@第14話 自分の存在意義・・・とは
@第14話 「自分の存在意義・・・とは」
「お前のアイデンティティーを・・・確立せよ。」
歩いてきた謎の男は言葉に一切の感情を込めず、
まっすぐにカオティックフロッグを見据えたまま、淡々とそう言い放った。
だが、その台詞を目の前で突き付けられたカオティックフロッグには
一体アイデンティティーというものが何の事なのか分からない。
アイデンティティーという言葉自体には自己同一性などという意味があるが、
確立、となるとその者の存在意義などといった意味合いになるだろうか。
「お前はいきなり何を言い出す?
僕のアイデンティティーがどんなものだって僕の勝手だろ?」
カエルはやれやれと言った様子で両手の平を上に向けたまま
首をかしげるようなポーズを取った。
「フッ・・・低知能民衆には私の言葉が理解できぬか。
貴様には存在価値が無いと言っているのだ。」
男は笑い飛ばすように唐突にカエルの事を挑発し始める。
その男のあまりの冷静さにカエルはますます機嫌を損ねる。
「お前さ、この僕が低知能だと言ったのか?
この吹雪ちゃんと一緒になった僕が・・・!
それは僕と同時に吹雪ちゃんも馬鹿にしていると判断して、
僕に喧嘩を売っていると見なすぞ?」
カエルは急に声のトーンを低くし、その不機嫌さを表面化する。
しかし、男の口は止まる事を知らない。
「私は詳細を知らぬが、その女と一緒になったというのは
どうせお前の勝手な精神的同一視だろう?
フッ・・・くだらない。」
「くだらないだと?僕は今の不要になった吹雪ちゃんを消し去り、
本当の優しい吹雪ちゃんを助け出したんだ!
僕は永遠の存在を手に入れ、同時に永遠の存在となった!」
カエルは明らかに興奮状態に陥っており、
今にも殴り掛からんという様子で両手をクラッキングし始める。
「つまりお前は・・・何も物言わぬ死人を心の支えにせしめたという事か。
コイツは傑作だな。」
「うるさいぞ・・・お前?
そんなに僕に殺されたいのか!!」
カエルはこの世で最強となったはずの自分に対して
挑発をしてくる男を殺害したいという衝動に駆られ、
我慢し切れない様子で地面を蹴り放った。
先ほど、トレディシオン・ルイナーへと
突進を食らわせた時よりも速いスピードで
その生身の人間へと右手を握り締め、接近していく。
2人が対峙する10mほどの間は
カエルが詰めるのには2秒もかからなかった。
当然ながら、生身の人間がカエルの拳でも食らえば
その場で砕け散ってもおかしくないだろう。
そのはずが、男は一切動じずに、
接近してくるカエルをただまっすぐに見据えたままだ。
次の瞬間、カエルの拳がその男に向かって突き出される。
明らかに男にそれを避ける隙は与えられていなかった。
「ん・・・?何だ、これは?」
拳を突き出したはずのカエルの手には
あの憎たらしい男を殴り飛ばした感触が得られていない。
確かに感情的になったカエルは自分の拳を叩き込んだはずであったのに、
予想とは違う状況が目の前に展開されている。
これはどういう事なのか、カエルにはすぐに理解する事ができなかった。
「安心しろ。」
カエルは思わぬ声に驚き途端に背後を振り返ると、
なんとそこにはさっきまで逆方向の車道に立っていたはずの男が
今度は歩道に立っているではないか。
カエルは思わず、その奇妙な男から遠ざかるように3歩ほど後退をする。
「お前、どんなトリックを使った!?」
「私もかつては死人の思想を汲み取り、
そこにあたかも本人が存在しているかの如く
無理やりにその者を自分のそばに生かしていた。
そして、ある少年によってその者の真の思想なるものを見出し、
自身の思想を転換するまでに至る事となった。」
男はカエルの話には耳も傾けず、自分の話を淡々と続ける。
さすがのカエルにとっても、
彼は実に奇妙であり、同時に非常に不気味であった。
「しかし、思ってみればそれは実に愚かしい結果であった。
死人の思考をあれかこれかと考えるほど、
現実は単調な構造にはなっていない。
死人に意味を見出すことなかれ。それだけは忠告させてもらおう。」
男はそう言うと、ゆっくりと
自身のスーツ右脇のポケットへと手を入れる。
そして中から出てきたのは、電子辞書のようなサイズの黒い電子機器類だった。
「私は自身の意思で行動する。
この世界に浄化をもたらす。」
「お前の・・・名前は?」
カエルはすっかり男のペースに巻き込まれ、
固まっていた自分を現実に引き戻すように我に返ると、
噛み締めるようにその男へと名を問う。
「私は処刑人、伊集院 雷人。
そして・・・」
男はそう名乗ると、右手に握っていた電子機器を手首のスナップで開き、
タッチパネルとなっている下画面を素早く何度かタップした。
《Hello world!!Excuse me?
Answer、Answer、Answer、Answer・・・》
すると、電子機器からはネイティブ男性らしき
流暢な英語でガイダンス音が鳴り響く。
そして待機音らしき「アンサー」といったボイスが
繰り返し鳴り始めた。
「シング・・・アゲイン。」
《Certified!!》
電子機器が認証音を発すると、
伊集院と名乗る男は電子機器を再びスナップで閉じ、
同時に一か所だけ止めてあった
スーツの上着のボタンを開け放った。
すると、その腰には何やら大きな四角形のバックルを備えた
ベルトが装着されていた。
ベルト部分は黒単色、バックル部分は赤の単色。
赤いバックルは四角い凹み状になっていて、
横から例の電子機器をスライドして装填されるような形状をしている。
男は電子機器を握った右手を腕ごと外から回すように腰に持っていくと、
それをバックルへと滑らかに装填した。
《Forcible execution!!
Identify your identity!!》
電子機器のガイダンス音が流れ出すと同時に
男の乗ってきたバイクに付いていたサイドカーから
何やらアーマーらしきものが次々と飛び出し、
男はそのパーツに纏われていく。
その様子はまるで、漆黒の塵に包まれていくようにも見える。
見る見るうちに男にはアーマーパーツが装填され、
黒を基調とした縦方向に赤いラインが入ったロングコートを纏い、
腰には斬馬刀らしき巨大な刀を下げた
漆黒のアーマー装着者が出現した。
顔には目や鼻などの部位は見当たらず、
顔面からドリルが伸びるように少し盛り上がっているだけである。
表情も何も分からない。
が、カエルは男が自分に対する殺気を持っている事だけは
しっかりと理解していた。
「・・・このアーマーはドミクロンという。」
「難しい言葉で脅そうとしても無駄だ!
僕は最強のフォーサー、そして僕を殺せる者はこの世に存在しない!」
カエルは目の前の漆黒の戦士へと言い聞かせるように
あらためて自分を鼓舞しようと叫ぶ。
目の前の男からは確かに恐ろしい気配を感じるが、
自分ほど戦闘に特化したフォーサーはいない。
自分が負ける事、ましてや殺される事など有り得ない。
しかし、そういった自信の裏では、やはり謎の不安を感じざるを得ない。
カエルはその男というよりも自分の感情に動揺していた。
「フッ、今のうちにそうして粋がる事を推奨しよう。
私の処刑宣告を受けたお前には、何も残らない。」
「本当に口だけは達者のようだな。
ならばその口ごと葬ってやる!!」
カオティックフロッグは先ほどのように飛び掛ろうと
素早く地面を蹴り放ち、跳躍する。
標的は相変わらずその場から動かず、
迫るカエルを直立の状態で見据えている。
「僕の拳を食らえば一発で頭が無くなるぞ!!」
カエルはめいっぱいの脅しを仕掛けながら
黒い戦士へと両手で飛び込んだ。
どう考えてもカエルはドミクロンを捕えられるはずだった。
しかし、その次の瞬間、
カエルはそのままアスファルトへと両手を広げた状態で激突した。
「くっ・・・お前、さっきもだが、一体何をしている?」
素早く立ち上がったカエルは背後を振り返る。
すると、ドミクロンはいつの間にかカエルの背後へと移動していた・・・。
カエルが地面を蹴って飛び込んでくる非常に僅かな間に、
180°真逆の位置まで移動していたという事になる。
それに、カエルはいくら対象を逃したとは言え、
コントロールを失って地面に激突するなどという事は有り得ない。
つまり、何かしらコントロールを失う理由があったという事だろう。
「背後に移動したついでに、お前の背中を背後から蹴ってやった。
ただそれだけだが?」
「嘘だ!!さては同じアーマーを纏った人間を2人用意し、
2人が僕を挟むように位置取り、
瞬時に高速移動をしているように見せているんだな?」
カエルは一切の油断もせず、口早にそう言い放つ。
「フッ、そう思うならば試してみるが良い。」
ドミクロンは真っ黒な右手を前に突き出すと、
人差し指を曲げ、挑発の動作を見せる。
「あぁ、そうしてやろう!」
カエルは今度は長い尻尾を動かし、
ドミクロンと、その反対側にあたる位置へと
同時にその2本の尻尾を伸ばし始めた。
その伸縮は恐るべきスピードで、
そこら辺に転がっている警官隊の死体を見れば分かるように
伸びる尻尾に触れただけで頭部が吹き飛ぶほどだ、
スピードだけではなく、圧倒的なパワーも備えている。
カエルは自分の片方の尻尾がドミクロンへと接触しようとするまさに直前、
その対象が突如その場から消えたのが認識できた。
彼は当然の事ながら、驚きを隠せない。
「何!?」
「その程度か。」
夜の闇の中から男の声がどこからともなく聞こえたと思うと、
次の瞬間、カエルの頭部には一瞬で首部分に亀裂が走った。
そして頭は見事に身体から切り離され、アスファルトの上へと落下する。
同時に凄まじい量の鮮血が両方の切り口から溢れ出した。
「ほう、なかなかの切れ味だ。
無双神刀DSアゲイン、再現度は悪くない。」
いつの間にかカエルと10mほど距離を取っていたドミクロンは
右手に持っている斬馬刀に付いた血を拭う様に
刃先に左手を伝わせた。
その間にも、身体から切断されたカエルの頭部は
何やら身体から溢れ出した粘液のようなものに捕らわれ、
素早く元の身体へと吸着されるように取り付けられ、
すぐにカエル自慢の再生が完了したのであった。
「どうやってそんな高速移動を・・・。」
再生したカエルは息を切らしながら訊く。
さすがに不意の損傷には戸惑いを隠せないのであろう。
カエルが再生能力を使うには核となる部分が損傷せずに残っている必要があるため、
敵の攻撃からある程度の損傷部位を予想し、
そこには核を移動させないようにしなくてはならない。
今はたまたま頭部には核がなかったために消滅を免れたのであった。
「チートエンジン、『永続神力アベイレイヴ・ワールド』。
各関節部分へと仕組まれ、このDEADのパワーソースとなっている。」
「でっど・・・とは何の事だ?」
「私が独自に開発したアーマーの名称。
ディザスター・イジェクター・アンド・ダイノウサーの省略形だ。
ドミクロンというのは私専用DEADの呼称という事になる。
それに加え、私にはツヴァイブレインが備わっている事もあり、
常人では知覚できぬほどの移動速度を実現できる。」
そう言うが早く、ドミクロンは再びその場から姿を消した。
カエルに認識できたのは
彼が斬馬刀を構える姿勢を取るところのみ。
が、その認識がようやくできたところで
どこから来るのか分からない攻撃を防ぐ事はできない。
「お前・・・汚ないぞッ!!」
カエルは顔を上へと向け、めいっぱいくぐもった声で叫ぶが、
そのカエルの口部分から、突然、刀の太い刃先が飛び出した。
刀はそのまま上部へとまっすぐな軌道を描き、
カエルは脳を半分ずつに切断される。
再び勢いの激しい出血と共に
カエルの肉片がアスファルトの道路へと散乱するが、
すぐに、それらの肉片はまるで其々が意思を持つかのように
もぞもぞと動き始めると、直立状態のカエルの身体部分から
滝のように流れてきた粘液に纏われ、
頭部へと戻っていった。
「フッ・・・汚いのはお前の存在そのものだ。
私は最初にお前を「ゴミ」と言ったはずだが。」
「その「ゴミ」っていうヤツは何なんだよ!!」
ドミクロンは気付くと再生を完了したカエルのすぐ目の前に立っていた。
カエルは思わず、余裕そうに演説を始めたそれに向かって
不意打ちの如く右フックを繰り出す。
ドミクロンとカエルの距離はすぐ2m程度しか離れていない。
どう考えても命中するとしか考えられない。
が、カエルの拳は宙を通過した。
その手にドミクロンを捕えた感覚は得られない。
「・・・人間とは儚い生き物である。
人間は常に自分の利益を最優先し行動する。
自分以外の他人の事はその後回しにしか考えられない。」
気付くと、ドミクロンはカエルの背後へと移動し、
演説を再開していた。
そして、カエルが背後を振り返ると同時に、
再び斬馬刀をカエルの顔面へと突き付ける。
その顔は一瞬で粉砕されるが如く、散る。
「しかし、それは空虚な人間にとっては必然の現象だ。
私はその惨めな人間の溢れる哀しい社会を変革するような気はない。」
再生したカエルはやけになったような様子で2本の尻尾を素早く
ドミクロンへと伸ばす。
「なら、人間は全員「ゴミ」って事だろ!!
だったら僕に構わず他の人間を全員殺せよ!!」
尻尾を操るカエルが叫んだ次の瞬間、
2本の尻尾と共に再びカエルの頭部が弾け飛ぶ。
「・・・人間は欲望にまみれ、その欲望に固執し、
追い求め、追い付いては、また新たな欲望をそこに見出す。
それには終着点というものがなく、
皮肉にも生きている間の糧として個人の中で成長させ続ける。
これが・・・人間本来の姿だ。」
再生するカエルを横目に、ドミクロンは誰に語るでもなく、
独り言のように言葉を発し続けている。
「それを変革するには無理があろう。
が、私は自身の欲望を果たすために平気で他者を犠牲にする人間、
つまりはこの醜い社会に存在する価値すらないという、
社会を超え更に醜く、愚かな、ゴミ同然の生物・・・。
その者の処刑を決定付けている。」
ドミクロンはカエルが再生し終わり、元の姿に戻る様を見て、
再び両手で刀を構えるが、彼はカエルの異変に気付いた。
「ない・・・ない・・・ないんだよおお!!
僕の大切な・・・ものがッ!!」
カエルはそう言いながら辺りを不用意にキョロキョロと見回し、
その大切なものとやらを探し始める。
「ほう、それは一体どんなものだ?」
ドミクロンは構えていた刀を一度下ろし、
珍しくカエルに構うように、訊く。
「分からない・・・だけど僕の大切なものだったはずなんだ!!
温かくて・・・優しくて・・・心が落ち着く感じで・・・。
あれがなくなったら僕は生きていけないんだよおおお!!」
発狂寸前までおかしくなったカエルを見ると、
ドミクロンはたちまち密かに心躍らせていた。
「フッ・・・それは大切なものなのだろう?
もっとよく探してみるが良い。」
「あぁ・・・あぁ・・・どこなんだああ!!」
カエルは目の前にいる凶悪な敵には見向きもせず、
地面を這いつくばり、その「なくした何か」を探し始めた。
ドミクロンはそれを見ると、思わず高笑いをする。
「ハッハッハッハッ!!良いぞ!もっと探すが良い!
ゴミが苦しむ様を観察する事ほど楽しいものはない!」
ドミクロンは今まで冷静に淡々としていた口調から一変し、
まるでおもちゃで遊ぶ子供のような無邪気さを見せ始める。
しかし、その声は先ほどよりも低くなっており、
「価値のない人間」が苦しむのを見る事で
心から楽しむ様子を全面に出している。
「どこだよ!!どこなんだよ!!僕の大切なものはあああ!!」
カエルは涙声になりながら必死にアスファルトを引っ掻き回している。
カオティックフロッグは無限再生機能を持つが、
地に落ちた身体の細胞すべてが元通りになる訳ではない。
その中でも頭部を損傷する事により記憶に異常を来す事があるのだが、
先ほどのドミクロンによる幾多の頭部破壊により
実際にその記憶に異常が出ているようだ。
「フッ・・・心の拠り所である「永遠の存在」とやらを失くしたとは、
実に愚かしいな。
十分、楽しませてもらったぞ、貴様。
だが、私が楽しむだけでは社会への浄化はもたらされない・・・。」
そう言うと、ドミクロンは腰のバックルに付いていた
電子機器に左手で触れると、腰に装着したままその画面を開いた。
そのまま何度か下画面をタップすると、
変身時のようにガイダンス音が鳴り出した。
《Answer、Answer、Answer、Answer・・・》
「貴様が社会のために成すべき事は
その償い切れない罪の贖罪だ。
自身の行いに後悔し、今こそ、その身を社会へと捧げよ。
・・・アイデンティティー確立モード、起動。」
《Certified!!》
電子機器が認証音を発すると、
ドミクロンのバイクのサイドカーから再びアーマーパーツが飛び出し、
彼に向かって素早く宙を飛んできた。
その湾曲した2枚の黒色パーツは彼の二の腕部分でガッチリ固定され、
そのまま背中へと回り、取り付けられる。
まるでドミクロンから全長3mほどの無機質な翼が2枚生えたような姿へと変身した。
その後、左右に付けられた2枚の翼は上下方向へと展開され
その面積を広げていく。
展開が完了したパーツはドミクロンの身体正面側に角度を付けた
パラボラアンテナのような形状になっていた。
「誰か教えてくれ・・・。
僕の大切なものがある場所をおおお!!」
ドミクロンが追加パーツを装着したにも関わらず、
カエルはやはりしゃがんで地面を彷徨い続けている。
彼がドミクロンとの戦闘さえも投げ出して探索を続ける姿は
もはやフォーサーレベルXとしての迫力も威厳も失っていた。
「そのお前の大切なものに出会える場所はここではない。
私がそこへと案内してやろう。
消えた後であれば誰にも干渉されずに永遠にそれを求め続ける事ができる。
大切な死人に大義を与え、永久にそれを探求し続けろ。
その果ての無い虚しい楽園へと辿り着く事が貴様の使命、
存在意義、つまりアイデンティティーなのだ。
・・・お前のアイデンティティーを確立せよ。」
《Over、Over、Over、Over!!》
ガイダンス音が鳴り響き続ける中
ドミクロンはそう言い終わると同時に、
刀を突き刺すような構えを取ると、
先ほどと同じように瞬時にその身を消した。
そして彼が目をくらました次の瞬間、
地面をうつ伏せ状態で彷徨い続けているカエルは
背中から串刺し状態にされ、道路へと叩き付けられた。
ちょうど背中から生える尻尾の中間付近を
ドミクロンが握る刀の刃身が貫通し、
腹部から刃先が飛び出したような有り様になった。
「・・・終了だ。」
ドミクロンはそれを確認すると、素早く刀を引き、
カエルの身体からその刃が抜かれた。
さすがに焦って探し物をしていたカエルも驚き、
その場にやおら立ち上がる。
「・・・お前・・・僕の邪魔をするなあああ!!」
激怒したカエルはそのまま尻尾を伸縮させようと全身に力を込める。
・・・が、その尻尾はピクリとも動かない。
そればかりかカエルの手や尻尾はだらりと垂れ下がり、
もはやその部位だけ生物としての機能を停止したかのような様子だ。
「何だ・・・!?痛いぞ・・・?」
カエルはふと自分の腹部へと目を移す。
と、そこには先ほどの太い刀が貫通した跡がくっきりと残っている。
先ほどまで何度切断されても再生を続けていたカエルにしては
それは奇妙な光景である。
「痛い!!痛いぞおおお!!」
カエルはそのまま患部を両手で覆うように力を入れるが
彼の両手は一切動かず、ただただその場に跪く格好になった。
「お前ぇ・・・僕に何をした!!」
狂い叫ぶカエルに、もうその顔を上げる力は残されておらず、
顔を下に向けたままくぐもった声が周囲に響き渡る。
「フッ・・・たった今、お前に刀を刺した時、
私の斬馬刀からは超低音ではあるが特殊な音波を射出した。
それは脳へと作用し、聞いた者の身体活動に影響を及ぼす。
それにより、お前は自分の内部的問題により元の再生能力を失った。
私の背中部分のパーツは
その音波の外部漏洩をできる限り防ぐ役割をしている。」
ドミクロンが悠々と解説を始めるが、
カエルは一切の言葉を発しない。
もはや話すための力も無くなったのだろうか、
それとも、ドミクロンの僅かな隙を狙っているのだろうか。
「この音波、デストラクション・サウンド・ウェーブさえあれば、
お前の最も強力な武器である再生能力を無視して殺害を完了する事は容易であった。
・・・しかし、問題が一つあったのだ。
DSWは脳へとHR細胞が作用している者にとっては
機能を果たさない恐れがある。
私自身がその良い例なのだから。
だから、まずはお前の頭部を破壊したが、
それでもお前は完全に再生してみせた。
再生には恐らくではあるがその元となる核的部分が必要不可欠なはずである。
そしてその核部分として考えられるのは打ち込まれたHR細胞そのもの。
頭部損傷後の再生状況を見るに、お前の頭には核部分がないと判断した。
だが、相手は未知の生物、フォーサー。
その核部分を体内で自在に移動する事ができる、というのも分からなくもない。
そこで私はしつこく頭部を破壊し続け、
身体が本能的に脳へ核であるHR細胞を移動できないようにしてやった。
記憶に支障が出ている今のお前には何の事だか分からないかもしれぬが、
お前は最初から私の作戦にはめられていたのだ。」
ドミクロンは間を置かずに話し切ると、
バックルに付いている電子機器へと手を伸ばし、
その電子手帳型機器を引き抜く。
すると、ドミクロンのアーマーを構成していたパーツは次々と解体され、
例のサイドカー部分へと飛んでいき、内部へ収納される。
《You had completed!!》
気付くとそこには変身者である伊集院が
電子機器を右手に握ったまま佇んでいた。
「僕は・・・僕は・・・」
カオティックフロッグはいつの間にか怪人態が解け、
元の月光 夏景へと戻っていた。
彼は両膝を血まみれの道路に付いた状態から
自然と前方向に倒れ、顔面を強く打ち付ける。
が、彼はそこから起き上がろうとはせず、
非常に小さな声量でごもごもと何かを呟き出した。
「・・・そうだよ・・・吹雪ちゃん、だ・・・。
僕の大切なもの・・・僕はようやく吹雪ちゃんと一緒になれる。
すぐ・・・一緒に・・・。」
夏景はそのまま何度も咳き込むと
繰り返し道路に大量の血を吐き出し、
穏やかな顔を見せながらやがて絶命した・・・。
「フッ・・・お前のその叫びが、嘆きが、苦しみが、
最も効果的な私の活力となり、私の精神へと処刑を強要するのだ。」
伊集院はその様子を見ながら不意に口元を歪め、奇妙な笑みを見せると、
乗ってきたバイクへと向かって静かに歩き出すのであった。
―――――その頃、東京に行った基は―――――
アブソリュート・アーツ社で研究中であった
裏中二宮Xレア、滅烈銃士ディコンポーズ・レオを
何者かに盗まれたという事で、
俺は夜の都内をアリエスの専用バイクSHFで走り抜けながら探索をしていた。
中二宮Xレアを扱えるほどの中二病を持つ人間は
そう大量にいる訳でもないから、
その盗まれた大事なアーマーがその犯人に使われるとは限らないけど、
アーマー自体は立派な凶器になる。
開発側として早めに回収したい気持ちは分かる。
岡本さんによれば、中二宮とか裏中二宮の専用バイクは大型なせいで
こんな都内でも一般の道路を走っていれば目立つ、的な感じだったけど、
一向に俺の目には怪しいヤツが映らないんだよなあ・・・。
っていうか偶然にもそんな簡単に
犯人がバイクで走っているところを見つけられそうにはない。
そもそも俺と岡本さんは犯人に一歩遅れて追跡を開始したんだから。
そして俺は東京にしょっちゅう来る訳でもないから、
都内の道とかはよく分からない。
とりあえず迷子にならないように必死に走り回っているだけだから、
探索っぽい探索はできていないかもしれない。
俺はそうやってグルグルと道を走り回りながら、
少し、考えていた事があった。
それは岡本さんが言う、第二のフォーサーの事。
自分の私利私欲で動く化け物が出てきたとしたら、
それはフォーサーでなくてもフォーサーと同類になる。
・・・でも、気になるのは、
俺はそういうヤツらとは違うのかどうかが
イマイチよく分からないって事だ。
俺は戦いたい時だけ好きに戦って、
命の危険を感じれば逃げる、ただの私利私欲人間じゃないか?
じゃあ、俺が第二のフォーサーとは違う存在だって事を
ちゃんと証明する証拠になるものは何だろう?
人を守ったっていう名誉かな?
それとも、自分は他人のために戦うんだっていう決意なのかな?
えっ?
じゃあ他人のために戦うヤツは私利私欲人間じゃないって言い切れるか?
こういう答えのないような疑問について考え始めると、
俺はどうにも執着しちゃって、終わらなくなる。
やめようか、こういう難しい話を考えるのは・・・。
誰かに聞いてもらうのはチューニクスっぽくて楽しいけど、
1人寂しくこういうのを考え始めたらキリがない。
俺はそこでふと気付くと、
いつの間にかどこかの道でUターンをしていたらしく、
目の前300mほどにアブソリュート・アーツ社の本社ビルが見えてきた。
・・・結局、何もせずに戻ってきちゃったって訳か。
こりゃあ情けないな。
が、探す当ても特にない俺はそのまま前進し、
正面玄関横の地下に通じる通路へとバイクで侵入する。
その先200mほど行くと現れる研究施設の正面ハッチは開いていた。
たぶん、まだ研究員たちはアーマー盗難についてあれこれ反省をしていて
俺たちが出ていった時にハッチを開けたままになっているんだろう。
俺は構わずバイクを走らせ、スピードを落としながらその中へと入る。
と、そこには俺の予想通り、まだ十数人の研究員たちが
部屋の隅の方に立ち尽くしていた。
いくら彼らが反省したところで盗まれたアーマーは返ってこないと思うけど、
反省したくなる気持ちも分かる。
「は、基君!」
研究員の中田さんが帰ってきた俺に気付き、
ヘルメットを取った俺にゆっくりと近付いてくる。
「すみません、犯人は見つけられませんでした。」
「あれ?もう帰ってきたの?」
不意に女性の声が聞こえたから、誰かと思えば、
中田さんの背後には背の小さい女性がいた。
薄いピンクがかったスーツに身を包み、
タイトスカートを履いている。
そして高級そうなアクセサリーをあちこちに散りばめている。
そのサイズ的に、高身長の中田さんに隠れて見えなかったようだ。
確か、名前は瑠璃川さんだった。
株式会社ジュエルエレメンツの若き女社長を務めている、
と、この前に聞かされたっけか。
「何でこんな夜遅くにジュエルエレメンツの社長さんがいるんですか?」
今は午後11時ちょっと前。
こんな時間にアブソリュート・アーツ社に何か用があるんだろうか?
「私はさっき君が入った部屋とは別の部屋で
新しい裏中二宮Xレア開発についてのミーティング中だったのよ。
アーマーには私の会社で輸入してるパーフェクトメタルを使用するから、
アーマーのデザイン設計とかの話し合いには参加するようにしているのよ。」
なるほど・・・。
そういう訳でこのビルにもよく来るって感じかな。
「龍星はまだみたいだけど、
まぁ、当てがないならそう簡単には見つけられないわよね。」
瑠璃川さんはしょんぼりとした様子で、
後ろの研究員たちには聞こえないように声を小さくしながらそう言う。
そうそう。
どっちに逃げたかも分からないのに探す方が難しいよね。
「ところで・・・瑠璃川さんは
なんでこの中二宮Xレア開発に手を貸したんですか?」
確かにジュエルエレメンツが中国から独占輸入してる
パーフェクトメタルは、中二宮Xレアの素材として便利なものだ。
だけど、何でそんなアーマー開発に手を貸したのかは
よく分からない気がする。
「理由は何個かあるけど、大きいのは2つあるかな。
1つ目は私が龍星と知り合いだから。
そして2つ目は私の父親の敵討ち・・・というか・・・。」
「ん?敵討ち、ですか?」
俺は自分でそう訊いた事をすぐに後悔した。
瑠璃川さんの表情は見る見るうちに曇り始めたからだ。
「私の父親、ジュエルエレメンツ元社長
瑠璃川 虎太郎は・・・赤い狼フォーサー、
ブラッディ・オーバーキラーに殺されたの。」
瑠璃川さんはそう言い、真顔で俺の顔をまっすぐに見据えた。
俺は思わず床に視線を逸らす。
これはやっちまったな・・・。
「去年の12月のあの夜、父親は都内でとある大事な会合に参加していたの。
その帰りに話し合いの参加者が全員犠牲になった・・・。
あの、ブラッディ・オーバーキラーによって。」
俺が黙っていると、瑠璃川さんは淡々と話を続けた。
「だから私はそういう意味でもアーマー製作に協力したいの。
分かりやすく言えば、「復讐」を果たすために・・・。」
俺はそっと瑠璃川さんの顔に視線を戻そうとすると、
彼女は既に話を終えて身体の向きを180度変えた後だった。
「ごめんね!いきなり真面目な話をしちゃって。」
瑠璃川さんは笑顔で俺の方を振り返ると、
元の研究員たちの方へと小走りで戻っていった。
「・・・か、彼女の復讐のためにも
僕たちは頑張らないといけませんね!」
瑠璃川さんのすぐ横で話を聞いていた中田さんは
重い空気を断ち切るように切り出す。
・・・俺は始終無言だったけど、
瑠璃川さんの話を聞きながら色々考えていた。
あらためて感じたフォーサーの恐ろしさ。
そして、大事な人が先に亡くなってこの世に残された人の想い。
更に、復讐という言葉の重み・・・。
お父さんを殺された瑠璃川さんは本当に辛いと思う。
だから俺が代わりに狼フォーサーを倒してやりたいとも思う。
だけど・・・その復讐を手伝う事は、
俺が第二のフォーサーになる事を助長するような気がして、
なんだか俺の中では複雑な気分だ。
復讐のためなら、どんな手段を使ってでも
相手を殺して良いんだろうか?
それに対して何の疑問も抱かずに納得し、悪を倒すのが
たぶんテレビのヒーローと呼ばれる人たちだ。
アレが正しいって決まっているのは画面の中だけ。
現実はそうそう簡単な話じゃない。
―――――その翌日、17時頃―――――
「・・・という訳で、作戦は変更せざるを得ない状況になりました。」
この私、上戸鎖は昨日のフォーサーレベルXとの戦いを踏まえ、
今後の作戦変更を決定した。
これまでは十分な強化を終えたという事で
いち早くフォーサーたちを従える事を目標に活動をしてきたが、
私にはまだまだ力が足りない・・・。
ようやくその事に気付かされた。
そのため、まずは私に更なるHR細胞を取り込む事を優先し、
他のフォーサーを狩る事を繰り返す作戦へと移す事になった。
・・・昨日の岩手の戦闘場所で、私が去った後に何があったのかは分からない。
知りたくもなければ、確認もしたくない。
私は初めて、あの場で死への恐怖を味わったのだ。
あの詳細を知る事を身体は自然と拒絶している。
「しかし、上戸鎖様、
それほどの細胞を取り込んだところで、
更なる強化は望めるのでしょうか?
もはやフォーサー、トレディシオン・ルイナーを操るための技術として、
上戸鎖様の身体が限界を迎えていると思われます。」
会議室のソファから立ち上がった羽場崎が
真剣な顔付きで私に物申してくる。
「確かに、長時間の戦闘では身体が痙攣状態に陥るため、
コントロールは効かなくなってきます。
しかし、それならば短時間で決着を付ければ良いだけですよ。
私には他人を服従させ、支配するための力が必要です。」
「・・・無理はなさらないよう、お願いします。」
羽場崎は私を説得するのをすんなり諦めたらしく、
部屋の出入り口へと向かって歩き出した。
「羽場崎さん、あなたには今後とも協力をお願い致します。
フォーサーを見分ける事ができるあなたの協力無しでは
作戦の効率が格段に悪化します。
ミスターインバラスあっての、作戦成功なのですよ。」
私がそう言ったのが羽場崎の耳に入ったかどうかは定かではないが、
彼は私に背を向けたままドアを開き、
こちらを振り返らないまま外へと出ていった。
・・・羽場崎はそろそろ私に見切りを付けるだろうか?
元々、私が体内に複数のHR細胞を持つ事ができたのは彼のおかげだ。
普通にHR細胞を打ち込んでもフォーサーになれなかった私は、
羽場崎ことミスターインバラスによって殺害されたフォーサーの
HR細胞を体内に移動する事しかできなかった。
が、それを繰り返す後、私は、羽場崎が予想していたレベルを
超越するフォーサーとなった。
それによって彼はおそらくある程度の嫌悪感を持った事だろう。
自分が面白半分で飼っていたペットが巨大化し、
自分をも捕食するような仕草を見せようものとあれば、
当然ながら恐怖を感じずにはいられない。
その、相手が自分に対して持つ恐怖、それこそが私の求める理想だ。
私は羽場崎を既に支配しているが、
その効力をもっと、更に、広げなくてはならない。
私の欲望のままに・・・。
しかし、私はフォーサーレベルXとなった
カオティックフロッグに危うく殺害されかかった。
その様子は、その場にいなかった羽場崎にも話してある。
こうなると、羽場崎は何のために私への協力を続けるのかが
私自身には理解できない。
支配、というものは自分以外の強者が
そこら辺に大量にいては実現不可能だ。
一者による完全な独占的支配体制。
それこそが最も効果的な支配と言えるだろう。
では、なぜそれを望んでいるにも関わらず羽場崎に私の敗北を伝えたのか。
それは至って当たり前だが、私は偽装された支配力には興味がないからだ。
偽って自分を強調した果ての支配など、虚しさの象徴だ。
相手にも自分にも何の意味も無い。
もし、羽場崎が私の敗北により私に見切りを付け、
私の秘書を降りるというのであれば、それはそれで構わない。
それは私の支配力が欠如している事の証明となり、
また、いずれ私の支配欲へと着火するだろう。
更なる支配を轟かせ、再び私に従うように矯正をすれば良いだけの話だ。
もちろん、作戦の進行には影響が出るが・・・。
私はデスクから離れ、窓に近付くと、
右手を伸ばし、ブラインドを上げた。
すると、暗かった室内には微かな夕方の日差しが差し込んでくる。
ここはとあるビルの長期用貸し出し会議室で、
私と羽場崎はいつもここで落ち合い、作戦を練っている。
階数は10階という事もあり、眺めも良い。
「いずれ、この目に移るすべての生物を私は服従させてみせよう・・・」
気付くと、私は他に誰もいない会議室で独り言を呟いていた。
それは私の素直な心の叫びだった。
@第14話 「自分の存在意義・・・とは」 完結