@第13話 恐るべき進化!?フォーサーレベルX
@第13話 「恐るべき進化!?フォーサーレベルX」
「・・・考えたくもありませんよ・・・あんな怪物が実在するとは。」
・・・当初の私の計算では、度を超えた欲望を持つHR細胞適用者は
その欲望を満たす以外の事が目に入らなくなり、
結果的に人間としての人格は崩壊するはずであった。
それは不本意にフォーサーとなってしまった人間にも言えるだろう。
しかし、目の前にいるカエルは今再び私へと戦いを挑んできている。
それは10分ほど前の現場の再現であり、
カエルがしっかりと意識を保ち続けているという証拠になる。
仮定として、もしも、その激しい欲望が満たされたとしたら?
欲望を追い求め続けるだけの人間が最大の欲求を満たせば、
常識的にはまた新たな欲求を満たそうと動き出すはずだ。
ならば、あのカエルは今の僅かな間に
自身を進化させるために必要なほどの壮大な欲望を満たし切った、
とでも言うのだろうか?
今の間にカエルが何を考えていたのかは分からない。
だが、外部から観察できたヤツの行動は、
連れの女子を、なぜか、死体として判別できないほどにまで破壊した、
という事だけである。
あの女子の殺害が、それほどまでに執着される欲望として
ヤツに内在していたのだろうか?
しかし、それほど人を激しく憎むという事は簡単ではない。
それこそ憎まれた側が気付かない方が不自然である。
ならば、私の攻撃により頭部が損傷し、
記憶に異常が発生した時に何かしらの感情の変化があったのだろうか?
その一瞬であの女子への殺害衝動を爆発させた、
というこじつけの解釈も分からないでもない。
その理由は一切不明であるが、
何の意味も分からずに殺された方もたまったものではないな・・・。
「さぁ、続きを始めるとするか。」
私の前方10mほどの位置に立っている
フォーサーレベルX態、カオティックフロッグは
両手を繰り返しクラッキングし、威嚇のような仕草を見せている。
「僕は永遠の存在である本物の吹雪ちゃんを手に入れた。
もはやお前らが束になってかかってきても無駄だ。」
カオティックフロッグと名乗る目の前の怪人は、
その名前の通りカオスな姿をしている。
かろうじて正面顔はカエルそのままだが、
同じ両生類であるイモリとサンショウウオを模したかのような頭部が両肩から生え、
まるでケルベロスのようなイメージを放つ。
全身が細かい突起の立った硬質な皮膚で覆われており、
再生するとは言え非常に脆かった元のマキシマムフロッグの表皮とは比べ物にならない。
そして、背中の肩甲骨の辺りからは2本の尻尾らしきものが並んで伸びており、
それらはイモリとサンショウウオを模したと思われる。
「・・・フォーサーレベルX。
確かに、私の理論上では恐ろしい力を持つとされます。
しかし、私は複数のHR細胞を体内に注入するという、
あなた以上の反則技を既に使用済みなのです。
私の真の力も是非ご覧いただきたいものですね?」
フォーサーは通常、HRSによって一つだけ打ち込まれたHR細胞が
体内で突然変異を起こし、その適用者に怪人へと変身する能力を持たせた者の事を指す。
しかし、私は複数のサンプル用HR細胞を打ち込んだ後に、
他のフォーサーから摘出したHR細胞を6個も体内へと打ち込んでいる。
つまり私は他の誰よりも多くHR細胞を体内に持つ人間なのだ。
それにより、私は自分の事を
フォーサーレベルX並みに頭のおかしい者だと言われても否定はできない。
だがそれ故にこのトレディシオン・ルイナーは相当な戦闘能力を発揮する。
「ほう、もうぶっ壊れちまったかと思ってたが、
意外とマシなようだなァ?
それならば、まずは俺とタイマンでやってみるか?」
私が怪人態への変身準備を整えていると、
私の隣にいた不良生徒、瀬柳 陣が一歩進み出た。
「あなたはおそらく相手になりませんよ。
通常のフォーサーが一人で立ち向かうなんて馬鹿な真似はやめてください。」
「そんなのはまだ分からねェ・・・。
実際に戦うまではなァ!」
私はこのフォーサーとは戦った事がないが、
目の前の強敵とどうしても戦いたい、といった戦闘欲なるものが感じ取れる。
人間を遥かに超える身体能力を持つ身体を得て
他者と戦闘をしてみたいと思うフォーサーがいても不自然ではない。
私には敵の強さも知らずに戦闘を挑むような考えは理解できないが。
「お前は、以前に戦った銀色の熊か。
あの時は逃がしてやったというのにまた僕に挑む気なのか?」
「逃がしてやっただァ?
お前がこのザフラストレイターのしつこさに恐れを成して
逃げていったんじゃねェのか?」
瀬柳は目の前の見るからに恐ろしいモンスターを
平気で挑発する。
これではカエルが何を仕掛けてくるか分かったものではない。
「変身ッ!!」
瀬柳はそう言い、獣が両手の爪を立てるように指を曲げ、
高らかに笑い声を発しながら怪人態への変身を開始する。
彼の身体が鋭い針で見る見るうちに覆われていき、
銀色の表皮をまとった人間サイズの熊が出現した。
熊は変身が完了する前に待ち切れぬ様子でアスファルトを蹴り放ち、
10mほど先のカエル目掛けて走り出した。
「命知らずが・・・。」
カエルが誰にも聞こえない大きさでボソッと呟くと、
彼の背中から生える2本の長い尻尾がゆっくりと動き始める。
まるで獲物が近付くのを待つ動物のようである。
熊のフォーサー、ザフラストレイターは
自身の身体中に生え揃った銀色の鋭い体毛「全身刃体」を利用し、
タックルを繰り出そうと迫る。
が、カエルへとあと3m程度だというところまで接近した次の瞬間、
熊の姿勢は不自然に崩れた。
前屈みで走っていたはずの熊が突然顎へとアッパーを食らったかの如く、
背中から背後へ向かって倒れたのだった。
「クッ・・・うぜェ尻尾だな、それはァァ!!」
熊が後方へと倒れたのは
不意にカエルの目の前に現れた2本の尻尾のせいであった。
カオティックフロッグの尻尾は背中から生えているために、
正面から接近してくる敵にはその姿が見えづらく、
その尻尾を意識した立ち回りが意識しにくい。
ましてや、強敵の出現に興奮状態にあるザフラストレイターには
その対策など考えていられなかった。
熊は懲りずにその場で勢いよく立ち上がると、
一度上半身を両手で覆うような仕草を見せると、
その両腕を瞬時に開け放ち、同時に鋭利な体毛を前方へと発射し始めたのだった。
熊の正面の針のような毛が一斉に射出されるが、
その抜けた毛穴からは新たな針が生成され、
連続しての使用が可能となっている。
不意打ちのように大量の針を浴びる事となったカエルだが、
一切動じずに素立ちの状態で全身に針を食らう。
しかし、その針はカエルの硬質化した皮膚には一切の効果を発揮できず、
勢いを失って地面へと次々に落下していくだけであった。
「この野郎・・・!!」
熊は5秒ほど体毛の連続発射を継続していたが、
ピッタリと止めると、またカエルに向かって走り出した。
すぐに距離を詰め、今度は拳を握りしめ右フックを繰り出す。
カエルはやはり避ける様子もなく、そのまま腹部へと熊の拳がめり込んだ。
硬質化した皮膚とは言え、
さすがにフォーサーが加速の勢いを付けて拳を叩き込めば
ある程度は変形するらしい。
熊はその様子を見ると、今度は素早く左フックを繰り出す。
また右を、今度は左を、と繰り返しパンチを確実に決めていくが、
しかし、カエルはその場から後退しないばかりか
ダメージを受けているような様子が感じられない。
「くそっ・・・平気な顔しやがってよォ!!」
ザフラストレイターは自分の右腕の体毛を一気に30cmほど伸ばすと、
ラリアットを食らわせるように思い切り針だらけの右腕をカエルの顔に突き付けた。
直接的な距離を置かない攻撃であるために
先ほどの体毛の掃射とは全く威力が違う。
やはり、カエルの顔には複数の針が通り、
その内部へと熊の体毛が埋め込まれる形になった。
が、カエルはそれでも無抵抗を突き通す。
それを確認すると、熊は数歩後退し、
戦況を確認するために冷静さを取り戻そうと深呼吸をする。
確かに熊の右腕に逆立った針はカエルの内部へと入っていった。
これでヤツにもある程度の痛みはあるだろう。
そう思い、自分の攻撃を評価していた熊だったが、
目の前に展開された状況に異変を感じてはいた。
・・・カオティックフロッグは
まるで置き物のように何も動作をしない。
それはおそらく、自分の身の危険を一切感じてはいないからだろう。
ザフラストレイターはその事に薄々勘付いており、
苛立ちを覚えていた。
激しい戦闘を求める彼にとっては、
ある意味、こんな一方的な戦いには何の愉悦も感じられない。
「おい、お前よォ・・・。
さっきから動かないで何のつもりだ?
これじゃあ何も面白くないだろォ!!」
熊はくぐもった声で怒鳴り散らすが、
その叫びの中には明らかに動揺が含まれていた。
これだけ攻撃のラッシュを叩き込んでも何も返してこないフォーサーは
これまでにいなかった。
攻撃を繰り返しても涼しい顔でそれを受け続ける敵というのは
憎らしいだけではなく不気味でもある。
「あぁ、ボーナスタイムは終了で良いのか?
もうちょっと時間をあげようと思っていたんだけど。」
「お前ェェエ!!」
熊はこれまでにないほどの声量で怒鳴ると、
再びカエル目掛けて渾身の右フックを繰り出した。
が、その拳がカエルの身体へと届く直前に、
熊の身体は右方向へと大きく弾き飛ばされた。
だが、すぐに左方向へと弾き返される。
そしてまた右へ、左へ・・・。
熊はカエルの2本の尻尾によってキャッチボールの球にされていた。
その背後で2人の戦闘を見ていた上戸鎖は
あまりの尻尾の力に驚きを隠せなかった。
平均で100kg近くはあるフォーサーを
容易く宙に飛ばせるほどの力が込められた尻尾となれば、
2本の尻尾だけでそこら辺のフォーサーには勝てるようなものであろう。
だが、見るだけで恐ろしいと分かるのはカエルの尻尾ではなく、
カエルの本体である。
あの強靭な尻尾に加え、ゴツい本体の腕力まで併用されたとなると、
もはや生きて帰れるような気がしない。
熊はカエルの尻尾によって前後左右に激しく飛ばされ続け、
もう瀕死寸前だった。
全身が針の毛皮を持つザフラストレイターであれば
敵の物理的攻撃はある程度シャットアウトする事が可能だが、
あまりの尻尾の力の強さの前ではそんなものはクッション代わりにもならない。
上戸鎖の目の前では、見事に熊の一方的な敗北は決定していた。
「そろそろ、フォーサーの王とやらの出番かな。」
カエルはキャッチボールに見切りを付けると、
唐突に2本の尻尾で熊の身体を挟み込んだ。
尻尾という事で拘束力は大して高くないが、
もう死にそうな熊には
そこから逃げ出すために必要な力は残っていなかった。
「コイツは単調で飽きたんだよ!」
そう言い残し、カエルは右手で拳をつくると、
そのまま尻尾を自在に操りながら
そこに拘束した熊を自身の身体正面へと引き寄せた。
と、次の瞬間、鈍い音と共に熊の身体が宙を舞った。
その戦闘を熊の後方で見ていた上戸鎖は状況を見かねて
いつの間にか右手を広げ、前方へと突き出していた。
これが彼の変身の構えである。
「・・・ジェネレイト!」
彼は漆黒のフォーサー、
トレディシオン・ルイナーへと変身するなり走り出し、
カオティックフロッグとの距離を一気に詰める。
「プロパンブレード、ベンゼンシールド、ジェネレイト!」
彼がそう叫ぶと、彼の胸部にある四角穴のハッチが開き、
内部から黒いブレード、盾が立て続けに勢いよく飛び出し、
前方のカエルの身体へと連続で命中した。
が、カエルはびくともせずにそれらを跳ね返し、
ルイナーはその跳ね返ってきた自身の武装を装備し
いよいよカエルへとブレードで斬りかかる。
ルイナーが振り下ろしたブレードはカエルの胸部をかすめ、
同時に命中箇所の皮膚がさけ、中身の生々しい肉部分が露出する。
が、その直後、開いた傷口は恐るべき速さで再生し、
元通りの硬質化された皮膚へと戻った。
その間、およそ2、3秒といったところである。
「フォーサーレベルXとなり再生能力も強化されたのですか。」
「どうやら、そうみたいだな。
僕がどれだけ恐ろしいのか、堪能させてあげよう。」
カエルは先ほど熊を敗北に追いやった2本の尻尾のうち、
片方を伸ばし、標的のルイナーを右方向から叩くように接近する。
が、ルイナーは先ほどの戦闘でその手は観察しており、
瞬時に左手のベンゼンシールドでその尻尾を迎え撃つ。
次の瞬間、尻尾が黒い盾へと命中すると、
ルイナーは熊のように飛ばされる事なく、その場に踏みとどまった。
そして、一瞬だけできたカエルの隙を逃す事なく、
その尻尾を右手のブレードで切り裂いた。
と、尻尾は先端から1mほどのラインで分離し、地面へと落下した。
その再生を行うよりも早く、
もう片方の尻尾がルイナーを捕えようと伸びてきていた。
「甘いッ!」
ルイナーは左手に握っていた六角形のシールドを
その尻尾が襲い掛かってくる方向へと投げる。
尻尾は飛んでくるシールドには一切構わずに
ルイナー本体を狙って接近してくる。
が、その次の瞬間、伸びてきた尻尾の先端は
先ほどのように突然地面へと落下したのだった。
「なるほど、盾をブーメランにしたのか。
よくこの短時間で反応できたもんだ。」
ベンゼンシールドの縁は鋭利な刃物としても機能する。
それは初見のカエルには分からなかったようだ。
「おそらく、反応速度であれば
私はあなたに負ける事はありません。が、しかし・・・」
ルイナーは先端を失ったカエルの尻尾を見据える。
その2本の尻尾は既に元の姿に再生していた。
「無限に再生されては、こちらとしてはやりようがない。」
再生した尻尾は、2本同時にルイナー目掛けて伸びていく。
ルイナーはブレードを激しく荒ぶらせ、
その2本の尻尾の先端を同時に切り落とした。
ルイナーとしては、2本の尻尾だけならばまだ手出しのしようがある。
しかし、尻尾はヤツのオマケの要素でしかない。
当然ながら、本体が秘めている力はまだ分からない。
先ほどのザフラストレイターが使わせたのは
主に尻尾だけであるため、まだデータが取れていない。
ここから先はルイナー自身が戦い、同時に分析をしなくてはならない。
「そうだ!僕は吹雪ちゃんとひとつになり、
究極の存在となった!
お前がどうにかできる相手じゃない!」
カオティックフロッグは自分の事を大袈裟に褒め称えるが、
その発言の意味をルイナーは理解できない。
しかし、そんな事はルイナーにとってどうでも良い事であった。
「フッ、自分でそれを言いますか。
ならばその自信をここで叩き潰すのは実に面白そうですね。
誰が支配者としてふさわしいのか、
丁寧に教えてあげましょう。」
―――――その頃、東京へと行った基は―――――
8階でのミーティングが終了し、
俺は研究室長の岡本さんと一緒に地下の研究室へと向かっていた。
俺が8階に向かってからだいたい1時間ぐらい経ったけど、
もうアリエスの修理は終わっているのかな?
「・・・基、あまり対策関連研究室のメンバーには広めないで欲しいのだが」
俺の右隣を歩いている岡本さんが唐突に口を開いたから、
一応聞き耳を立ててみる。
「この前お前が遭遇したという
ガトリングを背負ったアーマー装着者を覚えているか?」
「あぁ、もちろんですよ!
ガトリング迷彩、ですよね。」
「・・・俺には・・・その者に心当たりがある。」
何・・だと・・?
岡本さんはあのガトリング迷彩の正体を知っているとでも言うのか?
「もしかするとただの模倣者である可能性も否定できないから
今は俺の仮定に過ぎないという事を覚えておいてくれ。
だが、もしもその仮定が予想通りだったとしたら、
この先、少しややこしい事になる事は・・・覚悟しておいてくれ。」
岡本さんはそう言いながら、声がだんだん小さくなっていったかと思いきや、
視線を床へと落としていた。
ややこしい、とはどういう状況だろうか?
「あのーややこしいっていうのは?」
「あぁ、その件なんだが、
基にはこういう世界にしたい、といったような理想社会はあるか?」
俺はいきなりの質問に少し戸惑う。
そういう関連の話ですか・・・。
「いや、俺はまだ学生だからそこまで考えは発達してないですよ。
じゃあ逆に岡本さんの理想社会はあるんですか?」
「もしも無ければ、今ここでこんな仕事はしていないだろうな。」
岡本さんはそう言い、苦笑する。
「もちろん、そういう事を考えずに
ただ目の前の成すべき事をこなしながら
日々を送っている人間も日本には大勢いるだろう。
それも俺は別に悪いとは思わない。」
岡本さんの理想社会っていうのは、
たぶん職業から考えると「みんなを守れるような社会」みたいなのだと思うけど、
やっぱり岡本さんくらい地位が高い人だと志も高いんだね。
俺はそういう面倒臭い事はほとんど考えずに生活しているからなぁ・・・。
「だがな、その中でも特に危険な理想を抱いている者も中にはいる。
俺は少なくとも一人はそういう度を超えた人間を見た事がある。」
「その人間っていうのが、例のガトリング迷彩の正体だと?」
確かに、言われてみればあの人の戦い方はちょっと豪快過ぎた気がする。
瀕死になるまで死神にガトリングを容赦なく撃ちこんでたからな。
「いや、正確には違う。
問題はヤツが装着していたアーマーの開発者であろう人物だ。
その人物は俺が知る限りでは誰よりもこの世界の平和を望んでいた。
しかし、それ故に彼が抱く理想社会はまるでディストピアとなってしまった。
より厳しく人間に制裁を下す事ができるような世界を望み、
自身もそれに貢献できるようなシステムを構築していた。」
岡本さんは昔を懐かしむかのように一言一言を確かめながら発するが、
俺にとっては何の事なのかよく分からない!
どーもすみません!
「なるほど・・・。」
俺は何かしら反応すべきだと悟り、適当に相づちをうつ。
「まぁ、お前には何の事だかさっぱりだと思うがな。」
岡本さんが再び苦笑を見せる。
心が読まれているような気がしてきたぞコレは・・・。
「話が逸れてしまったが、要は無用な奇行は避けろ、という事だ。
その人に目を付けられれば、何をされるか分からない。」
笑みを浮かべていた岡本さんは一瞬で表情を曇らせた。
何やら、その人物というのは相当ヤバいらしい、
というのだけはぼんやりと理解できた。
こんな事を話していると、
いつの間にかエレベーターは地下へと到着していた。
静かに扉が開き、オドオドノッポの中田さんが待っているはずの
研究室が目の前へと現れた。
・・・が、その様子は少しおかしかった。
何やら研究員たちが部屋の一か所に集まって
あれやこれやと意見を述べ合っているように見える。
誰も修理道具を手にしていないから
おそらく俺のアーマーの修理中じゃないだろう。
「どうした?」
最初に研究員たちへと問うたのは岡本さんだった。
「た、大変なんですよ!
つ、つい1分くらい前です!」
中田さんが俺たちに気が付き、大音量で嘆き始めた。
一体、何があったんだろう?
「何が大変だと言うのだ?」
「さ、先ほど、侵入者によって開発中の裏中二宮Xレアが奪われたんですよ!」
「何だと!?」
中田さんにつられて岡本さんまで驚いている。
侵入者にアーマーを奪われるって、この研究施設はそんなザル警備なのか?
「怪我人は?」
「い、いえ、1人投げ飛ばされた程度で、
その他に抵抗した者もいませんので・・・。」
中田さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
いやいや、アーマー取られたんだからちょっとは抵抗しようよ!
何やってるんだよ!
「その犯人の特徴は?」
「え、えっと・・・黒ずくめで年齢30前後くらいだったと思われます。
か、監視カメラの映像を見れば正確に分かると思いますが・・・。」
「それ以外の、名前などは?」
「な、名前は名乗っていませんでした・・・。
ほ、本当にすみません。」
中田さんはあらためて深く頭を下げた。
その様子を見た岡本さんは何も口には出さず、
周囲をキョロキョロと見回し始めた。
「盗まれたのは「レオ」の変身用タブレットと専用バイクか?
ならば、そのバイクで逃走を図った訳か?
ついさっきという事であれば今からでも追い付けるような気がする。」
「そ、そうですね・・・。
で、でも間に合うでしょうか・・・。」
「いや、やってみる価値はある。基、手伝ってくれ。」
岡本さんはそう言い、研究室内に2台停めてあったバイクの片方へと乗り、
急いでキーを挿入した。
そうか、岡本さんも中二宮Xレア装着者だったんだっけ。
「あ、アリエスのメンテナンスはもう終わっています。」
中田さんは岡本さんに続く俺に対して口早に言い放つ。
「ありがとうございまーす!」
「基、レオのバイクは俺たちのバイクとほぼ同サイズでかなり大きめ。
そして白がメインカラー。
都内を走行していればすぐ目に付くはずだ。
見つけたらアリエスに変身してでもバイクごと取り戻してくれ。
俺たちのアーマーが悪用される事はあってはならない!」
岡本さんはそう言いながらフルフェイスヘルメットを被り、
やけに明るい色の青を基調としたバイクへと乗り込んだ。
俺もその隣のアリエス専用バイク、SHFへと乗り、
ヘルメットを被ると、岡本さんはその時点でスタンドを蹴り上げ、
そのまま外へと飛び出していった。
・・・このままだと、そのしし座のレオのアーマーを奪ったヤツが
岡本さんが言っていた「第二のフォーサー」になりそうだな。
開発者として、フォーサーを倒すためにアーマー製作を頑張っていたのに
それが原因でフォーサー代用品が生まれたとなれば、
たぶんこれ以上の屈辱はそうそう無いだろう。
大変そうだけど俺も手伝ってあげるか・・・。
―――――その頃、岩手では―――――
「クッ・・・!」
トレディシオン・ルイナーはカオティックフロッグの拳による打撃を食らい、
後方へと飛ばされ仰向けの状態でアスファルトを滑走した。
カエルの尻尾を自在に操る攻撃ならばルイナーはかろうじて防ぐ事ができていたが、
本体による直接攻撃も組み合わせられると完全に押されていた。
仰向けのルイナーに向かってカエルの2本の尻尾が素早く接近してくる。
ルイナーは左手に持っていたシールドを投げ、
先ほどのようにブーメランとして機能させるが、
尻尾はまるで目が付いているかのようにその回転を読んでおり、
命中直前で空中へと軌道を変えた。
そして上方向からまっすぐに仰向けのルイナーを狙う。
ルイナーの頭部を貫通するかのように伸びてきた尻尾だったが、
見切りを付けたルイナーは両手でその尻尾の先端を掴むと、
その尻尾を引きちぎろうと力いっぱいに引いた。
が、尻尾は自在に伸縮する素材で、切れるような様子ではない。
そして次の瞬間、カエルは伸ばした尻尾を一気に自分側へと引き寄せると、
それを掴んでいたルイナーもカエル側へと引っ張られていった。
リードしたかに思えたルイナーは
まんまとカエルの狙い通りにその距離を詰め始めた。
「僕に勝てる訳がないだろ!」
カエルは右手の拳を力いっぱい握り締め、
尻尾につられて自分へと近付いてくるルイナーへ言い放つ。
「何も考えずに尻尾を握ると思いますか?」
「何だと?」
カエルはルイナーの腰辺りに目を移すと、
彼の右腕部分から生えているチェーンに
大型のブラスターが絡みついているのが目に入った。
ルイナーは両手に掴んだカエルの尻尾を放すと同時に
空中で右腕を大きく振り上げ、
そのチェーンに絡まっていたブラスターを両手で握ると
素早く銃口をカエルの方へと向けた。
《ジメチルデカン・・・ケミカル・・・ブレイク・・・アップ!》
次の瞬間、ルイナーが構えたブラスターから光が放たれ、
カエルの全身はその光へと包まれた。
ルイナーはブラスターを放ちながら
その対象のすぐ目の前へと着地すると、
素早く後方へと下がり、距離を取る。
自分の必殺級武器の攻撃が至近距離でカエルの全身を捕えたために
ある程度の希望を抱いていたルイナーであるが、
それでも油断はできない状況だった。
相手はどれだけ攻撃を当てても再生を繰り返すフォーサー・・・。
それに、フォーサーレベルXへと進化を遂げた事によって
戦闘能力さえも自分を超えようとしている。
「何・・・?」
ルイナーが自身の放ったブラスターの光が収まった
直後の状況を確認してみると、
なんとカエルの身体は白い煙を上げながら
先ほどと位置は変わらずにそこにあったのである。
再生以前に、強化されたカエルの身体には
ルイナーの現状最強クラスのブラストが通らないのだ。
「クッ・・・これでは対抗手段がない・・・。」
ルイナーは絶望のあまり
持っていたブラスターをその場に落下させてしまった。
その様子を見たカエルは高らかに笑い声を上げ始めた。
「ハッハッハッ!!誰も僕には敵わないんだよ!!
僕は誰にも負ける事なく、永遠に存在し続けるんだよ!!」
カエルはそう言いながら跳躍し、
そのゴツい身体からは想像もできないほどの素早さで
ルイナー目掛けて接近してくる。
ルイナーは絶望の挙句の不意打ちに身体が動かず、
そのままカエルのタックルの直撃を食らい、仰向けに倒れた。
「・・・これが永遠の吹雪ちゃんを手に入れた僕の強さだ!!」
カエルは目の前で倒れているルイナーの腹部を踏み付けると、
グリグリと左右にねじりながら足裏を押し付ける。
ルイナーはその腕力で、
自分の腹部に乗せられたカエルの足をどけようと試みるが、
まったく動かない。
それに彼の両腕はもう痙攣状態に入っていた。
ルイナーの身体には6体分のHR細胞が仕組まれており、
その制御にも体力を要するため、
長時間の戦闘は不慣れ以上に危険とまで言えるのだ。
彼はようやくここで勝敗を悟る事となった。
「・・・無駄だあああ!!」
カオティックフロッグは足を左右にねじりながら
大声を立て、笑い続ける。
ルイナーは既に絶望し切り、
その場で足を押さえていた両腕の力を弱めた。
もうここで自分は終わりなのだ、と理解した。
目の前の化け物を排除する方法などこの世には存在しない。
下手をすれば、この化け物が無差別な殺害衝動を持ち、
暴れ出した時点でこの日本は壊滅する。
・・・そもそもこんな化け物に戦闘を挑むのではなかった。
ルイナーは身に染みてそう後悔をしていた。
このままカエルの足によって自分の心臓は腹ごと潰され、
苦しみながらやがて意識は遠のく、そう確信していた。
しかし、もうこれ以上抵抗しても無駄なはずなのに、
ルイナーの身体は本人の想像以上に頑丈に作られており、
なかなか潰される気配が無い。
「無駄に丈夫な身体だな。
そんなに死にたくないのか!!」
―――――――――――――――――――――――――
カエルから「死にたくないのか」と問われた私は、
不意にその生の意味というようなものを思考し始めた。
私は誰よりも強大な「支配欲」を持ち、
周囲のフォーサーを仕切り、まとめ、支配し、
やがてはそのフォーサー組織で国を私の意のままに
支配する事を望んでいたはずだ。
それが、今はどうした事だろうか・・・?
目の前の強大な脅威に恐れを成し、
自分が逆に精神的に支配される側へと回っている。
・・・こんな馬鹿げた話はない。
私はそれほどまで意味のない人生を歩んできたというのか?
結局、私は支配される事で自分の人生を全うするのならば、
その欲望を噛み締めたまま去るという事か。
と、その時だった。
突然、複数の人間の叫び声が聞こえたかと思うと、
繰り返し銃器を発砲する音が夜の静寂を破ったのだ。
「フンッ、無駄な抵抗を!!」
カエルはそう言いながら私を踏み潰していた足をどけ、
その発砲音の方へと進行していく。
私はカエルが背を向けた瞬間、
その場で怪人態の変身を解きながら急いで立ち上がり、
後方を一切振り返らず国道沿いの道を一目散に走り出した。
・・・ここで自分は終わる。
確かに私はそう確信して、もはや抵抗を諦めていた。
ほんの20秒ほど前までは
私にとって選択肢というものは存在していなかった。
だが今の私は複数の選択肢を取得し、再び自由を得た。
その後の選択権は私にあるはずだったのだが、
既に私の無意識によってその決定権は剥奪されていた、
と言っても過言ではないだろう。
・・・私は気付けば走っていた。
すぐ背後の脅威には目を背け、現実を直視せず、
逃げる道を選び終えた後だった。
私は生を繋ぐ事を選んだ。
それはまだ欲望に手を付けていなかった私は死に切れず、
その場に留まる事ができなかったのだろう。
しかし私は、自分を責めるつもりはない。
むしろ、私の計画はここで終わる訳にはいかなかったのだから。
私は自分が満足するほどの「支配」を達成してみせる。
欲望こそが人の生きる意味であり、最終目標なのだから。
――――――――――――――――――――――――――
上戸鎖がその場から逃走した直後、
現場では車で通りかかった住民の通報を受けた警官隊が到着し、
カオティックフロッグとの戦闘を開始していたのだった。
だが、一般人から見れば同じ化け物であるトレディシオン・ルイナーが
ほぼ手出しできなかった事から容易にその結果は見えていた。
カオティックフロッグは容赦せずに巨体で跳躍しながら、
尻尾を使い、次々と警官たちの頭部を尻尾で殴り飛ばしていく。
鮮血が溢れると共に、歩道へと警官の頭が転がっていく。
先頭で自動小銃を構えていた警官隊はすぐさま目の前の惨状に怯え、
数人はその場から車道を飛び越えて退避を図った。
が、カエルの尻尾は逃走者を優先して追尾し、
その全員分の心臓を一撃で貫く。
警官たちは悲鳴を上げながらでも小銃を発砲し続けるが、
弾をカエルのどの部位に命中させても効果はない。
カエルの硬質化した皮膚に弾かれた弾は次々と地面に落ち、
金属質な音を響かせる。
警官の攻撃手段は何もカエルには通じないが、
しかし、カエルの2本の尻尾はそれのみで警官を殺す凶器となる。
もはやカエルにとって銃で武装した警官は
そこら辺の「アリ」程度でしかない。
カエルは今度は跳躍と共に2本の太い足を突き出し、
2人の並んだ警官の腹部を貫いた。
その地に降り立ったカエルに向けて迫った警官へと
今度は地上で回し蹴りを放ち、一瞬で死体となったその身体は
まだ生きている警官の足元へと転がる。
「一時退避っ!!退避いいっ!!」
生き残っていた十数人の警官たちは一斉に
乗ってきたパトカーの方へと後退していく。
だが、カエルがそれを見逃す理由はなかった。
「ハッハッハッ!!見てよ、吹雪ちゃん!
警察でも僕には勝てないんだよ!」
カエルは跳躍しながらその10台ほど密集しているパトカーの方へと先回りし、
その中の1台の屋根へと乗っかった。
すると驚きのあまり立ち止まる警官たちへと高速で尻尾を伸ばし、
次々とその頭部を弾き飛ばす。
カオティックフロッグにとって、その光景は快感でしかなかった。
自分の前に何の抵抗もできずに殺されていく警官隊。
それを見るのは自分の圧倒的な力を体感できるというのもあり、
止められるような理由が見当たらない。
それから30秒とかからずに警官たちは全員倒れ、
その車道は血の海と化した。
車道に限らず、気付けば辺り一面が
パトカーのテールランプの影響も受け、真っ赤に染まっていた。
だが、カオティックフロッグはその惨状を見ても
自分の「成果」としてしか捉えられない。
自分を止められる者はもう誰もいないのだ、と。
彼には自分が度を超えた存在と化した、という自覚はあった。
その実感が余計に殺害衝動を掻き立てる。
他者の殺戮こそが自分が最強である事の証明になると、
そうはっきりと確信してしまっていた。
「・・・吹雪ちゃんと付き合い始めて今日で3ヶ月だけど、
これから先、1年でも10年でも、吹雪ちゃんは僕と共に生き続ける。
本当の吹雪ちゃんは、他の誰にも構わず、
僕の中で永遠に生きていられるんだよ。
今の僕はさ、もう快感しかないよ!
これだけ安心感に浸れるというのであれば
もっと早くにこうしておくんだったと思うよ!!」
余裕で溢れたカオティックフロッグは突如、
独り言のように呟き出す。
その声はだんだんと大きくなり始め、
死体だらけの路地へと響き渡った。
が、彼が周囲を見回しても誰も見当たらない。
その孤独が、より吹雪との真の結実を意識させ、
カオティックフロッグにとっては快感が止まらなかった。
「さぁ、吹雪ちゃん、明日からは何をしようか?
もう学校なんて面倒じゃないか!
一緒にカラオケに行く?
それともゲームセンターかな!!」
カエルが騒ぎ始めたその時だった。
突如、一本道になっている車道へと
何者かがエンジンを蒸かしながらバイクで到着したのだった。
パトカーが向かってきた方向とはちょうど逆方向だ。
そのバイクにはサイドカーが搭載されているが、
バイクのライダーは本体のみに1人しか乗っていない。
警察の人間かと思ったが、どうもそれは警察車両ではなさそうだ。
カエルはその人間を凝視していたが、
そのライダーである男はヘルメットを外すと、すぐさまバイクを降り、
その、コツ、コツと妙に響く靴音と共にカエルへと向かって接近し始めた。
彼は男のその余裕の滲み出る歩みに対して若干の不快感を抱くが、
すぐに平常心へと返った。
そう、自分よりも強い人間などいる訳がない。
そんな事はもう目の前の惨状から見て理解できている。
が、理解できているはずなのに、頭の隅では謎の違和感を覚えていた。
男はカオティックフロッグとは10mほどの距離を取り、
彼の前方の車道で立ち止まった。
その男は黒髪の短髪ヘアーで、上下ともに黒いスーツをまとっていて、
胸元には赤と黒のチェックのネクタイを覗かせている。
どこかのサラリーマンにも見えるが、
その鋭い視線は、彼がただ者ではない事を示すには十分だった。
そしてそのまっすぐな視線は、
目の前のカオティックフロッグを確実に捉えていた。
その恐ろしい化け物の姿を目に移しているというのに、
男は一切動じずにまっすぐに直立しているのだ。
「吹雪ちゃん、アイツはなんで僕に驚かないんだろう?
おかしいよね、さっさと殺してやろうか?」
カエルは相変わらず存在しないはずの吹雪に呼び掛けると、
尻尾を伸縮させる準備を整える。
いくら奇妙な男が近付いてきたとは言え、
やろうと思えば、5秒かからずとも男を容易く殺害できる。
ましてや今の標的は動かずにじっとしている。
これほど狙いやすい獲物はないだろう。
「お前・・・この僕が怖くないのか?
この、真の最強のフォーサーが。」
そう言いながらカエルは手首をクラッキングさせる。
威嚇せずとも尋常ではない威圧感を放つカオティックフロッグではあるが、
そのクラッキングを黙って見ている男はやはり動かない。
が、それから3秒後、謎の男は静かに口を開いた。
「・・・この『ゴミ』が。」
「・・・何だって?
この僕が、ゴミだと?」
カエルは唐突な男の言葉に戸惑い、
疑問調にその言葉を返すが、男からそれに対しての返答はなかった。
「お前のアイデンティティーを・・・確立せよ。」
@第13話 「恐るべき進化!?フォーサーレベルX」 完結