おう。以上!」
「日帰りですよね?」
「もちろんだ。じゃあ、忘れるなよ!」
・・・電話が切れた。
・・・ついに俺もCMデビューか!
先生もわざわざ俺のペン回しの腕を
アブソリュート・アーツ社に情報として流してくれていたとは、
非常にありがたい事だ。
さて、来る明日に向け、俺専用のフリースタイルの練習でもしておくか。
―――――同時刻、レボリューショナイズ社、社長室内―――――
「失礼します。社長。」
「ハッハッハッ!水井か。入りたまえ!」
水井と呼ばれた社員は社長室のドアを開け、
室内に足を踏み入れる。
そして後ろを向きドアを無造作に閉め、その場で身体の向きを180度変えた。
「日曜日に出勤とはワッツハップンだな!ハッハッハッ!」
「城ヶ崎 厚社長、
例のHRSの件についてですが・・・。」
「ほう、何か分かったのか!」
「おととい、静岡県の岩山病院で妙なものが発見されました。
『HR細胞レベル6態』です。
本来、HR細胞というのは「レベル1態」を人体に注入する事で
筋肉や体内の各細胞を増強する働きがあるというのはご存知かと思います。
体内に入ってから、その人間の体に最適な形で融合し、
その後順々にレベルが上がり、
それにより増強が可能になりますよね?
この度は、病院内の器具からいきなりレベル6態が発見されたのです。」
「ハッハッハッ!アイアムサプライズドだな!」
「笑い事ではありませんよ!
おそらく、これはレベル1態を誰かの体内で成長させた後に、
体外へ無理やり一部を取り出して保存してあったものであり、
おそらく・・・取り出された人間は死んでいます・・・。」
「ならばさっさとその病院をデストロイしてしまおうではないか!
ハッハッハッ!」
城ヶ崎と呼ばれた人間は、
まるで水井の話を何も聞いていないかのように
社長椅子に寄りかかったまま満面の笑顔で高らかに笑い声を上げる。
「とりあえずは、岩山病院関連者に話を聞いているところです。
しかし・・・。」
「何だね?」
城ヶ崎の笑顔が一瞬にして曇った。
「・・・本当にあなたは6ヶ月前の「フォーサー」、
つまりあの赤い狼型怪人の件には
何も関わっていないのですか?」
「私を疑っているのかね?ハッハッハッ!」
再び城ヶ崎が笑い始める。
「・・・失礼ですが、特別な権限をもって
本来の使用限度を超えるHRSの使い方が可能なのは
あなたしかいないと思うのですよ。」
「私も故意的にフォーサーを作ることができるならば
どんどんクリエイトしたいところだよ!
面白そうじゃないか、ハッハッハッ!」
「・・・絶対にさらに有力な証拠を見つけて再度戻ってきます。」
「あぁ、そうしたまえ!ハッハッハッ!」
水井は軽く頭を下げて、素早く社長室を出ていった。
城ヶ崎は椅子を回転させ、背後にあった巨大な窓ガラス側に身体を向けた。
レボリューショナイズ社の最上階である40階から外を見ると、
都内の広範囲を一度に視覚で捕える事ができる。
「ハッハッハッ!・・・一体、何の話だったのかね。
私の許可を得ずにマウスが動いているというのか?」
城ヶ崎は拳を一瞬握り締めたかと思うと、
その力を抜き、口元に僅かな笑みを浮かべた。
―――――そして、翌日―――――
「ようし!無事に乗れたなぁ!」
・・・無事にって、普通に当日券使って
新幹線に乗っただけなんですけどー?
そう、俺(と藤原先生)は今日、東京に向かっている。
とある研究室長さんだかの面会に応じ、
あの都内に巨大な本社ビルを構える一部上場企業、
アブソリュート・アーツ社に立ち入る事になっている。
「あ!」
俺とした事が・・・。
愛用している携帯音楽プレーヤーを自室の棚に忘れてきてしまった。
岩手県から東京までの約2時間、
俺は藤原先生の隣で暇な時間を過ごさなくてはいけない・・・。
「どうした!?大声上げて・・・」
「いや、音楽プレーヤーが・・・・・。」
見ると、リュックに筆箱は入っている。
要はペンは持ってきているのだが、
新幹線の座席でペン回しをすると落とした際にペンが汚れてしまう。
「なら、代わりに私がその例の研究室長となぜ面識があるのか、
詳細に聞かせてやろうか?」
おっと、ソレはちょっと気になっていたんだ!
何で、山村高等学校っていうただの無名な進学校(?)の
物理教員である藤原先生ごときが、
あのアブソリュート・アーツ社の研究室長さんなんかと面識があるのか・・・。
「じゃあ、お願いします~」
「うむ。良いだろう。
・・・アレは今から10年ほど前の事だった。」
ちょ、いきなり新幹線の窓枠に肘掛けて調子に乗り出したんだけど。
「私は北川高等学校に通っていたんだ。」
北川高等学校といえば、偏差値県内1位を誇る最強の進学校じゃないか!
先生そんなに頭良かったんだ・・・。
知らなかった。
「私は途中までは普通に成績優秀な理系生徒だった。
が、とある事件が起こった・・・。」
「シンギング・ウォーズという、カラオケの採点システムを利用した
当時、完全に新しい属性のオンラインゲームが解禁された。
アブソリュート・アーツ社からな。
お前もたぶん聞いたことぐらいはあると思うが。」
・・・アレ?
確かにその名前どっかで聞いた。
でもどこだったっけかな・・・?
「当時、そのせいで全国に学校にも行かずに
カラオケ及びシンギング・ウォーズに熱中する
カラオケ中毒者が続出した。」
・・・あ!思い出した!
ニュースだよ!確かニュースで聞いた!
新感覚カラオケゲームのせいで
カラオケ中毒者の続出が社会現象になった。
・・・確かそういう話。
「私もその中の1人だった。
学校には途中から行かなくなってしまった。」
マジかよ・・・。先生も元中毒者か。
通りで少し抜けていると思った。
「シンギング・ウォーズは本当によく出来たオンラインゲームだった。
・・・だが、ある時、遂に終わりを迎えた。」
今となっては名すらも聞かないから、そりゃあそうだろう。
ゲームのブームなんてもって4年、5年だろ。
「んで、いつ頃飽きられたんですか?」
「飽きられたんじゃない・・・。」
ん?・・・どゆこと?
「まぁ、要はサーバーに侵入したウイルスプログラムによって
突如サーバーを失ってしまった、という感じかな。
でもそのおかげで、全国のカラオケ中毒者は普通の学校生活へと復帰し、
カラオケは本来の娯楽産業としての立場を取り戻した。」
すげぇじゃん。
ってか、何でそんな簡単にウイルス感染してるんだよ・・・。
大流行していたオンラインゲームだったんだろ?
「だが・・・私のように、シンギング・ウォーズが終結しても
そのままの勢いで不登校を続けた学生もいた。」
確かに勉強の進度とか怖いし、友人関係とか周りの目も気になるだろうし。
「だが、私の学校のあるヤツが
いつまでも登校してこない私の家に直接出向いてきて、
登校することを一生懸命に促してくれた。
私だけではなく、他の同学年の生徒宅にも通っていたらしい。」
良いヤツがいたんだな。
俺だったらそんなヤツらは放っておくぞ。
「今から会いに行くアブソリュート・アーツ社のとある研究室長というのは
当時のそのある高校生なんだ。
どうだ?理解できたか?」
だいたい分かった。
その良い人が今日俺に用がある、という訳だ。
凄いな・・・性格も良いし、あの大会社に入ったって事は学歴も高いはず。
さらには研究室長って事は仕事もできるって事だ。
随分とハイスペックだな・・・。
その時、新幹線の車内放送が突然鳴り響いた。
「・・・皆様、落ち着いてお聞きください。」
気のせいだろうか?
放送を担当している女性の息が乱れている気がする。
「緊急事態により、この新幹線は緊急停止します。
しっかりと座席にお掴まりください。
繰り返します・・・」
・・・は?
ちょっと待て!ここ線路だぞ?
駅じゃないのに何故・・・?
次の瞬間、凄まじい車輪のブレーキ音と同時に、
身体が激しく前へと引き寄せられた。
俺は咄嗟に前のシートの背もたれパーツを両手で掴み、
その衝撃を和らげようと試みる。
「やべえええ!超絶・慣性力うううう!?」
俺はかなりの大声でそう叫んでしまったが、
周囲の人々の悲鳴や子供の泣き声でそれは見事に掻き消される。
さすがの俺でも、こればかりは相当にヤバい予感が走った。
@第1話 「すべての始まり、そしてビギニング」 完結