@第9話 初対面とお別れと?
@第9話 「初対面とお別れと?」
「さぁ、追憶を辿れぇぇぇ!!
そして・・・食らうが良い俺の中二病の力!
数学より来たれ!中点連結定理ぃぃッ!!」
・・・俺はアリエスへと変身して、
その力を引き出すために中二単語を大声で叫ぶ。
いつもならば戦う前の決めポーズというものをじっくり考えるんだけど、
そんな暇は今の俺にはない。
なんたって目の前に見るからにヤバそうな漆黒の怪人が迫ってきているんだから!
「ベンゼンシールド・・・ジェネレイト。」
そのチェーン怪人が静かな口調でそう言うと、
突然彼の胸の四角い穴のハッチが4方向へと開き、
その奥から六角形の黒いシールドらしきものが飛び出してきた。
ちょうど傘のようなサイズだろうか。
彼はそれを上手い具合に右手で握り、構える。
「この野郎ッ!!」
俺が変身を完了する間に、2本の鎌を構え
チェーン怪人へと挑んでいった死神型フォーサー、インステスキムは
その両手の鎌をほぼ同時に敵のシールド目掛けて振り下ろした。
インステスキムは骨だらけで、一見軽量に見えるフォーサーだけど、
あんなに助走を付ければそれなりの威力にはなる。
それは俺が約一週間前に実際に戦闘をしたから分かる事だ。
次の瞬間、まるでフライパンを流しに叩き付けるような音が
大音量で響き渡る。
前方を見ると、死神の鎌は2本とも正確に
チェーン怪人のシールドへとヒットしていた。
・・・いや、ここは盾じゃなくて
ヤツの頭とか狙うのが普通だろ!
死神は、俺自身が対戦したから分かるけど、
運動能力は高い割に、
それに見合った戦闘のための知識が抜け落ちてるんだよなぁ・・・。
しかも、その知識っていうのも一般人が
アニメとか漫画で見たりして普通に分かりそうなヤツ。
と、考えている間に、
俺は少し不思議な事に気が付いたのだった。
・・・チェーン怪人は、死神の両手の鎌を
片手で構えたシールドで正面から受け止めたはずなのに、
その場から一切動かない。
普通はガードの反動で多少は後退しそうなもんだが・・・。
まぁ、見た目はメカメカしい重量系のボディだから
見た通りと言っちゃえば何でもないけどね。
にしても・・・あの死神が加速を付けて叩き付けた2本の鎌を、
反動無しで抑えるほどの体重を持っているという事なのか!?
それはやっぱり半端じゃない迫力だ。
「プロパンブレード・・・ジェネレイト。」
突き付けられた鎌を、右手に握るシールドで受け止めたまま、
チェーン怪人は静かな口調でそう言う。
と、またもや盾の時と同じように
胸の四角穴のハッチが素早く開き、
刃部が長方形で真っ黒い刀らしき武器が
その中から飛び出してきた。
チェーン怪人は飛び出す勢いを殺さないままに
その刀の持ち手を握り、
そのまま目の前で鎌を突き出している死神の腹部目掛けて
刃の先を突き出す。
と、鎌によって両手が塞がっていた死神は身動きが取れず、
そのまま直に刃の突きを食らってしまった。
その場で両手の鎌を手放し、咄嗟に突かれた腹部を押さえる。
が、その隙をチェーン怪人が見過ごす訳もなく、
すぐさまヤツは片足を前方へと勢いよく踏み出し、
身体の左サイドから右上部へと斬り上げるようにブレードを振るった。
死神は身体正面を切り裂かれ、そのまま回転しながらアスファルトの道路へと倒れる。
これは・・・明らかに力の差は歴然、と言うしかない。
「ほら、もっとパーティを楽しんでくださいよ?」
チェーン怪人は持っていた盾と剣を後方に投げ、
倒れた死神の頭をその空いた右手で掴み、
俺が変身して待機しているこちら側へと思いっきり投げ飛ばしてきた。
戦闘開始時と同じく、
再びコチラに向かって飛んできたインステスキムを俺はすれすれで回避すると、
ヤツはそのままの勢いで後ろの電柱に身体をぶつけた。
俺は死神を完全スルーしてそのまま前方を見据え、いよいよチェーン怪人と対峙する。
互いの間隔はだいたい10mといったところか。
「お前は・・・普通のフォーサーなのか?」
俺は少し声を大にしてこちらの出方を待っているチェーン怪人へと問い掛ける。
よくある一般のアニメ展開的に考えると、
普通のフォーサーと戦っている俺の現状において、
その"強化バージョン"みたいな敵が出てくるのは不自然な話じゃない。
ましてや、あの一度戦った死神がまったく歯が立たない相手ともなれば
その可能性は高い。
「フッフッ・・・それはどういう意味での「普通」なのでしょうかね?
まぁ一般的に言えば、その答えはノー、となりますか。」
チェーン怪人は迷う事なく、
すぐ俺の質問に答える。
あのゴツゴツのメカメカしい身体にそぐわない落ち着いた口調だ。
「じゃあ、強化されたフォーサーっていう解釈で良いか?
お前はこれまで俺が見てきたフォーサーとはビジュアルも、
戦闘能力も違い過ぎる。」
「まぁ、それで間違ってはいません。
しかし・・・強化の意味をどう捉えるかは個人次第でしょうね。」
・・・どういう意味だ?
確かに一口に強化、と言っても、その実態は色々なものがあると思う。
単純にフォーサーとしての戦闘トレーニングで鍛えたり、
またフォーサーというのがHR細胞の体内での突然変異である以上、
例えばそのHR細胞を故意的に活性化させたりする事も考えられる。
でも、気になるのはHR細胞を使う
HRSは
既に日本では研究、及び治療が凍結されている状態にある。
その中で強化のために細胞をいじるような実験がされているとすれば、
やっぱりフォーサーっていうのは意図的に生み出された怪人、
という説明も難なく通る。
更に、HR細胞を扱えるのはおそらく、
開発元である"レボリューショナイズ社"だけだから、
その内部でまだ開発、研究が続行されているという事になる。
そう言えば、新幹線の中でピエロ怪人が何か言ってたっけか。
「レボリューショナイズ社の日頃のサポート」とか・・・。
こりゃあ、だいぶ闇が深そうだな・・・。
「ま、だいたい分かった。
お前はフォーサーの中では強い部類に入るようだな。
が、俺を相手にしても今までの様な余裕を見せられるか?」
俺の背後に停めた専用バイクSHFの運転席の特定キーを入力すると、
SHFのフロントパーツが開き、中からランスの先端が飛び出してきた。
オヒツジ・ザ・ランスこと、永遠幻想ゲイヴォルグだ。
「俺の名前は幻想覇者フィースネス・アリエスだ!」
俺はアリエスの武器である大型の槍を引き抜くなり
それを両手で振り回しながら名乗った。
「私も名乗り返しましょうか。
私の名前は・・・トレディシオン・ルイナー。」
・・・ヤツの顔には人間でいう顔のパーツが1本線の目しかないため、
表情がイマイチ分からないが、何となく
俺を相手にしても余裕な雰囲気は伝わってきた。
くぐもって聞こえてくる人間態の口調が穏やかだから
そう感じるだけなんだろうか?
さっきから品のありそうな声質と姿勢を保っている。
俺は次の瞬間、回していた槍を右手で握り、
そのまま槍を後ろにいくらか引いたような姿勢で
トレディシオン・ルイナーに向かって走り始めた。
俺が突然加速したというにも関わらず、
チェーン怪人は一切動じずにその場に立ち尽くしている。
そのままヤツとの距離をダッシュで縮め、
その加速の勢いと共に槍を突き出そうと軽く地を蹴り放つ。
「ジメチルクロー・・・ジェネレイト。」
・・・もはや一瞬の事だった。
ヤツの四角穴から2本のツメを備えたクローパーツが2個生成され、
瞬時に両手の甲へと装着された。
宙を舞っていた俺はそれをちゃんと確認できたが、
右手で槍を構えたまま両足が地から離れているため、
もうそこから取れる行動は限られていた。
クローによる突き上げ攻撃が来る事は分かったが、
防ごうにも防ぐ事ができない。
「おりゃあッ!!」
俺はやけになってそのままヤツの顔目掛けて槍を突き出す。
幸い、ルイナーのクローに対して、こちらの槍はリーチが長い。
ただでさえ長い槍という武器が、更に長くなったようなデザインだから
以前は設計ミスかと思ったけど、こういう時には有効だ。
次の瞬間、槍を握った俺の右手には獲物を仕留めた感覚が走った。
俺はヒットアンドアウェイ戦法で、槍で突いた反動を利用して
素早く後方へ下がろうと試みた。
が、右手に違和感を覚えたのはその時だった。
思わず自分が持った槍の先端を確認する。
確実にルイナーの顔へと槍を突き刺す事ができた・・・と思いきや、
俺の槍の先は、なんとチェーン怪人が左手でがっしりと握っていたのだった。
「やべ・・・」
そう呟いた直後、槍は瞬時にルイナー側へと引き寄せられ、
それを握っていた俺もそちらに急接近させられる。
ヤツの両手甲にはさっき呼び出したクローが装着されているから、
なるべく距離をつめたくないというのに!
だけど、ただでさえ強敵を前にして焦っている俺に
引っ張られた自分の槍を大人しく手放すという選択肢は浮かばない。
「戦いに効率よく勝利する方法は・・・いかに能力差を見せ付け、
恐怖を植え付けられるかです!」
チェーン怪人の右手の2本爪クローがアリエスの腹部へと突き付けられ、
そのまま放り投げるかのようにその軌跡は上方へと向かう。
俺はそのまま持ち上げられるように宙へと放たれた。
・・・力を込めて準備していたとは言え、
片手でこのアリエスを上部へと突き飛ばすというのは
もはや言うまでも無く恐ろしい腕力だ。
俺の足は地を離れ、槍を握ったまま放物線を描くように反対側へと飛ばされ、
背中からまっすぐに地面へと落下した。
「痛ッ!!」
この中二宮Xレアという対フォーサー用アーマーを装着していても、
まったく痛みを感じない、って訳ではない。
今みたいに5mくらい上空から落下してくれば普通に痛い。
俺は急いで上半身を起こし、ルイナーの動きを確認しようと
ヤツの方へと視線を向ける。
と、ルイナーはさっきの状態から一歩も動いておらず、
その場で自身のクローパーツの裏表を確認するように眺めている。
コイツめ・・・完全に遊んでやがる。
最初にパーティとか何とか抜かしてたもんなぁ・・・。
「おい、大丈夫か!」
俺は急いで起き上がり、後方を振り返ると、
死神が再び鎌を構えながらこちらに寄ってきていた。
あれだけ派手に飛ばされたのにさすがにしぶといな・・・。
先週の月曜日にも、瀕死状態だったにも関わらず
電柱や屋根の上をスムーズに伝って逃げていくくらいの生命力の持ち主だ。
普通に考えたら強そうなキャラクターだけど、
まぁ、現状のチェーン怪人の前では
良いサンドバッグくらいにしかならなさそうだけどね。
「あぁ、何とかな。ところで・・・。」
俺のリアクションを見るが早く
再びルイナーへと向かっていきそうになっている死神を呼び止める。
「お前のその鎌、片手持ちの方が良いと思うんだけど・・・。」
死神はオミノスサイズという巨大な鎌を
2本交差するように背中に背負っている。
普段はそのうちの片方しか使わないのだが、
本気で戦う時には2本の鎌を解放して戦う、といった感じなんだけど、
その2本持ちは、どうも俺には弱体化しているようにしか見えない。
以前の死神戦では、死神が途中から本気になって2本持ちになったところから
俺の追い上げが始まった、って感じだ。
あの時は自分が不利になるから言わないでおいたんだけど、
今は死神との協力プレイ中だから仕方がない。
「そんなバカな話があるか!
今本気出さないと間違いなく殺されるぞ!」
「だから!お前は1本振り回してる時の方が強いの!」
俺は敵を目の前にしている不安もあり、
だんだんイライラしてきて怒鳴るように死神へとアドバイスを出す。
「な、何だと?鎌2本より1本の方が強いと言うのか?
そんな事は有り得ない!」
死神は呆れたように再び鎌を両手で構え、
チェーン怪人に向かって走り出した。
「駄目だなこりゃあ・・・。」
あの死神を説得するのはどうやら無理そうだ。
じゃあどうすれば良いか・・・。
俺もすぐに槍を持ち直し、走り出す。
もちろん、このままでは圧倒的戦力差で捻り潰されるだけだ。
だけど・・・本当に手は何もないのか?
「ほら、自分たちの無力さに絶望するまでパーティを続けてあげますよ!」
ルイナーは、左右から挟むように斬撃を繰り出してきた死神の鎌を
両手甲のジメチルクローで正確に弾き飛ばした。
死神の両手からは突然鎌が無くなり、無防備な状態でルイナーへと急接近する。
ルイナーはそこで素早く右足を上げ、焦る死神の腹部へと突き付ける。
死神はまたもや後方へと勢いよく飛ばされ、背中を地面に擦りつけながら滑走した。
「食らいやがれ俺のゲイヴォルグをぉぉ!!」
アリエスは助走を付けながら今度は飛び跳ねずに
ルイナーへとまっすぐ槍を突き出す。
ルイナーは明らかにクローでその先端を捕えようと狙いを定めているが、
俺は右手で突き出した槍を瞬時に左手に持ち替え、
代わりに空いた右手の拳を敵の顔へと突き出す。
さすがに不意を突かれたルイナーは両手のクローを交差させ
自身の顔面を守る体勢に入る。
アリエスの拳はそのクロスしたクローの中心部へと直撃した。
が、それを防御されるのはまだ計算内。
俺は左手に持ち替えていたランスの持ち手を短く持ち、
そのままチェーン怪人の右足首へ目掛けて突き出す。
「くっ!!」
ルイナーはその槍先が命中する直前で右足を一歩後退させ、
アリエスの槍はアスファルトを貫いた。
するとルイナーは素早く
右手のクローを突き刺すようにアリエスの顔面を狙って右腕を伸ばす。
俺は咄嗟に姿勢を低くし、そのクローを避けると、
再び右手の拳をルイナーの顔へと突き出した。
が、そのアリエスの拳はルイナーの左手の平へと収まった。
「ほう・・・驚きましたよ。
失礼ながら、ここまでやれるとは思っていませんでした。」
ルイナーはさきほどまでの余裕を消し去ったような
トーンの低い、多少の緊迫感のある口調へと変化していた。
・・・さすがに最後の一発ぐらいは当たるかと思ったけど、
そう上手くはいかないか。
「俺も意外だったぜ・・・。
お前の力をすこし買い被っていたようだ!」
「何ですと?」
「お前は全身のパワーも強い、敵の攻撃も読める、
それに装甲もなかなか堅そうで、
一見、現状最強クラスのフォーサーにも見えるが、
たった今弱点を見つけた。」
「・・・何が言いたいのでしょうかね?」
するとルイナーは掴んでいた俺の手を自分側に引き、
引き寄せた俺の顔面に右手のクローを勢いよく突き付けた。
さすがに俺が装着しているアーマーの頭部は
特に丈夫にできているらしく、顔に痛みは感じないが、
その威力を顔だけで抑える事はできず、
俺はその場で背中から倒れた。
それを見て、
倒れた俺の腹部を足で踏み潰そうとルイナーは右足を持ち上げた。
が、俺は左手に握っていたランスで地面を突くと、
瞬時に身体を転がしてその足を避けた。
と、同時に再度ランスで地面を突き、
その場で跳ねるように立ち上がる。
ルイナーはさっきまでのパーティを楽しむような様子を見せず、
立ち上がったアリエス目掛けて
隙を見せずに再度クローを突き出してくる。
「おい、焦るな焦るな!」
俺はわざとルイナーのクローをランスで弾くように防ぎ、
その反動を利用して後方へと思いっきり飛び退いた。
俺が着地すると、俺とチェーン怪人の間には10mほどの距離が開いた。
「私の弱点とは・・・面白いですね。
では、あなたが見抜いた私の弱点とやらを教えてもらいましょうか。」
距離が開くとルイナーは平常心を取り戻したようで、
その場で立ち止まり、口を開いた。
「うーん・・・弱点っていうのかなぁ?
特性っていうべきか?
お前は、身体の特定の場所に力を入れると
その部位がまるで意識を持って拒否するように痙攣する。」
「何ですと?」
俺の言葉に反応し、ルイナーが今までになかった声量で驚きを見せた。
やっぱり図星だったようだ。
俺は普段ペン回しをしていて、
その練習の際には失敗した原因をすぐ見分けられるように特訓をしている。
分かりやすく言うと、どの指がぶつかってペンが落ちたのか、
また2回転以上の技では何回転分足りなかったのか、
とかが俺にはすぐに見て分かるんだ。
そのせいで、どうでも良い事の多少の変化にも敏感なのかもしれない。
・・・さっきルイナーとの近接戦闘において、
クローを交差させて俺の槍を受け取めた時、
ヤツの両手が小刻みに震えていたのが分かった。
たぶん、俺の不意打ちで反射的に腕を動かしたせいだろう。
その挙げ句に、俺の突き出した拳を受け止めた時も、
確かにヤツの左手は震えていた。
これは俺の予想でしかないけど、ルイナーは本気の力を解放すると
身体が痙攣して、それこそ本気の戦闘ができなくなる。
だから自分でも冷静さを見せ付けるかのように
丁寧な口調で身体の落ち着きを保っている。
そして、ヤツはまだその力を制御する事に慣れていない。
と俺は勝手に読んだんだけど・・・。
「ほう・・・やはりそこら辺のフォーサーとは違いますか。
アリエス、あなたは侮れませんね。
その通りですよ。」
ルイナーは再び冷静さを取り戻し、静かな口調でそう続けた。
・・・ってか、俺の予想的中かよ!
俺の勘はどうにもよく当たる気がする。
バトルアニメとかは大好きでよく見るけど、
それが現実にも通用してるのか?
「その通りっていうのはどういう事だ?」
「私はこの全身の力を制御しなくては戦う事ができません。
なぜなら、私の身体には6体分のフォーサーから摘出した
HR細胞が取り込まれていますので。」
・・・う、嘘だろ!?
アイツ1人の身体の中にはフォーサーが6人入っているとでも言うのか?
つまり、力を集約・統制するのがアイツの役目で、
他の6人分の細胞を1人で操っているという事か?
しかも、フォーサーから摘出したって事は、
他のフォーサーをどうにかして殺害した後に
その身体から取り出したって感じだろう。
おかしいだろ・・・アイツの人間態は何を考えている?
ってかどうやってそんなもの作ったんだよ。
「フッ・・・驚くのも無理はないでしょうね。
あれは私自身、想像を遥かに超える苦行でした。」
「まぁ、詳しい事は知らない方が良さそうだけど、
お前の頭がブッ飛んでるっていうのはよく分かった。」
「おや、勘違いはしないでくださいよ?
例え私の秘密が知れたところで
あなたが勝てるという保証はどこにもありません。」
ルイナーは余裕をすっかり取り戻し、不気味な笑いをこぼす。
確かに、それは間違ってはいない。
俺が見抜いたのは、ヤツが本気を出してしまうと
身体を制御できなくなるって事だけ。
でも、それはルイナーが本気で戦闘ができないって訳ではない。
各部位が痙攣しても、殴ったり武器を出したりは普通にできるだろう。
しかも、俺はその本気になりかけたルイナーと慌てて距離を取った。
明らかに今の俺ではアイツを相手にできる技量がないのは
誰が見ても明らかだろう。
と、なると俺はやっぱりさっきみたいに不意打ちで
どうにかルイナーを相手するしかない。
「まぁ、私に従うというのであれば、
この場を見逃してあげなくもないですが。
どうしましょうか?」
「・・・じゃあ、お前はもしかすると支配したいだけなんだな。
自分の力を見せ付けた上で相手を騙らせて、
自分の支配下に置きたい、って感じだろ?」
「フッ、まぁそうかもしれませんね。
あなたは随分と勘が鋭いようだ。
私は自分の身体を都合が良いように改造した。
しかし、それは支配の為の過程でしかなかった・・・。
今ならそう思えるのは事実ですよ。」
ルイナーがそう言うと、俺はそのよく当たる勘が
一つ外れていた事に気付いた。
それは何かというと、ヤツが好戦者ではなかった、という事だ。
俺が最初にトレディシオン・ルイナーを見たとき、
絶対に「もっと俺を楽しませろ!」系のヤツだと思った。
それは例のバトルアニメによくいるキャラだからな。
でも、それは少し違った。
ヤツは確かに戦いは得意だろうけど、
戦いへの拘りはたぶんそれほどのもんでもない。
つまり、支配のために戦闘という手段を用いているだけで、
支配できれば戦闘なんかどうでも良いんだと思う。
実際、さっきの動きで、
ヤツは不意を突かれると手加減ができないように見えた。
それはたぶん戦闘経験が少なくて不慣れだからだ。
「さて、無駄口はこの辺で終わりにしましょうか。
どうぞ選んでください。
私の指揮下に入るか、それともここで私に殺されるか、を。」
そう言い、ルイナーは右手のクローをまっすぐに俺の方へと向けてきた。
このアーマーが破壊されるのも時間の問題。
しかも、力量の差は歴然。
この状況でバイクに乗って逃げるという選択肢もあるけど、
ヤツが武器を出す要領で自分のバイクを召喚してきたら
それこそ終わりだ。
逃げたつもりが後ろから追い掛けられて、
なんて考えたくもない!
「まだ終わってないぞ!!」
俺の背後から声を張り上げたのは死神のインステスキムだった。
「さっきから俺抜きで勝手に話を進めているようだが、
俺はアンタの支配下なんかには置かれない!
しかも、そんな簡単に自分の弱点を見抜かれたヤツに
負ける気もしないしな!」
「おい・・・お前そんな大事言って大丈夫?」
死神は確かに耐久力、というか立ち向かってくるしつこさは
相当上位にランクインするだろう。
死神の目的は、俺の勘でもよく分からない。
何が死神をこんなにしつこく立ち上がらせるのか・・・。
「君が怯むのなら俺はいくぞ!」
そう言い、死神は再び2本の鎌を握り、走り出す。
何度この光景を見ただろうか・・・。
俺は呆れて死神が向かう先であるルイナーの方を見据えると、
そのルイナーの異変に気付いた。
ルイナーの目は一本ラインのために、
どこを向いているか正確には分からないけど、
明らかにその顔は、向かっていく死神とは違う方向に向いている。
ちょうど、俺と死神サイドの後方に当たるだろうか?
と、なると俺らの背後に何か気になるものでも・・・?
俺は気になってふと背後を振り返ると、
思わずそこから一歩後退した。
・・・そこにはいつの間にか知らない人影が立っていたのだった。
しかも、俺のすぐ3mくらい後ろに!
それに加え、それは明らかに普通の人間ではなかった。
両肩に黒光りするガトリング砲のようなものを2本備えており、
全身が緑とグレーの迷彩柄の装甲スーツに包まれている。
頭には角ばった、
まるで重機の運転席のようなデザインのヘルメットを被っているが、
中の顔は見えない。
コイツ・・・フォーサーか!?
にしては全身どこを見ても人工的なフォルムだなぁ。
じゃないとすれば、俺と同じ中二宮Xレア装着者か?
いや、どう見ても黄道12星座をモチーフにしているとは考えられないけど。
「・・・どけ。」
「ん?俺の事?」
目の前のガトリング迷彩が何か喋ったかと思ったら、
次の瞬間、俺はその場に尻餅を付いた。
いや、一般人ならそのくらいには驚くはずだ!
なんと、ヤツの両肩のガトリングが突如回転し始めたのだった。
ゲームでミニガンをぶっ放すような機械音と共に、
その銃口から大量の銃弾が発射され始める。
俺は転んだお陰でその餌食にはならないで済んだが、
俺の背後でその銃弾が身体に次々と命中していくような
生々しい音が聞こえてくる。
できれば背後は振り返りたくないけど・・・見ちゃえ!
と、俺の目の前には意外な光景が広がっていた。
「ぐああああああああああああ!!」
そのガトリングはてっきり
漆黒のトレディシオン・ルイナーを狙って放たれたものだと思ってたけど、
銃弾はすべて、ルイナーへと向かって走っていった死神の背中へと着弾していた。
フォーサーの身体に弾かれた銃弾が次々とアスファルトに落ちて
金属質な音を立てているが、中にはそのままめり込んでいくものもある。
その先にいたルイナーは、俺と同じく自分が撃たれると思っていたらしく、
例のベンゼンシールドという六角形盾を構えているが、
撃たれた対象が違うために戸惑いの動作を見せている。
「くっ・・・何という事を・・・。」
さすがの王を自称するルイナーも、目の前の光景には息を飲んでいた。
フォーサーの怪人態の身体は、元の人間態のそれよりも遥かに硬質化し、
普通の銃弾などでは貫通する事はまずない。
しかし、あれだけの量の銃弾を一度に叩き込まれるとなると、
話は変わってくる。
当然ながら痛覚も機能する事であろう。
そして何より、ルイナーの欲望である「支配」の為に
自身のイメージで目の前の獲物を恐怖に陥らせていたというにも関わらず、
それを超える残虐性という要素を持ち得る邪魔者の乱入には
ルイナーも黙ってはいられない。
その間も、ガトリングが静止する事はなく、
次々と銃弾はインステスキムの背中へと撃ち込まれていく。
いくらしつこい死神とは言え、短時間にこれだけの銃弾を浴びれば、
その命の存続は危うくなってくる。
「がはっ!!助けてくれぇ!!助けてくれよおおお!!」
俺は呆気に取られてガトリング掃射されるのをただ傍観していたが、
突然我に返り、急いでガトリング迷彩の背後へと回った。
彼の背後にはガトリングのための銃弾が詰まっている弾薬庫が
まるでリュックを背負うように装着されていた。
どうやってコイツを止める・・・?
このままじゃ死神はあまりにもむごい死に方であの世行きだ!
いくら何でもそれはかわいそうになる。
「あのさぁ・・・」
気付くと、俺がガトリング迷彩の背後に回って5秒ほど経過していたが、
何もせずに突っ立っていた俺に
ガトリング迷彩本人が一度掃射を止めて、話し掛けてきた。
「俺の後ろで何してんの?」
冷たくて、感情の籠っていないような口調。
気のせいかもしれないけど、この声・・・どこかで聞いた事がある。
もうこういうのは嫌なんだけどなぁ・・・。
「いや、何で死神に八つ当たりしてるんだよって思ってさ。
見ればヤバそうなのはあの黒いテカテカの方だって分かるだろ!」
俺はそう言いながら人差し指をトレディシオン・ルイナーの方へと向ける。
「八つ当たりねぇ・・・。
俺にはその死神君の始末っていうお仕事があるんだよねぇ。
あいつは隠れて無実の人間の殺害を繰り返してきた容疑がかけられているから、
《あの方》の処刑リストに入っている。」
あの方の、処刑リストだと・・・?
誰だよ、そんな物騒なリスト作ってる怖いヤツは・・・。
「確かに・・・アイツはそういう事をしているらしいけどさ、
今は殺す時じゃないと思うんだよな・・・。」
「ならば、お前はいつになれば殺せる?」
突然、ガトリング迷彩の声量が大きくなり、
更に突き付けるような口調へと変化していた。
「そうやって渋って、排除すべき悪を見逃していたら、
また新たな犠牲者が出てくるんだよねぇ。
まぁ、俺はその犠牲者とやらの顔も名前も知らないが、
見過ごすのはどうにも性に合わない。
しかもその元凶は目の前で死にそうになってる。
ならばどうすべきなのか・・・明白だろ?」
俺は悔しいけど、それに対して言い返せなかった。
死神が普段出会い系サイトで人を呼び出して殺しているのは事実。
俺だってそれを容認するような馬鹿じゃない。
だけど・・・雰囲気的に死神を始末するような事はできない!
「ったく・・・足りないねぇ。」
再びガトリング迷彩はガトリング砲を道路に横たわる死神へと向け、
その発射体勢を整える。
が、次の瞬間、ガトリング迷彩の目の前には上方から人影が降り立ち、
叩く様にその射撃を妨害したのだった。
その行く手を阻んだのは意外なヤツだった。
「困りますね。パーティ中に勝手な事をされては。」
さっきまで死神の更に向こう側で待機していたルイナーは、
気付かないうちにガトリング迷彩のすぐ手前まで接近してきていた。
「お前は例のフォーサーの王とやらか。
まぁ、お前にも一応用があったんだよねぇ。」
ガトリング迷彩とルイナーが至近距離で揉め事を始めると、
それが目に入った死神はやおら起き上がり始めていた。
さっきまでの俊敏性はまったく見られず、
ルイナーによって蓄積されたダメージと
今のガトリング掃射によってボロボロだ。
「・・・くそっ、ここは黙って失礼しよう。」
死神はそう呟くと、この前と同じように突然跳躍し、
近くの電柱の上へとまっすぐに立った。
さすがにルイナーへの闘志を燃やすほどの余裕はもう残っていない。
「あ、おい!待て!」
焦ったガトリング迷彩が叫ぶが、もう既に遅かった。
死神はさっきまでの弱っていた様子をまったく見せずに
次々と軽快なステップで電柱を飛び越えていく。
・・・ボロボロになった布切れに包まれた身体のどこに
あんな力が残っていたんだろう?
相変わらず、逃げ足の速さは屈指のレベルだ。
「・・・油断したか。
あんなに俊敏に逃げるとは思わなかったねぇ。」
「どこに気を取られているのですか?
フォーサーの王である私を前にして随分と余裕な方ですね。」
俺の目の前でルイナーとガトリング迷彩の口喧嘩が再開した。
・・・あれ?
もしかしてこの場合、俺は普通に逃げられるんじゃね?
「まぁ、まずは名乗っていただけませんか?
あなたはフォーサーでしょうか?
あなたがここに来たのはさきほどの死神型フォーサーを消すため、
と聞こえましたが、私の邪魔をしておいてただでは済まさないですよ?」
ルイナーは冷静さを保ちながら苛立ちを露わにする。
それもそうだろうね。
せっかく俺とか死神を窮地に追い込んで、自分の強さを存分に見せ付けていたのに
ガトリングの乱入のせいでその空気が台無しになった。
「まぁ良いだろう。俺の名前は、モガナオメガ。
フォーサーではなく、アーマーの部類に入る。
《あの方》が開発した超高性能アーマーだ。
俺の方こそお前に邪魔されたんだけどねぇ・・・。」
なるほど・・・。
ガトリング迷彩の名前はモガナオメガっていうのか。
随分と特徴的な名前だけど、何となくゴロが良い気がする。
モガナオメガにしてみれば、
始末対象の死神をルイナーに邪魔されたせいで仕留められなかった。
これは互いの不利益が重なる最悪の状況だけど、
むしろ俺にとっては幸運かもしれない。
「あのぉー・・・お二人の邪魔はしない方が良いでしょうかね?」
モガナオメガの背後から遠慮がちな様子で訊いてみる。
「そこのフォーサーの王さんは分からないけど、
俺はお前には何も用がない。
それに、何だか、お前を守れっていう依頼ももらっててねぇ。
邪魔になるからさっさと消えてもらった方が良い。」
「わ、分かりましたー!」
俺はそそくさとすぐ後ろに停めてあるバイクへと近付き、
右手に握っていたランスを元の収納場所に戻すと、
シートへと座り、ハンドルを握った。
そのままエンジンを掛ける。
そのタイミングでチラッとチェーン怪人の方を見てみると、
ヤツの顔は完全にモガナオメガへと向けられていて、
もう俺には興味が無さそうに見える。
それだけ自分の邪魔をするのが許せないって事だろう。
俺はそのままスタンドを蹴り上げ、バイクを発進させる。
向かってきたのが夕暮れだったけど、
もう既に日が沈み掛けていて、あと10分も経たずに暗くなるだろう。
たぶん、俺は状況をよく呑み込めないままに現場を後にした。
・・・結局、何だったんだろう?
忘れてたけど、そもそもあそこに向かったのは
藤原先生の指示を受けたせいだった。
だけど、藤原先生が関与してそうなものは特に無かった気がする。
一体俺は何のためにあんな人通りが少ない路地に招かれたのかな・・・?
でも、さっきはそんな呑気な事を考えている余裕はなかった。
あのモガナオメガっていう謎の人物が来なければ
俺は下手をすれば本当に殺されていたのかもしれない。
やっぱり、フォーサーと戦うのは危険な事なんだと自覚しなきゃいけないとは思う。
まぁ、そもそもフォーサーと戦うのは義務としてではなく、
俺の自分の身を守るためだ。
その中で危険に遭うのは色々と言っても仕方がない事なんだろうかな?
―――――ちょうどその頃―――――
戦いを離脱した死神型フォーサー、インステスキムは
残された力を振り絞り、既に現場から2kmほど離れた地点まで逃げてきていた。
依然として人通りが少ないエリアを通行しているために
一般人には出くわしていない。
もしも騒がれたりしたら、
インステスキムは躊躇なくその目撃者を殺害するだろうが、
今の彼には逃げるだけで精いっぱいで、一般人に構っている時間が惜しい。
さきほどの戦闘は本当に死ぬ直前まで追い込まれた。
あそこまで強力な、「王」を自称するフォーサー、
更にはガトリングを容赦なく撃ちこむキチガイ。
アイツらに挟み撃ちにされて生きている方が不自然だろう。
そんな事を考えながらインステスキムは民家の屋根から
狭い路地へと降り立った。
身体は布だけではなく本体もボロボロで、
もう逃げるための力すらも使い切りそうだった。
ここからは変身を解いて徒歩で帰るしかない。
インステスキムが怪人の変身を解こうとした次の瞬間、
彼の前に角から1人の人影がその行く手を塞ぐように歩み出てきた。
「くっ・・・一般人にこの姿を見られたか。」
「お前はフォーサーだな・・・?」
その謎の人影は口を開き、死神へと問い掛ける。
それはフォーサーに偶然遭遇した驚きといった感じは一切皆無で、
むしろこの現状に歓喜している感情を押し殺すかのような口調だ。
「そうだとしたら・・・何か用でもあるのか?
悪いが今は諸事情により相手したくないんだが・・・。」
フォーサーかどうかを面と向かって訊いてくるヤツというのは、
だいたいの確率でフォーサーだ。
しかし、インステスキムにとってはこのタイミングで
他のフォーサーの相手をする事はしたくない。
「逃がす訳にはいかないぞ。
俺はお前を殺さなければならないからな。」
そう言い、謎の男はなぜかその場で両手を大きく広げた。
その男は筋肉質でガッチリとした体型をしている。
上半身は黒いパーカー、下は黒いジーンズを着用しており、
頭は薄い茶髪のショートヘアー。
顔は目元に濃い隈を浮かべ、大きめの丸い目をギラギラと光らせている。
まるで目の前の獲物を狩るかのような気迫だ。
年齢は・・・おおよそ30前後だろうか?
「・・・俺はフォーサーではない。
殺すなら今だぞ?」
謎のパーカー男がそう言い放つと、インステスキムは当然ながら動揺する。
・・・例え戦闘の後でダメージが蓄積されているとしても、
生身の人間が目の前に無防備で両手を広げている。
これは殺してくれと言っているようにしか見えない。
こんなに簡単に殺せるというならば、お望み通りそうしてやろうか。
俺はこれまでにも幾多の人間を面白半分に殺害してきた。
理由はそれが元々俺の趣味だったからだ。
人が殺されるのを見る瞬間、というのは
他の何にも代えがたい特別な快感を覚える。
特に・・・二十歳前後の若い女性をターゲットにしてきた。
おそらく俺の好みがその年齢層だという事だろう。
俺はその領域にまで到達していたのだ。
「・・・後悔するなよ?
君の希望通り、鎌で心臓を一突きし、
なるべく楽にあの世に行かせてやろう。」
俺はそう言い、背中の鎌のうちの片方を右手に握り、
間を置かず地を蹴り放った。
俺のオミノスサイズの先端が男の胸部に迫ったその時、
男は広げていた両手を身体の前でクロスし、
その鎌を防御するような体勢に移った。
やはり、大人しく殺される気はなかったようだ・・・。
しかし、そんな人間の腕ごとき、
俺のオミノスサイズがあれば腕ごと貫通して心臓まで刺せる。
次の瞬間、俺の鎌の先端は男の腕の交差部分へと命中した。
が、俺は右手の感触に謎の違和感を覚え、
咄嗟に男の腕を確認すると、なんと鎌は男の腕によって勢いを殺され、
その場で進行を妨げられていた。
「馬鹿な・・・人間の腕でこの鎌が止められたのか!?」
「・・・死ね。」
男はそのまま交差していた腕を勢いよく展開すると、
俺の手に握っていた鎌は零れ落ちた。
油断をしていたというのもあるだろうか。
「俺はフォーサーを・・・全滅させてやる!!」
男は閉じかけの拳を俺の胸部へと向かって突き出してきた。
が、あまりの男の素早さに反応が間に合わない。
・・・と、俺は気付くと感覚を失いながら
背中から地面へとまっすぐに倒れていくのが分かった。
俺は・・・今の一瞬に何をされたんだ?
「この感覚、やっぱりたまらないな。」
俺は仰向けに道路へと横たわりながら、
もう動かない自分の身体に異変を感じ、
ふと視界に入っている男の右手を見ると、
そこには信じられないものが握られていた事に気付いた。
「まさか・・・一瞬で・・・私の心臓、を・・・?」
男の手には、まだドクンドクン鼓動を続ける心臓が握られていたのだった。
それは言うまでも無く、俺のものだった。
聞いた話では、フォーサーというのは表皮からは一切出血をしないらしいが、
内部から摘出された心臓は未だ真っ赤な血を噴き出し続けていた。
「俺はフォーサーではないが、
自分の四肢を意識的に硬質化させる事ができる。
それはフォーサーの身体を貫くぐらいには
丈夫なものだからな。」
男は口元だけに満面の笑みを浮かべ、
俺から奪い取った心臓をギラギラした目で何度も見つめていた。
その男の手からは、血が噴き出すように定期的に滴り落ちている。
「君も・・・HR細胞を・・・体内に・・・・・?」
「・・・・・その通りだ。
だが、俺は自分の身体を実験台として使われた事にずっと恨みを抱いてきた。
その過程で安全のためにネットに自分の人格を移動し、
そこで様々な復讐の準備をしてきた。
俺の名は・・・バー・・・バーだ。」
男の名前を聞き取る前に、俺の聴覚は急激に衰え、
何の音も聞こえなくなった。
そして、視界もだんだんと狭まり、
自分がどんどん闇へと包まれていくのが分かったが、
そういった自分の思考すらも、もう止まりかけていた。
@第9話 「初対面とお別れと?」 完結